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風雲! ガリレオ要塞

「ふぃ~。あれがガリレオ要塞か」


 アトレビドはつぶやいた。隣にはグラモロソもいる。

 後方では薫風旅団の一部が残っていた。グラモロソの護衛のためである。

目の前にそびえ立つのは天然のダムであった。


 いわゆるアーチダムの形をしている。上流側にアーチ形に張り出したダムの事だ。

 水圧を両岸で支えているのである。

 むき出しの岩肌には草木など一本も生えていない。小さな穴から水が滝のように流れていた。


 そこから黒蛇河へと続いているのである。

 そのはるか上に大砲だの投石器が設置されている。文字通りの要塞だ。

 真後ろからは回れない。はるか険しい岩山があり、ちっぽけな人間などお断りといった感じだ。


 壮大な自然を眺めていると、人間がいかに小さいか思い知らせてくれる。


「本来天然ダムは崩れやすい。構造的に脆弱だからだ。

 自重や越流水、地震の余震であっさり崩壊する。

 なのにこいつは二百年近く保っている。すごいものだな」


 アトレビドは感心していた。だがこの天然ダムを維持してきたのはビッグヘッドたちだ。

 そうでなければ穴が開いた時点で土砂崩れを起こしている。黒蛇河など存在していない。

 おそらくは彼らの神、エビルヘッドの命令と指揮の賜物である。

 ここを利用して何かを企んでいるのは間違いないだろう。


 要塞とは軍事的な攻撃を防御するものだ。フエゴ教団もそれなりの戦力を持っている。

 エビルヘッド教団はここで重要な物を守っているのだ。


「問題はどうやって登るかですわ。遠目では上部にある砲台の類しか見えませんわね」

「ああ。おそらく罠が待ち構えているだろう」


 二人が相談していると空からパラディンヘッドが降りてきた。


「検索してまいりました。被爆湖の中央に木造の足場が作られております。

 それを巨人形態のビッグヘッドがいました。おそらく王子様が捕らえられているでしょう。

 あとさらに上流辺りを見ましたが、畑が広がっておりました。物々しい警備が敷かれてました。

 これ以上は危険なので戻ってきましたが」

「なるほどな。とりあえず俺の目的はプリンスヘッドの救出だ。

 それ以上のことは別の人に任せよう。

 さっさとその巨人形態のビッグヘッドの元に行こうじゃないか」


 アトレビドは作戦らしい作戦など立てずに、無謀にも突撃をかますつもりであった。

 グラモロソとパラディンヘッドは苦笑いをしたが、妥協案も見つからない。

 時間をかけるわけにはいかないのである。


「急いで王子を救出せねばなりません。相手は王子を神応石の代用品にするつもりなのです。

 時間をかけてしまうと、王子の自我がそのビッグヘッドの意識と融合してしまう可能性があります。

 でもまだ動く気配がないので、早急に行動を起こせば何とかなると思います」


 そういうことでアトレビドは要塞を攻略することにした。

 グラモロソは待機している。彼女は戦闘に不向きだからだ。


「せめておまじないだけでもしてあげるわ」


 グラモロソはなにやらアトレビドの両肩をなでる。


「もし絶望的な危機になっても大丈夫よ。相手が生きた存在ならなんとかなるわ」

「もしかしてそれは……」


 パラディンヘッドが口を挟もうとしたが、遮られた。


「いいこと? 絶対生きて戻ってきてくださいな。

 勝手に死ぬことは許しませんわよ!!」

「ああ、わかっているさ。お前を一人残して逝くわけないだろう?」


 二人は見つめ合う。その距離はお互いの鼻がすれすれに触れる距離であった。


「アトレビド……」

「グラモロソ……」


 その間、パラディンヘッドは後ろを振り向いていた。


「若いですわね」


 彼女の声は二人に届いていないようであった。なにせ意識は完全に互いのほうを向いていたからである。

 グラモロソはシクラメンの亜人である。東の国ではブタマンジュウとも呼ばれているそうだ。

 豚の亜人であるアトレビドの相性は抜群なのである。


 ☆


 アトレビドはパラディンヘッドに両肩を掴まれ、上空へ飛び始めた。

 ガリレオ要塞には投石器などが設置されているが、なんとかなるだろうと思った。

 パラディンヘッドの視力はよい。遠くのものをよく見通すことができる。

 矢を射られても相手の筋力を見ることで、躱すことができるのだ。


 さてアトレビドは上昇していった。

 パラディンヘッドの爪が食い込むが、軽い痛みを覚えるだけである。

 足が地面についていないので、なんとも落ち着かない状態だ。

 司祭の杖は大抵特殊訓練を受けている。スキルが身につかなくても別の職種に付けるようにするためだ。


 崖は草はちょびちょびと生えているが、身を隠す場所はない。

 だが敵の襲撃に対して備えはしてあるだろう。問題は何が飛び出すかわからないことだ。

 バサバサと翼がはためく音と、吹き付ける風がアトレビドの身と心を締め付ける。

 くまなく目を動かし、どこから敵が来るのか緊張感を研ぎらせないようにしていた。


 ごろり。


 スイカほどの大きさの岩石が崖の下へ転がっていった。

 ごろんごろんと飛び跳ねていく。その様子をちらっと見て、すぐ視線を戻す。

 その瞬間アトレビドの腹部に衝撃が走った。

 なんと腹に先ほどの石が飛んできたのである。


 口から胃の中の物を吐きそうになった。腹の中に松明をくべられたような暑さを覚える。

 にやり。

 石が笑った。なんと石に顔がついていたのだ!!

