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薫風旅団

「おーい。大丈夫か~?」

「は~い。大丈夫です~。狙撃系のビッグヘッドも見えませんし、私は検索が得意ですので~」

「それならよろしく頼む~」


アトレビドは数時間ほど黒蛇河の上流へ進んでいた。パラディンヘッドは空を旋回している。

 周りには人家はなく、草むらと森だけが広がっている。

 川岸にはオオサンショウモという水生植物が大量に生えており、薄紫のホテイアオイや黄色いオオハンゴウソウなどの花が咲き乱れていた。


 肉牛ほどの大きさのオオアライグマやオオヌートリアたちが水を飲んでいる。

 川面からワニほどの大きさがあるアメリカザリガニがハサミでオオアライグマの首を挟んだ。

 そして川の中へ引きずり込んでいく。アライグマは必死に抵抗するがハサミは首に食い込んでいる。

 最後は川の中に引きずり込まれる。そしてゴボゴボと泡を立てた後静かになった。水面は血で染まっている。


 別の川辺ではゾウガメ並に大きなウシガエルがミナミオオガシラという蛇を捕食している。ちなみに縄並みの大きさである。

 ウシガエルは右前脚で蛇を押さえつけた。そして暴れる蛇を噛みちぎる。もしゃもしゃと喰らっていた。


 蛇が苦手なはずのカエルが蛇を食す。ある意味悪夢とも言えた。

 さらにホシムクドリが数十羽ほど飛んでいる。通常は二〇センチほどだがコンドル並みの大きさだ。

 水面をすれすれで飛んでおり、獲物を探している。

 すると川から水しぶきをあげ、何かが飛び出した。


 それは魚である。ブラウントラウトというサケ目サケ科の魚だ。

 その大きさはホオジロザメ並みの大きさで、ホシムクドリたちをぱくっと食べてしまったのである。

 一匹だけではない。数十匹が一斉に飛び跳ね、捕食していったのだ。

 後に残ったのはホシムクドリの羽だけであった。


 これらは二百年前外来種と呼ばれた生物だ。別の場所から連れてこられ、逃げ出したのである。

 繁殖力が高く、在来種を駆逐する厄介者として扱われていた。

 二百年前、オルデン大陸にキノコ戦争が起きた。


 そしてキノコの胞子が空高く舞い、太陽の光を一切遮断してしまったのである。

 そのため在来種は一部を除き死に絶えた。人間もキノコの恐怖に新たな人類へ変貌してしまったのだ。

 生き残ったのは生命力の高い外来種と呼ばれた動植物だけであった。


 ただしキノコの胞子の影響で巨大化してしまったりしているのである。


「この辺りは動物たちが目立つな。人間の手が入ってないから当然か」


 アトレビドは独り言を言った。

 これが下流なら狩人がオオアライグマやオオヌートリアを狩っているところだ。

 アメリカザリガニやウシガエルなども狩りの対象になる。

 肉や皮など利用できるものは多い。


 アトレビドは昔のことを思い返した。

 適性試験を受けた後、司祭の杖となるべく学校に通うことになったのだ。

 ピカピカの石造りの建物に、真っ白いカーテンに木の香りが強い机に椅子。

 自分の住んでいた村にもない新世界に動揺していた。


 当時は自分と同年代にフエルテとホビアルがいた。

 他に数名いたが覚えていない。ほとんど途中で脱落してしまったからである。

 ティグレという虎の亜人がいたが、スキル覚醒にはならなかった。

 だが思い込みの強さと、強靭な肉体が認められ、騎士になったという。

 

(あの時は今みたいな立場になるとは思わなかったな。人生塞翁が馬ってところか)


