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Episode Ⅰ 「4.魔族会議」

 魔族に残された土地は魔王城唯一つ。

 そして、その魔王城の周辺全土が人族に占有されている――ところまではまあいい。問題は、その周辺三分の一の区域が人族が居着いているということ。そしてさらにその街が人族の中心である王都――サンタナシアであるということだ。


「なんでまぁ、王様はここに街なんて作ろうと思ったんだ? こんなことしたら民間人に被害が及ぶかもしれないうえに、自分の身だって危ないだろうに」

「つまりは、それだけ魔族を弱体化させたということの現れですよ。あの王はきっと今頃左団扇で勇者がこの城を制圧するのを今か今かと待っているんでしょうね」


 ヒュミリオールは窓から見える王城を睨み、やがて眼を落とす。落とされた視線は、偶然にもグローの眼差しとぶつかった。


「それで、魔族の目的は何なんだ?」


 偶然にも捉えた眼を、しかしグローは離さない。ヒュミリオールの艶っぽい瞼が閉じる。

 その場から数歩移動して、ヒュミリオールはグローに背を向ける。


「もちろん、この星の全土を、魔族のものにすることです」


 グローに見られたくなかったその瞳には、強い闘志が漲っていた。だが、グローとて見なくてもそれくらいは察することは出来る。


「なるほど、そのための俺か」

「はい、グローガルム様」


 振り返ってヒュミリオールは跪く。シチュエーションに呑まれたグローは仁王立ちをしてヒュミリオールを見下ろす。


「分かった、では俺が人肌脱いでやろうかね」




「……で、これはどうやって出ればいいんだ?」

「それが出来ればアタシは寮に戻っています」

「一応一階につながる階段は魔王城の外側と内側の間の空間に作ってはいるが……」

「何を言ってるんですかグロー様」


 意味がわからないという風にこちらを見るヒュミリオール。それに対して、どう説明しようかとグローは考えたが、タブレットに映っている姿を見て考えることを中断した。


「まあ、一応下に降りる階段はあるんだよ。まあ、でもそんなもん使うより、もっと早い方法で行くか」


 グローはそう言って――魔王の部屋の床に穴を開けた。


 吹き抜けと化した床の穴からは烈風が経る。グローの服が音を立ててはためいた。


「魔王様、一体何を!?」

「行くぞッ!」



 魔王城の現在の構造は、勇者を足止めするために作ったグラウンドフロア――一階層と、最上階として位置する魔王の部屋のみ。それ以外の中間層は全て吹き抜けになっており、何もない空間が続く。


「グロー様、いきなり何を!?」


 そう叫んだヒュミリオールも、慌てて後に続く。

 だが、そんな声はグローには聞こえていない。

 やがて、ぐえっ、と首を絞められるような感覚がグローに襲いかかる。首根っこを掴まれて――宙に浮揚しているような感覚が体中を占める。


「いきなり飛び降り自殺って、どうしたんですか」

「ゲホッ……飛び降りじゃ……ゴホッ……」

「グロー様」


 グローはヒュミリオールの手をばしばし叩く。ギブアップのサインは通用しないのだろうか、とグローは思う。ヒュミリオールはグローの顔が蒼褪めていくのを見て、ようやく手を離す。すると、重力加速度に逆らわずにグローは宙に投げだされた。


「はぁ……よく聞け、ヒュミリオール。お前の――なんだ、【種族補正】はどんなものかある程度予想は付いている。それも確認したかったが、今はそれじゃない」


 ヒュミリオールの【種族補正】はおそらく浮遊。

 だが。

 そんなことはもうとうに予測は付いている。

 飛び降りたのもその確証があったからだ。

 わざわざ階段を下りるよりも、こうやって落ちた方が速かったのと――。

 下で待機している、クランシュルがグローのことを呼んでいるからだ。


「ああ、魔王様、お待ちしていまス。どうぞこちら二」


 上から下りてきたグローを、一片の動揺も見せずにクランシュルは二等身の状態で受け止める。上半身と下半身の間からネットの様な受け止めるための低反発な素材がクランシュルの体の内部から出てきて、包みこまれるようにしてキャッチされた。

 もちろん、地表に着地する前にヒュミリオールが重力に反して止めてはいる。


「わかった。一体何の用なんだ?」

「勇者らが本格的に帰って行ったのでスガ、今回の報告会を行われまス」

「……なるほど」

「魔王様、何故アタシの能力がわかったんですか!?」


 グローのことをゆっくりと降ろしてから背中に大きく生やしていた黄金の羽根を仕舞い、ヒュミリオールはグローに糾問する。


「何故、って、隠していたつもりなのか?」

「いえ、そのようなことは……。ですが、まだ一言も言っていなかったはずです」

「ちゃんと言ったろ、まず発言からして魔族であることは確定、それから勇者のスキルの話を聞いたときに言ってた、『飛び違えたりして』って言葉でそのくらいは予想できる」


 もしかして、ヒュミリオールはばれていないとでも思っていたのだろうか。だとしたら、それは間違いだ。魔王グローガルムはヒュミリオールとの会話の端々に当たる言葉から分析、そして予想を立て、常に検証するべく動いているのだから。


「では、参りませル」


 ネットでグローは包まれた状態から這い出して、クランシュルに続く。クランシュルは魔王城を適宜壊しながら進んでゆく。グローの設計ミスにより、各々の階層が孤独に分断されているのが原因だ。


