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外伝その4 終わりの始まり

「それでは我が息子夫婦の門出に祝福を!!」


 かんぱーいと複数の声が上がる。

 赤いバラの亜人の男が音頭を取った。彼はこの屋敷の主であるロサ司祭だ。となりには背の高いヒマワリの亜人が立っている。息子のヒラソルだ。顔は褐色で、髪の毛とあごひげは黄色い花びらのように生えている。

 その横にはジャンガリアンハムスターの女性が側にいた。彼女はヒラソルの妻でペルラという。新婚ホヤホヤだ。

 今日はヒラソル夫妻の送別会である。主に身内で集められていた。屋敷で働く者たちも祝っている。

 さらにペルラの父親であるロボロフスキーハムスターのラタジュニアと、人間の母親も出席していた。赤みのかかった金髪で、幼児のように小さい夫に、でっぷりと酒樽のように太った娘と違い、細身の美人である。彼女は椅子に座っており、夫はその膝の上にちょこんと座っている。まるでぬいぐるみを抱いているようだ。


 その様子をアトレビドが眺めていた。その身は包帯が巻き付けられている。その横でグラモロソは不機嫌そうだ。アトレビドがエビルヘッド教団に襲撃されたこと、そして自分が流されるままに遊び惚けていたことが許せないでいた。

 ふたりは口を開かない。特にグラモロソも叔父のハンゾウに厳しく言われたのだろう。しょんぼりと落ち込んでいる様子も見受けられた。


「なんだなんだふたりとも。やけにしんみりとしているじゃないか。今日は葬式ではないのだぞ!!」


 そこにヒラソルが絡んできた。彼は酒を飲んでいないのに、酔っぱらいのように絡んできた。身内だけと言っても親戚の数は多い。ロサにはふたりの弟たちがおり、結婚して子供がいる。グラモロソとは年が離れていた。

 人の多さに酔いしれたのかもしれない。


「ハンゾウ叔父さんから聞いたぞ! だが過ぎ去ったことだ、お前は生きている! 失敗したら挽回すればいいのだからな! 何せアトレビドはエビット団の司教を倒したのだ、ひとつやふたつの汚名などすぐに返上できるさ!!」


 がっはっはと笑っている。ひまわりの花のように明るい男だ。確かにその通りである。あまり尾を引くのは自分らしくない。そう思ってアトレビドはグラモロソの右胸を揉んだ。花蜜がたっぷりと詰まっていそうな豊満な胸である。


「ヒラソル兄さんの言う通りだ。俺はある意味フエルテの次に有名な男だ。これくらいでへこたれていたら仕方ないな」

「だからといっていきなり胸を揉んでいいわけではありませんわよ! どうせならふたりっきりで……、って、何言わせるのかしら!!」


 アトレビドは思いっきり頬をグラモロソに平手打ちされた。

 周囲はどっと笑い声が上がる。重苦しい雰囲気が払しょくされて、明るくなった。

 そこにハンゾウがやってくる。いつも通りの黒い背広を着ていた。


「ふぅ、まったく若いもんはすっきりとできないな。まあ、それが若さというものか」

 

 ハンゾウは煙草を吸っていた。彼と同じ姿が7人いる。昨日より減っているのは、何かあったのだろう。それをアトレビドが知る術はない。


「明日から俺は新しい護衛に付くことになる。あまり面倒をかけないでくれよ」

「ハンゾウ先輩には申し訳ありません。新しい護衛とは?」

「ああ、歌姫で名高いボスケ殿のな」


 それを聞いてグラモロソは不思議に思った。


「ボスケ様、ですか? 失礼ですが叔父様が護衛するほどのお方とは思えませんが」


 ボスケとはウシガエルの亜人で、巨体な身体で迫力のある歌声が売りの歌姫だ。グラモロソはボスケのファンだが、軽視していない。ハンゾウは一週間ワンウィーク騎士ナイトのひとりだ。彼らは要人護衛の仕事がメインだ。

