爆走! 地獄車
照り付ける日差しの中、アトレビドは二頭のヤギウマの馬車の乗っている。途中で騎士たちから借りた物だ。
馬車は北へ向かっている。グラモロソをさらったビッグヘッドを追うためであった。
街道をひたすら突き進む。人とは一切すれ違っていない。
街道の脇には枯れた木が立っている。本来は旅人の飢えと渇きをいやす果物の成る木なのだ。
「確かこの先の村は伝染病で滅んだと言ってたな」
伝染病で村が滅ぶことはある。医療技術が未発達なためであろう。
フエゴ教団でも最先端の医学はあるが、キノコ戦争以前の物が多い。
当時の医療器具を再現するのに精いっぱいであり、絶対安全とは言い切れないのだ。
アトレビドはさらに馬車を進める。
ヤギウマはめぇと鳴きながら走った。
口から泡が吹き始めている。休ませなければならないが、止めるわけにもいかない。
するとアトレビドに影が入った。雲の影であろうか。だがなにやら頭上が怪しい。
頭を上げると視界に巨大な鳥が飛んでいたのだ。
鳥ではない。ビッグヘッドだ。ギガントヘッドと呼ばれる形態である。
そして翼の下では豚が三輪車に乗っていたのだ。
「グルトン!! それにあの乗り物はバイクか!?」
アトレビドが叫んだ。バイクの類は知っている。教団の授業で習ったことがあるからだ。
ただし石油で動くバイクは国宝物として扱われている。バイクを量産できないからである。
教団でも教皇級でなければ動かせない部署の備品だ。司祭の杖でしかない者には縁のない代物だ。
そいつらは翼から落下した。そして街道に叩き付けられる。
ぶおーんと奇怪な音を立てながら、三輪バイクを操作していた。
後部に鉄製の円筒があり、グルトンの尻は完全に座席に隠れているのだ。
アクセルを吹かし、アトレビドの馬車に体当たりを仕掛けてくる。
ヤギウマたちは哀れな泣き声をあげ、つらそうであった。
そんな中嫌なにおいがする。それは卵が腐ったような臭いだ。
「まさか噂のフィレスエンジンか!!」
フィレスエンジン。それはおならで動くエンジンの事である。
おならはすこぶる燃えやすい。窒素、酸素、メタンが含まれているからだ。
おそらく彼らはイモなどの食物繊維が豊富なものを食べているのだろう。
そのほうがガスの量が増えるからである。
硫黄のような臭いは肉やネギなど硫黄成分が多いものを食しているためだ。
おならで危険な成分は無臭のメタンや水素である。臭いおならは爆発の危険が少ないのだ。
これはフエゴ教団の異端審問官たちが命懸けで手に入れた情報である。
「くせぇ!! だがこの臭さは死を呼び寄せる臭さだ!!」
アトレビドはこぼす。
三輪車は執拗に馬車に体当たりを繰り返していた。
がつんがつんと馬車はゆさぶられる。ヤギウマはよくパニックにならないと感心していた。
手綱を握る手はすっかり汗ばんでいる。
颯爽と駆け抜ける風で若干冷えるも、冷汗は以前だらだらと流れる一方であった。
それにしてもアトレビドは考える。こいつらのいったいなんなのだろうかと。
(おならを燃料とするエンジン。だがあまりにも長期間に放出しすぎている。
これほどの量を出すには普通の人間では無理だ。グルトンだって難しいだろう。
ならば司祭の杖みたいな力だろうか。向こうの教団でもその研究はしているだろうしな。
問題はそんなやつらが大勢いるってことだ)
そうなのだ。おならを長時間ひりっぱなしなのである。
司祭の杖ならばおならを利用した放屁の火焔使い《フィレス スキル》の使い手はいた。
中年でおならを使って空を飛び、炎を自在に操っていたのだ。
今目の前にいる連中はただおならをひりだすだけだが、人間業とは思えない。
いったいこいつらの力の源は何であろうかとアトレビドは首を傾げずにはいられなかった。
「考えるよりも、行動第一だ!!」
アトレビドは右手に力を込める。そこから一本の投げ槍が錬成された。
脂肪の投げ槍である。
それを右側を走行している三輪車の前輪目がけて投げた。投げ槍は前輪にひっかかり、三輪車はスピンを起こしたのである。
そして左側の方も同じく投げ槍を投げてやったのだ。結果は同じであった。
☆
ヤギウマは泡を吐きながらも懸命に走っている。ある程度邪魔者を片づけたがこれで終わりとは思えない。
そう思っていると、今度は何やら後方から唸るような声が聞こえてきた。
それはビッグヘッドであった。普段と違うのは腕はなく、通常の倍以上ある足を持っていたからだ。
「オストリッチヘッドか!!」
オストリッチ。すなわちダチョウである。
ダチョウ目ダチョウ科の鳥で鳥類では最大である。
頭は小さく、くびが細長い。足の指は2本ある。
