Episode Ⅱ 「21.過去回想の話の続きは、現在進行形で」
魔王城、と言うのは、元々たいして立地を考えて造られていない。それは、たとえばどんなゲームだってそうだろう。何でもいい、一つのロールプレイングゲームを思い出してほしい。そしてそのラスボスであろう魔王が住まう処――魔王城の立地を考えてみてほしい。その限りであるわけではないが、例えば、飛行艇でしか行けない島だったり、遙か遠くの海に囲まれた島だったり、はたまた針山に囲まれた土地だったり、世界の最果てだったりはしていなかっただろうか。
グローガルムはふと考えた。何故そんなことがまかり通っていたのかと。
その世界は、あくまでゲームの中であって、現実世界にあるものではない。よって、リアリティーをなんら無視したご都合主義の世界だから、などと考えることももちろん可能だ。
だが。
グローガルムはいざ魔王城に住んで――人族が元々魔王城だった土地の周辺に城下町を敷いて行くのをも見て――思うのだ。
魔族は『個』の集団であるのだと。人族のように群れず、付かず、離れる。それぞれが一つに集結しようとしても、土台無理な話なのだと。
無論、グローガルムが今居る世界では、そんなことは出来ないこともないのかもしれない。各々に倫理観はあるし、道徳だって無くはない。魔王城に住んでいる魔族と会話していると、思いやりの精神や譲り合いの精神、もったいないという心すらさえ蘇ってくるようだった。
そして――ケルチュトスに連れられるままに、魔王城から少し離れた藪の中をちくちくする感覚を体中に浴びながらも移動を続けながらも、考える。
確かに魔族が一つに集まることは無理なのかもしれないが――だからと言って、それは城下町を形成しない理由にしかなりえない。
ならば何故魔王城をこんなに不便な地に置くのだろうか。
それは。
敵から身を守るためだとか、攫った姫を取りに来させないためだとか、人族の住む区域から一番遠かったから、とか、そういう理由があるのかもしれない。
しかし、グローガルムは考える。
「それはそれ、これはこれだ」
「どうしたんですか、魔王様」
「なんでもない」
苛々が蓄積され、声となって空気を震わせてしまっていたらしい。
ケルチュトスが、くるりと首だけ若干後ろへ回す。ろくろ首でもない彼女の首はある程度のところまで捻じれた後、ケルチュトスの方から小鳥のさえずり程の悲鳴が上がった。
グローの腰を掴んでいない方の手で、ケルチュトスは首に手を当てて患部を押さえる。大丈夫か、と心配してみると、ケルチュトスは苦しそうな声で、大丈夫です、と答えた。
「そんなことより、もうそろそろですよ」
「そんなことって……」
グローガルムは呆れつつも、ケルチュトスの意図を汲んでその言葉の続きを紡がなかった。
ケルチュトスから少し目を話して、先の様子を確認する。すると、一線を境にして急に草木が生えていないスポットを発見した。
そして、その方向に対して真っ直ぐ、寸分狂わずにケルチュトスはグローガルムを案内している。
その方向感覚を称賛しようと口を開く前に、ケルチュトスは草叢から脱出した。次いで、その手に引き摺られるようにグローガルムもスポンと広場へと飛び出した。
そこで待ち構えていたのは、人族と同じくらいの小さな背丈の少女と――その後ろには分かりやすく鋼の剣を構えて、無表情で白い質素な服に身形を包み、血が通っているのかも怪しいほど白い顔をした少年が、ただただ突っ立っていた。
「これは――」
前に立つ少女よりも、後ろに居るまるでゾンビのような少年がグローにとっては異様に映る。画面に映えなさ過ぎて、寧ろ浮き出ている様な――奇妙な雰囲気を、彼は纏っているのだ。
だがしかし、ケルチュトスが言うには。
「この御方こそが、女帝ヘルロス様です!」
紛れもなく、この少女こそがヘルロスだというらしい。
♯
「やっほー、私がヘルロスだよ」
足まで届くかという程の長い茶髪を左右に揺らして、くるくるりとターンを決めつつグローガルムに近寄ってきた。グローガルムは一歩だけ後ずさりをして、ヘルロスが出してきた握手を恐る恐る受け取る。
「グローガルムだ」
グローガルムが一言で紹介を終えると、ヘルロスと呼ばれた少女はグローガルムの周りをくるくると周遊する。何かを確認しているかのように、グローガルムの姿を様々な角度から凝視している。
「うん、問題無いね。ありがと、ケルチュトス」
「いえ、何のこれしき」
ケルチュトスは屈んでその言葉を受けた。グローガルムに接している時と言葉遣いは変わらないものの、忠誠心という観点から見るとかなり違う。
