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空中大決戦

アトレビドの身体は天高く上がった。

 容赦なく吹き付ける風は生身の人間を凍傷を負わせるだろうが、アトレビドの毛皮は物ともしない。

 ギガントヘッドは隊列を作っている。その下はまるで子供の描いた風景画のように現実味がなかった。

 それでも落下すればトマトのように生身をぶちまけてしまうだろう。


「ギガントヘッドは輸送機の如く扱われております。おそらく狙いはフエゴ教団本山でしょう。

 この巨体が本山に墜ちれば大勢の命が亡くなります。

 ここで数体片づけておきたいですね」


 背中にいたプリンスヘッドが意見をする。もちろんアトレビドも同じ気持ちだ。


「もちろん片づけはするさ。だが問題はギガントヘッドが襲撃しに来た事実だ。

 こいつはエビルヘッド教団の目論見だな。例え俺がこいつらを倒しても奴らが噂を広めるね。

 まったく奴らの計画は厄介だ。物理的な勝利ではなく、長期的なプランを立てていやがる。

 愚痴をこぼしても仕方がない。俺は俺のできることをするだけさ」


 アトレビドはまず右足を上げる。そしてスケートの刃を錬成した。

 それをギガントヘッドの頭部に容赦なく踏みつける。

 ビッグヘッドの内臓はすべて頭部に収容されているのだ。つまり頭を潰せば死ぬのである。

 めりっと刃が頭部に深々と刺さった。ぷちっと水分があふれだす。すると徐々に赤く変色した。

 ビッグヘッドは血液の代わりに樹液が流れている。それは空気に触れると血の色に変わるのだ。


 それを見てなんとなく嫌な気分になる。

 脳をやられ、ギガントヘッドはれろれろと舌を動かした後、目から木の芽が生えてきた。

 この異形の怪物は命が尽きれば、大樹として新たな人生を迎えるのである。

 おそらくは今空高く眺めている緑はビッグヘッドの成れの果てであろう。


 墜落しかけたギガントヘッドだが、アトレビドは翼の上をアイススケートのように滑りだす。

 左翼から大きく飛び降りた。まるでスキージャンプのようである。そしてもう一匹のギガントヘッドが飛行していたのだ。

 アトレビドはどしんと落下する。スケートの刃はすでに溶けていた。思わず体勢を崩してしまう。


 ラード・スキルは錬成した後数秒で溶けるのである。

 しかしこれは競技ではないのだ。評価を付ける審判などいやしない。

 もう一度最初のギガントヘッドと同じ運命を辿らせようとしたが、邪魔が入る。


 タング・ランサーだ。舌を槍のように操るビッグヘッドだ。

 ギガントヘッドの下腹部に待機していたのだ。

 そいつらが上ってきたのである。

 それも五体だ。全員突き刺すような視線を向けていた。


「アトレビド殿、こいつらはバンブークラスです。

 さすがにギガントヘッドに乗っている者たちはプラムクラスでは役不足なのでしょう」

「ああ、厄介だな。だが俺の敵ではない」


 タング・ランサーに囲まれてもアトレビドは不敵な笑みを崩さない。

 彼はフエゴ教団の司祭のスキル・ロッドだ。神応石しんおうせきによって力を得たのである。

 詳しくは省くが、簡単になれるものではない。中には力を得るどころか、命を失うものもいるのだ。

 目の前で敵意をむき出しにするタング・ランサーたちもある程度の神応石が埋め込まれている。


 タング・ランサーたちは一斉に舌の槍を突いてきた。

 まるで槍の吹雪だ。脂肪の塊に小さな傷が無数にできる。だが相手はちっともひるまない。

