二人だけの秘密のお話
「ふう、疲れましたわ」
グラモロソは自分の部屋に戻っていた。そして椅子に座ってくつろいでいる。
テーブルの上には冷えたジュースが置いてあった。別のコップには野菜スティックが入れてある。
三時のおやつだ。野菜を食べることで空腹を紛らわせていた。
アトレビドは床に座っている。ごろんと寝そべり漫画を読んでいる。
フエゴ教団が発掘した二百年前の作品だ。元はニホンにあるもので、セリフはすべて英語に直したものだ。
「サビオとホビアルが来たからな。やかましいことこの上なかったな」
「やかましいですが、不快感はありませんわよ。でも別の意味で疲れますわ」
あの後、サビオとホビアルもやってきた。六人でちゃんこ鍋を作り食べたのである。
ちゃんこ鍋はニホンの相撲取りが食事だ。元は相撲取りの料理のことをちゃんこといったのだが、いつしか鍋料理扱いされた。
野菜と肉をバランスよく食べられるので重宝されているのである。
特にアトレビドは毎日食す必要があった。ラード・スキルは脂肪分を消費する技だ。
逆に脂肪がなければ使うことができないのである。
「まあ疲れるわな。ホビアルが鍋を三杯もおかわりしたからな。
作るのは疲れるが楽しくもある。有意義な時間だったな」
アトレビドの言葉にグラモロソも賛同する。
「しかし人生何が起きるかわからないものだ。
八年前本当は自分の生まれた村で、焼き豚にされかけていたのにな」
自傷気味につぶやく。実際彼の人生はひどいものだった。
よそ者を嫌う村では人間と亜人の混血児は嫌われているのだ。
理由はない。とにかく自分たちと縁のない血を混じることに拒絶していた。
アトレビドは混血児ゆえに村八分にされていたのである。
父親は早くに亡くなり、村はずれで母親と一緒に暮らしていたのだ。
ところが八年前、事件が起きた。
村長の娘が若くして流行り病に夭折したのである。
それをアトレビドのせいにしたのだ。
理由は簡単。娘が死んだ腹いせに村八分の人間をいじめて殺し、憂さを晴らすためである。
アトレビドは村の広場に連れ出された。そして火あぶりのためにくくりつけられたのだ。
母親は必死に止めたが、蹴り飛ばされてしまう。さらに逆らえばお前も殺すと脅され、引っ込んだ。
村人たちはゲラゲラと笑っていた。混ざり物がむごたらしく死ねば自分たちがしあわせになれると信じ切っているのである。
白豚の少年はそれを見て冷笑した。その態度に村長はむかつき、殴った。
「お前らみたいに無抵抗の子供を火あぶりにするクズなんか、ろくな死に片はしないぜ。
俺はお前らを見下しながら死んでいくだろうが、それを見たお前らは一生心の中で俺に恐怖するようになるのさ。
そう考えると死ぬことなんて怖くないね。むしろ早くやってくれよって感じさ。
母さん。あんたはさっさと俺を忘れてしまうんだ。そしてしあわせになってくれ」
そんなタフなセリフを吐いたのである。母親は泣き崩れた。そして起き上がり息子を助けようとしたのだ。
瞬間、村中は怒声で包まれた。弱者が命乞いしながら泣き叫ぶ姿を見物したかったのだ。
それなのに白豚からは生意気な言葉を吐きやがった。母親も自身の身を顧みず息子を救おうとする。
村長は額に血管を浮かばせながら火を放ったのである。
母親は村人たちに押さえつけられ、泣き叫んだ。
「ふぅー! 涼しいなあ。冷たすぎてあくびが出るぜ。
こんなもんかぁ? ガキ相手に大げさに騒ぐお前らはアナウサギのように臆病だぜ!!」
本当は炎に炙られ苦しいのだが、弱音は吐かない。あくまで平気を装う。
父親はつらいときには口に出さず、反対の事を言えと教えられてきた。
なぜならつらい言葉は人にも伝染するのだ。そして積もり積もって場が重くなる。
厳しい時こそ明るい話題を口にするように躾けられたのだ。
(本当はつらいけど、言葉に出せばつらくなくなるもんだな。思えば短い人生だった)
アトレビドは十歳の身でありながら、思考は老熟していた。
頭に残っているのは母親がしあわせだけを祈っていたのである。
だが天はアトレビドを迎え入れるのを拒否した。
赤い鎧を着た一団が広場に闖入したのである。そして赤い瓶みたいなものでアトレビドを焼いた炎を消し去ったのだ。
「我々はフエゴ教団である。今日は布教に来たのだが、目の前の凶事を見て止めに入った。
以後この子供は我々が保護する。異存はないな?」
それは赤いバラを頭に乗せた男であった。実際は生まれつきの髪の毛である。赤いローブを身に付けていた。
薔薇の亜人ロサである。そしてフエゴ教団の大司祭の一人だ。鎧を着た者は騎士である。
ロサはアトレビドを開放し、火傷に効く塗り薬を塗らせた。
それを見た村長は吠えた。せっかく混じり物を苦しめて見物していたのに邪魔されたからだ。
もうむかついてむかついてしょうがなかった。
「ちくしょう! 化け物のくせに俺たちに意見しようってのか!!
