表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/36

Episode Ⅱ 「8.前提条件」

「何故か力を奮えるかだと? そんな質問答えるまでもない」

「いやいや――魔王さん、それは違う。今、この世界では、魔族が力を振るえるななんてことがあってはならなァいんだッ!」


 力強く怒気を込めて発したルシュターだったが、そこでひゅるりと力が抜けたのか、壁に寄り掛かる。


「と言ってもまぁ、いまこの魔大陸で僕ら人族に向かって暴力を向けられる魔族は一握りもいないんだけどね」


 絶えそうな息で、床は体液一色に染まり、時折光る雷が滴る赤色を鈍く反射させる。だが、その態度には自信と勝利がありありと浮かんでおり、狂気すら感じさせる。その双眸を鋭く吊り上げ、クアルローンの困惑した表情を愉悦する様な笑みを浮かべた。


「これでもう、魔大陸は僕のものだ!!」


 ルシュターが叫ぶと同時、雷鳴よりも大きな轟音をたてて部屋が揺れる。その衝撃にルシュターもヘルロスもクアルローンですら倒れざるを得なかった。


「これは一体……」


 ヘルロスが立ち上がろうとして、散らばったガラスで手を切った。だが、その痛みに屈せず膝をつく。クアルローンも、壁に寄りかかり、転がったままの現在の体勢を維持する。

 窓に映ったのは、魔王城の壁面。

 それを視認した時には、揺れの第二波がクアルローン達を襲った。ヘルロスはソファーに倒れ込み、クアルローンは内臓を揺さぶられる様な振動に耐えつつ、壁を頼りに衝撃波を乗り切る。


「魔王城が……削り取られています!」


 状況の変化に真っ先に気がついたのはヘルロスだった。

 窓から映る魔王城の壁面が、メキメキと音を立てて剥がれ落ちてゆく。隣接する魔王城からは、阿鼻叫喚の一部と鳴り続ける警報の甲高い音が壁を隔てて聞こえてくる。

 クアルローンはようやく状況を呑みこみ、取るべき対策を考える――も、するべきことは何もなかった。

 出来ることは何一つとしてなかった。

 王都からどういう仕組みだか知らないが飛んできた王城の一部が、魔王城の上層部を破壊して、その上に成り替わろうという、昔の時代の引越しの様な事を、現在進行形で行っているという事実は確認できた。

 それが今わかったからと言って――一体何が出来る!?


「クアルローン様! 術者です! この部屋を飛ばしている術者を止めればこの部屋は止まるはずです!」

「そいつは今どこに居るか分かるか!?」

「いえ、この辺りからは魔力の魔の字も感じられません……っ!」


 ヘルロスが困窮し、クアルローンも揺れる部屋の中、苦心に陥る。


「ハーッハッハ! どうだい、魔王さんよ、まだ気がつかないかな?」

「何に気がつかないというんだ!」

「魔王城からこの建物に対して何の迎撃も行われていない(・・・・・・・)、という事実だよ」

「…………!」


 確かに、魔王城が襲われているというのに何も攻撃しないという対応はおかしい。魔王がそこに乗っていたとしても、俺を信頼してこの部屋を迎撃するのが普通だ。

 ――いや、新たなパフォーマンスだと思われているのか?

 それはない。警報と叫び声は聞こえた。

 ――では、やはり魔王だということに配慮しているのか?


「ならば――ヘルロス、準備はいいか!」

「えっ、何の準備ですか!? ――良く解りませんが、このヘルロス、いつでも準備は万端ですっ!」

「降りるぞッ!」

「はい……?」


 ちょっ、というルシュターの声が耳朶に届く前に、クアルローンは片手でヘルロスを軽々掴みあげ、壁に面していない方のドアを大きく突き破る。そこを抜けると――王座があった。


「人の話は最後まで聞くもんだ」


 扉を壊して固まっているクアルローンの背後で、血みどろになりながらルシュターはそう言う。担がれたヘルロスは、クアルローンの上で身体を揺さぶられて内臓が圧迫されているのか苦しそうに唸り声をあげた。

 扉を突き破った先に見えたのは、王座の背面と、そして勢ぞろいする勇者たち。

 少なくともレベルは70を優に超えている――歴戦の勇者たちだ。

 そしてその一番手前に並んでいるのは、王城を案内してくれた老執事。穏やかな顔をして、クアルローンを見下ろす。


「おや、王様。お怪我をなさっているではございませんか」

「これくらいなんともない。ただの切り傷と骨折と打撲だ」

「後で治癒を手配しておきましょう」


 クアルローンを挟んで交わされる主従関係の言葉。ルシュターの傷は、その言葉の軽々しさとは打って変わってひどいものではあったが、クアルローンはそんなことを考えている余裕はなかった。

