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外伝その1 花と蛇

 お正月に向けて久しぶりに書いてみました。

「やあ、こんにちは」


 とある部屋の一室で、豚の亜人の男が挨拶をした。ヨークシャー産の豚で、二本足で歩いていると思えばよい。

 丸く平べったい豚の鼻に、でっぷりと出た腹はまさに暴食かつ愚鈍な印象を受けるだろう。しかし、挨拶する本人はさわやかな雰囲気があった。

 目元は精悍で抜け目なさそうに見える。さらに佇まいも不潔そうなものはなく、清潔であった。本人は皮の腰巻に革のサンダルしか身に付けていないが、きちんとした姿勢なので見る者を不快にさせないものがある。

 彼はソファーに座っていた。相手もソファーに座っており、間には木製のテーブルが置かれていた。


「あら、アトレビド。ひさしぶりですね、元気にしていましたか?」


 返事をしたのは白蛇の亜人の女性である。全体がツルっとしており、真っ白い鱗に覆われ、目も蛇に似ている。鼻は低く、口は大きい。実際は鱗ではなく体毛が変化したものだ。

 禿げあがっているように見えても、頭髪は生えている。あくまで蛇に見えるだけで本人は人間だ。ただし身体は柔らかく、好物は卵だったりと、蛇の性質に似ている。

 彼女の名前はブランコ。ここエル商会の副会長を務めていた。


 エル商会は外食産業で、主にハンバーガーを売っている。ここはオルデン大陸といい、商会があるのはレスレクシオン共和国という国だ。もっとも大陸や国の名前を知っているのは、コミエンソ、彼らが住む街くらいなものである。

 コミエンソはフエゴ教団なる宗教団体によって運営されていた。彼らはオルデン大陸において布教活動を行っており、信者を増やしている。信仰をしない者は暴力で屈服させ、自分たちの考えを押し付けていた。

 そもそもこの世界は200年前に一度キノコ戦争で荒廃している。その際生き残った人間は亜人に変化したり、自身の身体が強化されたりしたのだ。

 ところが生き残ったのは子供だけだという。大人は目の前の現実に耐え切れず死んでしまったそうだ。空想力と想像力が長けた子供だけが生き残ったため、文明レベルは低下してしまったというのが、偉い学者の見分である。


 さてアトレビドはフエゴ教団が組織する司祭の杖という役職を持っていた。エル商会の会長ラタジュニアとは同期である。彼も司祭の杖であり、特別な能力を持っているのだ。

 ここは彼が昔司祭学校に通っていた時に出ていた給食を販売している。ハンバーガーは手軽で栄養のバランスが取れている。それをエル商会があるノースコミエンソの労働者に売っているのだ。計略は見事に当たり、今では家族連れや軽食目当ての客が多い。

 さらに毎月特別なイベントを行い、珍しい食材を使ったハンバーガーや飲み物を用意するので、景気は良かった。その会長は今は留守である。行商に出かけているのだ。


「俺は元気です。でもブランコ姉さんは顔色が優れませんね。またあいつはどっかに出かけましたか?」

「ええ、その通りです。まったくあの方はお尻が軽くて困ります。もう行商などしなくてもいいのに……」

「まあ、季節に合った食材を探しに行ったのでしょう。あいつは素材にこだわりますからね。それに自分で安く仕入れたいでしょうし」

「それなら、営業部の仕事でしょう。会長自身が動く理由にはなりません」


 ブランコはため息をついた。先ほどアトレビドは姉さんと呼んでいたが、血縁はない。彼が居候している家の長女だ。アトレビドは次女の方と暮らしている。ブランコはひとり暮らしであった。


「ところでグラモロソはどこにいるのです? 今日はあの子も一緒でしょう」

「いますよ。ほら、入ってきな」

「……」


 入ってきたのはシクラメンの亜人であった。頭部はシクラメンの花が咲いており、肌の色は緑である。さらに体型をはっきり見える革製のレオタードを着ており、足も太ももまで伸びた皮のブーツを履いていた。

 もちろん花は本物ではない。髪の毛が複雑に絡み合い、花弁のように見えるだけだ。

 彼女の名前はグラモロソ。ブランコの妹である。


「あらグラモロソ。あいかわらず男を誘うエッチな恰好をしているわね。恥ずかしくないのかしら?」

「お姉さまこそ、病気がまったく治っていない様子ですわね。そんなにも小さな子供しか愛せないのですか?」

「……」

「……」


 ふたりはいがみ合っていた。仲がとても悪い。グラモロソは司祭だ。司祭と言っても普通の宗教とは違い、技術者の一面がある。彼女の実家は農薬の生成が主だ。大抵の司祭は一族で運営している。弟子も多くおり、コミエンソを支えているのだ。

 しかしブランコは司祭にも、その杖にもなれなかったのである。


「そりゃあ、私は落ちこぼれですよ。司祭にも司祭の杖にもなれなかったのですからね。なので、かわいい子を愛でるくらい、よいのではなくて?」

「司祭云々は関係ありませんわ。問題はお姉さまの性癖ですの。そのかわいい子を愛でる行為を治せないのですか? おかげで私たちは恥をかいておりますのよ。この幼女趣味の変態女!」