 それどころかタフな笑みを浮かべるだけだ。


 アトレビドは一番右側にいたタング・ランサーの左足に脂肪の糸を巻き付けた。

 そして時計回りにタング・ランサーを囲んだのだ。

 それを一気に引っ張ると、足を巻き付けられ、倒れてしまった。


 その瞬間、タング・ランサーたちはギガントヘッドの上から吹き飛ばされる。

 邪魔者がいなくなったので、再びスケートの刃を生み出し、頭部を踏みつけた。

 さっきからなぜ足からスケートの刃しか出さないのは理由がある。


 なぜなら足と関係ないものは錬成できないのだ。糸や盾はともかく生活に密着した物でないと無理なのである。

 アトレビドは仕事を終えると再び左翼から飛び降りた。

 だが落下するギガントヘッドの上にはタング・ランサーたちが待機している。

 先ほどの光景を見て、わざわざ隠れる必要がないと悟ったのだ。


 だが恐れる必要などない。アトレビドは大きくジャンプする。

 落下する地点をずらす。ギガントヘッドに着地せずに空の海へ飛び込んだ。

 自殺願望などない。アトレビドは右手で糸を出す。糸はギガントヘッドの鼻に巻き付いた。

 そして落下の衝撃でアトレビドの巨体は跳ね上がる。

 着地の瞬間に空飛ぶ主の頭を踏みつけたのだ。


「へへっ、着々とギガントヘッドたちを倒していってるな」

「その意気ですよ。あなたならできる。あなたは最高です!!」


 プリンスヘッドが煽てた。アトレビドは冷静なままである。

 豚も煽てりゃ木に登るというが、すでに天に昇っていた。

 その瞬間、アトレビドの真上に影ができた。


 ☆


 それはギガントヘッドであった。別の一体が仲間ごとアトレビドを叩き潰そうと体当たりをかましたのである。

 モデル・タイタンは知性が低い。バンブークラスに命令されないと自律できないのだ。

 トールヘッドの額にプリンスヘッドを埋め込まれたのもその理由である。


 案の定真上のギガントヘッドの頭部にビッグヘッドが何かを指示しているのが見えた。

 落下の衝撃でアトレビドの足場であるギガントヘッドが墜落しかける。

 アトレビドは慌てず、真上のギガントヘッドに糸を巻き付けた。


 問題なのが糸の錬成だ。作りっぱなしでひっこめたりはできないのである。

 それ故に真上に上がるには振り子の原理を利用しなければならないのだ。

 もちろんアトレビドはその手の訓練を積んでいる。

 豚の玉がゆらゆらと揺れ、勢いよく天高く上がっていく様は圧巻だ。


「舌の槍使い共。俺を殺すなんて百年早いんだよ!!」


 アトレビドは右手で盾を作り、それでビッグヘッドたちを押し出した。

 ちなみに彼は素手で殴ったり蹴ったりはできない。スキル・ロッドの制約があるからだ。

 もし制約を破れば心臓が停止する。危機感無くして力を使うなど不可能なのである。


 ビッグヘッドたちは揺れる足場に浮かされ、そのままボーリングのピンのようにはじけ飛んで行った。

 この高さでは助からない。墜落後は周りに小さな木が芽吹くだろう。

 安堵のため息をついた瞬間、もう一体のギガントヘッドが落下したのだ。


 油断した!!


 アトレビドは吹き飛ばされてしまう。慌てて糸を出そうとしたが発動しない。

 なぜなら盾があるからだ。足のスケートはともかく、一回の錬成で作れるのは一つだけ。

 盾が溶けるまでは糸を錬成できないのだ。そして糸の最大の距離は二十九メートルである。


 間に合わない!!


