⒊ パートナーとの出会い
スイスに行きます。
ひどい転移酔いを起こしながら、俺は再びゲートを潜り抜けた。
扉から出た先には森の中のような世界が広がっていた。
どこからか湿った土の匂いと清々しい木の香りが漂ってくる。
傍らにいるドーム係の人を見ると、中世のホルン吹きのようなデザインの綿の服を着ている。
珍しい。
古い服を再現してステーションの制服にするとは凝っている。観光に力を入れているんだろう。
日本の国際転移ステーションとはだいぶ趣が違う。
近代化された名古屋のステーションは、それはそれで感心し驚きもしたのだが、俺はこんな感じの方が落ち着くな。と思った。
「ようこそ、スイスへ。床に描かれた木枠の中にお進みください。ムーブラインに乗って、出迎え窓口の方にご案内します。」
さあここからは国際共通語だ。
みんな、ゆっくり話してくれるといいんだが・・。
俺は、一緒に転移してきた4人の少年と共に木枠の中に立った。
自分の前にあるポールをしっかりと手で掴む。
遥ヶ市にはなかったムーブラインに慣れていなくて、名古屋ではよろめいてしまったが、今度は大丈夫だ。
上田さんに教わったように肩幅に足を開いて、最初の揺れをやり過ごす。
ムーブラインは少し浮かび上がると、最初はゆっくりと、徐々にスピードを上げて森の景色の中を走りだした。
一緒に乗っている他の子を見てみると、皆、緊張した面持ちをしている。
こいつらも、たぶんパートナーを迎えに来たんだろうなぁ。
外国への短期滞在手続きをしている時から一緒に行動している。
お互いに担当者がいたので、遠慮して声をかけてはいないが、たぶん同級生。そして俺と同じ誕生日の5月3日生まれなのだろう。
二分ぐらいで、もうスピードを落としながらムーブラインが止まった。
そこはオーブバスの待合室のような光に満ちた部屋だった。
影の多い森の中を走ってきたので、明るさに慣れるのに目をぱちぱちさせる。
椅子に座っていた四人の人が立ち上がってこちらにやって来た。
四人? 一人足りないんじゃ、・・・。
お互いに名前を言って携帯をリンクさせていく。
最後に残ったのは俺一人だった。
まじかよーーー。
俺だけ迎えがいない。
上田さん、緊急事態は起こったことがないって言ったよね。
・・どういう運の悪さ?
俺の前にリンクをした二人が、あれ? と言う顔をするとこちらに戻ってきてくれた。
日本から一緒に転移してきた子が「僕、熊本から来たマツって言います。君、迎えの担当者がいないみたいだね。緊急番号に連絡してみたら?」と親切に声をかけてくれた。
その電話をするのはちょっと待って。と彼の担当者の人が、スイスのマッチングシステム課に問い合わせてくれた。
どうも、俺の担当者が急に病気になったらしい。それで、交代要員がこちらに向かっているので、もうしばらくここで待っていて欲しい。とのことだ。
原因が判明したので、二人は俺を残して、お先に。と去っていった。
シーーンとした外国の待合室。
心細い。
こんなところで何してるんだ俺。
あーーー、これから先が思いやられる。
しょっぱなからこれかよーー。
ぶつぶつ言っていても始まらないので、一応上田さんに電話しておくことにした。
「はーい。どうした?」
「うっす。ちょっと連絡しといたほうがいいと思って。」
「道にでも迷ったか? ははっ、冗談だけど・・。携帯持ってると道に迷うこともできないからな。」
脱力の人だな、この人。緊張が一気に解けた。
「それが、こっちに着いたら俺だけ担当者の人がいなくって、・・。」
「おいおい。そりゃまた。・・こっちからすぐ連絡とってみるよ。」
「いや、他の子の担当者の人がこっちの課の方に問い合わせてくれて。俺を迎えに来る途中で、担当者が急な病気になったらしくて、担当者替えがあったみたいなんだ。その人が来てくれるまで、今、待合室で待っているとこ。一応上田さんにも言っといたほうがいいかと思ってさ。」
「ああそうなのか、ありがとう。そうか、スミスさん病気かぁ。大丈夫なのかなぁ。うーーん、病気が酷いようだったら、本格的な担当者の変更があるかもしれない。そうなると、君たちの詳しいデータをまだ読み込んでいない人が新しい担当者になるわけだからなぁ。どっちにしろこっちから連絡を取るよ。あっちの担当者との連携が必要だからね。じゃあ、ゲームでもしながら待っていて。」
上田さんが話している途中で、そういやぁここのすぐ隣がマッチングシステム管理ビルだったな。と思い出した。
「上田さん、俺、ビルの方に行ってみるよ。新しい担当者の人にそう言っといて。」
「えっ、でもオーブがないんじゃ・・・。」
と言っている上田さんにかまわず通話を切った。
オーブなんかなくても歩いて行けばいい。
こんなとこで、じっと待ってるのなんてごめんだ。
考えなくてもいい事を考えちまいそうだ。
部屋のドアを開けて歩きだすことにした。
携帯を見ればビルの方向はすぐわかる。
「なんだ、近いじゃん。」
ジュネーブの国際転移ステーションは、二km四方はありそうだったが、毎日二十kmは走っている俺には、オーブで移動する距離とは思えない。
それに、ムーブラインでだいぶビル寄りに来ていたようで、ビルまで約500m。
鼻で笑う近さである。
外に出てスタスタ歩いて行くと、すぐに大きなビルが目に入った。
「へぇ、何階建てだ? 随分大きいな。」
最近は人口減少で、どこの街も高層ビルが減っている。
久しぶりにこんな背の高い建物を見た。
ビルの玄関を入ってエントランスを抜け、受付の所に来てみると、
先客に、マツと名乗った子とその担当者がいた。
「えっ、君、一人? どうやって来たの?」とびっくりされたので、
「歩いて。」と言ったらもっとびっくりされた。
どうやら一緒に来た中でここが最終目的地なのは、俺と、このマツだけらしい。
後の3人は、国内転移ゲートの方に向かったそうだ。
その時シューターが開いて、女の子と年寄りの爺さんが出てきた。
お互いを見るともなしに見ると、その女の子が「あっ!」と声を上げた。
「タカオさん!!」
そう叫ばれて初めて気づいた。
その子の髪は銀色だった。
これが俺と、俺のパートナーになる ニナとの、最初の出会いだった。
タカオ・・マイペース。
ニナちゃん・・どんな人なんでしょう。