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第三話 殴っていいとも!

 連れ去られたりくこは手術室に仰向けに寝かせられていた。

 全身麻酔でも掛けられたように指一本動かせず、薄暗闇の中、天井を見上げることしかできない。

 部屋の隅には猿の四肢を持つ少女が屈み込み、手の中のものを眺めている。

『……み、そら……?』

 その猿の四肢を持つ少女はりくこと一緒にこの廃病院に訪れた友達の一人だった。しかし、三人の中で最も理知的だった彼女は呆けたような笑みを浮かべて、手の中の式札を弄んでいた。

『けへへへ、へへへへ……』

 その瞳に知性は見られない。というよりもりくこの言葉を聞こえていない様子だ。

 よく見ればみそらの両耳は切り落とされ、残った穴さえ大きく抉られている。

『……みそら、ねえ、助けて。みそら!』

 どれだけ叫んでも彼女はその顔すらりくこの方に向けなかった。諦めて、自力で立ち上がろうとするも全身に力が入らない。

 そうこうしている間に手術室の扉が開き、白衣を纏った少女の亡霊が入って来る。

 彼女の手には、何かがぎっしりと詰め込まれた瓶を抱えていた。

 りくこは過去に起きた記憶がフラッシュバックする。

 ――そうだ。自分は確か、この場で繋ぎ合わされたのだ。魂をくり抜かれ、狐の霊魂と混ぜ合わされ……自分が自分でなくなっていくような、形容しがたい感覚に冒されていった。

