序章で最高潮!?
「かかってこい!!」
アトレビドが叫んだ。彼はヨークシャー種の豚の亜人であった。
年齢は十八歳ほどである。
全身は毛で覆われ、赤毛のトサカが目立っていた。
豚の鼻が目立つが精悍な顔立ちである。
肉体はほどよく鍛えてあるが、腹部はポッコリと膨らんでいた。
着ているものはマワシだけだ。寸鉄身に付けていない状況である。
今アトレビドは被爆湖と呼ばれているところにいる。
二百年前にイベリア半島で生まれた湖である。当時はキノコ戦争、核戦争が起きた。
そして十年間核の冬によって、地球は雪と氷に包まれたのである。
その雪解け水が峡谷に溜まり湖となったのだ。地殻変動で岩山が崩れたのである。
当然溶けた放射能が流れている。もっともビッグヘッドたちによって浄化されていた。
ビッグヘッドは遺伝子工学で生まれた存在だ。放射能汚染された大地を食べ、木に変化するのである。
ビッグヘッドの中には水の中に住む者がいた。こいつらが湖に百年近く住みつづけたのだ。
さてアトレビドはなぜここにいるのか。
それは後で話すとしよう。今は敵の襲撃で忙しいのだ。
被爆湖は要塞化されていた。その名もガリレオ要塞と呼ばれている。
湖の周りは大砲だの、投石器などが設置されていた。
木材で組み立てられた足場をアトレビドは駆けた。
途中、その下からビッグヘッドが這い上がってくる。
全部で三体だ。
酒樽のような巨大な頭に、手足が生えた異形の怪物であった。
緑色の不気味な肌に、歪んだ表情が人に嫌悪感を沸かせる。
ビッグヘッドは口をもごもごさせていた。
次にペッと何かを吐き出す。
それは歯であった。歯を弾丸として飛ばす歯の砲手である。
アトレビドは右手に力を込めた。
すると右腕から見る見る脂肪が浮き出てくる。二・九秒後には立派な丸い盾が生まれた。
脂肪の盾である。
これはアトレビドの力、脂肪の錬金術師である。
トゥース・ガンナーの発射する歯を盾で弾いた。
次に右手を突き出すと、手首から糸が飛び出す。
脂肪の糸で、頑丈な糸だ。ただし熱には弱い。
それを木材の柱に巻き付けた。
アトレビドは糸を引っ張り、トゥース・ガンナーたちをひっかけ、湖に落とす。
そこから両足に力を込めた。
足の裏からスケートの刃が生まれる。脂肪の刃だ。
それを利用して足場を氷上のように滑っていくのである。
「邪魔だ。邪魔だ!!」
進路を妨害するビッグヘッドたちを華麗なジャンプで躱す。
ビッグヘッドたちはアトレビドを追いかけるが、まったくかすりもしない。
別のビッグヘッドが頭上から飛び降り、大蛇のような舌を振るった。
舌のこん棒を操る舌の戦士である。それが三体も一度にだ。
だがアトレビドは慌てない。再び糸を出し、タング・ウォリアーたちをぐるぐる巻きにした。
そいつを乱暴にけり落としたのである。
湖にはビッグヘッドが水面に顔を出してた。そして歯を発射した。
「しゃらくせぇ!!」
アトレビドはぎりぎりで躱しながら、目的の場所へ移動する。
湖の中央には小山が浮かんでいた。赤い草が生えた小島のように見える。
それは木材の足場で囲まれていたのだ。
これは小島ではなかった。ビッグヘッドである。巨人の如く大きさであった。
☆
「こいつがトールヘッドか。文字通りデカイ面をしてやがるな」
アトレビドは独白した。近くで見ると圧巻である。
真っ赤な髪の毛に顔中赤髭で覆われていた。人というより苔まみれの岩山といえる。
瞼は閉じており、まるで水仙のように浮かんでいた。
額にはスイカほどの大きさのこぶがあった。
アトレビドの狙いはそれである。
トールヘッドはパイン《松》クラスの巨人形態だ。
パインが最高で、次にバンブー《竹》はしゃべれないが指揮はできる。
プラム《梅》が一般的でバンブーの指揮以外に動くことはできないのだ。