だが、ケルチュトスがヘルロスに心酔する理由も、なんとなくは分かるような気がするのだ。くるくるとグローガルムに近づいてきたときの彼女の姿には、一部の隙もなかった。攻撃できるようなものは、何一つ持っていないように見えるが。心構えだけは完ぺきという事なのだろう。
「さて、こんなところまで来てもらって悪いねー」
「う、うむ。何の用だ」
「いや、私が魔王城まで行くと、どうしてもパニックになっちゃうしさ」
グローの質問はさらりと受け流されて、一方的にヘルロスのペースに掴まされてしまった。グローガルムが『魔王』としてのキャラクターに慣れていないという事もあり、出てくる言葉言葉がどうしてもたじたじになってしまう。
「パニックになる……? 有名人とか、そう言う類のものか?」
「いや? あれ、なんも説明してあげてないの? ケルちゃん」
「いえ、ヒュミリオールが説明している筈なんですが……」
「ほら、そういうとこ責任転嫁しちゃだめだよ。誰かがやらなきゃいけないことは、自分がやるっていう気概じゃないと」
「すみません……」
グローガルムは会話に呑みこまれるどころか流されたままになり、ヘルロスとケルチュトスの言葉の応酬を見守るだけとなってしまった。妙な質問をしてしまったことによりケルチュトスが怒られているというこの状況が発生してしまっているため、責任の一端が自らにある様で、どこか申し訳ない気持ちがわき出てくる。
ケルチュトスは膝を附きながら真摯にヘルロスの言葉を賜る。その姿を見て、ヘルロスは「だが……」と言葉を紡ぐ。
「ここまでグローガルム君を連れてきて来れたのは、紛れもなく君の職務を全うしたという事だ。他人の仕事を手伝う前に、自らの仕事の完璧を目指す。その点については、大義であったよ」
「ありがとうございますっ!」
上司と部下という関係を超えて、まるで殿様と配下を見ている様な錯覚に陥った。
なんなんだこれは、というのが、グローガルムの正直な感想だった。
「ごめんね。君の部下が他の誰かに傅いているところなんて、ホントはみたくないだろうけど」
まあ、あまりいい気分ではないかもしれないな。と、グローガルムは言葉尻を濁しつつ返答する。ヘルロスは表情一つ変えず、出会い頭のニコニコ笑顔のままだった。
「まあ、でも彼女は元々僕の部下だった、ってことで多めに見てやってくれ」
♯
ヘルロスはグローガルムが思っていた以上に――前情報の以上に気さくな人物だった。すくなくとも、ヒュミリオールが語ってくれた『過去の話』に出てくるヘルロスよりかは。
そして、イメージよりも遙かに小さく、幼い。もちろん、それは見た目の面であって、中身は人を吐き従えることにたけている、リーダーシップを持ったデキる人、という性格をしている。
「改めてよろしく。どうやら、ヒュミリオール君から話を聞いていないようだから、僕から軽く今の状況を話しておくよ。僕はヒュミリオール君とやらを知らないのだけれど、まあ何か少しでも聞いた話と合致している、断片が重なり合っていると思ったら、その辺りは脳内補完を頼むよ」
一応話は聞いているのだけれど、ヘルロスが何を言いたいのかがいまいちつかめない以上余計な口を挟むべきではないと判断し、耳をすませる。
「僕はまあ、とある戦いの後戦う事の出来ない身体になってね。その時、ちょうど人族の侵攻があったんだ。命からがらクアルローンという君の先々代の魔王に命をすくわれてね」
随分と感慨深げにヘルロスは話す。見た目16歳ほどの女子なのにもかかわらず、数々の経験を積んだ者にしか見られない顔を浮かべている。それは、グローガルムがまだ環岸だったころ、仲の良かった従姉弟が会社から朝方帰ってきたときにしていた顔とよく似ていた。
「それからまあ、僕は少人数からコツコツと散らばった魔族を集めて復興を試みているんだけれど、そんな中で目を付けたのが君こと魔王グローガルム率いる魔王城を拠点とした一味、と言う訳さ」
どういう訳なのかはよく分からないが――
「えーっと、待ってくれ。すこし頭の整理が追いつかない。俺が知っている『ヘルロス』という女性像と一致しないというのもあるが、その前にだ」
「散らばった魔族って、どういう事だ? 最後の魔族の生き残りが俺らじゃなかったのか?」
グローガルムは、その鋭い視線をケルチュトスに向ける。ケルチュトスは怯えるわけでもなく、むしろ反対の表情と言ってもいい、唖然とした顔を向けた。
「何言っているんですか、魔王様。私たちが最後の魔族の生き残りだなんて、そんなはずないじゃないですか」
いかにも平然と、キョトンとした顔でケルチュトスは続ける。
「魔王様はきっと誤解をしています。私たちは最後に生き残った魔族ではなく、私たちは魔族の中で最後の、人族に対して反撃ができる可能性のある魔族なんですよ」