『……いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ! やめて、来ないでぇええええええええええ‼』

 必死に手術台から逃れようと身体を揺するも、首すらも動いてはくれない。

 目から大粒の涙を垂れ流し、悲鳴を上げることしかできないりくこに白衣の亡霊は無言で歩み寄る。

 長い前髪の隙間から眼球が覗き、泣き喚く彼女を静かに見下ろしていた。

 動物名の書かれたラベルの瓶を手術台に並べると白衣の亡霊は初めて言葉を発する。

『戻って来てくれたんだね。でも、逃げたからあなたには罰を受けてもらうわ』

 瓶の蓋を開け、中身を取り出して一つ一つりくこに見せ付けていく。

『選ばせてあげる。熊、蝙蝠、針鼠……他にもたくさんあるけど、どれがいい?』

『……いや、いやいやいやいやぁ! もう、やめて。混ぜないで。これ以上、私に、混ぜないでぇ……』

 白衣の亡霊はその言葉に耳を貸さずに、瓶から取り出した動物霊の魂を握り、首を真横に振った。

『だめ。口答えしたから、全部入れるね』

『いやあああああああああああああああああっ‼』

 泣き叫ぶりくこの身体に獣の霊魂を掴んだ白衣の亡霊の手が伸ばされる。

 その腕が彼女の霊体に埋め込まれようとしたその時、後ろで手術室の扉が開く音が響いた。

 白衣の亡霊は動きを止め、扉の方を振り返る。りくこもそちらに視線を向けた。

 彼女は淡い期待を懐いていた。もしかしたら、さとるが全ての悪霊を退け、助けに来てくれたのかと思ってしまった。

 だからこそ、それを見て深い絶望を感じた。

 手術室に入って来たのは犬の脚を持つ少女、うみね。そして、彼女に咥えられ、死んだように動かない血塗れのさとるの姿。

『良い子ね、ワンちゃん。新しい玩具を持って来てくれたのね』

『……そん、な……』

 あれだけの強さを見せ付けていた彼も、ボロ雑巾のように引きずられ、床に横たわっている。

 うみねは咥えていた彼をぞんざいに放ると、みそらの居る隅へと移動した。

 白衣の亡霊は床に倒れ伏しているさとるの身体に近寄る。

 彼は微動だにせず、息遣いさえも感じられない。既に事切れている様子にも見えた。

 最後の希望を失ったりくこは悲鳴を上げる気力もなくなり、呆然と事の成り行きを眺める。

『今度は男の子。何と混ぜてあげようか……』

 そう言いながら、白衣の亡霊がさとるの身体に触れた瞬間、ぱちんと弾けて彼の身体は人型に切り揃えられた紙に変わった。

『え?』

 驚き戸惑う白衣の亡霊の耳に甲高い悲鳴が飛び込んで来る。声を上げたのは部屋の隅に居たみそらだった。

『いぎゃああああああああああああ!』

 切り落とされた彼女の右手が床にぼたりと落ちている。その腕を拾い、握られていた式札をうみねが回収した。

「ああ。傷付けられた様子がなくて良かったです」

『あなた……ワンちゃんじゃないわね?』

「ご名答」

 うみねは自分の腹の下に貼り付けていた呪符を破く。すると、その姿はさとるのものに変わった。

 みそらの腕をゴミのように投げ捨てると、落ちたそれは溶けるように消滅する。

「いや、式札を取り戻すためとはいえ、地面を這った甲斐がありました。あ、あの犬の霊なら滅しておきましたよ。顔が好みじゃなかったので」

 何事でもないようにさとるはそう語った。

 右腕を切り落とされ、絶叫していたみそらは怒り狂った形相で彼に飛び掛かっていく。

 さとるはもはや彼女には視線すら向けず、式札を持っていない方の腕を振るった。

「オン マカラギャ バザロシュニシャ バザラサトバ ジャクウンバンコク――ウン シッジ」

 赤い光の矢がみそらの首へと飛び、胴体と頭を切り離す。転がった彼女の頭部は数刻も待たずに消えてなくなった。

 崩れ落ちた胴体も後を追うように霧のように散っていく。

 愛染明王(あいぜんみょうおう)の弓と呼ばれる陰陽道の呪術。その弓の一撃を受ければ並みの霊など消し飛んでしまう代物だ。

 驚愕のあまり声も出ないりくこにさとるは微笑みを向けて、一言彼女の名を呼んだ。

