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Episode Ⅰ 「3.魔王の間」

 翌朝。

 魔王グローガルム、通称グローは目を覚ました。窓から差し込んでくる陽光がグローの足元を照らす。

 何故床で寝ているのか。グローは昨晩のことを少しだけ思い出す。


「寝床はどうするんです?」


 内築が完了した魔王城でヒュミリオールが魔王に問いかける。

 魔王らはいったん魔王城のに避難をして内装が変わるのを待っていた。


「俺はその辺で雑魚寝でいいよ。っていうかヒュミ……君はどうするの?」

「ヒュミリオールです。長いのならミリとお呼びください。私は住み込みですので……」


 グローはミリが言おうとしていたことを勘づき、頷く。

 なるほど、この城のどこかに寮があると。

 ならその寮を一部屋貸してほしいものだ、ともグローは思った。


「では、今日はこんなところだな。次に勇者が襲来するまで、解散!」


 グローは魔王らしく高らかにそう宣言して、その夜は終わった。



 そして、今。

 朝になり、魔王城の外では珍妙な鳴き声を出す鳥が騒がしくも鳴いている。

 グローが寝転んでいる近くには、タブレットが一枚と、ヒュミリオールが一体。ヒュミリオールは魔王から少し離れた壁沿いに座りこんで寝込んでいる。

 グローは床で寝ていたということによるひどい肩凝りと、寝がえりを打ったときの冷たいタイルの感触で目覚めた。

 それから近くに置かれている『CASTLE SYSTEM』のタブレットを起動させ、惚けた頭のままでむくりと立ち上がる。


「えーっと……今、何時だ?」


 自分が起きているということを確認するのも兼ねて、グローは声を出す。その声はいつも聞きなれた声と変わりなく、相変わらず覇気のない声だった。

 きょろきょろと辺りを確認して、そしてグローは気付く。

 ここは魔王城だということに。

 そして自分が作り出した空間の中だということにも。



 ♯



 ジリリリリリリ、と昨日とまったく同様の音が鳴り響く。

 待ちに待った午前十時、グローは退屈をしながらも、モニタを使って魔王城の中身をくまなく調べている最中だった。


「来ました、敵襲です!」


 隣で待機していたヒュミリオールが立ち上がる。その格好は、昨日とまったく同じ、ピンクのワンピースだ。だがしかし、昨日と違うところとして、グローガルムとの距離が少しばかり遠くなっているようにも見えなくはない。


「よし、来い、勇者よ!」


 入口がギィィという古びた音を立てて開く。

 だが、これは毎日城を管理するグローのまだ会ったことのない手下がわざわざそのような音を出す機械を作って鳴らしているらしい――要するに、雰囲気作りだ。しっかり扉には油が差されており、5歳の赤子ですら難なく開けることができる。


 勇者ら計四名――昨日と同じメンツが魔王城に侵入してきた。

 魔王はその様子をモニター越しに固唾を飲んで見守る。その後ろで、ヒュミリオールも拳を握った。


「おい、なんか昨日とはえらい変わりようだぞ?」

「まあ、そういうもんでしょ、魔王城って。昨日が異常だっただけよ」


 勇者チームの先頭を歩く剣士の少年の呟きに、丁寧に金髪少女が対応する。

 剣士の装備は大剣を片手に持ち、背中に盾を装備している。服装はさほど重めの武器は付けていない。男子高校生の平均身長より少し低め、と言ったところだろうか。

 対して、金髪の少女はへそ出しルックの服を着ていて、とてもではないが戦う、という格好には不向きなように見える。持っているのは両手に使い捨てのナイフ、そして脇差しが二本、短髪の頭にバンダナを巻いているのが特徴的なくらいで、素肌の露出が多めな姿をしている。体系もとてもすらりとしていて、引っかかるものが何もない。


