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ユーリン・マジック

「なんだ、この霧は?」


 アトレビドは辺りを見回した。乗っている船を中心に濃い霧に包まれているのである。

 唐突にもわっと辺り一面を白いカーテンで仕切られていた。

 ただ水音だけが響いているだけである。時折魚の跳ねる音も混じった。

 くんくんと鼻を嗅いでみる。水と緑の濃厚な香りの中に若干アンモニアの臭いがした。


「おーい、パラディンヘッド。いったいどうなっているかわかるか?」


 するとパラディンヘッドの声が鷹のような鳴き声で遠くから聞こえた。


「はい。現在黒蛇河だけが霧に包まれています。

 他は晴天そのものですね」


 そもそも霧とは地表や海面付近で大気中の水蒸気が凝結したものだ。

 無数の微小な水滴となって浮遊する現象である。

 こちらは川霧だろうが、なんとなく不自然な感じがした。

 まるで見えない何かが自分たちをねめつけている気がしてならない。


 そう猫がネズミをつけ狙うような感覚であった。

 アトレビドは油断せず、周囲に気を配っている。

 そのおかげか、未知の敵との遭遇を避けられたのだ。

 最初はなんとなくじっとりと手の平に汗がにじむのを感じた。


 心臓が文字通り鷲掴みされたように息苦しくなる。

 そして急いで船底を這うようにしゃがみこんだのである。

 ぶわっと頭上に強風が吹いた。あきらかに誰かが自分を狙っていたのだ。


「おーい!! 異常なものは見えないか!! 今俺は敵の攻撃を受けた。

 躱したから心配はいらない!!」


 アトレビドは頭を下げたまま叫んだ。パラディンヘッドの焦る声が聞こえる。

 彼女は敵を確認できていないようだ。もちろん真っ白な霧の中、アトレビドの姿は全く見えない。

 言うなれば敵も相手を確認できないのと同じである。

 アトレビドは頭を少し上げて、周りを見る。視界は悪く、手元の船の縁以外見えないありさまだ。

 いったいどこから攻撃しているのだろうか。船を運ぶウシガエルは頭上の客などどこ吹く風で泳いでいる。


「いったいどこから攻撃しているんだろうか。まだ水中にプラムクラスのビッグヘッドが潜んでいるのだろうか」


 相手が見えなくてはラード・スキルも使いようがない。頭を悩ませていた。

 今度は頭上に嫌なものを感じた。突風のように威圧を感じたアトレビドは急いで船の先頭に這っていった。

 そのぎりぎりで船に衝撃が走る。何か真っ白い巨大なものが船をたたき割ったのだ。

 下にいるウシガエルはげこっと悲鳴を上げる。

 船は原形をとどめていたが、いつ真っ二つに分かれてもおかしくなかった。

 アトレビドは見た。あれは巨大な手であった。真っ白い手が船を手刀で割ったのである。


「気を付けろ!! 霧の中に巨大な手が動いている。下手すれば人一人握りつぶせる大きさだ。

 空を飛ぶあんたは十分気を付けてくれ!!」

「ええ!? 巨大な手ですって!? 私の視界にはそのようなものは見えません!!」


 パラディンヘッドが打ち消した。どうやら空飛ぶ彼女に被害はまったく及んでいない様子である。

 あくまでアトレビドだけが攻撃を受けているようであった。


「ならばしばらく旋回してくれ。そして異常を見つけたら独断で行動してほしい」


 そう伝えると、アトレビドは気を引き締める。

 ウシガエルの泳ぐ速度が若干落ちていた。

 当然だ。先ほどの手刀がどれだけ彼の身体と内臓を傷つけたか容易に想像できる。

 身体は水蒸気でべっしょりと濡れていた。手で顔をぬぐう。


 どことなくアンモニア臭がした。どこかで嗅いだような臭いだが、思い出せない。

 そしてその隙をついて敵が襲撃してきたのだ。


 ☆


 それは水面からであった。川面かわもからひょっこりと何かが浮上してきたのである。

 大きさはスイカほどであり、人の顔がついていた。

 眼球は水晶玉のように丸く、盛り上がっていた。そして水眼鏡のようである。

 鼻は鷲型で空気を貯めておける形になっていた。


 そいつの口はとんがっている。頬はぷっくらと膨らんでいた。

 相手はアトレビドの背中を狙っている。そしていきなり口から何かを噴出したのだ。

 その瞬間、船が大きく揺れた。ウシガエルが苦悶の声を上げている。

 おそらくは先ほどの傷が痛んだのだろう。アトレビドも身体が崩れた。


「いてぇ!!」


 そのおかげか相手の攻撃を皮一枚、いや毛皮一枚でかすったのだ。


「なんだなんだ!? 敵の攻撃か!!」