 そしてカエルのような足が生えていたのである。こいつはビッグヘッドだったのだ。


 囮のデコイ・ロック。プラムクラスのビッグヘッドである。

 肌は岩のように固く、普段はじっとして動かない。苔などを食べている。

 侵入者がいたら速攻でとびかかる習性があるのだ。


「まずい。こいつが一体だけなわけがない!! 来るぞ!!」


 アトレビドが叫ぶ。それが号令というわけではないが、一斉に落石が起きた。

 全部デコイ・ロックと見て間違いないだろう。下手な鉄砲数撃てば当たるというやつだ。

 アトレビド目がけて飛び跳ねてきたのである。地上から見れば逆流星群と錯覚するほどであった。

 当たれば豚のミンチが一丁上がりになってしまうだろう。


 あくまで当たればの話である。だまし討ちが失敗に終わった以上、アトレビドの敵ではないのだ。

 まず脂肪の糸を出す。それをデコイ・ロックに結び付けた。

 そいつを振り回せば簡易分銅のできあがりというわけだ。

 ガチンガチンとデコイ・ロックたちは弾き飛ばされていく。


 左右に飛んでくるものは片手を水平に大きく振るう。火花を飛ばしながらデコイ・ロックたちは砕けて言った。

 さらにパラディンヘッドよりも高く飛ぶ者もいたが、彼女はたやすく躱す。

 落下したデコイ・ロックたちは哀れ地上へ消えていった。


「気を付けてくれ。好事、魔多しというからな」


 アトレビドは油断をしていない。油断大敵が彼のモットーだ。

 その予測は見事的中していたのである。


 ☆

 

 地鳴りが聴こえてきた。いったいどこからだろうと辺りを見回す。

 地震というわけではない。崖だけが揺れているからだ。

 すると崖の一部に突起が出てきた。全部で4つほどである。

 それが一気に盛り上がってきたのだ。みるみるうちに円柱のように高くなった。


 さらに別の方向から同じものが出てきたのである。

 そいつは天高くそびえていた。まるで腕であった。肘だけ出ている。

 手は空飛ぶアトレビド目がけて掴みかかってくる。ぱちんと弾かれた。

 アトレビドは崖に墜ちた。パラディンヘッドもあまりの衝撃に離してしまい、よろよろと空を舞っている。


 胃の中が熱い。先ほどのデコイ・ロック共と比べて溶岩を飲み込んだ気分であった。


「アトレビドさん!! 岩の手の中心にグルトンがいます!!

 彼らは下半身だけ地面に埋めています。彼らが元凶なのは間違いないです!!」


 パラディンヘッドが叫ぶ。アトレビドは気を取り直して崖を上る。

 巨大な岩の手はちょろちょろと這いまわる子豚を掴もうとしていた。

 だが最初に出現した場所以外動くことがなかった。あくまで手だけが動いている。


「どうやら一度出したらそれまでのようだな。自由に移動はできないようだ」


 アトレビドはにやりと笑う。ハラワタはぐちゃぐちゃになりかけている。時折血を吐いた。

 それでも彼は止まらない。止まる気などないのだ。

 機会を見出せば即行動。それが信条である。体の不調など我慢すればいい。


「ピンチとチャンスは表裏一体なんだぜ!!」


 岩の右手が哀れな獲物を叩き潰そうとした。ばぁんと地面を叩きつけられ、揺れる。

 アトレビドはひらりと躱すと手の甲に乗った。

 手は再び動き出す。乗り心地は悪く、ぐらぐらと不安定であった。

 今度は残った左手が襲い掛かってくる。


 叩き付けられた右手はボロボロに崩れた。ああ、アトレビドは蚊のように潰されたのだろうか。

 いいや、彼は無事であった。叩き付けられる瞬間アトレビドは脂肪の糸で左手の指に結び付けた。

 そして振り子の運動で、上空に舞い上がったのである。

 空飛ぶ豚はそのままグルトンの元へたどり着いた。


 アトレビドの巨大な尻がグルトンの鼻を潰す。その瞬間右手で心臓を抑える。


「……まずいな。一瞬心臓が止まりかけた。ラード・スキルなしで攻撃するのは避けた方がいいな」


 ちなみにグルトンは気絶している。鼻から血が流れ出ていた。

 錆びた鉄のような臭いと共に、別の不快な臭いも混じっている。

 それは下半身からであった。それは公衆便所で漂っているものである。

 こいつらは大便をしていたのだ。下半身を地面に埋めそこで用を足していたのだ。


 アトレビドは崖の下を見た。よくみると腕が出ていた場所は、この位置でよく見える。

 おそらくこいつらは地中で大便をすることで岩の腕を作り出しているのだ。

 ただし一度腕を出せば自由に動かすことはできない。それでも巨人の手は驚異的である。

 おそらくユーリン・マジックと同じだ。念呪草を食した結果だろう。


「名付けるなら大便魔法ストゥール・マジックといったところか」


 アトレビドは呟いた。 そして崖の方を見る。

 遠目で別のグルトンが同じく下半身を埋めていた。


「登り切るのに苦労するな」


 吐き捨てると、気を取り直して崖を上り始める。

 その後四人のストゥール・マジックの使い手たちと戦った。

 途中、デコイ・ロックたちも襲ってきたがなんとか勝ち進むことができた。

 数十分後、アトレビドはガリレオ要塞を登り切ったのであった。

ガリレオ要塞の命名は実は適当でした。別の作品で使う予定だったのです。

それをこの作品に組み込んだのはきまぐれでしたね。

そこから名前の由来を強引に作りました。

暖めたアイディアとひらめいたアイディアの組み合わせで、作品はできるのですね。

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