「『りくこ』さん」

 手術台に寝かされていた彼女は、瞬く間に式札を掲げた彼の隣に移動していた。

『……身体が、動く』

 移動した彼女は自分の手足が自由になっていることに気が付き、確かめるように動かす。

「式神の主導権が僕に戻りましたからね。僕が拘束を命じない限りは動けますよ。……さて」

 りくこから白衣の亡霊に視線を移し、さとるは怒気の籠った眼差しを送った。

「僕の大事な彼女を奪おうとした罪、その命で払ってもらいましょうか」

 既にさとるには彼女を式神として手に入れる気は失せていた。あるのは敵意。自分のものを勝手に奪い去ろうとした彼女へ怒りのみ。

 白衣の亡霊は相対する彼を見つめ、瓶の中にある動物霊を室内にばら撒く。無数の霊は彼女の周りを遊泳するように浮かび上がった。

 りくこは無意識の内にさとるの背に隠れるように下がっていた。その行為が琴線に触れたらしく一瞥した彼は満足げに目を細める。

「雑魚の手下を増やしてどうにかなるとでも思いましたか? 浅はかですね」

『手下? いいえ、これは餌よ。たくさん食べないと働いてくれないから』

 白衣の裾が舞い上がると、亡霊の半身が見る間に膨れ上がり、露わとなった。そこには数多くの猛獣が歪に混ざり合って埋め込まれている。

 異形と称するのが最も適切な外観。見たものに吐き気と怖気を感じさせる合成獣の如き下半身。

 それを間近で見せ付けられたりくこは常軌を逸した(おぞ)ましさに口元を押えた。

 一方はさとるは僅かに眉を(しか)めただけに留まる。

「何とも醜い姿ですね。やはり僕の彼女には相応しくないです」

 亡霊の下半身の猛獣の口は彼女の周囲を漂う動物霊をあっという間に喰い尽くし、唸り声を鳴らした。

『私の玩具を壊したあなたを、私は許さない……』

 白衣の亡霊は下半身の猛獣を操り、部屋の隅に立つさとるの方へと駆け出す。

「オン ハラジャ ハタエイ ソワカ」

 さとるは間髪入れずに梵天(ぼんてん)の真言を唱え、あらゆる災厄から護る壁を張った。

 しかし、白衣の亡霊の突進は一撃でその壁に罅を入れ、虎と獅子の顎が噛み砕く。ガラス細工の如く、円形の護りは粉微塵に割れ、猛獣の口内に呑み込まれた。

「……っう!?」

 さしもの彼もこれには余裕を消し、りくこを抱いてその場から転がるように逃げ出す。

 二階で出会った時にも感じたが、この廃病院の主を務めているだけあり、彼女はそう簡単には除霊にできる強さの悪霊ではない。

 りくこと共に手術室から飛び出して逃げ惑うも、後方から凄まじい速度で追い掛けて来る。

 陰陽ゼミで呪術を学んでから久方ぶりに味わう恐怖の感情にさとるは苦笑した。

「これはまた、想像以上ですね」

『……どうするの?』

 抱きかかえたりくこが心配そうに尋ねてくる。彼女は白衣の亡霊の恐ろしさを知っているが故にさとる以上に震えていた。

「時間さえ稼いでもらえれば、勝ち目はあるんですが……」

 勝つ手段はない訳ではなかった。さとるが習得している陰陽道の呪術には白衣の亡霊をも退散させる術はある。

 けれど、それを行うには時間が必要だった。先ほどの一撃を術で受けて彼は理解していた。白衣の亡霊の前では詠唱の時間が命に取りになる。

「最大級の呪術にはそれなりの詠唱を必要とします。その時間さえあれば勝てるんですけど」

 りくこをちらりと見る。彼女がその間の時間を稼いでくれれば御の字なのだが、今の怯えた彼女には荷が重いだろう。

 さとるが走りながら次なる手を考えた始めた時。

『……やる』

 りくこがそう呟いた。

「……りくこさん」

『……全部、思い出した。私は、ここで、彼女に、殺された。そして、狐の、霊魂と、混ぜられた』

 その後は意識が混濁しながらも、廃病院から逃げ出し、街を漂っていたところを「こっくりさん」によりさとるに降霊された。

 りくこはあの白衣の亡霊によって、共に訪れた友人と同じく、人としての生を奪われたのだ。

 恐怖以上に許せないという思いが彼女の中にはあった。

『……私は、何を、すればいい? (あるじ)様』