 そう昔の思い出に浸っていると遠くから口笛が聴こえた。


「おっ、何か見つけたようだな」


 それはパラディンヘッドの合図である。いったい何を見つけたのだろうか。

 はやる気持ちを抑えつつ、船を乗せたウシガエルの気分で進んでいった。


 ☆


「ひゃー。こいつはいったいどうしたことだ」


 アトレビドがたどり着くと、驚いた。

 なにせそこには巨木がそびえ立っていたからだ。

 その周りには幌馬車が多く止まっている。その中には人がぎゅうぎゅうに詰め込まれていた。

 ちらりと見ると手足に鎖が繋がれていた。おそらくは人間狩りの犠牲者であろう。

 ほとんどが人間であった。彼らはアトレビドを見ると憎しみの形相を浮かべた。


「見たところエビルヘッド教団の人間は見当たらないな。

 しかしあの巨木はなんだろうか。それにグラモロソは何処に……」

「ここにですわ」


 後ろから声がかかった。振り向くとそこには巨大なシクラメンがあった。

 いいやシクラメンの亜人、グラモロソである。

 彼女は元気そうであった。


「グラモロソ! お前無事だったんだな!!」

「ええ、無事でしてよ。とある御仁に助けていただきましたの」


 そういって彼女は右の手の平を上に向け、ある方向を指した。

 そこには緑色のマントを着た人間が十数名集まっていたのだ。

 人間だけでなく、豚や牛、羊の亜人も混じっている。

 剣を佩き、クロスボウを装備していたのである。おそらく傭兵集団であろう。

 彼らはヤギウマで牽引する幌馬車に乗っており、中から缶詰や医薬品などを取り出し、配っていた。

 受け取った者は笑顔で返すのが大半だが、中には鬼のような睨みつける者もいた。

 自分の身に起きた理不尽な災害に、胸の中で怒りの炎を強めているのである。


「もしかして彼らは薫風旅団くんぷうりょだんか? 大抵緑色のマントを羽織っていればそっちを指すが」

「その通りですわ。旅団のリーダー、オレシニス様に救われましたのよ」

「そうか。あとで礼を言わないとな」


 アトレビドが言うと、グラモロソは不機嫌になった。なぜか頬を膨らませている。


「何を怒っているんだ?」


 早く助けなかったことに膨れているのだろうか。だがすぐ否定された。


「あなたがわたくしを助けなかったことに怒っているのですわ。

 なんですの。わたくしを救いに来たのに、先に別の人に救われるなんて」


 どうやら彼女はアトレビドが直に救いに来なかったことにご立腹のようだ。

 アトレビドはなんとか彼女のご機嫌をとる。


「すまなかった。だが今回のことは非常事態だった。

 それに先に救助されても問題はないと思う。だってお前の命が最優先だ。

 俺はお前が無事でいてくれることが嬉しい。これからの人生は長いんだ。今日みたいなことが頻繁に起きるわけじゃない。

 俺は司祭の杖だ。お前と死を分かつまで俺はお前を守る。離れていても俺の心にお前がいる。

 だから今日のところは機嫌を直してくれ」


 そういってアトレビドはグラモロソの額に軽く口づけをした。

 顔色は変わらないが、赤くなっているのはわかる。

 たちまち破顔になった。


「やれやれ、人前でいちゃいちゃするなんて。よほど胆力すわっているようだな」


 いつの間にか二人の間に人が挟まっていた。全く気配に気づかず仰天する。

 相手は女だった。緑色のマントを羽織り、黒い総髪を縛り、ゴーグルと防塵マスクをつけている。

 顔はわからないが、体型で女性とわかった。何しろマントの下は薄緑色のレオタードを着ていたからだ。


 密着した体形がもろに出ている。豊満な乳房にきゅっと引き締まった腰。そして肉厚な臀部。

 背はすらりと高く、足も細くて長かった。

