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外伝その2 狼は生きろ豚は死ね

「あら、アトレビドじゃない」


 ひとりの女性が声をかけた。黒髪の人間の女だ。見た目は十代後半だが、豚の亜人であるアトレビドには気さくな語感がある。

 ここは広場だ。石畳が広がっており、中央には噴水が水を吹き出していた。木のベンチが所々に置いており、子どもが遊ぶためのブランコや滑り台、ジャングルジムなどの遊具も並べてあった。さらに屋台も並んでおり、肉の串焼きや、甘味などが売られていた。

 アトレビドとグラモロソは並んで家路についていた。そこに声をかけられたのである。


「ああ、シルヴィアか。今日は髪型を変えたんだな、似合っているぞ」

「あらら、お上手ね。恋人が隣にいるのに褒めていいのかしら?」

「べっ、別に恋人じゃないから!!」


 女性が茶化すと、グラモロソは真っ赤になった。シルヴィアはこう見えて人間と亜人のハーフだ。父親は犬で、母親は人間である。どちらも大家族で口減らしにコミエンソに連れてこられたのだ。シルヴィアのような二世は多い。彼女の場合ノースコミエンソにあるフエゴ教団の学校に通っていた。成績が上位なら15歳で司祭学校に転入できるが、ごくわずかである。両親は金融商品を扱うフレイヤ商会で働いており、そこそこ裕福だ。


「何々、アトレビドが来てるの?」

「んもぅ、グラモロソったら独り占めはずるいわよ」

「ねえねえ、今日はあたしたちと一緒に遊びましょうよ!」


 他にも女性が大勢集まってきた。猫やうさぎ、ロバの亜人の娘たちである。全員シルヴィアと同じであった。

 司祭学校と教団学校は離れているが、年に数回、運動で競い合ったり、祭を催したりと交流はある。そんな中アトレビドはさりげない気遣いで教団学校の女子生徒にもてていたのだ。重い荷物を持ったり、恫喝して絡む輩から守ったりしていた。

 もちろんアトレビドは冷静なままである。でれでれすることはない。それでもグラモロソは不機嫌になった。


「ねえアトレビド。暇なら映画館に行かない? キノコ戦争前に製作された魔人ドラキュラの上映がもうすぐなのよ」

「ちょっと手を放しなさいよ、図々しい。アトレビドはこれから博物館に行くのよ。そこで奇形で生まれたヤギウマやヤギウシの骨の歴史を見るの」

「あんたたちはお話にならないわ。私は舞姫オーガイさまの上演する劇場のチケットを持っているのよ。芸術を理解できない人はお呼びではないわ」


 娘たちは喧嘩していた。一見豚を相手に引っ張り合うのは滑稽だが、元々亜人種は顔にはこだわらない。他人を差別することは自分も差別されることだと教団に教え込まれたからだ。

 グラモロソは顔を真っ赤にしている。肌の色は緑でもはっきりわかった。それを見てシルヴィアはくすくす笑っている。おそらくいつものことなのだろう。


「あなたたち―――」

「おら、てめぇ!!」


 グラモロソが声を上げようとしたら、別の方から怒鳴り声が上がった。

 声の主は狼である。

 狼とは食肉目イヌ科の哺乳類である。中形で、吻《(ふん)が長く、耳は立ち、先がとがり、尾が太い。通常の犬より体格は大きく、牙も鋭い。

かつてはヨーロッパ・アジア・北アメリカなどに分布していた。春から夏にかけて家族単位で暮らし、冬には群れをつくって共同で狩りをし、大形のシカなども襲うのだ。

亜種にヨーロッパオオカミやシンリンオオカミ、別種に絶滅したニホンオオカミなどがある。

目の前の狼はヨーロッパオオカミの亜人だろう。浅黄あさぎ色の体毛が特徴である。

 実際はヨーロッパと名付けられているが、ユーラシア大陸に広く分布しているのだ。


 さて声を上げた狼は皮のズボンを履いていた。そしてアトレビドを睨みつける。


「やいアトレビド! てめぇは誰に断ってここを歩いているんだよ! 通行料を払え!!」


 何とも理不尽な要求だろうか。この広場はもとより、コミエンソ全体は教団が管理している。個人が勝手に金を要求するなど許されない。しかし、彼には関係なかった。


「マルコス。ここは教団の管理している広場だ。君に通行料を支払う義務はない。それに警邏隊に見つかったら殴られるよ。早く退散することだな」


 アトレビドは冷静に諭した。シルヴィアを始めとする取り巻きの娘たちも、そうだそうだとマルコスを非難する。

 彼はごろつきだった。シルヴィアたちと同じ立場だが学校に通うことが我慢できず、家を飛び出して、恐喝などで金をせしめて生活している。もちろん教団が素のようなものを許すはずがない。彼は四六時中追われているが、逃げ足が速いので捕まらずにいた。


「なんだとぉぉぉぉ!! この俺様を馬鹿にするなぁぁぁぁぁ!!」


 マルコスは吠えた。彼は気が短い。一度司祭学校に転入で来たのだが、その際に額に埋め込まれた神応石スピリットストーンが悪い方へ作用した。そのため思い込みが激しくなり、人の話を聞かなくなるのである。

