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とある錬金術師の手記  作者: とある錬金術師
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第一章・キリカの受難Ⅳ

 しばらくの休息を挟んだあと、領主がメイドに何かの準備をさせた。

 僕はメイドが何らかの仕事をする姿を初めて見た。

 彼女が特別だといっていた理由がわかった。よくよく領主の趣味を考えれば、彼女がどんな道に精通し、どんな風に特別なのか、それはひとつしかなかった。

「準備が出来ました」

 メイドが口を開いた。僕は初めて彼女の声を聞いた。美しい音色のような声であったが、彼女の放つ雰囲気のせいなのか、不気味な、恐怖心を煽るような声だった。

 よくよく見れば彼女は整った、美しいと形容するにふさわしい容姿をしており、それもまた、異様な不気味さを醸し出す原因の一つなのかもしれない。

「では始めるとしよう」

 領主が楽しげな声を上げ、立ち上がった。

 領主の行動をみて、メイドが準備していたものを取り出し、手に持った。

 クネクネとベビのようにうねった短刀、クリスナイフというものだったか。たしかそんな名前だったナイフを手に持ち、キリカへと近づいていく。メイドが振り返るまで見せていた表情は少しも動くことなく、美しいだけに陶器でできた冷たい人形を思わせ、僕は背筋が冷たくなるのを感じた。

 メイドがキリカの前に着くと、ためらう様子をわずかにも見せず、キリカの脇腹を切り裂いた。

「あ、ぐ、ぐぐぅっ、うぐぐぐぐ……」

 苦痛の呻きとともに血が噴き出し、メイドを汚した。

 脇腹からわずかに内蔵を覗かせているが、今までの拷問に比べれば大した効果はないのか、キリカは苦悶の表情を浮かべてはいるものの、領主が喜ぶような悲鳴を上げるものではなかった。こんな程度の事をするだけの人間が領主にとって特別な人間なのか、疑問だった。

「これで終わりですか?」

 思わず僕は聞いた。これが研究者の性、というべきか疑問を持ったらすぐに解決したくなる。

「これで最後ですが、これがなかなか面白いのですよ。まあ百聞は一見に如かず、見ていればわかりますよ」

 領主は言い終わるより早く壁際で佇む男、バルボアに合図を送った。

 領主の合図を受け、バルボアは鎖を引き上げる時に使った装置を再び作動させた。

 すると一気に鎖が戻され、キリカが地面に叩きつけられる。うぐっ、と小さなうめき声をあげ、地面に横たわった。切り裂かれた脇腹から内蔵を覗かせながら。

「キリカよ、これでお前への責めは終わりだ、死にたくなければそのまま苦痛を味わい続けるが、苦痛に耐えられず、死にたくなったのならば自分の内臓を引きずり出せばいい」

 人間は内臓を体外に出したところでそう簡単には死なない。腹にナイフを突き立てて人が死ぬ場合の多くは臓器を傷つけ、それによる出血多量によるショック死、もしくは痛みによるショック死による場合がほとんどだ。

 よくよく見ると、キリカの脇腹から飛び出してきた内蔵は全く傷ついていなかった。メイドが特別だと言われていたのはこういった理由だったのか。おそらく、苦痛に苦しみながらも止めを刺されず、自分で内臓を引き出して死ぬ姿を見るのが好きなのだろう。最低のサド野郎だが、内臓を傷つけ、僕の血をホッするよりはましだ。

「うぅ……死にたく、ない……です」

 涙を流しながらキリカは地面へと落ちた自分の内臓を腹部へと押し戻していた。

 上腕の骨が何箇所も折れ、おかしな形に変形し、骨の支えがなくなっているだけでも腕としての機能などほとんど残っていないのに、指がおかしな方向に曲げられたせいでもはや、肘から先に肉塊がついているだけ。邪魔なものが付いている以上、肘より先がついていない方がまだましな動きができるのではないかと思わせるほどキリカの姿は悲惨だった。

 それでもキリカは、機能しない腕を使って、内臓を押し戻している。うわ言のように死にたくない、死にたくない、と呟きながら。

 僕にはなぜ、彼女がそこまでして生きながらえたいのか、わからなかった。普通の神経なら、拷問の途中で助からないと悟って、殺してくれと泣き叫ぶものだ。いくら僕が助けてやるといったとは言え、自分の腕や足がひしゃげ、目を焼かれ、内臓を出され、何度も死にたいと思うような責め苦だ。