 己が主人に問う。式神としての、すべき役割を。

 その発言を聞き、さとるは返答を述べた。

「僕が真言の詠唱を終えるまで、あいつの相手をしてください」

『……わかった』

「それと」

『……?』

「僕のことは『さとる』って呼んでくれませんか?」

 彼は少しだけ恥じらうように付け加えた。

 傍若無人の年相応の仕草がおかしくてりくこは僅かに笑みを零す。

『……わかった。さとる』

 彼の名前を呼び、りくこは腕の中から飛び立ち、背後から詰め寄る白衣の亡霊を見据えた。

 両手の端に意識を集中させ、霊気の塊を手のひらに収束させる。

彼女の中に混ざった狐の霊が持つ力、『狐火』を手の中で発火させ、白衣の亡霊に投げ付けた。

撃ち出された蒼い炎は標的にぶつかり、爆発。周囲を炎上させながら燃え広がる。

纏っていた白衣も焦げ付き、黒ずんでいくが、複数の猛獣が癒着した下半身はそれを物ともせずに悠然と突き進んで来る。

りくこは後ろに立つさとるを目の端で一瞥した。

「ノウマク シッチリヤ ジビキャナン サラバ  タタギャタナン。アン ビラジ ビラジ マカシャキャラ バジリ サタサタ サラテイ サラテイ タライ タライ……」

彼は未だ文言を唱え続けており、すぐには終わる気配ではない。

――もう少しだけ時間を稼ぐ必要がある。

燃え盛る病院の廊下を歩む亡霊に、再度彼女は蒼い炎を浴びせかける。

『この程度の炎じゃ、私は燃えないわ』

 炎の灯りに照らされ、長い前髪に隠された亡霊の顔が露わになった。

目蓋のない露出した眼球と縫い合わされ継ぎ接ぎだらけの皮膚。加えて耳まで裂けた口。

これほどまでに不快感を与える造形をりくこは見たことがなかった。

『……あなたは、どうして、そんな姿を?』

 思わずそんな疑問が声になって喉から出た。すると、大きな口を開いた亡霊は事もなげに彼女に言う。

『知らないわ。気付いたらこんな風になっていた。でも、私は玩具を作れればそれでいいの』

 そう言って炎を掻き分け、りくこへと猛獣の牙を伸ばす。彼女にはそれを防ぐ手立てはない。

 これまでかと目を瞑り、迫る最期の時を待った。

 だが、その時はもう彼の真言は残り僅かとなっていた。

「……ビダマニ サンバジャニ タラマチ シッダギリヤ タラン ソワカ!」

八大明王が一人、大輪明王(だいりんみょうおう)の真言。罪障消滅、魔怨粉砕の呪術。一切の障害を排除する文言は巨大な拳となり、亡霊へと振り下ろされる。

青の炎やその他諸々の障害物さえ、無視し撃ち振るわれる金剛に輝く拳は亡霊に埋め込まれた猛獣の魂を穿ち、亡霊ごと千々に打ち砕いていく。

『そん、なァ……まだ、私はぁ……!』

 跡形もなく消し飛ばされていく亡霊にさとるは中指を立て、笑顔で侮蔑の台詞を放つ。

「醜いものは消えてなくなる運命なのですよ、ドブスの悪霊さん」

 悪態を吐いた後、彼はその場でよろめき、膝を突く。彼の知る中でも高威力の呪術を使った代償は大きく、息も絶え絶えといった様子だ。

 廃病院の壁もりくこの狐火と大輪明王の拳の衝撃でかなりの損壊を受け、倒壊し始める。

 この建物の主である亡霊が消滅したのも倒壊を早めた原因の一つだろう。天井の一部や壁が焼け焦げ、崩れ落ちていく。

 りくこは一刻も早く、この場から退却しようとさとるを抱きかかえようとした。しかし、彼を掴もうとした手はさとるの身体をすり抜ける。

『……っ!? どうして……?』

「……無駄ですよ。式神として契約している今は僕の方からりくこさんに触れることはできても、りくこさんの方から僕を触ることはできません」

 式神には二種類あり、一から用途に応じて術者が作るものと、妖怪変化や位の低い神霊を術によって縛って使役するものに分類される。

 前者が赤筆の遣わせた三つの脚のカラスの類で、後者が今のりくこだ。

 りくこのような妖魔を使役する場合には当然、術者を害して自由の身を手に入れようと画策するものも居る。それを防ぐため、式神となったものは使役する術者にいかなる場合も触れられないようにできていた。

