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Episode Ⅰ 「6.三度目の挑戦」

「さぁ、今日も挑もうか」

「私は嫌よ……」

「最近死んでおりませんでしたもんね」

「今回は気をつければいいっすよ」


 奇抜な格好をした四人組が、口々に話しながら街のはずれに聳え立つ墨色の塔まで歩いてくる。

 一定地点を超えたあたりで、城の辺りから警報が微かに聞こえてくる。

 だが、四人組はそんな音を全く気にせず歩みを続ける。


「ちゃんと銀行に預けてきたか?」

「そうですわよ。銀行に入れておけば所持金を取られることは無かったですのに……」

「だって……死ぬなんて思ってなかったし……」


 声のトーンが次第に下がってゆく金髪の少女が、がっくりと肩を下ろす。その少女を三人が囲んで、手振り身振りを生かして慰めている。


「ほら、でも割り勘しましたし……」

「でも、そんな私のミスで……」


 更に金髪の少女は暗い顔をして、金髪を目に被せる。隠れてしまった瞳には、どんよりとした失意の念が浮かんでいる。


「さぁ、着いたぞ。準備はいいか?」

「おうよ!」「はい」「うん……」

 三者三様の反応を返し、先頭に立つリーダー格の大剣持ちが魔王城の扉に手を掛けた。



 ♯



「来るぞ……」


 魔王城内部における、会議室。

 グローは中心に座って腕を組み、勇者到来の様子をヒュミリオールと二人でモニタ越しに観察する。

 壁に据え付けてある冷房の温度は5ネブ。グローは少しだけ肌寒く感じたが、これから訪れる運動を考えれば、控室はこれくらいでいいのかもしれないと思い直した。


「グロー様、各地にて、セッティングが完了したようです」


 ヒュミリオールの耳元には遠距離通信装置がつけられている。人族と魔族では開発に力を入れている方向が違う。ヒュミリオール曰く、遠距離通信くらいなら、レベルを上げれば人族は誰でも使えるようになる、らしい。


「了解、勇者らに存在を悟られないように、その場で待機。もし露見したようならば、『いのちだいじに』の作戦で」

「分かりました。念押ししておきます」


 ヒュミリオールの顔つきも、いつにも無く真剣だ。

 そんなことをヒュミリオールに言うと、いつも真剣ですよ、とか言われてしまいそうだと思いグローは言いかけた口を閉じた。


 魔王城は案外とハイテクだ。ドアを開くときに流れる雰囲気作りの音楽が録音されたものであったり、奥に進めば進むほど冷気を感じるのも悪魔族の技術スタッフがわざわざ作っている。

