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アトレビド危機一発

アトレビドは見失った馬車を探していた。

 ところが遠くから何やら地鳴りが聴こえてくる。

 地面が軽く揺れているのだ。はてななんであろうと後ろを振り向く。

 それはビッグヘッドであった。モデル・タイタンである。


 問題はそこではない。

 モデル・タイタンのビッグヘッドは異質な姿をしているのだ。

 姿はまるで蒸気機関車に似ていた。

 フエゴ教団では蒸気機関車の復活を目指していたから、知っているのだ。


 構造はすでにわかっている。簡易的に作った小型の蒸気機関車に乗ったこともある。

 あと十数年で線路を作り、開通させる予定であった。

 さて先頭の部分にビッグヘッドがくっついている形である。


 そしてビッグヘッドは両腕で前方の車輪を回しているのであった。

 車輪には連結棒がついており、三つの車輪を同時に回していた。


 ビッグヘッド・トレインと呼ぶべきものだ。

 煙など出ていないが汽車と名付けよう。

 汽車はアトレビド目がけて突進してきた。

 左右によけようにも、アトレビドはいつの間にか谷に入っていたようだ。

 逃げることはできない。


 ならば脂肪で造ったスケートで逃げるしかなかった。

 アトレビドは内心、今日の出来事を呪った。

 そして自分の運命を受け入れ、迫りくるビッグヘッド・トレインに対処することに決める。

 ちらっと後ろを見ると運転室には帽子をかぶったビッグヘッドが口笛を吹いていた。

 まるで人間と同じである。アトレビドは舌打ちした。


「このままだと俺が押しつぶされてしまう。どうすればいい?」


 アトレビドは必死に街道を脂肪のスケートで滑り続ける。

 このままでは制限時間が来て、スケートは溶けてしまう。

 それ以前にアトレビドは腹をさすった。自分の脂肪が確実に減少している。

 脂肪がなくなれば餓死してしまう可能性が高い。それだけは避けたいが、現実は補給すらままならないのだ。


 汽車に異変が起きた。

 前輪を取り外すと、それを思いっきり投げてきたのだ。

 まるで竜巻のように周囲を巻き込む。一瞬砂ぼこりが舞い上がった。

 アトレビドは身を低くして躱したが、前方を見て驚愕した。


 飛ばした前輪がアトレビド目がけて戻ってきたのだ。

 今度は両足を大きく広げて飛ぶ。ぎりぎりの回避であった。

 汽車は戻ってきた前輪をはめ直す。そして不敵な笑みを浮かべていた。


「腹減った……。このままでは踏みつぶされるより、飢えて死にそうだ」


 アトレビドは忌々しそうに吐き捨てる。だが救いの神は彼を見捨てなかったようだ。

 オストリッチヘッドが走っているのである。どうやら全滅しきっておらず、一匹逃げ出したようだ。

 アトレビドはオストリッチヘッドの後頭部にしがみつく。そして右手で鼻の穴に人差し指と中指を入れた。


 こいつらは鼻で手綱を操るのだ。鼻フックはそのための道具である。

 指に力を入れると、オストリッチヘッドは全速力で走り始めた。

 ひどく揺れるが、自分の足で歩くよりはマシだと納得する。


 ☆


 ビッグヘッド・トレインは口から何かを吐き出した。

 それは天高く飛んでいく。

 アトレビドは嫌な予感がした。そして全身に力を込める。

 そこから脂肪のラード・コートを生み出した。


 その後に雨が降り始める。青空で雲一つないのに狐の嫁入りだろうか。

 違う。それは酸性雨であった。触れるだけで軽い火傷ができた。

 先ほどの汽車が吐き出したのは胃液の雨である。

 胃液とは胃壁から分泌される無色・無臭・強酸性の消化液である。

 塩酸、たんぱく質分解酵素のペプシンなどが含まれているのだ。


 よくゴキブリを食べたら卵が孵化すると言われているが、実際は胃液で溶かされてしまい、孵化などできないのだ。

 アトレビドの周りに胃液の雨が降る。