『……なら、さとるが、私に掴まれば』

「すみません。もう、力を使い果たして意識も朧で……」

 彼はずっと握っていたりくこの式札を落とし、力尽きたように気絶する。

 りくこは動揺する。最初こそ、彼が死ぬことを願っていた彼女だが、短い付き合いながらも彼には助けられた。仇を討ってくれたという恩義もある。

 彼を見捨てると言う選択肢は彼女の中から消えていた。

『……うう』

 唇を噛み締め、呻くりくこはどうにかさとるを救う手立てを考える。このまま、天井が崩落すれば言わずもがな、火の手が広がれば一酸化炭素中毒でも彼は命を落としかねない。

 そこまで考えた時、はっと一つの可能性に思い当たる。

彼の手から離れ、床に落ちている式札。これを燃やせば、式神の身ではなくなり、さとるに触れることができるのではないかと。

 彼女は落ちている式札を掴むと、まだ炎を燃え盛る前方へ投げ入れた。

紙でできた式札は一瞬の内に燃え尽き、灰になる。りくこはその光景を確認するや否や、さとるに手を伸ばした。

『……触れる!』

 彼の身体に触れるようになった彼女は喜色を浮かべた。そして、すぐに担ぐようにして持ち上がると出口目指して一直線に宙を駆け抜ける。

 崩れ落ちて来る天井の瓦礫がさとるに当たらないように避けて飛ぶりくこは、やっとの思いで開け放たれた扉から転がり出た。

 中庭の方まで退避して振り返ると、後ろで廃病院が完全に崩れていく姿が見える。

 彼女はそれを複雑な面持ちで見つめた。二人の友人と人としての命を失った場所が崩壊する眺めは、りくこにとって過去との決別を象徴しているように思えてならなかった。

 担いでいたさとるを一旦、地面に降ろすと彼を揺すり起こそうとする。

『……起きて。さとる』

「う、うん……りくこさんがお嫁さんみたいな起こし方をしてくれている……そうか、ここが極楽なんですね……」

『……あなたが、行くのは、間違いなく、地獄』

 馬鹿なやり取りをしていると、さとるもようやく意識がしっかりしてきたのか、りくこが自分に触れていることに気が付く。

「あれ? 何で式神のりくこさんが、僕に触れてるんですか?」

『……もう、式神じゃ、ない』

 彼女の言葉で式札が壊れたことを知ったさとるは、精神的衝撃を受けて額を押え、落ち込んだ。

 だが、それならばりくこが自分を助ける理由もないはずだ。

「それなら、どうして助けたんですか? もう主従の関係は切れていたでしょう?」

『……だから』

 頬を染めて、目を逸らした彼女は蚊の鳴くような声で何かを呟く。

「すいません。よく聞こえなかったのでもう一度」

『……式神じゃ、ない、けど……彼女、だから』

 あなたの、と消え入りそうな小声で言ったりくこを見て、さとるは顔を両手で覆い、悶絶の呻き声を吐き出す。

 そんな中、小雨の降る空から彼らの傍に一羽のカラスが舞い降りて来た。

 陰陽ゼミ採点講師の赤筆の遣わせた三つ脚のカラスだ。

『初々しいやり取りだね、さとる君』

「……お邪魔虫が」

『何か言ったかな?』

「いえいえ、別に」

 せっかく好意的になってくれたりくことの会話をしている中、現れた赤筆の式神にさとるは機嫌を損ねたが、気分を切り替える。

『まあ、とにかく課題クリアおめでとう。これで君は次のステップに進むことができたよ。陰陽師として実戦を積んだ訳だからね』

「それはどうもありがとうございます。ただ、一つ聞かせてほしいことがあるんですが……いいですか?」

 さとるは三つ脚のカラスに鋭い眼差しを突き刺して尋ねた。

「あの、悪霊は何だったんですか?」

『何だった、とはどういう意味かな?』

 彼の問いに逆に赤筆は質問を投げかけて返す。(とぼ)けたような口振りにさとるは釘を刺した。

「今更、誤魔化しても無駄ですよ? 今回、これを課題として持ってきた時点で既に怪しかったですが、何よりもあそこにあった動物霊の入った瓶。そのラベルに書かれた文字は赤筆先生……あなたの筆跡でした」

 陰陽ゼミの採点の際に彼は赤い筆で正しい回答を書き足してくれるため、さとるはその筆跡を覚えていた。ラベルに書かれた達筆で特徴的な文字は赤筆の物に間違いなかった。

「街の廃病院に居る悪霊が、あれほど大量の動物霊を手に入れることは不可能です。中には動物園でしかお目に掛かれない猛獣も居ましたしね。そもそも、複数の霊魂を融合させるなんて方法が悪霊に思い付くとは考えられません」

 ここから導き出される答えなど一つしかない。それはつまり――。

「赤筆先生。あの廃病院はかつてあなたが独自の呪術のために使っていた研究施設なんじゃありませんか? そして、あの悪霊もあなたが作った実験体……どうです? この推理の採点は」

 突き付けられたさとるの答えに三つ脚のカラスは、嘴を開き、笑い声を出した。

『はははは。面白い推測だね、さとる君。でも、こうして廃病院は崩れてしまったし、証拠もない。残念ながら今はただのユニークな憶測でしかないよ。……ただ、もしもそれが正解なら私の汚点を消してくれてありがとう、と言わないといけないね』