 近くにパラディンヘッドはいない。まだ近づけないのだ。

 さすがのアトレビドも尻の穴につららを突っ込まれるような悪寒が走った。


「てい!!」


 その時背中に待機していたプリンスヘッドが吼えた。

 プリンスの両腕はみるみるうちに伸びていく。まるで天高く上る龍の如くだ。

 ギガントヘッドの翼を掴むと、しゅるしゅると手が縮んでいく。

 そして見事アトレビドは無事にギガントヘッドの上に昇れたのだ。


「助かったぜ、プリンス!!」

「お礼は後です。早くこいつらを何とかしないと」


 応と答えると、アトレビドは糸を錬成し、ビッグヘッドの足を引っ張った。

 その拍子にこけてしまい、ごろごろと酒樽のように転がる。またしても全員弾き飛ばされたのだ。


 すぐに見上げるとギガントヘッドが落下してくる。

 同じ手は二度も食わんと、アトレビドは華麗にかわした。

 そして糸を出し、ギガントヘッドの上に昇ったのである。


 周りを見渡せば、ギガントヘッドはもうこれ一体だけのようであった。

 やれやれ、あとこいつを倒せば終わりだわいと安心していたが、プリンスヘッドが「あっ」と声を出した。


 ☆


 それは空飛ぶ豚だった。正確にはビッグヘッドである。

 手の部分は翼で、頭部は豚という奇妙なビッグヘッドであった。

 おそらくこいつもパインクラスでモデル・タイタンだ。


「空飛ぶ豚か。現実にはまったくありえないことを示す修辞技法アデュナトンの慣用句だ。

 普通に空飛ぶピッグ・フライと名付けるとしよう」


 ピッグ・フライはアトレビドたちに近づこうとしない。

 逆に鼻から何かを噴き出した。

 人の拳ほどの大きさで、アトレビドを狙っている。

 その内のひとつがギガントヘッドの翼に当たった。


 それは茶色っぽく、湯気を立てている。

 鼻くそであった。ピッグ・フライは鼻くそを弾丸のように射出したのだ。

 名付けて鼻くその弾丸ブーガー・ブレッドである。


 鼻くそとは鼻水と埃が鼻の中につまったものだ。簡単にいってしまえばゴミのかたまりである。

 普段人が吸い込んでいる空気には、さまざまな目に見えないゴミやウイルス、細菌などが含まれている。

 それを鼻の入り口にある鼻毛、あるいはもっと奥にある粘膜でからめ取って、これ以上体内に入らないようにしていのだ。

 そのからめ取った粘膜とゴミが混ざったものが鼻水。鼻水が乾燥した結果生まれたのが鼻くそなのである。


 ピッグ・フライの場合、鼻くそを弾丸のように発射できるのだ。

 その鼻くそは人間の物よりも砲丸並みに硬くて大きい。当たればひとたまりもない。


「あんなのにやられたら死んでも死にきれないぜ!!」


 アトレビドは悪態をついた。だが敵は一定の距離を保っており、近づく気配がない。

 総統賢いとみて間違いないだろう。

 次に相手は鼻から何か細長い物を噴き出した。


 それは雹のように一瞬で通り過ぎる。

 ギガントヘッドの翼は瞬く間に針のむしろと化したのだ。

 刺さっているのは細長い毛であった。ピッグ・フライの鼻毛である。


 鼻毛を投げ槍の如く吹き付けたのだ。鼻毛ノーズヘアーの投げジャベリンと名付けよう。

 鼻くそと鼻毛。交互に使い分けている。アトレビドは相手に近づくこともできない。

 パラディンヘッドを呼べば格好の的になってしまうだろう。


 舌打ちをしたくなる状況である。

 それに足元のギガントヘッドも徐々に弱ってきていた。当然だ。ピッグフライの攻撃を受けているのだから。


「こういうときは攻撃は最大の防御でいくぜ!!」


 アトレビドはピッグ・フライ目がけて走り出した。

 そして高くジャンプする。その間に空飛ぶ豚から鼻毛の投げ槍を喰らったが、すべてかすり傷で済んだ。

 まるで真冬の暴風に立ち向かう気分になる。


 だがアトレビドは事務的に糸を作り出した。

 それをピッグ・フライの翼にひっかける。

 アトレビドは足をまっすぐに伸ばし、重心に力を込めた。


 豚の身体は一回転し、ピッグ・フライの翼に絡む。そして再び空の海へと飛び込んだ。

 アトレビドの身体に衝撃が走る。落下後にピッグ・フライの右の翼が糸で切断されたのである。

 脂肪ラードストリングは熱に弱いが頑丈さだけは負けない。

 アフリカゾウを吊るしても斬れることはないのだ。


 片方の翼を失ったピッグ・フライはそのままきりもみをしながら墜落していく。

 あわやアトレビドも心中かと思われたとき、プリンスヘッドが両腕を伸ばした。

 その先にはパラディンヘッドが旋回していたのである。プリンスがパラディンヘッドの足を掴んだ。

