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とある錬金術師の手記  作者: とある錬金術師
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第一章・キリカの受難

 薄暗い地下室は、嫌な静けさと、居心地の悪い肌寒さに支配されていた。

 そこには、幾度となく目にした器具の他に初めて見る器具がいくつも壁に架けられていた。それらの器具は、何一つ例外なくドス黒く染まっていた。

 おそらく、多くの人間の血液と悲鳴を吸い込んだ故に、そんな色に染まっているのだろう。

 不気味な雰囲気を放つそれらの道具だが、際立って珍しい光景ではなかった。

 珍しい道具がいくつもあるというのも、新しい物好きな人間のコレクションだと思えばよくあることだ。しかし、そうは言っても、この場は異常だと僕は感じる。

 床が壁に引っ掛けられた器具と同じ色に染まっているというのはよくある話なのだが、壁や更には天井までが、血液を吸い込みドス黒く染まっているのはどう考えても、度が過ぎた拷問によるものだとしか思えない。

「興味深いものでもありましたかな?」

 まじまじと辺りを見回していたからだろう。領主が僕に話しかけてきた。

 趣味が異常だからなのか、共有できる人間が少ないのだろうか、いずれにせよ他人が自分の趣味に興味を持ってくれるというのは誰でも嬉しいものだ。それがこんな異常な趣味ともなればそうそう同意してくれる人間などいないだろう。

 いくら拷問が市民の娯楽であると言ってもこの領主のレベルは異常だ。

 そんなレベルに付き合える人間がそうそういるとは思えない。

 当然僕だって、興味はないのだが、勘違いさせてしまうほどに凝視してしまっていたのだろう。

「ええ、見たことのないモノが多数ありましたので、つい」

 機嫌を損ねない程度に発言をする。

 あまり調子に乗らせたところで肉塊が増えるだけだ。別に僕は拷問にかけることに関しては好きじゃないんだ。

「そうですか、でしたら明日は面白いショーになるでしょうよ」

 面白いショーとやらがなんなのか、間違いなく拷問のショーでもやるのだろう。別に僕は拷問の様子を見ても楽しいとは思わないのだが、機嫌を損ねるわけにはいかない。

 寄付金が減ったらこまる。

それに、死体のサンプルがもらえそうな話であれば乗っておくに越したことはない。ここの領主は拷問にかけて、簡単に人を殺すのだ。気が進まないとは言え、サンプルが多くもらえるのであれば、それはそれでありがたい。