「彼らは……」


 グローが画面を見て呟くと、ヒュミリオールも画面を覗き込む。


「ああ、先頭の彼は勇者で戦闘タイプですね。その隣に居る彼女は駆動タイプですね。その身軽な体で電光石火のごとく進み、いちばん先に人柱になる、そういうタイプです」

「人柱!?」


 ヒュミリオールの言葉の中に不穏な単語を発見し、グローは訊き直す。

 しかし、毅然とした態度で彼女はそれを首肯し、言葉を続ける。


「ええ、人柱。なのであんなに身軽で、軽装なんです」

「え、それは死んだら……」

「はい、死んだらもちろん」


 ヒュミリオールはいったん言葉を詰まらせる。

 その間合いに、グローは溜まった唾をごくりと飲む。魔王城の中の小さな部屋にその音が大きく響き渡った。


「彼女は、神殿に戻ります」

「は?」

「神殿に戻って、コンティニューするんですよ」

「え、それって俺たちは出来るの?」

「出来ないにきまってるじゃないですか」


 にこやかに笑ってヒュミリオールは言う。彼女の中ではそれが当り前なのだ。

 人族は死んでも生き返るが、魔族は死んだらそれっきり。

 こんな世界で、どうやって勝てって言うんだよ……。



 ♯



「とにかく、今日は迷路式のようね。私が先制するわ」

「ああ。くれぐれも怪我はするなよ?」

「分かってる。なるべく頑張るわ」


 前方を歩く勇者らがそんな会話をしていると、その後方から二人の人物が入って来る。


「大丈夫なのですか? 昨日魔王城から召喚の儀の光があったばかりじゃないですの?」

「でも昨日入ったときにあらかた魔物はぶっ殺したかんな! 今日はもう大丈夫だろう!」


 お嬢様らしい言葉遣いの一人は特徴的なロッドを手に持ち、少しばかりこの城に対して恐怖感を覚えているようだ。びくびくとした態度とは裏腹に、その杖の先端には常に明かりが灯っている。最後の一人は、深々とした袴の様な服を着ている。特に気になるべき点はなく――寧ろ怪しい。


 怪訝な顔でグローはヒュミリオールに尋ねる。


「なぁ……後ろの二人について情報は……」

「後ろの杖持ちの方は魔術師ですね。杖の先端に灯っているあの光はいつでも火炎系魔法が打てるように臨戦態勢になっている状態です。そしてその隣に居る方の能力はまだ我々も見たことがございません」

「もし今彼らの前に俺が出て行ったら?」

「あの炎に焼きつくされて死ぬでしょう。お勧めはしませんよ?」

「…………」


 勇者ら四人組は、先頭に金髪のショートカットの少女、すぐ後を大剣持ち、そして少し離れて魔法使いと袴の少年という順番で進んでゆく。


 それ自体は普通のことなのかもしれないが――見ているグローとしては、自らが仕掛けた罠に生身の人間が引っかかっていくということを見ることに、多少の嫌悪感が無いわけでもなかった。


 ……が。


「きゃっ!」


 金髪の少女が突如叫び、その脇腹に針が突き刺さる。

 直径は30センチ程のもので太く、かつ鋭利な鉄製の棘が短兵急に壁から何の予兆もなく飛び出していた。太く肉塊に食い込み、へそ出しルックが災いして横から内臓奥部へと抉り込む。