 否定はしないということはつまり、そういうことなのだろう。さとるは良いように働かされたと溜息を吐いた。

 りくこは赤筆の台詞を聞き、自分の死に追いやったものの正体を知って激昂する。

『……あなたの、せいで、私は……私たちは‼』

『いやいや、恐ろしい悪霊も居たものだよ。でも、居なくって良かった。これで街に平和が戻るね。犠牲者もこれ以上増えないし、万々歳だ』

 いけしゃあしゃあと語る三つ脚のカラスに狐火を飛ばそうとするりくこだが、さとるに肩を叩かれて制止した。

『……さとる』

「あれはただの式神ですよ。それを燃やしたところで赤筆先生は痛くも痒くもないでしょう」

 彼女を宥めたさとるは最後に聞きたかったことを彼に問う。

「赤筆先生。もしも、僕の推理が当たっていた場合、あなたは何をしようとしていたんですか?」

『そうだね。君の憶測が正しければ……最強の式神を作ろうとしていたんじゃあないかな?』

「……最強の式神?」

『そう。最強の式神さ』

 三つ脚のカラスは両の翼を大きく広げ、演説でもするかのように喋り出す。

『万能にして無敵。おおよそ、陰陽師が考える夢の一つだよ。さとる君、我々は陰陽師はね、いつだってこう考えてしまうんだよ。「(かみ)を従えたい」とね』

 黒い円らな鳥類の瞳に澱んだ狂気が垣間見え、りくこは思わず、吐き捨てた。

『……狂ってる』

『ああ。狂っているとも。異能に触れ、呪術に触れ、悪鬼羅刹に触れる陰陽師の気が触れていない訳がないだろう?』

 さとるはそんな彼を見て、下らなそうに耳の穴を穿って言う。

「アホらしい夢ですね。僕ならもっと素晴らしい夢を見ますよ」

『ほう? それは是非とも聞かせてほしいね。どんな夢なんだい?』

 さとるはりくこの腰に手を回し、高らかに己の夢を語った。

「可愛い幽霊美少女でハーレムを作ることです! これに勝る夢はありませんね!」

 いきなり、腰を抱かれたりくこは呆れ果てて、赤筆に懐いていた怒りが霧散していくのを感じた。

 三つ脚のカラスは彼の夢を聞かされ、数秒ほどきょとんとした後、割れんばかりの哄笑をあげる。

『ははははははははは! それは大きな夢だね。とても狂った陰陽師には考え付きもしないよ』

「という訳で僕はこれで陰陽ゼミを退会させてもらいます」

 笑い疲れて、呼吸を荒くした三つ脚のカラスはその言葉に尋ね返す。

『いいのかい? 君なら最高クラスの陰陽師に成れるのに』

「陰陽師になる気はないですよ。僕は可愛い幽霊の女の子といちゃいちゃしたいだけなので」

『それは残念。だけど、承ったよ』

 さとるの退会を承諾した三つ脚のカラスは翼を広げて曇り空へと飛び立つ。

「ああ、それはそれとして、僕を育ててくれた講師の赤筆先生に言いたいことがあったんです」

『え?』

 飛び上がった三つ脚のカラスは首を曲げて、さとるの方を向いた。

「その偽善丸出しの性格が前から気に入らなかったんですよ!」

 懐から取り出した呪符を二本の指で挟み、それを薙ぎ払う。

 真っ二つに切り裂かれた三つ脚のカラスは空中から地面へ落ち、二枚の紙切れに変わった。

「宣戦布告という奴です。――あなたは僕が潰す」

 彼は紙屑となったそれを眺めた後、りくこを連れて病院跡地から去って行く。

 別にさとるの行動は正義感からのものではない。りくこを含めた廃病院の悪霊たちへの同情もでもない。

 純粋に、前から赤筆が気に入らなかったという個人的な理由だけである。

 善も悪も彼には関係ない。好きか、嫌いか。それだけが彼の判断基準。それこそが黒岩さとるという少年なのだ。

『……そうだ。さとる』

「はい?」

『……私、一夫多妻は、認めない』

「はい……」


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