 そしてメジャーのようにしゅるしゅると縮んでいく。


 アトレビドは彼女の翼の上に乗ったのだった。


 ☆


「助かったぜ。これで借りを二度も作っちまったな」

「いいえ。プリンスを救ってくださった借りはこの程度では返せません」


 顔はでかいが丁寧な返答が返ってくる。それを聞いてアトレビドは唇で笑った。


「さて早く帰らないとな。あんたと親しくしゃべっていたらグラモロソの奴が嫉妬で狂っちまう。

 赤いシクラメンの花言葉は嫉妬だからな。グラモロソは妖艶て意味だけど」


 ちなみにアトレビドは大胆という意味がある。


「しかし腹がへっこんじまってるな。早いとこ揚げバターを食べないといけないぜ。

 痩せた豚はダシしか摂れねえ。豚は太らせてこそ豚だからな」


 そういってアトレビドは腹をさする。揚げバターとは文字通り揚げ衣に包まれたバターを揚げた物だ。

 ものすごくカロリーの高い食べ物で、およそ四〇〇カロリーはするという。

 錬成する脂肪を増やすにはうってつけの食べ物だ。普段はトレーニングをしているが間食にしているのである。


「ふう。絶景かな、絶景かな。こんな素晴らしい景色を眺められるなんて最高だね」


 背中にへばりついたプリンスヘッドが離れる。パラディンヘッドの天辺にちょこんと座りこんだ。


「確かになぁ。これほどの景色はそんじょそこらじゃおがめねぇ。

 こんなことを言ったらグラモロソがふくれっ面になるだろうぜ」


「でしたらグラモロソ様も一緒に乗っていただきましょう」


 パラディンヘッドが答えた。まじめそのもので、自身が遊覧飛行機扱いされても平気そうである。

 彼女にとって恩を返すのが大事であり、自身の屈辱などどうでもいいのだ。


「でも、乗りたがらないだろうな。プライドが無駄に高いし。

 相当おだてないと一緒になんか……」


 アトレビドが腕を組んで悩むと、耳元がきーんと鳴り始めた。

 何か後ろに接近する音がする。すぐに後ろを振り返ろうとしたその刹那!


「はーーいほーーーー!!」


 それは空飛ぶ豚だった。ピッグ・フライではない。

 相手は黒い豚である。イベリコ豚だ。かなりでかい。アトレビドより二回りの大きさである。

 身に付けているものは首にぶら下げている真珠の首飾りと白いパンツ一丁であった。


 そいつの背中に翼が生えていた。天使の翼みたいに白いわけではない。

 それは汚れた緑色をした、気色悪い翼であった。

 それもそのはず、翼は足のない虫、回虫でできていたからである。


 天使というより悪魔の翼と言った方がしっくりくるであろう。

 アトレビドはそいつに突き落とされた。ついでにパラディンヘッドの翼を蹴り上げる。

 その衝撃で彼女は落ちていった。プリンスも一緒にである。


 アトレビドは別に飛んでいたギガントヘッドに着地することができた。

 そしてイベリコ豚の亜人も降り立つ。そいつは回虫の翼をむしり取り、空へ捨てた。


「かつて一九〇九年、今から三〇〇年前の今は亡きイギリスの飛行機パイロット、ジョン・ムーア=ブラバゾンがいた。

 豚も空を飛べると証明するために、飛行機にバケットをくくりつけ、中に子豚を入れて飛行したのだという。

 実際は子豚自身空を飛んだわけではないが、人間も自力で飛べないからおあいこだと思うがね」


 イベリコ豚の亜人は関係のない雑学を披露している。高度何百メートルもあるところで日常会話をするこの男に不気味なものを感じた。


「今ではさっきのように変則的だが空を飛んでいた。すべては神応石のおかげだよ。

 正確には回虫で翼を作りパラグライダーのように滑空していただけだがね。

 君だってその気になれば空を滑空することは可能なはずさ」


 巨体の豚が睨みつける。百戦錬磨の凄味を感じた。舐めたら山椒の如くピリリとした辛さだろう。

 封豕長蛇ほうしちょうだのような雰囲気がにじみ出ていた。つまり貪欲で残忍な性格という意味である。


「ベルゼブブ……」


 アトレビドが呟くと、イベリコ豚の亜人はにやりと笑う。そしてぺろりと舌なめずりした。

 

 果たしてベルゼブブとは何者なのか?

 なぜ現在アトレビドはこのような目に遭っているのか?

 すべては次回に明かされるであろう。

 この作品はなんとなくデコゲーをイメージして執筆しております。

 今は亡きデータイーストのゲームという意味ですね。

 カルノフとエドワード・ランディを参考にしております。

 ブクマと評価をいただけるとますますハッスルになります。

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