 教団の責任者から、フレイヤ商会など金融商品を扱う会長の護衛が中心である。

 言っては悪いが、芸能人に護衛を付けるのは宝の持ち腐れというものだ。

 ちなみに同期でナメクジラの亜人であるハットリがいる。彼は舞姫と名高きマイタケの亜人オーガイの護衛に付いたという。こちらもあり得ない人事で驚いていた。


「……実は内密だが、ラタジュニアがとんでもない子供を拾ったのだ」

「ラタジュニア……、ですか」


 グラモロソはちらっと首を動かした。向こうではロボロフスキーハムスターが人間の女性にアイスクリームをスプーンで食べさせてもらっていた。


「そちらの方じゃない。お前らの同期生だ。なんでもとある村で見つけた少女らしい。それでフレイヤ商会で身体検査をしていたら、声に関するスキルを開花させているそうだ。未熟だが鍛えれば司祭の杖以上になるかもしれないと、教団へ連絡を入れたそうだ」

「エルが……。あいつは行商しているから、偶然見つけたんだろうな」


 アトレビドはつぶやいた。その少女は身内はおらず、住んでいた村はベスティアという食人鬼集団に滅ぼされたという。なので商業奴隷として登録したそうだ。のちにアイドルに育てたいと願っているそうである。

 それを聞いたアトレビドとグラモロソは呆れた。アイドルという言葉自体は知っている。学校時代教団の所持しているライブラリで、アイドルの動画を観たことがあるからだ。

 しかしコミエンソはともかく、他の村では理解できそうもないだろう。精々三角湖トライアングル レイクの祭りに似たようなものがあるくらいだ。

 教団にとってアイドル云々はともかく、芸能人として育てたいようである。なので一流の人間を師匠にするつもりなのだ。同期であるラタジュニアが聞いたらあまりいい顔はしないだろう。ふたりは彼の父親に恩はあるが、息子の自分には関係ないと思っているのだ。


「ですが、その子がかわいそうですわね。商業奴隷ということはあの女の餌食になるということですわね」

「誰が餌食にするですって? あいかわらず失礼な子だわ」


 白蛇の女が話しかけてきた。姉のブランコだ。


「ブランコ姉さん。エルはどんな子を拾ってきたのですか?」

「ゴールデンハムスターの女の子だそうです。しかも10歳!! 今日ばかりは会長の放浪癖に感謝しておりますわ!!」


 ブランコは感涙し小躍りしていた。よほどうれしいようである。


「ああ、なんということでしょう! ついに我が一族に罪人を出す羽目になるなんて!!」

「誰が罪人よ! 私は幼女が好きなんじゃなくて、小さい子が好きなだけよ!! 年齢が20を超えても問題ないわ!!」

「それが犯罪だと言っているのですわ!!」

「ふん、毎晩アトレビドと腰を振りまくるあなたに言われたくありません!!」

「私は胸を揉ませているだけですわ!!」


 グラモロソとブランコは取っ組み合いのけんかをしていた。

 その様子を周りは笑いながら眺めている。ブランコが家を出て行く前の日常茶飯事なのだろう。


「そういえば母さんは来ないな」

 

 呼ばれているはずの母親の姿がいないことを確認し、アトレビドはつぶやいた。


 ☆


 豚の亜人が歩いていた。あまり上質ではないコートを着ている。胸のふくらみからして女性だ。ヨークシャー産の豚だが、常に清潔にしており、石鹸の香りがする。

 彼女は一路息子が世話になっている屋敷に向かっていた。自分が雇われている屋敷の仕事を終えるまで時間がかかったのだ。本来なら早めに仕事を切り上げてもいいのにと屋敷の執事は告げたのだが、彼女は頑として聞き入れず、夜が更けるまで仕事をしていたのである。

 彼女の名前はエボニーヌ。一〇数年前に人間の住む村に迷い込み、そこで人間の男性との間に子供が生まれたのだ。しかしそれが不幸の始まりであった。人間と亜人の結婚は村自体が認めておらず、彼女らは村八分にされた。それを8年前にフエゴ教団が布教活動しに来て、村は支配された。