 木々が溶けて煙を上げていた。オストリッチヘッドも浴びすぎて弱りかけている。

 そして息絶えてしまった。アトレビドは飛び降りる。


 再び足からスケートの刃を生み出した。酸性雨のせいで街道は煙を上げている。

 息を吸うと鼻がつんと痛みを覚えた。長時間吸えば肺をやられかねない。

 数分もすれば雨は止んだ。ビッグヘッド・トレインは二発目を出す気配はない。

 おそらくは何度も続けてはできないのだろう。


 だが事態が好転したわけではない。あの汽車にどれだけの隠し玉があるかわかったものではないのだ。


「まったくしつこいものだぜ!!」


 アトレビドは悪態をついた。不満を吐き出すのは健康に良い。

 汽車に使われているのは酸に強いコーティングを施されているのだろう。

 同じく雨に当たっても平然としているからだ。


「一発、フエルテの真似をしてみるか」


 アトレビドはマワシから何かを取り出した。それはライターである。

 フエゴ教団の影響下にある村ではマッチくらいはあるが、ライターは司祭級しか持てない。

 これは大司祭ロサから預かったものだ。無くしても一週間教会のトイレ掃除で済まされる。

 アトレビドは汽車に立ち向かった。汽車はにやりと笑う。


 そして一気に駆けだした。ビッグヘッド・トレインは大きく口を開ける。

 白い豚は魔界の入口へ自ら生贄としてささげたのであろうか。

 いや違う。アトレビドはそんな殊勝な性格ではない。

 彼が突飛な行動を出るときは、確実に勝利を得ると確信したときだけである。

 ぱっくりとアトレビドを飲み込むビッグヘッド・トレイン。


 すると口の隙間から煙が上がり始めた。

 さらに口の中から炎が舞い上がったのである。

 全体が炎に巻き込まれ、汽車は止まったのであった。

 停止した後、口から豚が飛び出す。


 大きく伸びをして、息を吸っていた。


「ふう。ラード・マントで火傷はないが息苦しいのが難点だな」


 そう、アトレビドは脂肪でマントを作り出したのである。

 それにライターで火を付けたのだ。ただそのままだとマントと一緒に火だるまになってしまう。

 アトレビドはマントを錬成しつつ、微妙な脂肪分を増やし続けていたのだ。

 それ故に脂肪が燃え尽きる前に、ビッグヘッドを燃やし尽くしたのである。


 ☆


「やれやれ。ようやく追っ手を振り切ったようだな」


 アトレビドはてくてく歩いていた。マワシから揚げバターを取り出し、むさぼり食べている。

 揚げバターは高カロリーの食べ物で、脂肪分を回復するのに最適なものなのだ。

 みるみるうちに腹が膨れてくる。カロリーを速攻で脂肪に変えるのも司祭の杖ならではの力であった。


「さて、そろそろ迎えがくるはずだがな」


 アトレビドは楽観視している。ここに来る前に騎士たちに連絡し迎えをよこす手はずになっていたのだ。

 もっともエビルヘッド教団が迎えの人間を殺害する可能性があるが、これは心配していない。

 教団の目的は自分を新しい英雄に仕立てることである。

 彼らが崇拝するエビルヘッドは死んでいるのだ。


 すべては神応石しんおうせきというものにかかっている。

 これは人間の精神に強く影響する物質だ。かつては全人類が持っていたものだ。

 だが一神教が広まったため、二百年前では日本とインド以外、神応石の持ち主はいなかったのである。

 神応石は思い込みの力だ。思い込みは人体に大きく影響を受けるのだ。


 アトレビドがラード・スキルを使えるのはそのためである。

 さて歩いていると後ろから蹄の音がした。

 振り向くとそこにはヤギウマの馬車がやってきたのである。

 騎士たちが数人乗っており、アトレビドに向かって手を振っていた。


「よく来てくれた。感謝する」


 騎士に頭を下げて礼をした。


「いえこれも任務です。それとロサ様からの指令があります。