「それは楽しみです」

 きっと僕のために一人か二人分くらい生贄を増やしてくれるだろう。

 もちろん、拷問が楽しみだ、と言っているようなものなので、拷問の現場には立ち会わされるだろうけれど、サンプルを貰うためだと思えば、安いものだ。

 奴隷市場なんかに行けば、金貨が数枚は軽く飛んでしまうからな。

 領主との会話の最中に唐突にガチャッという音が割って入ってきた。

 僕たちのいる部屋のドアが開けられたのだろう。僕が入るときも同じ音がしたし、他に音が立つことはない。

 音のする方へ目をやると、美しい金髪をなびかせた17,8の女の子が両腕を大男に掴まれ、僕たちのいる部屋に連れてこられていた。

 彼女は力なくうつむき、恐怖に体を震わせていた。

 うつむいているせいで、顔に髪がかかっているが、それでも彼女の表情がこわばっているのが分かる。

「キリカ、お前は、私の側室でありながら別の男と通じたな?」

 ああ、彼女は側室なのか。そうであるならば彼女の美しさにも納得がいく。

 薄暗い地下室と顔にかかった髪のせいで、はっきりと顔を認識することはできないが、それでも美しさが認識できるほどに美しい。

 肌など雪のように白く、薄暗いというのに彼女の女性として魅力的な肢体のシルエットがはっきりと見えるほどだ。

「お許しを、お許しを、領主様。わ、私はただ……」

「いいわけを聞く気はない。姦通は問答無用で死罪と昔から決まっている」

 まあ、仕方がないか。いくら美しいといえ、姦通の罪を犯してしまうようでは擁護のしようがない。

 ただ、それでも、この領主の側室でありながら姦通の罪を犯したのは愚かであると同時に哀れにさえ思わせる。

 僕が彼女に哀れみの視線を向けていることに気づいたのか、キリカと呼ばれた女の子は僕に目線を送ってきた。

 僕に助けを求めているのだろう。

 部外者である僕の声ならば領主も諦めるのだと、そう期待しているのだろう。残念ながら、僕にそんな権限はない。

 たまたま領主に気に入られているだけで、僕の立場など、領主の前では合ってないようなものだ。機嫌を損ねれば、寄付が貰えないどころか最悪殺されることだってある。

 僕がいくら死なないとは言っても、拷問されればそれ相応に痛いし、彼女のためにそんな痛みを味わうつもりはない。

 僕が彼女の視線に気づきつつも、何一つ言葉を発さないことで彼女は諦めたのか、再び彼女は力なくうなだれた。

 それを見ていた領主がニヤリと嫌な笑顔を浮かべ彼女の腕を掴んでいる大男に合図を送る。

 それを受け、合図を受けた方の男が、部屋の片隅に置かれていた、椅子を部屋の中心にまで持ってきた。

 それには上腕部を置くと思われる部分をのぞき、びっしりと鋭い針が生えており、人間の形に血液の跡がドス黒く残っていた。手首のあたりにも針があるものだと思っていたが、これは特殊な形なのだろうか。通常よりも針の数が少ないとはいえ、自分がそこに座らされるとあっては、かなりの恐怖感だろう。

 自分が座らされるであろう恐ろしい姿をした椅子を見て、キリカの顔から血の気が引いていくのがわかった。

「やれ」

 領主の一言で、男ふたりが再び、片方ずつ腕を掴み彼女を椅子の方へと引きずっていく。

 彼女も抵抗してみせるもただでさえ腕力に差がある上に、ふたりがかりとなっては抵抗するどころか、歩行を妨げることすら出来ていない。

「いや、やめ……。くぅ……っ!」

 恐ろしい容貌の椅子に座らされたキリカの口から空気が漏れた。

 彼女の座らされた椅子は、容貌こそ恐ろしいものの、その効果は意外と薄い。体中に針が刺さるのだからそれなりに痛みがあるとはいえ、多くの針それぞれが体重を分散させるから座っただけでは大した痛みにはならないのだ。

 当然、この領主がそんな道具を使うだけのはずがなく、痛みに耐えているキリカの腰や肩、腕などを革のベルトで固定していく。

「あぐっ。やあああああっ。やめっ、やめてぇっ」

 完全に突き刺さっていなかった針が、革のベルトで締め上げられることによってズブズブとキリカの体に飲み込まれていっているのだ。彼女の感じる苦痛は今までのものとは比べ物にならないだろう。

「ああああああっ。いたっ、痛い痛い痛いっ!」

 叫びながら体を身じろぐも、数カ所をベルトで固定されている以上苦痛から逃れる術はない。

 むしろ身じろぐことで新たに傷を作り、苦痛を増やすだけだ。もっとも彼女にそんなことを考える余裕はないのだろう。

 しばらくキリカが苦しむ様子を領主はワイングラスを傾けながら眺めていたが、流石に体中を襲う苦痛になれたのか、悲鳴が少なくなってきたところで領主が口を開いた。。

「ふむ。ではそろそろはじめるとするか」

「えっ?な、何を……?」

 彼女の疑問も確かだ。今までだって耐え難い苦痛を味合わされてき他にも関わらず、これから何かを始めるというのだから。

「これからお前の爪に、これを刺していく」

 そう言って領主は自分の座っていた椅子の横から十本の針を取り出した。針自体はそれほど長いものではなく、縫い針などに比べて少し長い程度のものだが、キリカにしてみればそんなものを爪に刺されるとあっては恐怖を感じないはずがない。

 彼女の法を見ると再び顔を青くしていた。

「いや……やめて……」

 無意味だと分かっていても彼女は懇願することしかできない。

「もちろん、ただ刺すだけでは面白くない。ゲームだ」

「……ゲーム?」

「そう。十本の針を刺す間にお前が声をあげなかったらお前の勝ち、これ以上の責め苦を与えることはしない。すぐに殺してやろう」

 意外な提案だった。僕は問答無用で責め続けたあとに、惨たらしく殺すものだとばかり思っていたのだから。それはキリカの方も同じだったようで、目の前に神でも現れたのかと思わんばかりに顔を輝かせていた。

 しかし、彼女とは対照的に、僕は顔を曇らせた。

 おそらく腕の部分に針がなかったのは余計な傷で神経をにぶらせないためのものだ。最初からそのつもりだったとしか思えないし、何度もやっていたとなると、彼女はどのみち苦痛を味わうだけで、それでも健気に耐える姿を領主が面白がるだけなのかもしれない。