 手には皮の手袋、足は太ももまである皮の靴を履いている。


「お初にお目にかかります。オレシニスです。薫風旅団のリーダーです」

「こちらこそお初にお目にかかります。アトレビドです」


 二人は挨拶した。オレシニスの声は若干ハスキーで、マスク越しなのでよく聞き取りずらかった。


「ゴーグルとマスクは外せないんだ。皮膚が弱くてね。肌を晒すとボロボロになってしまうのだよ」

「その割にはずいぶんと露出の多い格好をしているな」

「ああ、このレオタードは教団から購入した特別製だよ。

 ある程度の衝撃には強いし、矢で打たれても内臓には到達しない造りなのさ」

「いや、そうじゃない。なんであんたは自分の身体を見せつけているんだ? そうでなきゃ先ほどあんな質問はしなかったぜ」


 皮膚が弱いから素顔を晒さない。ならなぜマントの下は露出の多いレオタードなのか。

 例えマントを羽織っていても、戦闘になれば肌は露出せざるを得ない。それにオレシニスの皮膚は綺麗だ。


「それにその肌のてかり。もしかして耐温油たいおんゆを塗っているのか?」


 耐温油とはフエゴ教団が開発した物である。塗ればあらゆる寒さと熱さに耐えられる代物だ。

 夏に塗れば汗は出にくくなり、日焼けもしない。冬に塗れば肌は一定の状態を保っていられるのである。

 もちろん一般には流通していない。教団でも司祭クラスしか配布されていないはずだ。


「ああ、塗っているよ」


 オレシニスはあっさりと肯定した。


「こいつは教団から買った物だよ。私たちは傭兵さ。フエゴ教団の騎士団の代理として税を回収したり、護衛をしている。

 その際に教団の開発した物を購入できるのさ。もちろん目玉が飛び出るくらいのお金を取られるけどね。

 もっともそれ以上に稼ぎがいいから問題はないのさ」


 そこで話は終わりだといわんばかりであった。なのでアトレビドは質問を変える。


「ところで薫風旅団がなんでこんなところにいるんだ?」


 ☆


「実はフエゴ教団に頼まれたのさ。人間狩りにあった村人を救ってくれとね。

 ちょうど教団のいる村に滞在していたんだ。そのおかげで早く動けた。

 救援物資もあらかじめ用意してもらったわけだ」


 オレシニスは説明した。遠い村からどうやって連絡を取ったのかは簡単だ。

 フエゴ教団は非常用の無線機が常時置いてある。司祭が緊急事態を伝えるためであった。


「なるほど。グラモロソを助けたのはおまけか」


 アトレビドは首だけ回して巨木を見た。あれはか弱い花を摘み取ろうとした巨人の成れの果てなのだ。


「まあね。他にもエビルヘッド教団の人間はいたが、追い払ってやったよ。

 あいつら練度が低すぎる。クロスボウを撃ってやったらびっくり仰天して逃げていったね」


 オレシニスはケタケタ笑った。

 村人たちはすでに解放されている。手足を拘束する鉄の鎖はもう外された。

 ただ鎖に引っ張られ、こすれた傷は痛々しく残ったままである。


 それ以上に心の中は家畜のように扱われた怒りと屈辱でどろどろになっているだろう。

 アトレビドをにらみつけるのもその理由だ。豚のくせに鎖につながれないことが不服なのだ。

 ざっと見まわしたところ亜人はひとりもいない。人間だけである。


 牛や豚といった亜人が食料を配る。それだけでも血が逆流しかねないのだ。

 そのうち甲高い怒声があがった。中年ぐらいの男で、我意な者だ。


「いい加減にしろ!! 家畜如きが俺たち人間様に餌を配るなんてこんな屈辱はねぇ!!

 お前らそいつらがよこした餌は食うな!! 病気になるぞ!!

 これは俺だけの意見じゃない。みんなの意見だ。みんなお前らを忌み嫌っているんだよ!!

 さあみんな帰ろうぜ! こいつらから施しを受けるなんて冗談じゃない!!

