⒉ 転移
タカオ、いよいよ旅立ちの日です。
心とは裏腹によく晴れた五月の朝だ。
空には雲一つないというおまけつきである。
施設長と、アマミさんはじめ施設の職員全員、そして一緒に育った仲間たちが玄関で俺を見送ってくれた。
友人のセブを見送った四月の朝を思い出す。
これから施設を巣立ち、パートナーと一緒に大人として歩き出さなくてはならない。
市役所からの迎えの車に乗り込んで、やれやれと大きなため息をついた。
「不安かい? でも、なるようになるもんだよ。」
気さくな人なのだろう。緊張感の漂う俺に親切に声をかけてくれる。
「上田 サミュエルです。今日の運転手兼これからの君達の担当職員だよ。これから長い付き合いになるからね。とうぞよろしく。」
とにこやかに名乗った上田さんは、ここ遥ヶ市のマッチングシステム管理課、管理係長らしい。
三分も車を走らせると市の転移ステーションに着く。
五十年前に、太陽系外惑星から反重力物質が発見されてから、急激に交通システムが変わってきた。
今では交通渋滞もないし、車も、オーブも車輪を使っていないのでスピードが出る。
市内の移動などあっという間だ。
まあ名称は、昔ながらの「車」だけど。
ステーションの待合室で、お互いの携帯をリンクさせて今後の連絡先を交換した。
自分の連絡先をチラリと確認すると、スイスの管理ビルのアドレスの下に、今日書き加えられたのか、遥ヶ市にある見晴山のA棟コテージの住所が記してあった。
俺がこれから住む場所を確認しているのに気付いたのか「いいところだよ。高原でね。水も空気もおいしいよ。」と教えてくれる。
上田さんはゲートに入る時間が来るまでに、今日の予定を話してくれた。
「今日はこれから名古屋の国際転移ステーションに行って、そこで国外短期滞在手続きをする。ここまでは僕も一緒に行くからね。そして、スイスのステーションに転移してもらう。ゲートの向こうにはあちらの担当者がいるから大丈夫だよ。もし何か不都合があって向こうの担当者と会えなかったら、さっきの緊急番号に連絡して。まあ、そんなことは今まで起こったことがないけどね。今回は君の相手の人もジュネーブに住んでるから、もうそこからの移動はないよ。ジュネーブの国際転移ステーションの隣に、大きいシステム管理ビルがあるからね。そこで相手の人と会うことになる。あそこは内装も綺麗で眺めもいいんだ。ラッキーだったね。」
ラッキーか、・・まあ相手が月面都市や、火星の人より、移動は簡単だよね。恒星間連絡ステーションまで迎えに出るのは、ちょっと不便だ。北極や南極にある宇宙エレベーターのあるところは、ゲートを何度もくぐる必要が出てくる。相手も地球まで帰って来るのは大変だ。
手間や費用が莫大なものになるので、地球外人類、つまり星人になった人たちは、今まで自分の星の中でパートナーをあてがわれてきた。ただ先頃遺伝の問題が持ち上がり、これからは星人の人たちともマッチングされていくことになるんだろう。
◇◇◇
ゲートをくぐるのは初めての経験だ。今までの施設の旅行は、スカイレールかオーブバスだった。線路がなくて昔の飛行機よりも低い空を移動する列車、スカイレールは安全性も高く一番一般的な乗り物だ。近場の団体移動にはオーブバスが使われる。これも一人乗りのオーブと同じ原理で動く反重力物質を使ったものだ。この転移移動ゲートは値段が高いので、誰でも利用できない。それに、首都の名古屋にしか出口がない。高い上に不便、こういう行政の移動に使われることがほとんどだ。
セブに言わせると、ちょっと耳がつんとして、腸がぐにゃっと歪んだら、転移してる。とのことだがどうなんだろう。あいつは言葉数が少ないので、ホントにそれだけなのか? とも思う。
「時間だよ。行こうか。」
上田さんに促されて、二人で転移ドームの中に入る。
ドーム係の人が「赤い光が、目に入らないように、中央の円の中に入ったら、目を閉じてください。」
と言って、入り口の重たそうな扉を閉めた。
そして今度は、どこかからの放送なのだろう、機械を通した声が響いてきた。
「はい、いいですか? 五つ数えたら、息を止めて下さい。名古屋についたら『ゲートが開きました』と言う放送があります。そうしたら息をしていいですからね。」
「いきます。いち・に・さん・し・ご、はい息を止めて下さい!」
係の人の声が終わるかどうかという時に、
いきなり、身体中の内臓がどこかに移動していくのではないのかというおかしな心持ちがしたかと思うと同時に、耳の奥がきーーーんと高音の振動波を感知する。
うわっ、ひでぇ気分。
これいつまで息を止めとくんだ? と不安になった瞬間に「ゲートが開きました。名古屋にようこそ。赤い光を消します。はい、目を開けてもいいですよ。」
という放送があった。
ひぇーー、やれやれ。
係の人が扉を開けてくれるのを待つのももどかしくて、開いた瞬間に外に飛び出した。
閉塞感のある空間、ひどい気分、耳の方はまだ耳鳴りがしている。
どうしても時間を短縮しなければならないなんていう用事でもなけりゃ、誰もゲートを使わないはずだよ。
「大丈夫? 初めてだとちょっと転移酔いするんだよね。」
上田さんは平気そうである。
・・・これをもう一回するのか、・・・。
パートナーが国の首都に住んでる人で良かった。
タカオはつくづくとそう思った。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
説明っぽくなるところ、突っ込みどころ満載の設定。
いろいろ言いたいことはあると思いますが、ゆるい目で楽しんでいってください。
※ 「出会い」まで書く予定でしたが、そこまでいきませんでした。
次回が「出会い」です。・・のつもり。