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Episode Ⅰ 「1.攻め立てる者共、食い止める者共」

 環岸は重たい瞼を抉じ開ける。眼前には見たこともないくらい高い位置に天蓋が備えられている。

 環岸が寝転がっている場所からずいぶんと先まで、びっしりとタイルが敷かれている。その一枚一枚に至るまで清潔が保たれていた。


「いらっしゃいませ、我等の根城へ」


 固定されたままの環岸の瞳を覗き込むように、メイド服の少女が顔を見せる。


「異常はないでしょうか。魔王様」

「……異常は、ないみたい、だな」


 そう呟いたところで環岸はようやく眼前に映る異常に気付く。


「だ、誰だお前っ!」

「お初にお目にかかります、アタシの名前はヒュミリオール。魔王様専属の第一秘書です」


 ヒュミリオールと名乗ったその女性は、黒スーツに薄桃色のワイシャツと黄色のネクタイという毒々しい組み合わせをして立っていた。寝転んでいる環岸を上から伺っているので、彼女の長い髪が環岸の腰元にはらりとかかる。

 生真面目な対応にほんの少しだけ驚いたような態度を環岸はとったが、しばらくして腰をあげて周辺を見渡した。


「えーと……ここは?」

「先ほど通り、我等の根城魔王城です」

「そ、そうか……」


 状況がうまくつかめていない環岸に、ヒュミリオールはほぼ直角に折り曲げていた腰を正し前に垂れていたロングヘアーを手で自らの背後に回してから、15インチほどの小さなタブレットをどこからともなく取り出して環岸に手渡す。


「そしてあなたは今から魔王です。魔王グローガルム、第十七代目の由緒正しき魔王です」

「まおう……魔王?」


 環岸は流れるようにタブレットを手渡され、起動していない状態の黒い画面をぼんやり見つめて、更に驚いた。いつもよく見ている、お洒落とは縁遠くワックスを一回として使ったこともないぼんやりとした顔はもうそこにはなく、自身の顔の部分に位置していたのはごつごつした角の生えた顔だった。

 ドラゴン、と想像すると出てくるような顔の輪郭をしている。緑とも紫ともとれない――敷いて言うのなら藍色だろうか、とも思えてしまうような意味のわからない色を基調として顔のパーツが組まれている。目は瑪瑙めのうのようなものになっており、角は鹿の角を更に尖らせたような、攻撃性に富んでいるようだった。口元は人であった頃よりもさらに裂けており――だがどこかしら冴えない感じは引き継いでいる。


「あなたは魔王グローガルムです。以上、間違いはないですね?」


 そう問うヒュミリオールはグローガルムのことを上目づかいで見上げる。その瞳には畏怖と希望が入り混じっていた。

 間違いだらけなんだが、と言いたい衝動を環岸、もといグローガルムは押さえつける。少女の事務的だが、しかし縋るような視線に対して否定はできなかった。


「はい……」


 グローガルムが頷いた瞬間、先ほどまで鏡代わりに使っていたタブレットが音を立てて起動する。グローガルムが聞いたこともない音が4秒ほど流れて、画面文字が表示される。


『CASTLE SYSTEM 初期化しています……』


 そう書かれているタブレットを二人とも見つめていたが、暫くしてロードバーが出てきたところを見て時間がかかると判断したのか、ヒュミリオールが口を開く。


「ええと、魔王様……」

「ん? いやちょっと待ってくれ。状況は飲み込めつつあるけれど、さすがに何が何だかよくわからん」


 グローガルムはやんわりと遮り、両手で持っていたタブレットを左手だけでもち、右手でこめかみを押さえる。

 これは一体どうなっているんだ……? まず自分の名前ってなんだったっけ……。ほんとなんなんだよ……何なんだよ一体!

 そんな思案を鋭く読み取ったのか、恐る恐るヒュミリオールはグローガルムに話しかける。


「大丈夫でしょうか魔王様……説明を始める前に、お休みなさりますか?」

「いや、悪いな。ちょっと確認とっていいか?」

「どうぞ」

「あなたは俺のことをどのくらい知っているんだ?」

「え、あ、アタシですか? そうですね……」


 ヒュミリオールはどう言えばいいのか天井を見つめながら少しだけ悩む。上を向いた際に派手な黄色いネクタイが少しずれていて、本物のネクタイではなくぱちりと付けられる簡易的ネクタイだということが見て取れた。


「たった今召喚したばかりの由緒正しい魔王グローガルム様だということと……」

「と?」

「その実中身は妖精さんにお願いしているのであまり詳しいところまでは知らないということですかね……」

「その妖精さんについて詳しく」


 妖精さん。これを聞いてグローガルムとして思い当たる節はユニットバスの鏡に映っていた――と見えて実は後ろにふわふわと漂っていたあの小さいのが思い出された。


「召喚円輪を使ったときに出てくる異界とこの世界を繋げる一種の伝説みたいな御方で、何度かお世話になっていますがあまり真面目に仕事をするような人ではないのかな……なんて思っていますが、そんなこと言っていると罰が当たっちゃいますね、はは」