 グラモロソはお前に任せたと。後方は自分たちに任せてくれだそうです」


 グラモロソ救出は時間の問題だと判断したのだろう。

 アトレビドとしてもありがたいと思った。


「では急ぎましょう。この先に黒蛇河があります。

 そこで船を用意しておりますので」


 騎士はそういうとヤギウマを走らせるのであった。

 アトレビドは馬車の上に座り、大の字で寝てみる。

 太陽の日差しをまんべんなく浴びた。

 すると遠くから地鳴りが聴こえてくる。いったい何だろうと起き上がる。


 遠方からビッグヘッドが走ってきたのだ。

 それは巨人形態であった。金髪のモヒカンヘアーで碧眼である。

 いつものビッグヘッドと違って整った顔立ちであった。


「ああ、休む暇がないな」


 アトレビドはうんざりした気分になったのだった。

 巨人形態のビッグヘッドは駆け足で襲ってくる。

 馬車は騎士に任せ、アトレビドは迎撃の準備に入った。


 こいつの名前はロキヘッド。北欧神話に出てくるトリックスターだ。

 神の名を持つビッグヘッドはひたすらアトレビドを追いかけている。

 口を開け、舌の槍で攻撃してきた。走りながらなので、馬車はジグザグに走行して躱す。

 アトレビドは脂肪のラード・ウィップで攻撃した。


 ビシバシとダメージを与える。丸太のように太い舌の槍を伸ばした際に、傷つけてやった。

 舌はみるみる傷だらけになり、血が噴き出している。

 ロキヘッドは舌を引っ込めた。そして両手両足も引っ込める。

 文字通り引っ込んだのだ。まるで伸び縮みするおもちゃのように。


 そして金髪のモヒカンをぐるぐる回転させ始めたのである。

 高速回転したモヒカンで空を飛んだのであった。これにはアトレビドも驚いた。

 これは魔女体型ヘルフォースと呼ぶ。ヘルはロキと女巨人アングルボダの間に生まれた娘だ。

 口から痰の槍を吐く。痰だからといって侮るなかれ。その威力は舌の槍に劣らぬ威力である。


 アトレビドは慌てずに、ロキヘッドのモヒカン部分に糸を巻いてやった。

 そうすればロキヘッドは空を飛べなくなるのである。

 相手は地面に激突し、ごろごろと転がっていった。軽く地面が揺れる。

 しばらくしてロキヘッドから距離が離れ、もう安心かと思った。


 だが敵もさることながら諦めが悪い。

 今度は魔狼体型フェンリルフォースで追いかけてきたのだ。こちらもロキの子供だ。

 両手は後ろ脚、両足は前脚に変形させているのである。モヒカンは尻尾のように振っていた。

 そして鼻から鼻くそ弾丸ブーガー・ブレッドを発射してきたのだ。


 鼻くそとはいえ、その重量は半端ではない。衝突したら街道にぼこっと穴が開く威力である。

 アトレビドは脂肪の投げ槍を作り、ライターに火を付けた。

 それをロキヘッドの口の中に放り投げる。口から火が噴き出た。脂肪が燃えたのである。

 さらに日本投げてやった。さすがにまいったようで、倒れてしまった。

 ごろごろと巨体を転がっていく。


 さてもう終わりだろうと思ったが、今度は地面がぐらぐら揺れ始めた。

 はてな、地震であろうかと周りを見渡すも揺れているのは街道だけである。

 轟音が響くと同時に、地面から勢いよく飛び出したものがあった。


 それはロキヘッドである。下半身は蛇のようにとぐろを巻いていたのだ。

 世界蛇体型ウロボロスフォースである。

 蛇の半身を掘削機のように回転させ、地面を掘ったのだ。

 その後は尻尾をバネのように丸めると、地面を飛び跳ねている。


 でたらめに飛び回るため、狙いがつけずらくなった。

 アトレビドは慌てず、脂肪の鞭でロキヘッドを打ち据える。

 何度も何度も打ち据えた。傷だらけになったロキヘッドは今度こそ息絶え、街道に巨木を晒す。


「厄介な相手だったな」


 アトレビドはそうつぶやくのであった。

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