「だが」

 その一言で彼女の顔は曇った。

「お前がもしも途中で声を上げたら、全ての指を折った上で、責め苦を続けることになる」

 やはりな。この領主がそんな甘いはずがない。期待させるだけさせておいて、きっと惨たらしく殺すのだろう。

「……」

 キリカの表情は再び曇った。期待させられて、すぐさま裏切られるのだから当然だといえるが。

「どうする?私はやらなくてもいいのだぞ?」

 いじらしく領主は彼女に質問をする。

「……やります」

 彼女にそうする以外の選択肢はないとわかっていて、質問をしたのだ。

 彼女にしてみれば、ゲームに参加しようがしまいが殺されるし、参加しなくても負けても責め苦を受けるのだ。ひょっとしたらゲームに勝ったとしても責め苦を受けなければならない。

 もしそうだとしても、彼女はわずかな可能性に希望の全てを託すしかないのだ。

「そうか……。よろしい」

 そう言うと十本の針をもって、領主は立ち上がり、キリカの目の前にたった。

 一本の針を手に取り、キリカの右手の小指の爪と皮膚の間に針先を当てる。

 ひっ、という小さな悲鳴を上げるもキリカはすぐに飲み込んだ。

 領主が手に力を込め、針の先が爪の半分ほどまで進んだところで手を離した。

「ふむ。一本目は耐えたか。では、次」

 そう言って二本目の針を手にとった。

 次の針もキリカは耐えた。

 三本目、四本目、そうしてついに右手すべての爪に針が刺されてもキリカは耐え抜いた。

「なかなかやるではないか」

 領主の言葉に、全身と右手の爪に針を刺されているとは思えないほど希望に満ちた表情をキリカが見せた。

 希望は人間を強くするようで、結局九本の針をキリカの爪が飲み込んでも彼女は声を上げなかった。

「ふ、む。これで最後か。次を耐えれば終わりにしてやろう」

 領主は不満げな表情をするどころか、広角を上げていた。

 しかし、僕はその表情が、笑顔、というよりは最初に見せた領主のいやらしい笑顔にしか見えなかった。

 領主は最後の針を掴むと、キリカの左手の親指へと針を刺した。

 針が半分ほどまで進んだが、キリカは声を上げず、脂汗を流しているキリカの表情が一気に明るくなった。

 その表情を領主も見て、ニヤリと、今回は僕の勘違いや思い込みではなく、確実にいやらしい笑顔を浮かべた。

 その表情にキリカはもちろん、僕も背筋が凍るのを感じた。

「アアアアアアアアアアアアッ!!」

 突然キリカが大声を上げた。

 キリカの気持ちの糸が緩んだところですかさず、今までの九本とは違う深さまで押し込んだのだ。

 爪の深さを超えるほどにまで針を押し込まれ、緊張の糸が切れているところに予想外の苦痛を浴びせられ、思わず声を上げてしまったのだろう。

「残念だが、お前の負けだ。まずは右の指から折らせてもらおう」

「そ、そんな。どうかご慈悲をっ!」

「ゲームに負けたのはお前だ。ルールは守らないとな」

「……ううう。そんな……」

 彼女の罪状が罪状であるとは言え、流石に彼女のことを哀れに思ってしまった。彼女に対し、慈悲でも与えないのかと領主に視線を送ったが、彼女がすすり泣く姿を領主はいやらしい笑顔で眺めながらワインを傾けていた。

「続きは二時間後だ。錬金術師様、我々は昼ご飯でもために行きませんかな?」

「……ええ、そうしましょう」

 すすり泣くキリカを尻目に領主は部屋を出て行った。

 それに続くようにメイドと二人の大男も部屋を出ていき、僕とすすり泣くキリカのみが残されることになった。

「……あ、あの……助けて、いただくことは、できない……でしょうか」

 領主たちがいなくなったことで少しは可能性が見えてきたと思ったのか、僕に話しかけてきた。 

「悪いが僕にそこまでの権限はないよ」

「そう……ですよね……」

 目に見えて彼女は落ち込んでいた。

 領主に期待を裏切られた時よりも、ここへ連れてきた時よりも。

 彼女はそれほど強い期待を僕に寄せていたのか。……まあ、それも当然だ。領主や領主の側近たちに懇願したところで意味がない事などわかりきってはいるが、もしかしたら僕ならば、という気持ちがあったのだろう。