許さねぇ、許せねぇ!! いたぶっていたぶって、いたぶりつくして殺してやる!!」
村の屈強な男たちに命じて、ロサを襲わせた。手には鎌や鍬などを手にしている。
しかし騎士団の敵ではなかった。騎士たちは手にした鉄の筒を彼らに向けたのである。
一人は細かい胡椒の粒みたいなものを発射した。村人たちは目がつぶれ、うずくまる。
もう一人は鉄の筒を地面に向けて発射した。発射されたものは地面に跳ね返り、村人の腹に当たった。
村人の興奮は一瞬で冷めてしまった。騎士たちの圧倒的な力に屈服したのである。
「さてここに教会を建てるか。そして商人も呼ぼう。この村の意識を変えなくてはならないな」
ロサは怯える村人を見回しながらつぶやいた。
「あの、よろしいでしょうか……」
ロサの前に女性が近寄ってきた。アトレビドの母親である。
「あなたは? 私はフエゴ教団大司祭、ロサと申します」
相手が名乗りを上げない無礼を咎めず、ロサは自己紹介をした。この辺は教養のない田舎者である。
「私はその子の母親です。この村では奴隷として扱われていました。
大司祭様にお願いがあります。この子を引き取ってはくれませんか?
アトレビドはとても賢い子です。ですがこの村では無用の長物なのです。
あなた様は見たことのないものを扱っておりました。ならとても文化が発達したところなのでしょう?
そこで息子を育ててほしいのです。私は一緒に行けません。私は息子を一度見捨てたのですから……」
母親は泣いた。自分の保身でアトレビドを見捨てたのだ。
その息子は恨み言を吐かず、じぶんのしあわせを願った。もう息子とは暮らせないと悟ったのである。
☆
「こうしてロサ様に拾われ、お前と出会ったんだからな」
アトレビドは昔のことを思い出しながらつぶやいた。
「そうね。八年前お父様があなたを連れてきたときは驚いたわ」
無論年頃の若い娘が同年代の男子と暮らせるわけがない。
最初はものすごく反発したものであった。
当初のグラモロソは文字通り蝶よ花よと育てられていたのだ。
だがロサは娘を着飾ることはしなかった。柳は緑花は紅というように自然体を大事にした。
自然に立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花となったのである。
周りの人間はアトレビドが落花狼藉を働くのではないかと心配したほどである。
もっとも本人は花より団子で、グラモロソよりも教団で訓練を受ける方を優先していたのだ。
現在では花も実もある司祭の杖になったのである。
グラモロソはそんな彼に魅かれ始めたのだ。見た目は白豚だが機転は聞くし、物知りでもある。
これはアトレビドが教団の図書館で得た知識だ。それをさらにうまく利用しようと識者と面会したりしていた。
脂肪の錬金術師だけが能ではない。それを使いこなす頭脳がある。
「俺も年頃の女子と暮らすなんて夢にも思わなかったな。正直俺のせいで悪評が広がるのが怖かった」
「その通りでしてよ。わたくしが男を家に引っ張り込んだなんて言われて孤立したのですから」
「一緒に遊んでくれたのはアモルにサビオくらいだったな。フエルテとホビアルは訓練で忙しかったし」
「まあ妬むばかりで何もしない連中と友達になどなりたくなかったですわね」
こうして他愛ない会話が続いている。ちなみにグラモロソは成長するにつれ美しくなった。
現在では取り巻きができているが、彼女にとっては煩わしい羽虫に過ぎない。
二人は何時のしかひかれあうようになっていた。
グラモロソは美しいシクラメンの亜人だ。極東の島国ではブタノマンジュウと呼ばれているのである。
一方アトレビドはヨークシャー種の豚の亜人だ。花と豚。相性はよくないと思えた。
だがアトレビドは結構モテていた。話術は得意だし、各種スポーツもうまいのだ。それに決断力も高い。
女子たちはそんな彼にメロメロになったのである。顔だけの人間など眼中になかった。
「いい男は豚ッ鼻でもモテるんだぜ」
それがアトレビドの座右の銘であった。
今や二人は落花流水の情である。
だがグラモロソは心配になる。目の前の男が両手に花を望むかもしれないのだ。
アモルと仲良くしゃべっていると、むらむらと嫉妬の炎が燃え上がってくるのがわかる。
もっともアモルは男なのだが、女性以上に女性らしいのでやきもきする。
ホビアルは女性だが、完全に度外視だ。彼女はサビオ一筋なのはわかっている。
「大丈夫だよ」
アトレビドが優しく声をかけた。
「俺はお前の物だ。お前も俺の物だ。他の誰にも渡しはしないし、渡されることもない」
その答えにグラモロソは赤くなる。眼はとろんとしていた。
そして二人は大きなベッドの上に行く。
その後むちゃくちゃハッスルし、トロトロになった。
「ふぅ。気持ちいいな。お前のマッサージの腕、また上がったようだな」
「当然でしてよ。おっほっほ」
ベッドで背中を向けているアトレビドに対し、グラモロソは馬乗りになって揉んでいた。
不順異性交遊だけは絶対にしてはならないと、ロサから口酸っぱく言われたからである。
サービスシーンではなくて残念でした。