 エボニーヌはそのまま教会の下働きをしていたが、つい先月村はエビルヘッド教団に襲撃され壊滅した。長年渋っていたが、コミエンソで暮らすことにしたのである。それでも息子とひとつ屋根の下で暮らすことは拒み続けた。


「こんばんは」


 ふいに声がした。エボニーヌは周りを見回すと、そこにロバの亜人が立っていた。

 彼女はその姿を見ると、驚愕する。それはここではありえない人間だったからだ。


「こっ、コゼット……」

「お久しぶりですねエボニーヌ姉さん。ずいぶんと慎ましい暮らしのようですね」


 エボニーヌは動揺し、コゼットは気にせず声をかけた。ふたりは姿は違うが血の繋がった姉妹なのである。


「もう20年ぶりですね。姉さんや他の司教の子供たちが我がエビルヘッド教団の崇高な使命のために、旅立ちましたね」


 コゼットはひとりごとのように、ぽつぽつと語りだした。


「計画は成功。その内のひとりアスモデウス司教の息子であるマリウスが子供フエルテが見事エビルヘッドさまを討伐しました。ちなみにアスモデウスさまは亡くなり妹が跡を継ぎましたけどね」

「……」

「ですがアトレビド、姉さんの子供がお父様を殺すなど予定外でした。彼は知らないでしょうね、自分が手をかけたのは、外祖父であることを」

「……」

「実はお父様は死んでおりません。生きています。ぎりぎりのところで自身のスキルで生き延びました」


 するとエボニーヌは目を見開いた。その次に安堵した様子である。さすがに自分の父親の生死は気になる様子だ。


「別に姉さんに含むものはありません。自分の甥にもね。けどこの事は他言無用ですよ。エビルヘッドさまは人間の想像力を必要としています。自身を悪に見立て、そして自分を殺すことで人間たちが溜飲を下し、世界に平和が来ることを望んでいるのです」


 コゼットはぽつぽつとつぶやいた。どこか怒気が含まれている。彼女は献身なエビルヘッド教団の信者だ。父親は司教で娘の彼女も熱心に信仰している。

 エビルヘッド教団はフエゴ教団以上に神応石スピリットストーンの研究を重要視していた。

 例え望んでいたとはいえ、崇拝するエビルヘッドが殺されたことに腹を立てているのだろう。コゼット自身いまだ未熟というわけだ。


「私が来たのは甥と会うためです。未熟ですが伸びしろはありますね。これからも姉さんが支えてください」


 姉さんが、の部分を強調した。そしてコゼットは消えた。後に残るのはエボニーヌだけである。


「……なぜ、わたしは生きているのでしょうか」


 心に秘密を抱えて生きるのはつらい。自分が住んでいた村も、亜人が真っ先に殺されると思っていたのに、村人たちは自分をいじめるためだけに夫だけを殺し、今まで生かしてきたのである。

 彼らは異常に見えるが、神応石の影響で生き延びた人類の子孫だ。思い込みが激しく、他者を認めない。彼らは自分より弱いものをいじめて、憂さを晴らしすべての不幸を擦り付けて生きてきたのだ。

 その生き方も8年前にはフエゴ教団によって潰された。そして今に至る。


「ああ、恐ろしい……。どうして、こんな恐ろしい目に遭わねばならないのでしょうか……」


 それは自分の事ではない。腹を痛めて産んだ息子の事だ。例え生き延びたとはいえ、我が父親、暴食を司るベルゼブブ司教を倒したのだ。アトレビド自身エビルヘッド教団に目を付けられているだろう。


「グラモロソさまがあの子を支えてくださればよいのですが……」


 エボニーヌは神にすがるように、声を絞り出し祈るのであった。

 今回はトゥースペドラーやネイブルパイレーツの設定を盛りだくさんにできました。

 今年もよろしくお願いいたします。

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