 こいつらの臭いが移っちまう。さっさとここから離れるんだ!!」


 男は立ち上がり、命令していた。身なりは普通で特別高い地位にいるわけではなさそうだ。

 そいつは子供がおいしそうにもらった食料に手を付けていると、蹴りを入れた。

 子供は地べたに転がり、大声で泣いた。母親がすぐ駆け寄り抗議したが、こちらも蹴りを入れる。

 他にも気の弱そうな人間や、老人を中心に食べ物を踏みつけた。

 だが自分より強そうな人間には一切構わない。この男は弱い者いじめが大好きなのだ。

 亜人を差別し、亜人に救われた、そのためプライドを傷つけられ、憤怒をまき散らしているのである。


「おい、おっさん」


 オレシニスは男の方を叩いた。


「なんだ、家畜の飼い主……」


 男が振り向く前に、オレシニスが拳を叩きこんだ。

 男は派手に飛んだ。そして地面に叩き付けられる。口から血泡を吐き、折れた歯が流れ出た。


「迎えが来るまでおとなしくしているんだな」


 オレシニスは男の腹を容赦なく踏みつけた。男がカエルのように呻く。村人はだれも止めない。

 ぼこぼこにされた男はオレシニスの指示を受けた仲間たちによって手当てをされた。

 そしてこじんまりした老人がオレシニスの前に出て頭を下げる。あの男が住む村の長老だ。

 おそらく村人もあの男に辟易していたのだろう。村ではそこそこ働けるので誰も文句は言えなかった。

 今まで自分の思い通りに生きてきたらしく、村がフエゴ教団の庇護に入ったことを不満に思っていたそうだ。

 オレシニスは礼を言う必要はないと言った。そこで話は終わる。


「さてアトレビド。この先にガリレオ要塞がある。そこでベルゼブブ先生が待ち構えているぞ」

「!? なんでベルゼブブ先生の事を知っているんだ?」


 アトレビドが訊ねたが、すぐに思い返す。無線で知ったのかもしれない。


「ただし今は兵力が集まるのを待つだけだ。お前さん一人でどうにかなる場所じゃないしね。

 それに可愛い彼女を救ったのだ。もう帰ってもいいだろう。

 まあ助けたのは私だけどね」

「……」


 グラモロソは黙っている。何やら思案しているようだ。


「あとはプリンスヘッドだな。彼の救出も私たちに任せてくれ。

 君は彼女と一緒にきゃっきゃうふふと戯れるがいいさ」


 オレシニスが茶化すと、グラモロソが声をあげた。


「いいえ。アトレビドがすべてを解決いたしますわ」

「は? お前は何を言っているんだ?」

「何を言っているのはあなたでしょう? このままではあなたは手柄を横取りされたヘタレですわよ。

 ここは一発わたくしを攫ったベルゼブブ先生を倒すのが筋でしょう?

 プリンスヘッドの事は来る前に説明を受けていたから知っております。

 それも一緒にやりなさいな。これでわたくしの杖として名声が上がることまちがいなしですわ」


 あまりの言い分にアトレビドは目を丸くした。無茶な要求であり、オレシニスは反対すると思っていた。


「なるほどな。惚れた男のために箔をつけたいわけか。

 なら、まかせた。私たちは村人の護衛に徹しよう」

「ほっ、惚れてなどおりませんわ!! でっ、ですがわたくしの杖である者の名誉を思っただけです。

 それだけですわ!! わたくしはこいつなどなんとも思ってないのですから!!」

「わかった、わかった」


 オレシニスはあっさり認めた。アトレビドは頭が痛くなる。

 熱くなっているのはグラモロソだけだ。オレシニスはそれを見てにやにや笑っている。

 まるで母親が娘の恋の話をからかっているようであった。

 そして男が挟む余地はない。アトレビドは覚悟を決めねばならなかった。

今回は箸休め的な話です。ちょっと世界観を説明してみました。

グラモロソがツンデレ気味なのは後付けです。

あと3話で完結しますので応援よろしくお願いいたします。

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