 普通の『人間』なら即死でもおかしくない致命傷。

 ――だが、勇者らは違った。

 ストレートで刺し込まれたからか出血自体は数滴脇腹から滴り、今も突き刺されている針に沿って赤く滲む程度だったが、問題は内臓器系の損害だろう。

 そう思ってグローは見ていたが――杖持ちの少女が何やら一言二言暗誦したのと同時に、金髪少女が棘を脇腹から抜くと、そこには傷跡など何一つ残っていなかった。


「大丈夫ですの?」

「ありがとう、もう大丈夫」


 魔術師の少女が軽装の少女のもとに近づいて、その傷跡をもう一度まじまじと診察する。

 その様子を、大剣持ちはちらちらと横目で見ている。対して、袴の少年は怪我をする前となんら一つ表情を変えずにこやかな笑みのままだ。


「こいつらを、魔王城で殺せと?」

「はい。人族はそこまで脆弱ではありません」


 なんだよそれ……。魔族はそんな奴ら相手によくもここまで戦えて――。

 そこまでグローは考えた後に、そして思い至った。

 だからここまで追い込まれているのだ、と。

 納得のできる話だ。どんなテクノロジーかは知らないが、復活可能で魔法を使い、空をも飛ぶ。これで負けないはずがない。


 ――そう、負けることは少なくともないのだ。いくらこちらが金城鉄壁の要塞を作ろうとも、人族には限界がない。なるほど、道理の通った話だ。


「それで俺を召喚した、と」

「はい。グロー……いえ、グローガルム様はこの城の、いえ、魔族の最後の希望です」


 ヒュミリオールは言葉を正し、グローの言葉に明答する。グローは一瞬モニタの表面から目を離し、ヒュミリオールの瞳を直視する。

 ヒュミリオールはこの話をする際に、毎回神妙な顔をして口述する。グローはその重みをもう一度胸に刻みつけて、さっと目線を外して光の灯る盤上に戻した。



 見てみると、今度は大剣持ちが人柱娘が見逃した落とし穴に引っかかって、そこから半径五メートルの床が魔法の力によって消失する。


「やりましたか!?」


 画面を見ていたらしいヒュミリオールが快哉の声を上げそうな勢いでそう言う。だが、その声を聞いた瞬間、グローは罠の失敗を覚悟し、現にその通りだった。


「『ソード・スキル:飛脚沖天』ッッ!」


 大剣持ちが地球換算1メートルほど落下したところで、その言葉を口遊み終える。落ちるかどうかの関頭に立ったその時、勇者の体が滑らかな動きで、地上に向かって飛躍し、そして魔王城の床に剣を突き立てた。

 簡単に言ってしまうと――1,5メートル余りの距離を踏み台なしで跳躍した。


「……これが人の為せる業かよ……バランスおかしいんじゃねぇの?」



 ♯



「ここが、最後の部屋か」


 大剣持ちはそう呟く。その肉体には傷の後は絶無だったが、心はとうに擦り切れていた。度重なるトラップに、失った仲間。

 魔王城に入ってから丸々1時間が経過していた。

 延々と続く、翻弄するために作られた数々のルートを前にしては多岐亡羊と悩み、その挙句悉く罠に引っ掛かり道を戻ること数回――ようやく彼らは冷厳とした扉の前に辿りついた。

 ちりちりと勇者の体が凛冽として粟立ち、それを耐えるように彼の手は大剣の把手を強く握る。

 現在勇者らのメンバーは三人。

 金髪の少女は途中でグローが仕掛けた落とし穴と、そこで控えるグローの手下の魔族――と言っても待ち構えていたのはクランシュルだったが――が慣れた手つきで一撃で彼女を仕留めたため、回復が間に合わずに儚くも命を散らせた。


「さぁ、行くぞっ!」


 士気を上げるためにリーダー格の人物が言うような言葉が遠くから耳に聞こえる。

 そんな遠音とおねに気がついて、半ばうつらうつらと微睡まどろんでいた状態から意識を覚醒させて、壁に立てかけておいたタブレットを手元に手繰り寄せる。

 勇者到来から三十分ごろまでは立てかけられたタブレットを眺めていたヒュミリオールも、枝毛を捜しては抜くという作業を延々としていたが、グローと同じように弱音に気がついてモニタまで這い寄ってきた。