脚が強大で走るのが速いが、翼が小さく飛べない。かつてアフリカのサバンナに分布していた。
こちらは人間の頭にダチョウの足が生えているものである。それが何十頭もいるのだ。
全部鼻に鼻フックがひっかかっていた。これは彼らが荷車を引っ張っているためだ。
ちなみに鼻はかなり頑丈なので引っ張っても千切れることはない。
荷車の上にはビッグヘッドたちが乗っていた。
舌を槍のように扱うタング・ランサー。歯を弾丸の様に飛ばすトゥース・ガンナーが待機している。
「ちくしょう! 俺を徹底的に踏みつぶそうっていうのか!? やってやろうじゃないか!!」
アトレビドは速度を落とした。そしてオストリッチヘッドたちが引っ張る荷車の上に飛び移ったのである。
荷車は六畳ほどの広さで複数のビッグヘッドがいた。それが三台もあった。
まずタング・ランサーが襲ってきた。それも三体同時にだ。
舌の槍で突いてくる。アトレビドは蝶のようにひらりとかわした。
その直後、悪寒がした。急いで右手で盾を作り、頭部を守った。
そして盾に衝撃が走る。それは歯であった。トゥース・ガンナーが撃った歯だ。
アトレビドは盾を外すと円盤のように投げた。その先はトゥース・ガンナーである。
盾に当たったビッグヘッドはそのまま馬車から転げ落ちたのであった。
アトレビドは糸を作り、枯れ木に結び付ける。
そしてビッグヘッドどもを一斉に糸で弾き飛ばすのであった。
わざわざ正々堂々と相手をする必要はない。
相手を効率よく始末する。それが重要なのだ。
荷車の上に立っていたビッグヘッドは一掃された。
オストリッチヘッドたちは主がいなくなったことに気づかず、駆けている。
いや、重荷がなくなったので速度が上がっている。
「さて、こいつらを止めて自分の馬車に戻ろうか」
そういってアトレビドは手綱をつかもうとした。
☆
それは一瞬だった。オストリッチヘッドの後頭部に矢が突き刺さったのである。
黒くて細長いものだった。まるで髪の毛のように見えた。
文字通りそれは髪の毛なのである。
アトレビドは後ろを振り返った。
そこには鉄の箱が走っていたのである。それもただの箱ではなかった。
それは自動車である。キノコ戦争前には広く普及していたものだ。
だが現在は石油の産出量が少ないため、自動車の類はまだ製造されていないはずである。
精々オートバイが関の山であり、火急の要件がない限り使用できない。
エビルヘッド教団ですら、難しいはずだ。
それ以上に目につくのは車の高さだ。
車高がやたらと高い。物見やぐらのように高いのだ。
それもそのはずタイヤは地面を走っているが、車体だけが上がっているのである。
おもちゃのマジックハンドに使われるパンタグラフのようであった。
「まさかあれもファルトエンジンで動いているのか!!」
そこらへんから硫黄の匂いが漂っている。まちがいなくあのエンジンはおならで動いているのだ。
さらに車の上にはビッグヘッドが三体立っている。
全員ビッグヘッドには珍しく、長髪であった。
彼らは髪の毛を一本抜き、それを舌に置いた。そしてぺっと噴き出すのである。
それは髪の毛の矢であった。それらは的確にオストリッチヘッドの後頭部を貫いたのである。
髪の弓使い《ヘア アーチャー》と呼ぶべきだろう。
ヘア・アーチャーたちはオストリッチヘッドを撃ち殺し、アトレビドの足を奪うつもりなのだ。
そんなことはさせぬ!! アトレビドは車へ飛び移った。糸を生み出し、車体にぶら下がる。
三台のうち、残るは一台になっている。他の荷車は街道の脇に落ちていった。
だが車体の下には複数の刃が突き立てられていた。
パンタグラフが閉じてアトレビドを針山地獄へいざなおうとしているのだ。
そうはなるものかと、アトレビドは足にスケートの刃を生み出すのであった。
そして地面に降り立ち、アイススケートのように滑っていくのである。
だが相手もさるもので、車体が正常の位置に戻ると、今度はヘア・アーチャーたちが後方を向く。
そして髪の矢を打ち込むのであった。
すれすれで矢を躱すアトレビド。
そして車は減速し、アトレビドにぶつけようとしている。
それこそが絶好の機会なのだ。アトレビドは跳び箱のように飛んだ。
そしてヘア・アーチャーたちを盾を錬成し、前方に押し出したのである。
ヘア・アーチャーたちに巻き込まれ、車はスリップ事故を起こしたのだ。
車は街道の脇に外れ、大破したのである。
これで邪魔者はいなくなったと、アトレビドは安堵した。
だがアトレビドは思い知る。これは序の口に過ぎなかったことに。
ブクマや評価をいただけるとハッスルします。