 もしここで勝負を挑んでも――勝てるはずのない相手。一対一ならまだしも、多勢に無勢だ。魔族総出で掛かっても勝ち越しは不可能だろう。

 そして和平交渉のために入った執務室が破られたと思ったら、血みどろの王様が出てきた――というのだから、和平交渉なんて当たり前のように吹っ飛ぶだろう。

 自分は一体なんてことをしてしまったんだ、とクアルローンは猛省する。

 少しばかり煽られただけでそんなことをしてしまうだなんて浅はか過ぎるにも程がある――いや、相手の狙いはもしやそこにあるのかもしれない。


「お主ら……最初からっ!」

「いや、こんなことは想定外さ。魔王直々に攻撃されるとは思っていなかったからねェ――ッ!」


 背後でルシュターが叫ぶ。勝利の美酒に酔いしれているような笑みに、クアルローンは顔を渋らせる。ヘルロスが、クアルローンの束縛を破り、華奢な体でふわりと地面に降り立つ。


「クアルローン様、連絡が途絶えていた四方部隊に反応が戻りました」


 ヘルロスが、耳元を押さえて懸命に音声を聞き取ろうとする。小型スピーカーを使って相互連絡を可能にする――ような魔法があるらしい。

 連絡が途絶えていた、という報告が初耳なのだが。報告連絡相談がうまく稼働していないらしい。


「王城のそれぞれ四隅に配置しておいた不可視部隊四隊、天空族以外は現地に取り残されているようで、稼働可能なものは僅かだそうです」


 小声でヘルロスはそう告げる。

 クアルローンとて、これでも魔族の長であり、いくら和平条約を結ぶとはいえども敵陣に手ぶらで来るほど自らの防衛を疎かにするわけにはいかなかった。

 そのために、魔法で透明化した部隊を王城の四隅に配置するという人族上位層とのギリギリの妥結案だった。さすがに魔王単体で敵陣に来るということを魔族が認めないだろうということを人族も了承していたという証拠だ。


「成程――現在総勢50名以上の相手に対して、魔族陣2名プラス天空族僅かということか」

「不甲斐無いばかりに……申し訳ございませんっ!」

「仕方があるまい」


 そうは言いながらも、どこで形勢が逆転したのか疑問の余地が残る。

 そもそも、形勢は端から不利ではあったのだが――人族の裏切りを考えていないほどクアルローンも、ひいては魔族も阿呆ではない。

 勝機があって、妥協があってこの場に立っているのだ。もちろんそこには責任も伴う。

 爪でも噛みたい気持ちで、歯を食いしばる。ドラゴン族特有の深い八重歯がうまく上下に噛み合わず少しだけ肉に食い込んだ。


「さぁ、行け勇者ども! これは和平条約に基づいた正当防衛だ!」

「よくもぬけぬけと……! 正当防衛とは言わぬ! そも神ゼンサの名において恒久の平和を約束したであろうが。『如何なる時も対話の道を開く』――と条文には書いてあったが?」

「なら何故僕はこんなに血みどろなんだ?」


 ルシュターのにやついた顔が視界を過り、目を逸らし勇者たちが揃い踏みしている方向を向く。刹那考えて、クアルローンは口を開いた。


「魔王城をこんなにも破壊してくれたからな。これこそ正当防衛というものだ」

「そんなのは詭弁だ! ならば僕はその正当防衛の正当防衛でもさせてもらおうじゃないか!」

「――正しく言葉を使え。正当防衛をしたのだから、それ以上は攻撃と見做されるぞ」

「…………魔王クアルローン。貴様はどうやら何も知らないらしい」

「何であろうとお主は教えてくれないのだろう」


 背を向けたまま、クアルローンはそう言う。その隣で、ヘルロスが必死に指示を出している。恐らくは現在の状況把握と、魔王城に残る兵力の収集だろうか。


「さすがに可哀想だ。嗚呼悲劇的だ、身も世もないッ! 訳も分からぬまま滅ぶのは嫌だろうからァ――流石にこのくらいは教えてあげなければアンフェアじゃないか」

「滅ぶ? 貴様は何を言っているんだ」

「それは言葉の綾だッ、レトリックだ。そう言うことにして、まあ今は看過しておくれよ」


 ひたひたと、血を流し続けたルシュターの体は既に傷跡が浮き出て、ある程度血は止まっている。その足元には朱に染まった水溜りがある。

 そうしてそのままルシュターは言った。


「神ゼンサは存在する――信仰とか信念とか想像とかそういうものの類ではなく、現象として実在し、存在として可視化する」


「つまりは――いるんだよ、神は」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