「なかなか面白い女だな。こいつを選んだのは正解だったようだ」

 正解……か、キリカは貧乏くじを引かされただけでこんな目に合わされたのか。哀れ、それ以外の形容の仕方が僕にはわからなかった。

 いや、もはやかわいそう、とさえ思ってしまった。

 キリカはうめき声を上げながら内臓を押し戻し続けている、その様子を領主は紅茶を飲みながら楽しみ続けた。

 あらかじめ持ってきていた湯がなくなり、紅茶が入れられなくなるまでのおよそ三十分ほど、キリカの心は折れることなく彼女は耐え続けた。

「ふんっ!まだ死なんのか、いい加減飽きてしまったな」

 領主がつまらなそうに呟いた。

「バルボア。内臓を引きずり出す手伝いをしてやれ」

 領主の言葉に久しぶりにバルボアが動き出し、キリカの内臓を掴んだ。

「いやっ!いやっ!!イヤアアアアアアッ!!!殺さないで!!」

 キリカは拷問を受けている時よりも大声で叫んだ。

「領主様っ!彼女を実験のサンプルとして、生きたまま譲ってはくれませんか!?彼女は私の実験のサンプルとして非常に適しています。彼女は僕の研究の完成のために必ず役に立ちます!!ですからっ!」

 僕は自分でも何を必死になっているのか、疑問に思うほど必死に彼女を救うように願った。さすがの僕も耐えられなくなってしまったようだ。口のダムが壊れてしまったかのように言葉が濁流のようにあふれてきた。

「おやおや、本当に情でも湧いてしまいましたかな?」

 意地悪げに領主は笑い、僕に視線を移した。

「まあいいでしょう、あなたの研究の完成は私の夢でもありますからな。おい、バルボア」

 領主の言葉にバルボアは手を離し、手を離れたキリカの内蔵が地面に落ちた。

 バルボアがドアの方まで歩いていき、ドアノブをひねった。その音を聞き、領主が椅子から立ち上がった。

「では、私たちは先に戻らせてもらいますが、それを運ぶ手伝いのものでも呼びましょうか?」

「大丈夫です、一人でどうにかできますから」

 僕の言葉を聞くと領主は頷き、領主たちは部屋から出ていった。

 部屋には僕と内臓を露出され、すすり泣くキリカだけが残された。

 僕はキリカの方へとゆっくりと歩き出し、キリカの前に着くと座り込んだ。

 僕と目が合うとキリカは泣きながら、感謝の言葉を述べてきた。

「気にするな、言ったろ。実験のサンプルが欲しかっただけだ」

 僕の言葉が聞こえていないのか、ただひたすらに、ありがとうございます、と呟き続けた。その間も、露出した内臓を押し戻しながら。

 それを見かね、僕は彼女を手伝った。

「ぐっ、ううぅぅ……」

 僕の手による新しい刺激にうめき声を上げながら苦痛に表情を曇らせる。

「少し我慢しろ、すぐ済む」

 潰れた両目に涙を溜めながらキリカは頷いた。両腕が健在の僕が押し込めばキリカの内蔵はすぐに収まった。

 キリカの内臓を押し込んでそのまま手で彼女の傷を抑えた。そして、余っている方の手で僕は傷口を押さえている方の手を突き刺した。手の甲から手のひらまでナイフが突き抜ける嫌な感触が僕を襲った。同時にキリカの小さな呻き声が漏れた。

 キリカの傷口から手を離すと、あっという間に彼女のきずは塞がった。

「やはり治りが早いな」

「どう……なっているんですか?」

「ああ、目が見えないんだったな、そっちも今治してやるよ。ついでに手足もな」

 僕は血液が付いたままのナイフを彼女の目に刺した。先ほどよりも大きなうめき声を上げ、キリカは体を硬直させた。間髪を入れずに彼女の両手足に刺し、回復を待った。

 ほんの数秒後、キリカは目をパチパチとさせ、再び涙を流した。

「……ありが……とう、ございます」

 はっきりとそう言ったあと、彼女は再びうわ言のようにありがとうございます、と言い続けた。

「礼を言うのは早いぞ。本当の苦痛はまだ残ってる」

 一瞬彼女の表情が曇った。

「望んでいなかったとは言え、僕の血液を摂取してしまった以上、君は不死の肉体を手に入れなければならない。そうしなければいずれ君は腐って死ぬ。あれだけの苦痛に耐えたのに、それを無に帰すことになるってことだ」

「もちろん、私は生きるためだったら、不死の体でも、永遠の苦痛でも、悪魔との契約ですら望みます」

 彼女の目はまっすぐ、よどみなく僕を見据えていた。それは彼女の決意の表れだろう。

「それはよかった。では行こうか、そろそろ君も歩けるだろう」

 目の前で横たえるキリカに手を差し伸べた。

「どこへ……でしょうか?」

 キリカは僕の手を取りながら疑問を投げかけてきた。

「僕の部屋だ、そこで最後の仕上げは行う」

 キリカはぎょっとしたような顔をしたが、すぐにもとの表情へもどった。

「よろしく、お願いします」

 苦痛を与える、実験の材料にすると言ったのに、それでもよろしくと言える彼女の決意には驚かされるが、それはもはや決意というより執着と言ったほうがよいのかもしれない。

 僕はそんなことを考えながら彼女の手を引き部屋を後にした。


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