パインクラスは人間と同じ知性を持っている形態がいる。逆にタイタンは巨大だが知性はない。
ただ人間をひたすら喰らう。それだけだが厄介なのだ。
人間と同じ両手を動かすからである。人間が五月蠅く飛ぶ蚊を殺すのと同じように、人間を殺すのだ。
モデル・タイタンは植物と同じで大量の水を必要とする。
そのため被爆湖で育てているのだ。育てているのはエビルヘッド教団である。
彼らは百数年前にエビルヘッドから失われた文明を伝授されていた。必要な施設や道具も与えられている。
それ故にフエゴ教団より科学力は上であった。
「早く、彼を救わないとな」
アトレビドが叫ぶ。彼にとって目の前のトールヘッドからあるものを奪い返さなければならないのだ。
それはトールヘッドの額にあるこぶである。
アトレビドは手首から糸を出し、トールヘッドの右のもみあげをよいしょと昇り始めた。
するとトールヘッドの眼が開く。光はなく、濁った水晶のようである。
人よりも大きな瞳に睨まれると、蛇に睨まれた蛙のような気分になった。
そいつは巨大な手を動かし、アトレビドをつかみ取ろうとした。
手の平はアトレビドをたやすく握りつぶしてしまう大きさである。
まるで雲のように人の影を飲み込むほどであった。
トールヘッドの左手がアトレビドを襲う。だが豚人間はすばしっこく、捕まる気配はない。
思い通りにならないのでイラついたのか、トールヘッドの眼から光線が発射される。
その正体は涙であった。涙が高速射出されたのである。
涙の大刃だ。
足場が一瞬で切断された。水圧カッターの威力はすさまじい。木材など簡単に切断される。
巨人の左手の指に糸を巻き付けたのだ。
ぶいんと引っ張り上げられると、アトレビドは空高く舞った。
異とはぴいんと張り詰め、手首に強い力が入る。
計算通りだ。足の裏にスケートの刃が生まれた。それをコブ目がけて蹴り上げる。
こぶはべりっと剥がれた。そして中にはかわいいビッグヘッドが入っていたのだ。
彼の名前はプリンスヘッド。パインクラスでキングヘッドの息子である。
キングヘッドは荒廃した人間たちにヤギやイノブタのような家畜、インドクジャクなどの家禽を用意したのだ。
トールヘッドの頭脳としてプリンスヘッドは取り込まれていたのである。
プリンスヘッドは目を覚ました。目の前に見知った顔を発見し安堵した。
「おお、あなたはアトレビドさんですね。ご無沙汰しております」
「ああ、こちらもご無沙汰しております。プリンスヘッドさん。今日はあんたを助けに来たぜ」
挨拶が終わると同時に、トールヘッドの様子がおかしくなった。
赤毛は若葉に変わり、巨大な両腕は巨木の枝へと変化していったのである。
「ぼくという頭脳が無くなったから、彼も死んでいくようですね」
「そのようだ。さあ、俺の背中にしっかりしがみついてくれ」
アトレビドはプリンスヘッドを背中に背負った。プリンスの手足はゴムのように伸びるのだ。
これで最初の目的は達成された。
☆
さてこれからどうしようと迷っていたら、空から何かが飛んできた。
大きな翼を広げており、猛禽類かと思われる。
それは鳥ではなかった。ビッグヘッドであった。
両腕の部分は真っ白な翼で、足は鳥の足である。
顔は美しい女性のものだった。
金色の鶏冠に切れ長の眼にすらっと高い鼻。そしてふっくらした愛嬌のある唇である。
「パラディンヘッドか!!」
アトレビドは叫んだ。するとプリンスヘッドが手を外し、パラディンヘッドの足を掴む。
「助かったぞ!!」
「どういたしまして。プリンスヘッド様もご無事で何よりです」
でかい顔だが威圧感はない。むしろ母親が赤ん坊を見つめるような優しさを感じた。
それでいてかつてヨーロッパで剣を振るったジャンヌ・ダルクのような勇ましさも兼ね備えている。