 グローは、後ろからの昨晩と同じ恰好のままの少女による熱い抗議の視線が自身を苛んでいることに薄々気づきながら少しばかり反省をしつつ、クランシュルに随行した。



 ♯



 案内されたのは、会議室、と言うべきところだろうか。魔王城地下に広がる区域の一角だった。クランシュルがその扉を開けると、十数人は座れるほどの座席数と、それの20パーセントにも満たない着席数だった。

 後ろからグローに陪従するヒュミリオールは、グローの反応を伺ってから切り出した。


「これが、現在魔族における残った人材のトップの方々全てです」


 グローはそこに座っている人数を数える。

 いや、数えるまでもなかった。

 二人。

 たった二人だけが、そこで待っていた。

 ヒュミリオールが言う『全て』という言葉の意味が、深く反響する。


「ワイは、悪魔族首領のザスラ。新しい魔王様、どうかよろしくお願いしやす」

「クロコリトルは、地中族トップなの! よろしくね! ロコって呼んでいいよ!」


 そんな二人が、グローの登場とともに熱い視線を投げかける。グローは、それを見て、再びヒュミリオールに対して向き直る。

 ヒュミリオールも、グローが何を言いたいのかを把握して、その上で返事をした。


「大丈夫、この二人と、あとアタシ達天空族の生き残りと、クランシュルさん率いる4種族がまだ残っているから!」


 励ますように、今までになかった友達の様な口調で接してくるヒュミリオールの気遣いが痛い。それほどまでにグローは今切迫した表情を浮かべていたということだろう。


 クランシュルが前へ進み、パンパン、と手を打ち鳴らすような仕草で鉄の反響音を響かせる。


「皆様、座ってくださレ。会議を始めラレル」

「ちょっとあんたの合図は五月蠅いのよ! その手を鳴らす仕種は止めろって毎回言ってるでしょうに!」

「そうは言われましても――ですからほかに注意を呼び掛ける方法は高周波音くらいしか……」


 いつの間にか応酬を繰り広げている地中族のトップとやらとクランシュル。それを見て、仲がいいのだろうと勝手に解釈をしてグローは壇上に立つ。

 そしてその横にはさも当たり前のようにワンピース姿のヒュミリオールが佇立する。

 悪魔族首相ことザスラはワイシャツにネクタイという軽めな格好をして、手元には何やら紙の様なものとペンの様なものを持っている。地球で見ていたものとは、どこか形状が違うようにも見えた。それをじっと見ていると、悪魔族のトップが反応して、「これは議事録を取ってるんでやす」と反応してくれた。

 なるほど、機械族ではなく悪魔族がとるのか、とグローは少し不思議に感じないわけでもなかったが、言葉を掛けるほどのことでもなかった。

 地中族のクロコリトルはネクタイは付けずにクールビズの恰好だ。皆一様にスーツを着込んでおり、隣に立つヒュミリオールの私服がカラーリングの面からしても特に目立つが、半分はグローのせいでもあるということを自覚して触れずに進行を始める。


「さて、じゃあいろいろ報告を聞こうか」


 皆の前に立ってグローは発問する。それに対して、クランシュルが手元に出力した紙を見ながらデータを口述する。


「今回の勇者急襲ですガ、滞在時間1時間36分、儲けが3万7千ゴールド、詳細は配布した別紙をご覧くださレ」


 そう言って各々は紙を取り出す。グローは指を銜えながらきょろきょろ見回してみる。その手元にはもちろん紙なんて配布されていない。それに気付いたのか、ヒュミリオールがはっとした顔をしてからグローに紙を渡した。


 受け渡された紙には、給与明細の様な形で細かく額が刻まれている。

 人物報酬2万ゴールド、賠償金5千ゴールド、親善報酬1500ゴールド、エトセトラエトセトラ……。

 賠償金なんて支払われるのか。勇者も金掛かるな……。


「対して支出は宣伝費と電気代、それから備品買い集めなどで2000ゴールドを支弁しまス。〆て3万5千ゴールドの黒字でス」

「黒字!? やったじゃない! 久々じゃないの!」


 クランシュルの報告の後、息つく暇もなくクロコリトルが喜びの声を上げて狂喜乱舞する。子供の様な体系をしているせいか、その姿に違和感はない。

 それ以外の者共も、明るい吐息がふっと漏れ出たことにグローは気付いた。

 もしかしてこの魔王城は万年赤字か?

 確かに、一発勇者を引っかければ何十回分かは賄えるが……。

 グローは思考をやめて、口を開く。


「まあまあ、喜ぶのはいいがちょっと聞いていいか?」

「なんでしょウ」

「……宣伝費、ってなんだ?」


 グローの尋ねた質問に、クランシュルは何食わぬ顔で、


「宣伝をするための費用でスガ……?」

「いや、だから、なんで宣伝してんの?」

「そリャ宣伝しないと勇者は来ませんかラ……」

「危険もそりゃあるけれど、今の私たちにはたくさんのお金が必要なんですよ」


 状況が呑みこめていないグローのためにヒュミリオールが補足説明を差し込む。だが、グローは腑に落ちない様子で顔に憂色をたたえる。


「でも魔王城って、危険だから勇者が勝手に攻め込んでくるとかじゃ……?」


 その言葉に、悪魔族のザスラが朗笑する。


「そんな魔王城だったら、あんなところに王都なんて作らないだすよ。ハッハッハ!」

「うん……。それもそうだね……」


 グローの頬は気がつけば引き攣っていて、憫笑がその顔に浮かんでいた。

 何故だか知らないが、笑みが勝手に零れてきちまうよ……。



見ていただいて誠にありがとうございます。

皆様の閲覧が執筆の励みになります。

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