「さぁ、来いッ!」


 グローは、鋭気のある声でそう呟き、画面を見据える。

 画面の中で、勇者らが扉を開き一歩また一歩と踏み出してゆく。

 そして――。



「なんだ、ここは」

「何にも、ありませんわね」

「おい、なんかむっこ(むこう)のほう見てみろよ!」


 袴姿の少年が、どこかの方言を交えて部屋の奥の壁を指さす。

 そして勇者たち三人がそちらへ駆けてゆく、その瞬間。


「今だ!」

『エジェクト・ホール!!』


 グローの掛け声とともに発動するのは、予め仕掛けられておいた魔方陣。書いておくだけ書いておいて、臨戦状態にしてスタンバイしておくように、グローがセットしたものだ。

 床に綴られていた魔方陣が光を発す。

 黒タイルの上に目立たない文字で書かれている記号やらが浮かび上がり、勇者たちを取り巻いて踊りだすかのように回転し始めた。


「くっ、罠か!?」

「解除……出来ません! 発動しています!」


 沈痛な叫び声が、下の階層からグローの耳に届く。

 そして、やがて光は止み――もうその場所に彼らはいなかった。

【転移魔法、『エジェクト・ホール』。ダンジョンからの緊急脱出魔法】。グローが昨晩城を構築している際に詰め込んだ魔法だ。


 そして、グローがいるのは、魔王城の最上部。

 迷路などを通っていては、どうやったって届かない、行くことも敵わない場所。

 入口からでは、ここに辿り着くための通路すらない。

 魔王城全体を小さく見せるかのようにブロックを配置、そして存在していないと思わせるような場所にグローは自分の居場所をおいた。


 ヒュミリオールが、画面の中の勇者らが飛ばされたことを見届けて、ぼそりと呟く。


「これって、かなり卑怯ですよね……」


 グローはその呟きを無視して、耳を塞いだ。

 ここに昨日居てしまったので、ヒュミリオールは昨日は自室に帰れず、おかげで少しご立腹のようだ。


 勇者たちが魔王城の入口に戻されるのを確認して、魔王は告げた。


「我々の勝利だ!」

「だから、卑怯……」

「勝てばその方法は問題にはならん」


 暫く唖然としていたヒュミリオールが、まあいいでしょうと溜息をつきながら納得する素振を見せる。


「今回の報酬額は、2万ゴールドですね」

「報酬? 何それ。初耳なんだが」

「これは、勇者らを倒した時にもらえる益金です。今回はあの金髪の少女が所持していた分、から半分が分け前として貰えます」


 その説明を聞いて、グローは考える。

 つまり、今回のように魔王城に籠城しているだけではだめであって、積極的に勇者らを殺しにかからないといけない――ということに、思い至る。


「まぁまぁ、って言ったところですかね」

「ところで、その儲けた金は何に使うんだ? 給料か?」


 グローは半ば首を傾げつつ、ヒュミリオールに問う。

 ヒュミリオールは一息、再び溜息をついてから、目を伏せてすたすたと窓の方へ歩いてゆく。それに続いて、グローも窓辺へと歩み寄る。

 ここは魔王城最上階――屋根裏部屋ともいっていい、秘密の部屋。その窓から見える景色は壮絶だ。遙か遠くに広がる翠黛すいたいと、そこからせせら流るる川瀬が白滝を造り出し瀞まで流れゆく。そこに広がるのは、目を疑うような巨大な大都市――王都、サンタナシア。この国で一番人の流れが多く、そして発展し続けている都。

 そんな都が――魔王城の7ローム、地球換算700メートルの地点まで街を広げていた。

 そして360度見渡せるこの階層からみて、210度くらいまではどの窓を見ても街が見えて、屋舎おくしゃが鳥瞰できる。


「我々魔族は働くのにお金を求めたりはしません。それはこの戦いが生存競争に他ならないからです。ですが……『土地』を買うのにはお金が必要です。だからアタシ達はお金を必要としているのです」


 下唇を噛みしめて、ヒュミリオールはグローから目を叛ける。こんな惨状であって恥ずかしい、とでも言わんばかりに。

 そしてグローは左顧右眄して、ヒュミリオールに告げる。


「魔族、なめられすぎじゃね?」



今回でEpisode Ⅰの前半が終了です。

あくまでプロローグの延長線上のような形なのですが、当初の目的を見失ったまま話は進んでいきます。

ダンジョンメイクってなんだっけ?

次回からは少しほのぼの回です。

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