プリンスヘッドは伸ばした手を縮める。そしてアトレビドはパラディンヘッドの上に乗った。
豚が一匹背に乗ったくらいではびくともしない。
まったく余裕の表情であった。
「さあ、麓ではグラモロソ様たちが待機しております。もうじきこの被爆湖は崩壊します」
そういう間に遠くから爆発音がした。被爆湖の麓は大崩壊を起こす。
空から眺める風景は絶景であった。岩山が連なっており、人をたやすく踏みつぶしそうである。
その前に広がるのは大パノラマであった。子供の頃に図書館で見たジオラマ模型に似ていた。
自分はポスターの写真でも眺めているのではないかと錯覚を起こす。だがこれは現実だ。
容赦なく風がアトレビドに吹き付ける。だが全身豚の毛で覆われた者には大した寒さではない。
冬に裸でも暖を取らずに寝ることは可能だ。さすがに雪の降る日に外で寝れば凍死するが。
大量の水はまるで龍の如く、川の中で暴れていた。川が氾濫し、小山や森を薙ぎ払っている。
幸い近くに村はなく、被害はない。
「世界は広いな。俺は遼東の豕だと実感したよ」
「実際にあなた様のような力を持つ人はまれですけどね。あなたは豚児よりも麒麟児です」
パラディンヘッドが言った。
空飛ぶ豚はまるで絵空事のように見ていたが、実際はそこにいた動物たちが大勢巻き込まれていただろう。
川に住むアメリカザリガニやウシガエル、巣を作っていたヌートリアたちを容赦なく洗い流したのだ。
アカシカやアカギツネたちも濁流の衝撃で首の骨が折れたり、溺死しているだろう。
被爆湖の水はほとんど流れ出てしまった。残されたのはトールヘッドの亡骸だけである。
水がなくなれば枯れるしかない。枯れる前にフエゴ教団が伐採すれば問題はないのだ。
川から離れた岩山では一人の女性が立っていた。
それは赤いシクラメンであった。だがあまりにも大きすぎる。遠近感がおかしい。
シクラメンの亜人なのだ。赤い花茎が螺旋状である。肌は薄い緑色であった。
体型はすらりと背が高く、乳房は豊満で腰は括れている。臀部は蜂のように大きいが引き締まっていた。
身に付けているのはヒモのような濃い緑色のレオタードだ。
これは自分の体に自信があるわけではない。花系の亜人は若干ながら光合成が可能なのである。
彼女がグラモロソであった。きつそうな美人である。彼女は手を上げて降っていた。
遠くて見えないだろうが、アトレビドも返そうとした。
その瞬間、アトレビドたちは影に包まれた。
はてな、何事だろうと上を向くと、そこには巨大な何かが飛んでいたのだ。
それはビッグヘッドであった。全長が三十メートルほどあり、巨大な翼を広げていた。
先頭には人間の顔があるが、目の部分はレンズのように覆われている。
鷲鼻で、口は小さい。ある程度の高度も平気で飛べるのだ。
さらに足の部分はプロペラのようにねじ回る。それで高度を調整しているのだから驚きだ。
ギガントヘッド。パインクラスでモデル・タイタンである。
それが十数体飛んでいた。ギガントヘッドの上には眼球がレンズになっている舌の槍使い《タング・ランサー》が待機している。
どうやら自分たちを狙っているようだ。アトレビドは舌打ちするが、すぐにしゃがむ。
「パラディンヘッド。もう一仕事してもらうぜ」
「了解です。プリンスはどういたしますか?」
「ぼくはアトレビドさんについていきます。どっちみちあいつらを倒さない限り地に足はつけません」
パラディンヘッドの問いにプリンスヘッドは迷いなく決断する。
自分たちだけ逃げても相手が逃がす保証はない。
それなら一緒に脅威を倒すことに協力した方が建設的である。
「グラモロソ、待っていろよ。俺たちの戦いはこれからだ!!」
新連載を始めました。
マッスルアドベンチャーと同じ世界観です。
主人公は豚の亜人ですが、オークとは呼ばないでください。