 実はブランコが幼女趣味になったのも、神応石の影響が強い。もっとも彼女の場合は事務処理能力が高く、仕事に夢中なら悪い虫は起きないので問題視されていない。家族は嫌がるが。

 それで司祭学校を放逐されたが、ブランコよりマルコスの方がかなり悪質であった。

 自分は偉い、自分は最強、自分は一切の不幸は来ないと信じ切っているのである。

 

 在学中マルコスはモテずにいた。屈強な肉体を持ち、誇り高い狼の亜人なのに、女たちの見る目のなさに憤慨していたのだ。

 逆に豚の鼻を持ち、でっぷりとした腹を持つアトレビドがもてていた。女たちは美男子や偉丈夫より、さりげない気遣いのできる男が好きなのだ。


「ちょっとマルコス。あなたは頭にカルシウムが足りていないのではなくて? アトレビドは何も間違ったことを言っておりませんわよ。まったく身の程知らずにもほどがありますわね」


 そこにグラモロソが口を挟んだ。シルヴィアたちは真っ青になる。空気を読まないにもほどがあるからだ。

 アトレビドはやれやれとため息をついた。これもいつものことである。


「てめぇぇぇぇぇ!! 殺してやるぅぅぅぅぅ!!」


 マルコスは掴みかかった。口を大きく開け、グラモロソを噛みつこうとした。

 しかしグラモロソは落ち着いている。右手を上げると、そのままマルコスの口に突っ込んだ。そして舌を掴む。そのためマルコスは動きを止められた。

 グラモロソはそのまま噴水の水の中に入れる。水しぶきがかかるが、グラモロソはやめない。

 マルコスは完全に混乱していた。彼は狼の亜人だが、本物の狼ではない。人間が変化したものだ。

 人間でも狼のように体毛が生える病気がある。もちろん顔つきや生活習慣もその動物に近くはなるが、やはり人間なので文明から切り離すことはできない。

 なのにマルコスはグラモロソの腕を掴もうとしない。自分は狼になり切っているため、噛みつく以外の選択肢がないのだ。

 やがて彼は水の中でもがき、ぐったりと倒れた。

 その間シルヴィアが警邏隊を呼んできた。そして他の娘たちや売店の店員も証言し、マルコスが一方的に悪いことが判明したのであった。


 ☆


「さすがねグラモロソ」


 シルヴィアは褒めた。他の三名も彼女の実力に驚いていた。アトレビドだけは冷静である。

 あれはブドーというもので、徒手空拳の技である。


「当然ですわ。司祭だからと言って司祭の杖に頼り切るとは思わないでほしいわね」

「でも大半はそう思っている人が多いのよね。マルコスなんてその代表よ。周りが狼は素晴らしい、狼は最強だと囃し立てるからあんなになっちゃったしね」


 シルヴィアはため息をついた。もっとも周囲が囃し立てることは司祭学校では普通である。神応石とは精神に強く作用する効果を持つ。自分だけでなく他者の精神にも影響するのだ。それらの力は幼少時によく発揮する。

基本的には幼少時にきちんと教育するのだが、マルコスのように途中で才能が認められ、転入した者は大抵精神に異常をきたす場合が多い。ただしアトレビドも似たようなものだ。10歳の時に育った村では人間の男と豚の亜人の女の間に生まれたダブルと呼ばれ村八分にされていた。

父親は死に、自身は疫病神の象徴として処刑されかけたが、教団に救われた。助けてくれたのがグラモロソの父親で、薔薇の亜人のロサ司祭だった。


「ふわぁ……、グラモロソさんかっこいい……」


 猫の亜人がうっとりとした声を上げた。他のうさぎとロバも同じである。


「ねえ、お姉さま! わたしたちお姉さまに惚れましたわ! 今日は私たちと一緒に遊びましょう!!」

「え、ええ!?」


 グラモロソは混乱した。あまりの展開についていけなくなった。彼女は逃げ出そうとしたが、囲まれてしまい、逃げられない。


「さぁさぁ! 今日はスイーツ巡りに行きましょう! おいしいものをたくさん食べましょう!!」

「いいえ、美術館巡りもいいですわ。過去の偉人たちの作品を復元したものを見るのも一興ですわ」

「まったくあなたたちは品がないわね。やはり舞姫さまの崇高な舞踏を見に行くのが最適でしょうに!!」


「ア―――レ―――!!」


 グラモロソは三人に引きずられていった。残るはアトレビドとシルヴィアのみ。


「ふむ、意外な展開だったな。実に面白い」

「ごめんねアトレビド。この埋め合わせは後日するからさ」

「いいや、構わないよ。グラモロソはああ見えて人見知りなのさ。同級生のアモルとホビアルしか友達がいないからちょうどいい。遅くならないうちに帰してくれよ」

「わかってるって」


 そういってシルヴィアは手を合わせて頭を下げると別れを告げた。アトレビドはその後姿に手を振った。

 その様子を物陰から見ていることを、彼は気づいていなかった。

題名は1979年の白昼の死角のキャッチコピーです。ただし1960年に石原慎太郎氏の戯曲『狼生きろ豚は死ね』と同じらしいですね。

 今回の話はアトレビドが豚ッ鼻でもいい男はもてるということを表示したかったのです。

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