 背中に激痛が走り、アトレビドは川面に振り向く。

 そこには先ほどのスイカサイズの物が浮かんでいたのだ。

 それはビッグヘッドである。小人形態リリパット・モデルといい、通常より一回り小さいものだ。

 大抵がプラムクラスであり、バンブークラスを指揮官として動いている。


 小人形態のビッグヘッドは口から水をちょろちょろと出していた。

 おそらく水を噴出したのだろう。おそらくテッポウウオのような性質を持っているのだ。

 テッポウウオとはスズキ目テッポウウオ科の淡水魚である。

 全長約二〇センチほどで体は卵形で側扁し、口先がとがり、淡灰褐色の地に六本の黒色の横帯があるのだ。


 口から水を噴出させて水辺の昆虫を射落として食べるのである。かつて東南アジアの河口域にすんでいた。

 アーチャーフィッシュとも呼ばれている。

 さしずめこいつはアーチャー・シーマンと呼ぶべきだろう。


「こいつはまずい。あれが一体だけとは限らない!!」


 アトレビドの判断は的確であった。

 アーチャー・シーマンはアトレビドの周りに一気に浮上してきたのだ。

 その数はざっと見まわして一〇体ほどである。

 そいつらが一斉に水を噴出し始めたのだ。アトレビドはすぐにしゃがんで回避する。


 だがその視線にアーチャー・シーマンがいた。口をとがり射出準備を整えている。

 アトレビドは船底に倒れこんだ。そしてごろごろと芋虫のように転がった。

 ちょうど二発目の射出を回避できたのである。


「アトレビドさん、何かあったのですか!!」

「あったが、来るな!! 来たらあんたは蜂の巣にされてしまう!!」


 パラディンヘッドが問うたが、アトレビドは退けた。

 視界不良の霧の中でアーチャー・シーマンたちの攻撃を受ける可能性が高い。

 彼女は納得したのか、来る様子はなかった。アトレビドは安堵する。


「さて、こいつらをどうするか……」


 アトレビドは川面を見た。すでにアーチャー・シーマンの姿はない。

 先ほどのタング・シーマンたちのほうがやりやすかった。もちろん敵が自分の都合など知ったことではないが。


「相当知恵のあるバンブークラスが指揮官になっているんだろうな。

 この手の陣形は指揮官の質が物を言うからな」


 アトレビドは愚痴をこぼす。

 バンブークラスは大抵口笛を使い、プラムクラスに命令を下す。

 だがアトレビドの耳にはそのようなものは聴こえない。

 おそらく水中で支持をしているのかもしれない。


 イルカのように高い周波数を持ったパルス音を発し、物体に反響した音からその物体の特徴を知る能力がある。

 さらにその特徴を他の個体にパルス音で伝えたりできるのだ。

 ビッグヘッドでもその程度は軽いとみて間違いない。


「指揮官を探すのが一番だろうが、こうも打つ手がないとまいるな。

 何か相手が行動を起こしてくれればありがたいのだが……」


 アトレビドがぼやいていると、空中に何か巨大な手が浮かび上がった。

 それは右手であった。ぼやけて見えにくいが輪郭で察知した。

 そいつはアトレビド目がけて襲ってきたのだ。急いで右側に躱す。

 だが今度は背中に衝撃が走った。それは彼の背中に左手が張ったからだ。


 あまりの激痛に目がくらくらしてきたが、急いで船の縁に掴まった。

 見えない敵、川の中にはビッグヘッド。八方ふさがりの状況である。

 しかしアトレビドは天啓にうたれた感覚を覚えた。


 急いで脂肪の投げラード・ジャベリンを錬成すると、一気に投げる。

 霧の向こうに消えたが、その後うめき声が聴こえてきた。

 すると霧の幕が一気に消えていったのである。

 視界がすっきりすると川岸が見えた。そして川の中に半身だけ浸している一匹の豚が見える。

 グルトンだ。豚に似た人間である。耳の位置は人間と同じだ。


 そいつの頭部にはまるいたんこぶができている。投げ槍でできたのだろう。

 脂肪でできているので強度は期待できないが、人を気絶させるくらいの威力はある。


「そいつを掴んで今度は反対側に飛んでくれ。

 そして俺が指示したら離してくれ!!」


 パラディンヘッドは指示に従い、気絶したグルトンをつかみ取った。

 少々重いのか、よろよろと飛び上がっている。

 霧の中から別の手が現れた。今度は右手で手刀を振り下ろそうとしている。


「今度はそっちだ。思いっきり投げ飛ばしてくれ!!」


 アトレビドは右手を指す。パラディンヘッドは指示通りにグルトンを投下させた。


「ぎゃあ!!」


 哀れな声が上がると、霧は晴れていく。