「あら、私は幼女が好きではありませんわ。可愛くて小柄な女の子が好きなのです。毎晩そのみっともない胸をアトレビドに揉ませる淫乱女に言われたくありませんわ」

「何を!!」

「なんですって!!」


 ふたりはいがみ合っていた。アトレビドは我関せず、運ばれてきたお茶を飲んでいる。ふたりの争いは彼が10歳の頃から見ていたので、慣れたものだ。


「ところでブランコ姉さん。今度ヒラソル兄さんが近くの教会に赴任するそうです。もちろんペルラ義姉さんも一緒にね。それで送別会を開きたいので、姉さんにも出席してもらいたいわけですよ」


 ヒラソルはブランコの兄で、向日葵の亜人だ。ペルラはジャンガリアンハムスターの亜人で、ヒラソルの妻である。ペルラの父親はロボロフスキーハムスターの亜人でラタジュニアという名前だ。

 

「ヒラソルお兄様が? ですが兄様の年齢では若すぎるのでは?」


 ブランコが疑問を口にした。大抵司祭は40くらいで遠くの教会に赴任することが多い。ヒラソルはまだ二十代で赴任する年齢ではなかった。


「人手不足らしいですよ。純粋な人間はみんなオラクロ半島に逃げてますし、中には布教した村の人間に殺される場合もある。前例にこだわる必要は無くなったわけですね」


 アトレビドが答えた。オラクロ半島とは元はイタリアと呼ばれた国だ。そこには純粋な人間しかおらず、教団ではティシモ教団と名を変えている。

 亜人はすべて他国に追放され、奴隷も純粋な人間以外認めないというのだ。

 これは差別意識というわけではなく、実験だそうだ。純粋な人間がどれほどの力を持つかの調査だという。その国では髪の毛を操る能力を持つ者が多いそうだ。髪と神をかけているのである。


「本当はお姉さまには来てほしくありません。でもお父様がどうしてもと言うからわざわざここに来たのです。感謝してくださいね」

「あらあら、あなたは私の事を何だと思っているのかしら。私が子供に手を出す変態だと思っているのかしらね。私の好みは10歳くらいのゴールデンハムスターの亜人よ。次点はシマリスの亜人かしら」

「誰も好みなど聞いておりませんわ!! ああ、いやだ。こんな変態蛇女が血の繋がった家族だと思うと寒気がしますわ」

「私も豚と毎晩ハッスルしまくる発情花女と身内と思われたくありませんわね!!」

「誰が発情花女よ! アトレビドとは胸を揉ませる以外、何もしておりませんわ!!」

「揉まれて感じているのでしょう? まったく小娘のくせに一丁前にやることはやるから、呆れてものが言えませんわ」


 ふたりはエスカレートしている。アトレビドは慌てず騒がず、仲裁した。


「まあまあふたりとも。俺はブランコ姉さんの趣味は理解できるね。幼少時という目を離せばすぐに形を変えるものを、愛でるのが好きなんだろ?」

「ええ、その通りですわ!!」

「そしてグラモロソは胸が大きくて困る。だからこそ毎晩マッサージが必要なわけだ。俺はただその手伝いをするだけ。性的な行為は一切ない。違うか?」

「ええ、ええ!! あなたのおっしゃる通りですわ!!」


 ふたりは興奮していた。アトレビドは喧嘩するふたりをよく仲裁していた。この場合、相手を否定するよりも肯定させた方が怒りの矛先を逸らしやすいのだ。


「ブランコ姉さんは頭がいい。エル商会の会計は全部姉さんの仕事だ。エルは確かに経営者としては立派かもしれないが、風来坊すぎて困る。ブランコ姉さんがいるからこそこの商会はなりたっているな」


 ちなみにエルはラタジュニアの相性だ。この手の名前は40代に割と多く、混乱しやすいためである。


「違いますわよ。私はあくまでお手伝いをしているだけ。会長がいてこそ成り立つのですわ」

  

 ブランコは反論する。彼女にとってラタジュニアは恩人なのだ。彼が組み立てたものを、彼女が管理しているだけである。


「それはそうと、送別会には来るのですか? 当日はハンゾウ叔父様もいらっしゃいますけど」


 グラモロソが訊いた。含むものがあるが、一応訊ねてみたのだ。

ハンゾウは叔父で、人間だ。司祭の杖でも上級の一週間の騎士として任務に就いている。


「もちろん行きますわよ。ヒラソルお兄様やペルラ義姉さんにもひさしぶりに会いたいですからね」

「そうですか。ちなみにアトレビドのお母様がコミエンソに移住しましたわ。前に住んでいた村が壊滅したので、仕方なくだそうです」

「確かエボニーヌさんでしたね。一緒に暮らしているのかしら?」

「いいえ、ラタジュニア……、ペルラ義姉さんの実家で家政婦として住み込みで働いておりますわ。まったく親子ふたりだけなのだから、一緒に住めばよいのに」

「事情があるのでしょう。あなたは思ったことを口にする癖はやめなさい。人に聞かれたら不快になるわよ」

「お姉さまこそ、幼女を見たら目の色を変えるのはやめていただきたいわ」

「何よ!!」

「何よ!!」


 ブランコとグラモロソはぷいっとそっぽ向いて目を合わせていなかった。アトレビドはやれやれと首を振るが、いつものことだと思った。

 ラードアルケミストとトゥースペドラーが混ざり合った感じですね。

 当時はブランコが姉など考えていなかった。

 2年しか経っていないけど、自身の描いた物語に感動します。

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