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Episode Ⅱ 「22.『競争』が始まる」

「それはつまりどういう――」


 グローガルムは説明をケルチュトスに求めようと言葉を繰り返す。

 だが、言葉を反芻している間に、脳がうねりを立てて駆動を始める。

 ケルチュトスが告げた言葉と、グローガルムが認識しているこの現状の細かい誤差――ニュアンスの違いの意味を咀嚼する。

『最後に生き残った魔族』ではなく、『最後の人族に対して反撃ができる魔族』。

 この言葉から一瞬のうちにグローガルムが推測できた意味は一つ。

『生き残ってはいるが、人族に反撃できない魔族がいる』ということ。


「まあ、言葉の通りだよ」


 ヘルロスがグローガルムの顔を窺いつつ、こくりこくりと頷いた。


「君たち魔王城に住んでいる魔族は、選ばれた魔族とも言えるのかな? まだ人族に対して反撃の狼煙を上げようとしている希少な魔族と言う訳さ」

「それは、もう残った魔族は人族にへりくだっているということか?」

「ま、そんなところだね」


 ヘルロスはそれだけ言って、後は含み笑いを残すだけだった。口が裂けてしまいそうな、その容姿に見合わない酷く不格好でな笑いで。確かに、その顔には魔族らしさがありありと滲み出ていた。


 だが。

 グローガルムは逆説する。

 ヘルロスはまだ何かを隠している。

 その口ぶりから察するに、まるで人族に遜っていない魔族が異端であるかのように振る舞ってはいるが、痛恨、無念、諦念の感が言葉の端端から感じられる。決して表には出さない、内面で暴れている感情を無理矢理抑制している様な。

 オーラとも呼べない、何かを彼女は心の内に仕舞っている。

 そんな気が、した。


「さて、本題に入るけど、良いかな?」

「迂回するよりかは随分とマシだな」

「随分と捻くれているね。こういうときは素直に頷いておけばいいんだよ。変なところで反骨心を見せなくてもいいんだ」

「早く本題に入ったらどうだ」


 グローガルムがそう促すと、ヘルロスはゴホンと場の空気を整えるための咳払いを一つ行って、ただでさえ静かだった広場に、さらなる静寂を巻き起こした。

 一瞬で風は止み、木の葉の擦れる音すらも消える。グローガルムが唾を飲み込む音だけが引き延ばされて聞こえるようだ。


「魔王グローガルム君、僕らと『競争』しないか?」

「『競争』?」

「そう、『競争』。『どちらが多く人族から土地を取り返せるか』、というルールで競い合うんだ。そうしたらもっと魔族的にも張り合いが出ると思うんだよね」


 突然何を言われるんだと思っていた。

 そして、グローガルムは今。

 彼女――ヘルロスは一体何を言っているんだと思っている。


「そんなに唖然とするなよ。顔に出てるよ」


 グローガルムは指摘されて、若干緩みかけた顔の筋肉を引き締める。


「確かに僕らは人族に抵抗できない。だが、魔族である誇りとか、威厳だとかは忘れているわけではない。それに、最近魔族全体が支配されている状況に慣れてきてしまっている。これは非常に忌々しき問題だ」


 ヘルロスが熱弁を振るう。先程、ケルチュトスに説教をしていた時の顔と同じ――真剣な目をしている。

 ヘルロスが魔王を務めた方がよっぽどいいのではないだろうか、とその真摯な態度にグローガルムは思わされてしまった。


「なるほど、競合効果でお互いを刺激し合い、弛緩した他の魔族も巻き込もうと――大きなクーデターを起こそうという事ですね」


 グローガルムはヘルロスの言葉を噛み砕いて飲み込む。おおざっぱにいってしまえばそんなところだろう。

 だが、ヘルロスは少しばかり沈黙を会話の間に挟んで、首をひねった。


「いや……うん、まあ、そんなところかな」

「言いたいことがあるのなら、どうぞ」

「ちょっとしたニュアンスの違い程度のものさ。あくまで僕らは非暴力主義だ。クーデターを起こすわけじゃないんだ」


 へぇ、とか、ほぉ、とか、恐らくはそんな返しをしたのだろう。目の前に居るヘルロスが少しばかり項垂れた。長い後ろ髪が前に垂れさがって表情は見れないが、少なくとも明るい顔はしていないだろう。


