第六話
その手を、恐る恐る取った。途端、笑い声が止んだ。不安げに彼を見つめると、彼は全く笑みを崩さずに、僕の手を握った。
「うん、いい子だ」
彼は僕の手を引いて歩き出す。ずんずんと、森の中を歩いていく。僕の脳は静かに警鐘を鳴らしている。ついていってはダメだ、ついていってはダメだ、と。だが、もう引き返すことなどできはしない。戻ったところであの洞窟が閉じているかもしれないし、それにまたあの笑い声が聞こえたらいよいよ動けなくなる。それに、彼らは僕の目が欲しい。やっと手に入ったのに逃げ出したら、それこそどんな目にあわされるか分からない。それにきっと、元の世界に帰るより、こちらにいたほうが、自分は幸せになれる気がする。
***
妖精の国、とは、先ほどの森とほとんど変わらない。薄暗い森で、見えるのは彼だけ。だが、声は聞こえる。誰かが話している。それは近かったり、遠かったりするのだ。
「……へえ、彼、私たちのこと見えないのね」
誰かが呟いた。その後、誰かが言った。
「そうだわ、彼の目を一度抜き取って、スペアを埋め込めばいいんじゃない?」
その提案が出て、僕がぞっと背筋を凍らせる頃には、そうだわ、それがいい、そうしよう、といった賛成の意見が多かった。そうしよう、そうしよう、という声はいつしか僕の周りを取り囲んだ。
「あ、あの、ちょっと」
彼に手を伸ばすが、彼は僕から少し離れたところで微笑むだけだ。
やがで僕の体は止まった。誰かが僕の体を抑えているのだろう。一人や二人ではなく、それ以上の。
「じゃあ、目をくりぬくわよ」
誰かが僕の目を無理やり開かせる。僕は必死になって手足をばたつかせたがびくともせず、叫ぼうとしても声が出なかった。
気の遠くなるような痛みが二度続いた。その後、肉をこねるような音と目に針が何本も突き刺さるような痛みがやってきた。具体的には言えないけど、僕はきっと目を埋め込まれているんだと思った。それは、僕に合う目が中々見つからないのか、何度も何度も繰り返された。何度も何度も痛みを味わった。何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も――。
そうして、暫くして、僕の体は地面に落ちた。そして、段々と音が小さくなる。意識が重くなる。真っ暗闇の視界の中で、静かに、脳に届く声があった。
「その体はもうダメだよ。それだけ埋め込んで使えないんだから……うん。だからね、もう体の方ももたないってこと。君達は乱雑に扱いすぎたね」
彼の声だった。彼に助けを求めようとしたが、体も、喉も、動かなかった。
「それはもう捨てなさい。うん、処理場に持っていきなさい」
その声が最後。僕は意識が閉じていくのを感じた。きっと、今処理場に送られているのだろうが、触覚も、嗅覚も、聴覚も、閉じてしまったのだろう。
闇に染まる意識の中で、どうして帰らなかったんだろうと、後悔した。だが、もう遅すぎた。
遅かったんだ。もう。




