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第七話

 どうしてか、僕の手は動かなかった。先ほどから鳴っている継承は音の大きさを増し、この手を取ってはいけない、いけない、と何度も繰り返しているようだった。僕は思わず目を逸らした。

「そう。そうか」

 彼はそれだけ呟いた。途端、笑い声が明確な殺意を持ったように、鋭く鼓膜を突き刺した。思わず顔を伏せて強く耳を塞いだが、音は少しも小さくならない。そして、一度大きな声が聞こえたあと、音は聞こえなくなった。

「……あれ?」

 ふと呟いて、顔を上げる、その瞬間。

 目の周り。少しくぼんでいるところ。名前は知らない。でも、確かにくぼんでいる。そこに一瞬、外部からものすごい力が与えられた。それが、二回。多分、一秒で二回。

 気が付いたときには、痛みは去り、僕の視界は闇に染まっていた。

 眼球が押し出されたと、気が付いたのは少したってからだった。僕は何も見えない闇の中に、手を伸ばす。

「手を取ってくれたら胴体と目はひっ付けたまま連れて行ってやったのに」

 足音がする。足音が遠ざかっていく。僕は手を伸ばすが、そこには何もなかった。おお、おおお、と獣のような唸り声が聞こえる。それはほかでもない、僕の声。

「どこ……?」

 彼に呼びかけるが、返事はない。僕はどうしていいか分からず、混乱して、立ち上がって、目の前にを猛然と走り出した。

「おお、おおお、おおおおお」

 風を切るように走る。全力で走って、転んだらどうしようとか、考えるいとまもなかった。そして、誰かの足音が段々と近くなる。ああ、彼だ、彼だ、と思った瞬間、突然足が鉛のように動かなくなった。足は急に止まるが胴体は急には止まれず、ゴキ、と嫌な音がして体が前に倒れる。痛みは何も感じない。

「ああ、うん。このままだと地獄の底まで追ってきそうだね」

 そう呟いて、彼は指を鳴らした。

 



 自分の体が溶けていくような感覚に襲われた。いや、実際溶けているのだろう。足も手も、感覚が溶けていく。熱も何もない。ただ、神経が溶けているのが分かる。やがて胸が溶け、首が溶けた。頭だけになって、ふと冷静になる。警鐘はこれ以上ないくらいのけたたましい音で鳴っている。ああ、ああ、ああああああああ。

 あの時手を取っていればよかったのかもしれなかった。いや、そうじゃなくて、もっと早く、彼から離れていれば。洞窟に行けば、良かったかもしれない。

 やがて、僕の意識も、溶けていった。後には何も残らなかった。                              


『西崎理央ルート』了


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