「いえ、すみません、特に変な意味はないです」

「いや、こちらこそ。力になれなくてごめん……」


 どこか噛み合っていないなと、グローガルムは感じた。

 だが、そのどこかが理解できない以上、突き詰めることができないことをまた彼は知っている。


「非暴力主義っていうのが意外に思っただけなんで……何か琴線に触りましたかね?」

「いや、そんなことはないよ。うん……」


 ヘルロスは顔にかかっている髪をさらっと後ろへ受け流した。表情を造り直したのだろう。先程と何も変わらない、真面目で真摯なフェイスだ。

 きっと、彼女はポーカーが強いのだろう。

 トランプがこの世界にあるのかどうかは知らないが。


「とりあえず、OKかな?」

「ええと……」


 グローガルムは、脳内で思い浮かべている今後のスケジュールをざっくりと考える。特にこれを受けて悪いことはないだろうし、受けることで魔族が活性化するならばと考えてグローガルムは首肯した。


「神ゼンサに誓って?」

「誓って」


 さりげなく要求された誓いの文言。

 その言葉に引っかかりを覚えたが、グローガルムは会話の流れに乗ったまま神ゼンサに誓った。


 誓った後に、思い出した。

 ヒュミリオールが思い出していた、クアルローンとヘルロスの話を。

 神ゼンサに誓って、魔族が痛い目を見たという話を。

『だから』ヘルロス達他の魔族は『人族に反撃が出来ない』のだという事を。

 確かに、それではクーデターは起こせない。

 人類に対して攻撃が出来ないのだから。

 鎮圧されるのが関の山だ。


 グローガルムの背中に怖気が走る。騙されているのかもしれないという恐怖感が、ヒュミリオールが話した過去により一層増してゆく。

 わけのわからないものによる支配――未知による支配と言うものは、ひどく恐ろしい。


「よっしゃあ! じゃあ、今度正式にグローガルムの城のところに告知出しておくから、ちゃんとケルチュトスが受け取るんだよ!」

「かしこまりました」

「言質は取ったし、これで大丈夫。何、心配しなくても全然問題ないよ。グローガルム君には何の影響もない。あれはただただ僕自身が、自らを鼓舞するための儀式のようなものなのさ」


 ヘルロスは無邪気な笑顔でグローガルムに対して笑う。『あれ』と言うのは恐らくは誓いの儀式だろう。

 ヘルロスは神ゼンサを信じているから、その条約は絶対順守しなければいけないという何らかの制限にかかっているのだと――ヒュミリオールの話によれば、そんな感じだった。

 神ゼンサを信じていなければ、その条約は通用しないのだと、魔王クアルローンや人族の王が示していた。

 だから、神ゼンサを信じていないグローガルムには全く関係ない。だから大丈夫、と言う事なのだろう。

 こんな口約束にすら神々が介入してくるとは、宗教もここに極まれりな気もするが。神と言うのはきっとそう言うものなのだ。

 グローガルムは、結局その意味を理解できないまま、突っ立っていた。


 その言葉を言わせた後、ヘルロスは奥の繁みに白い少年と共に去っていった。結局白い少年は一言も話すことはなかった。従者としては完璧な態度だろう。あれほどでなくていいから、誰とは言わないが、見習ってほしい人物はいないでもない。


「帰りましょうか」


 ケルチュトスがヘルロスを見送った後、グローガルムに尋ねる。


「そうだな」


 グローガルムは短く、ただ一言だけそう返して、ケルチュトスが差し出した右手に左手を重ねた。

脱線しかけていた話の筋書きが漸く元に戻ってきました。

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