 そして、警報もその一環だ。

 勇者が近づいてきたことを知らせる合図、問答無用のチャイム音。


 グローはタブレットをそっとヒュミリオールに預け立ち上がる。

 その姿は昨日までとはまるで違う――どこからか見繕ってきた悪役然としたマントに、誰かから拝借してきた威厳のあるアクセサリーを身につけている。

 いかにも『魔王』であるかの様なスタイル。

 その実、中身は魔王なのだが――グローは思う。

 いかんせん、威厳が足りない、と。

 だからこの小道具は、『魔王らしくなるため』のアイテムだ。


 ヒュミリオールもグローに合わせて付いて行く。今日の服装は、黒く染まった礼服だ。会議室の電気を消して、蛍光灯だけが灯りをともす暗がりの廊下を黙々と歩いてゆく。



 魔王城三層。

 ドア番を任せている地中族に扉――とはいっても、魔王城に山のようにあるブロックで作った簡略的なものだ――を開けてもらい、三層目の深奥に二人で立つ。

 ここまでの勇者が来るであろうダンジョン構造は簡単。

 ほんの少し迷路だと思わせるような構造で、一層目と二層目を造っている。だが、三層目は一気に大部屋で、遂に魔王と対峙する――というものだ。


「予定通りなら、あと2分ほどで来ると思うが」

「どうでしょう、運の悪さも加味して、あと4分ほどかと思われます」


 ヒュミリオールはタブレットを操作して、勇者の位置を特定する。

 それをグローも覗き込み、渋い顔をした。


「少し来るのが早かっただろうか……」


 一応、威厳のある声と言葉選びを意識してグローは喋っているものの、どうにもぎこちなさが残っている。

 ヒュミリオールはそれを緊張だと勘違いしたのか、さっきまでの張りつめた声はどこへやら、


「大丈夫ですよ、グロー様。一応準備は万端ですし、今のところ不手際もありません。多分どうにかなりますよ」


 という励ましの言葉を送って来る。

 グローはそれを聞いて、若干の不安を覚えた。

 多分とか一応とか、気になるワードが幾つか入ってるんだよなぁ……。



 ♯



 魔王城一層。

 四人組の勇者は、分かれ道に来るたびに揉めに揉めていた。


「だーかーらー、さっきも右だったから今回も右かもしれないだろ!」

「あんた馬鹿なの? っていうか馬鹿でしょ? そんなに右ばっか曲がってたら回っちゃうじゃないでしょうが!」

「そう言ってたお前が言ってる道はことごとく外れてるんですが!?」


 先陣を切る二人が揉めているが、後ろに居る魔術師の様な格好の女子と、袴姿の男性は見慣れているのか、生温かい視線でその光景を見ている。

 まるでカップルか何かを見ているかのように。


「微笑ましいなぁ……」

「ですわねぇ……」


「だーかーらー、今度こそ左だって言ってるでしょ! もう何連続右に行ってるのよ! 次で四回目よ!? 四回右に曲がったらどうなるか分かってるの!?」

「四回目だからなんだよ! 何か悪いことでもあるっていうのかよ!」

「あるに決まってるじゃないの! さてはあなた脳筋ね?」

「んァ!? お前に言われたくないんだよ金髪生贄!」

「私の職業は生贄じゃないわよ! 盗賊よ!? あと考えてみなさいよ。右に四回曲がったらどうなると思う?」


 金髪の少女が呆れ顔で頭に血に上った大剣持ちに言う。ショートカットの髪の毛に隠されている額を押さえ、天井を仰いでクールダウンしている。

 その様子を見た大剣持ちも、深呼吸を一回して心を落ち着けた。


「右に一回、もう一回、もう一回、更に一回……あれ」

「気付いたかしら? それ、一周してんのよ!」


 勇者が驚愕の表情で目を見開いているところを、盗賊の金髪少女が鞘の付いたままのダガーナイフで頭をペシンと叩く。


「さて、答えは出たのかしらね?」


 後ろで待機していた魔導士の少女が前の二人に歩み寄る。それに続いて、袴の青年も近づく。

 金髪の少女が大剣持ちを仕留め上げたところで、猫のように首筋を掴まれている大剣持ちが宣言した。


「じゃあ、次は左で……」




「なんでなのよ!」

「だから右だって言ったろ! ほら見ろ!」

「だって、そんなはずは……」


 勇者たちは、行き止まりに面していた。

 金髪の少女がその事実に狼狽うろたえて、掻き毟られた金色の髪は何本か地面に落されてゆく。

 大剣持ちは勝ち誇ったような顔で、今度は逆に金髪の少女の首根っこを掴みながら再び引き返す。


「やっぱり言ったとおりだろ! 右が正しいんだってな!」

「えええ……」


 掴まれたまま抵抗をしない盗賊の金髪少女は、足をぷらーんとぶら下げられたまま、ぶつぶつと小声で何かを考えている。

 袴の男性が先に元の道に戻るが、それを気にかけたのか、魔導士の少女は勇者の手元で玩弄がんろうされている金髪の少女に駆け寄って様子を見ている。


「なんでぇ……なんでぇ!?」

「もしかしたら、幻惑の魔法かもしれないですわね」


 にこりと、柔和な顔で魔導士の少女は金髪の盗賊に話しかける。

 そ、そうかもしれないわね、と金髪の少女は少しだけ精神力を取り戻したのか、勇者に掴まれた状態から振り払って自分の足で地面に降り立った。



 ♯



「まだなのか……」

「まあ、そんなに逸らなくても」


 グローがぼそりと呟いた言葉に、鋭敏にヒュミリオールは反応する。

 ヒュミリオールが提示してくれる画面を眺めてグローは思う。

 こいつらは馬鹿なのか――或いは、古典的にずっと左側の壁を触りながら攻略しているのか、どちらかを見極めている。

 声こそは聞こえないが、大剣持ちとその隣に居る少女が話し合って決めていることは見当がつく。大剣持ちは毎回人柱娘の言うことを優先していることと――その道が悉く外れていること。後者は見当ではなく事実だが。

 あと何故こいつらは魔王城が碁盤状に区切られていると思っているんだ……?

 ダンジョンだとはいえ常に真っ直ぐであるわけがないだろう。

 普通に螺旋状に本来のルートを造り、適当に派生するように分岐の道を形成したつもりだったが、どうやら裏目に出てしまったようだ。


「そろそろ来ますよ。彼らがようやく階段を発見したようです」


 敵が来るというのに、何故かヒュミリオールはほっとしたような声音をしてそう言った。

 その言葉に、グローの心拍数が少しだけ上昇する。

 今なら炎くらいなら放射できそうな気持ちだと、グローは感じる。

 自身の鼓動と胎内に湧き上がる何かが共鳴している感覚が自らの中で沸々と湧き出る。


 グローとヒュミリオールが佇んでいる場所から凡そ0,5ローム――地球換算50メートルの場所に位置している階段から複数の足音が聞こえる。

 一層から三層へ、直接続く階段だ。


 磨かれたタイルの上を、計八つの足が擦るような優しい節奏を奏でながら駆けあがって来る。そして三層大広間に入り、魔王グローガルムはその瞳で生の勇者たちを目撃した。

 かつて一瞬で吹き飛ばされ――力では敵わないと悟ったその相手が、武力を奉じて少し離れているとはいえ自分の前に対峙している。

 グローは胸を押さえ――そして思う。

 これが、魔王という存在の圧倒感。

 どうしてこれが胸踊らされずにいられるだろうか――いや、否。

 ここまで御膳立てされて勇者と対峙するとなれば、誰とて体は震えるだろう。

 緊張か、或いは興奮か。

 その心の中にある感情の言語化は出来ないが――いま、目の前に居る彼らとだけは共有できているだろう。


 グローは鋭い眼光で、勇者らの先頭に居る大剣持ちを睨む。

 四人全員が入ってきたところで、大広間の前に隠れていた勇者側の入口のドア係が、何もなかったところから魔王城のブロックを取り出し、帰路を塞ぐ。


 だが、そんなことは勇者たちには見えていない。

 彼らの目の奥に据えられているのはただ一人――魔王、グローガルムのみだ。


「ようこそ、我が居城きょじょうへ」


 グローは、威厳のある低く玲瓏れいろうな声で、そう揚言した。


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