 それも数時間後には、さらに辛い責め苦を味合わされているとわかっているのだ、僅かな希望にでもすがるだろう。それが僕のような部外者であればなおさらだ。領主に懇願するよりは明らかに可能性が大きい。

 僕も彼女のことを哀れに思ってしまった以上何もしてやらないというのは心が痛む。

 単なるサンプルとして死体を貰うつもりで、彼女の死体に興味があったとは言え、情が移ってしまったゆえに流石になにもしないでいると寝覚めが悪いだろう。

 まあ、そうは言っても拷問の中止は提案することはできない。

 ……となると、彼女のためにできることはそんなに多くないな。

「君は拷問を受けたくないのか?それとも死にたくないのか?答えによっては助けられなくはない」

 拷問を止めることははさっき言ったようにできないが、死なないということについては可能性がゼロじゃない。……生きながらえることはできても、実験がうまくいけば、という話になるし、最悪、拷問よりも辛い苦痛を味わう可能性だってある。

 なにより、死にたくても死ねなくなってしまうことだってあるのだから、同意なしに責め苦を与えることは、奴隷相手でもなければそうそうできない。

 何より、彼女が拷問の辛さに死んでしまいたいと思っているのに死ねない体にしてしまっては領主を喜ばせるだけだ。

「……死にたく……ないです」

 彼女はしばらく考えたあと、答えを出した。

 痛みに耐えてでも彼女は生きることを選んだのだ。いや、領主の拷問趣味を理解しているから拷問にさえ耐えれば命だけはなんとか助けてもらえると考えたのだろうか。

 いずれにしても、一つ目の質問の答えとしては悪くない。

「それはどんな苦痛にでも耐え手でも……か?」

 彼女は先ほどまでの苦痛を思い出しているのか、黙り込んでしまった。

 もちろん彼女は、このあとこれ以上の苦痛を味合うことになることを理解している。

 そのうえで、どんな苦痛にも耐えると決意するのは容易なことじゃない。

「死んで楽になれることだってある。君は神を信じているのだろう?天国に行けるならそれだっていいじゃないか」

 大声では言えないが、僕は神を信じていない。本当にいたとしたら、現世は苦痛に満ち溢れすぎている。

 目の前の彼女にしてもそうだが、神は不平等にも程がある。

「いえ……生きたいです。そのためだったら何にでも耐えられます」

「いいのか?苦痛が長引くだけかもしれないし、死を恐れるというのは神を信じない、異端になると言っているようなものだ。生きながらえても魔女として殺されるかもしれないが……?」

 彼女から見れば、僕も教徒に見えるし、教徒の前で、神を信じないと言えば異端として殺される可能性がある。それでも彼女は生きながらえたいのだろうか。それが疑問だった。

 神でもなんでもいいが、心の支えがなくなってしまえば、彼女は耐えられないかもしれない。

「構いません。神は私を救ってはくれませんから」

 随分と簡単に神を裏切ってしまうのだな。

「そうか……では、命だけは助けよう」

「本当ですか!?」

「ああ」

 そうは言っても、彼女がうまく不死の血液に順応できれば、の話だが。

「……あの……なにもしないのですか?」

「何か問題でも?」

 まあ、確かになんの行動も起こさずに命を助けるといっても実感はわかないか。

「いえ、奉仕を求められるのかと……」

 ああ、そういうことか。何の見返りもなしに命を救ってくれるっていうのが信じられないということだったのか。

 彼女からすれば何の見返りもないように思えるかもしれないが、僕からすれば生きた実験台が手に入るのだから十分すぎる見返りだ。

「いや、気にするな」

「ありがとう……ございます」

 涙を流して感謝の言葉を述べられると、騙しているような気がして気が引ける。

 実際騙しているか。苦痛を伴う実験の実験台にしようというのだから。

 やっていることといえば領主と変わらないな。

 フッと自嘲気味な笑い声が漏れてしまった。

 まあ、問題ないだろう。命を救うことには変わりないし、どうしても死にたいと願うのであれば、血液を与えなければそのうち体が腐って死んでしまうのだから。

 そんなことを考えながら、恐怖に対するすすり泣きなのか、僕への感謝の涙なのかわからない涙を流しながら上げる声を背中に受けながら僕はドス黒い血の染み込んだ拷問部屋の扉に手をかけたところで、発狂しないようにな、とだけ彼女に聞こえるか聞こえないくらいの大きさで言葉を発し、その部屋をあとにした。

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