第五話
「……ここに、います」
それを聞くと、彼は少し驚いた顔をした。
「そうか、ここにいるのか。いいのか? もう向こうには戻れないぞ」
僕は震えながら頷いた。向こうには家族がいる。大切な人たちがいる。分かっている。分かっているけど、ここで普通に暮らせるのなら僕はここを選ぶ。
「はい」
そう言って僕は泣いていた。ぼろぼろと涙がこぼれた。袖で目元をこすっていると、彼は僕にハンカチを渡した。
「こすっていては腫れてしまうぞ」」
僕はお礼を言って、ハンカチを受け取った。
「じゃあ、こちらにおいで。案内してあげよう」
彼は歩き出す。僕は着いていこうと、足を踏み出した瞬間、森の中からくすくすと笑い声がした。それは一つではなく、何重も、何重も、重なっていた。
「……あの、笑い、声が」
「うん」
彼は振り向いた。そうして、まるで大人が子供に向けるような笑顔を見せた。
「ようこそ」
悪い大人が、純粋な子供を騙すような笑顔を見せた。
「妖精の国へ」
笑い声が一層大きくなる。僕は思わず耳を塞いだ。だがあまり効果はなく、笑い声は僕を包んだ。膝から崩れ落ちる。おかしくなりそうだった。
「新たな仲間に、三つ、先人が教えてあげよう」
大きな笑い声なのに、彼の声だけははっきりと聞こえた。まるで、直接脳に問いかけるような声だった。
「一つ、君が見えるのは、君の目、つまり眼球が特殊なものだからさ。そして二つ、先ほどは適当にごまかしてしまったけど、実は君の目ってこちらの世界でも特殊なものなんだ。こちらの世界の中でも、特別な存在のみを視認することが出来、それ以外は視認できない。現に今、君の目に見えるのは恐らく俺だけで、周り飛ぶ無数の妖精は見えていないだろう?」
僕は顔を上げようとしたが、それをあざ笑うかのように一層笑い声が大きくなる。僕は思わず顔を伏せた。
「そして三つ。俺達はその目、その能力が欲しい。生きためにどうしても必要なのさ。……さて、君もいい加減苦しくなってきただろう」
そう言うと、彼は僕から手を離して立ち上がった。僕の前に手を伸ばす。
「おいで」
無意識に、その手を見つめる。僕は――
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