 にこりと首を少し傾げてヒュペリオールは顔を綻ばした。それにつられてグローガルムも顔を緩ます。


「なるほど……俺の名前はグローガルムか。聞いてないぞ」

「聞いてないんですか!? 変えます? 間に合いますよ?」


 変えられるのか……。

 グローガルムは少し台無しにされたような気持ちになったが、


「いや、このままで結構。名前ぐらい構わんだろう。なんだか威厳あるし」


 最後にポロリと本音が出てしまっていたが、ヒュペリオールは、「そうですよね、威厳は大事ですもんね」と素直に同意している。


「あ、ローディングが終わったようです」


 ヒュペリオールがグローガルムの左手の先にあるタブレット画面が変わったことを見つけて呟いた。それに合わせてグローガルムは再びタブレットを両手で持ち直す。

 その画面にはこの魔王城の内観全てが見れる――監視カメラのモニターの様な装置だった。



 ♯



 人族がいる、そして魔族がいる。そしてその両者は対立している。

 一方、人族は大陸の防御という名目で魔族を打ち滅ぼさんとし――。

 一方、魔族は大陸復興という名目で人族を打ち滅ぼそうとした。

 しかし盛者必衰の理に基づき、弱者は頽唐たいとうし、強者は発揚はつようする。

 人類は、恐れというものを知らない。そして、節度というものもまた、知らなかった。

 魔族もまた、敗北を認めず――。


「そうして今、残っているのがこの魔王城、唯一つです。唯一にして最後の砦、そして復活の兆しが残っているのはここだけなんです!」


 ヒュミリオールはグローガルムにそう訴える。その瞳には雫が少しだけ滲んでいた。


「現状味方陣営だった獣人族や機械族などはもう人族陣営に白旗をあげています……」


 ヒュミリオールの言葉尻が弱くなっていく。

 グローガルムはまだ状況はうまくつかみ切れていないのだが――どうやら相当級のピンチらしい。

 情報を頭の中で反芻する――ここが最後の砦。ここ以外には残っていない。


「ん、ちょっと待ってくれ」


 考えようとした頭と、涙ぐみながら感情豊かに話すヒュミリオールの両方に制止を掛けるようにグローガルムは言った。


「それってかなり、絶体絶命なんじゃないか?」

「はい、だからここがやられると――」


 ヒュミリオールがその先の言葉紡ごうとした瞬間、ジリリリリリリリという何かが連続手打ち鳴らされているような音がホールのように何もない魔王城の中に響き渡った。

 例えるのならば――そう、警報。

 音が鳴らされた瞬間、ヒュミリオールが顔色を失った。


『緊急警報、緊急警報。勇者4名、魔王城に接近中。残距離5ローム』

 焦った声のアナウンスが反響する。


「5ローム……どのくらいの距離かわからねぇけど、これって結構やばいんじゃないの?」

「か、かなりヤバいですよ! 勇者に勝てますか!? 魔王様!?」


 ヒュミリオールの目がくるくると回る。長い髪の毛をゆさゆさ揺らしながら掻き毟る。彼女の足元をよく見ると、移動だけはスムーズにできるように似合わないがスニーカーを着用していた。

 対してグローガルムの装備は何やら民族衣装の様な服装――しかも薄い――が一枚と、手元にはタブレット一枚だ。合計二枚では盾にもなりそうにもなかった。


「勝てる、って戦うの俺!?」

「そりゃ魔王様ですし……」


 そう言われてグローガルムは思い出す。

 確かにどのRPGであろうと必ず魔王とは戦う宿命にあった。この状況を鑑みて――どうやら信じられないことに俺は魔王としてどこか別の――地球とかそういう次元でなく――遠く離れた異世界に飛ばされてしまったみたいだ。

 異世界転生。

 面白そうな響きではあるものの、実際来てみると魅力を感じるどころかいきなりピンチに遭遇ときた。

 何もない魔王城にさっそく勇者到来――。


 なに、面白そうじゃねぇか。


 グローガルムの口元が、不意に裂ける。クククという笑みが口から零れた。


「グローガルム、様?」

「よく考えるとその名前は長いな。グローで構わん。とりあえず、今はあの勇者らを撃退すればいいんだな?」

「え、は、はい! グローガr……グロー様」


 ヒュミリオールは戸惑いつつも言い付けを忠実に守り呼びなおす。そしてグローの態度に生気を取り戻す。

 グローは持っていたタブレットをヒュミリオールに押し付け、手を握り締め、そして開く。

 どことなく変わったような気がする。自分の手を見て、グローはそう思った。今までの人間の肌色の柔肌から、ごつごつとした当たるだけで痛々しいデコポン大の拳。

 グローは魔王城を見渡し、ドアの方に近づき、仁王立ちをしてドアの目の前に佇む。


 次の瞬間、ドアがギシリと重たい音を立てて開いた――。


「魔王はどこだー!」


 猪突猛進という言葉がよく似合う青年がいの一番に入って来る。

 手には巨大な剣を構え、腰には冒険者らしいグッズが入っているであろうポシェットが付けられている。頭にはキラキラ輝く不思議なアクセサリを付けているのだろう、いかにも勇者然とした青年が魔王城に入って来るなり――グローを吹き飛ばした。


「ぐぇっ」

「魔王様ぁぁぁぁ!」


 遠くからそんな声が聞こえてきた気がした。

 だが、その断末魔が聞き届けられる前に、グローの意識は深い闇の中へ落ちていった……。





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