 そこには別なグルトンが気を失っていたのだ。そいつの上には投下されたグルトンが乗っていたのである。

 川の下流では霧が途切れていた。もう安心していいだろう。


 ☆


「こいつらは霧を操っていたのだ。方法はわからないけどな」


 アトレビドが種明かしをした。

 霧を操る。自分でも耳を疑っていた。だが現実に起きたのだからそれを前提に推測したのである。

 相手はなぜか霧で手を生み出し、攻撃してきた。

 もっとも手の動きは規則正しいものであり、でたらめではなかった。


 手の動きが人間と同じなら、軸がある。両手の間に操る人間がいるとわかれば簡単である。

 もっとも非常事態の中、推測したのだからアトレビドの頭の切れも大したものだ。

 さて引っ張り出されたグルトンは二人いた。川から引き揚げたが、仰天した。


 なぜなら下半身は何も履いていなかったからだ。股間を丸出しにしていたのである。

 アトレビドはすぐにパラディンヘッドの眼を隠した。だが彼女は首を傾げている。

 彼女は人間ではないので、股間を見ても平気なのだが、なんとなく隠さなければならぬと思ったのだ。


「……もしかして彼らは小便で霧を操っていたのかもしれません」

「小便でだって? 一体どうやるんだよ?」


 小便を利用したスキルは聞いたことはある。排出時に鞭のように扱ったりできるのだ。

 さらに霧を発生させ、目くらましにも使える。だが霧の中で手を生み出すなど聞いたことがない。


「簡単です。まず水の中に下半身を入れます。そして排出し、霧を発生させるのです。

 霧の中なら手を生み出すことが可能です。所謂幻燈みたいなものですね。

 この場合はあなたの姿は見えませんが、問題はないでしょう。

 おそらく川の中にビッグヘッドが潜んでおり、超音波であなたの位置を教えていたのでしょうね」


 パラディンヘッドは何のこともないように発言したが、アトレビドは否定する。


「まってくれ。そんなことは不可能だ。いやスキル自体を否定するつもりはない。

 だが同じスキルを複数の人間が扱うなどありえないぜ」


 アトレビドが否定するのは理由がある。

 スキルの習得は個人差に影響されるのだ。例え神応石を移植されても物差し通りにはならない。

 過去に大勢の司祭のスキル・ロッドはいたが、同じスキルを持った者はいない。

 似たような力はあるが、微妙に違うのである。


 先ほどのグルトンたちは明らかに同じスキルを持っていた。それも複数もいる。

 自分たちは二名倒したが、おそらく下流にはまだ同じスキルを持つグルトンがいた可能性がある。

 話をしていてアトレビドは思いついたことがあった。


「まさか、念呪草ねんじゅそうの力なのか?」


 念呪草。パラディンヘッドが言った食べると司祭の杖と同じ力を持つ物。

 エビルヘッド教団が発明したらしいが詳しいことはわかっていない。

 いったいどうやって作られたのだろうか。


「その通りです。念呪草は神応石を肥料として作られた食用植物です」


 神応石を肥料にした食用植物。それを聞いて頭がくらくらしてきた。

 神応石は貴重な物質だ。司祭の杖はおろか、特定の騎士などにも移植することがある。

 スキルは身に付けなくとも、身体能力が増すからだ。

 人間の脳に砂粒ほどの大きさしか取れないものなのだ。

 それを大量に集め、肥料にする。にわかには信じられない話であった。


「なるほどな。食べることでスキルの発生率を高めているわけか。

 こいつは恐れ入ったぜ」

「はい。ですが、能力者はあなた方と違い、非常に雑です。

 先ほどの者たちはあくまで霧を発生し、その中だけでしか行動できませんでした。

 もっとも対処できたのは司祭の杖であったからで、一般の騎士なら難しいかもしれません」


 確かにその通りである。別に特殊なスキルなど必要ないのだ。

 的確な判断と行動力さえあればいいのである。


「念呪草と人間狩り。こいつが別々の話とはいいがたい。

 果たしてどうなることやら……」


 アトレビドは空を見上げる。そしてため息をついた。

 グラモロソの救出が、いつの間にか大事になってしまっている。

 さすがの彼もうんざりしてしまうのも無理はなかった。

ユーリンは英語で小便です。

おならで三輪車のエンジンにするといい、ラードアルケミストはちょっとお下劣な話が多いな。

山田風太郎の忍法帖小説がモデルですね。

人体の神秘に魅力を感じます。

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