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とある錬金術師の手記  作者: とある錬金術師
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プロローグ

 初日の出を旅路で眺めながら、僕はとある街へと向かっていた。

その街のある地方は一年を通して気温が低く、僕が住んでいる街では海に入れるほど暖かくなっている時期でも雪がちらつくことがあるほどであるこの地方の冬は他の冷たさのレベルが違い、冷たさが刃の形をして空から降ってきているのではないかと思うほどの寒さだ。

 よりによってなんでそんな時期にこの街を訪れなければならなかったというと、ひょんなことからこの街の領主に気に入られてしまい、領主の妻の誕生会に招待されてしまったからだ。

 もちろん断りたいのだが、僕のような身分の人間が不自由なく生活するためには大口のスポンサーが必要で、スポンサーのひとりである領主の機嫌を損ねるわけにはいかない。

 小口の融資しかしてくれないケチな領主なんてほとんどいないし、湯水のごとく融資してくれる人がほとんどなのだが、今から訪れようとしている街の領主はその中でも桁がひとつやふたつ違う額の融資をしてくれる。

 その領主の機嫌をとって融資額が増えればラッキーだし、増えないにしても、今年分くらいは気前よく融資してくれるくらいには領主の機嫌を取れるのであれば、雪まみれの地方に訪れるのも安いものだ。

 しかもここの領主は僕の研究に興味を示してくれて、お金以外の援助も湯水のごとくしてくれる。だから期限を損ねるわけにはいかないし、新鮮な素材を貰いに来たと思えば、それだけで十分だ。

「ご主人様、そろそろ到着しますよ」

 僕の対面に座るメイドが声をかけてきた。

 僕は進行方向に対して背中を向ける形で座っているので、どの程度近づいているのかは見えないし、特に気にすることでもなかったので気にしていなかったが、どうやらつくらしい。

 これほど早く着く予定はなかったのだが、嬉しい誤算だ。

 彼女の言葉通り、目的の街へとついたようで、馬車が止まった。おそらくは門番に止められているのだろう。

 ようもないのに、雪のせいで足元がおぼつかないこの街にわざわざくるもの好きはいない。しかも今は新年で忙しい時期だ。

 そんな時期に来るのは招待客しかほぼいないわけだが、領主ともなれば少なからず恨みを買うわけで、暗殺を狙う人間も訪れるのだ。

 そういった人間は外部から商業以外の目的で多く訪れる時期、この街で言えば、今ぐらいの時期が一番多くなるらしい。

「奥様の誕生パーティーの正体を受けた方でしょうか?それとも承認の方でしょうか?商人の方でしたら、現在は立ち入りを禁止しております」

 この街の領主は心配症なのか、それとも恨みを買った数が多いのか、いずれにしても招待状をもった客以外を入れないというのは少し異常だ。

「前者です」

「では招待状を拝見いたします」

「どうぞ」

 メイドが門番に対応してくれているのだが、こうした時に僕はどういった顔をして待っているべきなのだろうか。

 どっしりとしていればいいのか、それとも、彼女を静止して僕がやるべきなのか。

 彼女が僕にとって最初のメイドであり、今までこういったときの対応は自分でやってきていたので、イマイチわからない。

「確認致しました、シド様ですね。お通りください」

 結局、門番とのやり取りが終わるまでに結論は出なかった。

「ご主人様……もう少し落ち着いていらしたほうが立派ですよ」

どうやら彼女の目には同様が見て取れたらしい。

「そんなにオロオロしてたかな?」

「ええ、それはもう、私まで恥ずかしくなってしまうほどです」

「厳しいな」

「立派な主人になっていただくのも私の仕事ですから」

「君は真面目だな」

「当然です、ご主人様に救っていただいたこの身。ご主人様のために尽くすのが私の使命です」

「……そうかい」

 メイドにするなら、他の人物にするべきだったかな、と後悔してしまうほどに真面目な人物だ。

 まあ、そうは言っても僕に対する忠誠心というかなんというか、そういったものが彼女より強いどころか、匹敵する人間すらいなかったのだから仕方が無かったし、真面目だというのは問題点ではない。

 ただ、ちょっと息苦しいな、って思うだけで。

「あれが、この街の領主様の屋敷ですか……うちに比べると随分と大きいですね」

「うちに比べると、は余計だ。わかってても悲しくなる」

 まあ、特に街を収めているわけでもない僕の屋敷が大きくないのは当然だし、大きくても使わなくてもいいのだが、他人に言われるとなんだか悲しいものだ。

「私は好きですよ。掃除が楽ですし」

「フォローになってないぞ」

 くだらない会話をしているうちに到着したようで、再び馬車が止まった。

「近くで見るとなおさら大きく見えますね」

 メイドが馬車の窓に釘付けになっている間に、僕は自分の支度を済ます。

「外で見ればいいだろ、早く降りるぞ」

 真面目な彼女にしたり顔で主人ぽいことを言ってみた。

 なんか慣れないな。

「大丈夫です、私はすでに準備できています」

「そうかい」

 うまくいかなかった。

 メイドなら主人の顔を立ててくれてもいいじゃないか。

 文句を言おうと思っていたらドアを開けられ、外の空気が一気に中に入ってきた。

「うわっ、思ってたよりも寒いですね」

「この街はいつもこんなもんだよ」

「こんな街に何度も来てるんですか?物好きですね」

「こんな街とか言うなよ、僕の一番のスポンサーの領主の収める街だぞ」

「それはそうですけど……」

 メイドがキョロキョロと辺りを見回す。

「どうかしたか?」

「いえ……この街のどこにそんなお金があるのかなって。一年中こんな感じじゃ、作物も豊かじゃないでしょうし」

「この街は鉱山がたくさんあるんだよ。だからこの街の領主の懐は潤ってるってわけ」

「ご主人様の商売上がったりですね」

「いいんだよ、別に。僕の研究のメインとは関係ないんだから。商売はあくまで金のためだ」

「それにしたって、この街は鉱山があるならどうしてわざわざ作り物の金を買ってくれるんですか?」

「この街の領主の買い物は金じゃないんだよ。僕の研究に関連することなんだが……まあそのうちいやでもわかるさ」

 僕の言葉に、少しだけ怪訝そうな顔をしながらも彼女は何も言わなかった。

 この時代の娯楽と、僕の研究。あとは彼女自身の経験から悟ったのだろう。

「そろそろ中に入るとするか?寒いし」

「……はっ、はい」

 意識がどこかへ行っていたのか、僕の言葉に対する反応が遅れた。

 まあ、辛い記憶はそう簡単に言えるものじゃないから彼女の反応も頷ける。

「ああ……そうだ。君は一週間ほど自由にしてくれて構わない。帰るときには連絡するよ」

 馬車の運転手に対して言葉をかけた。

 こんな寒い中よく平気でいられるものだ。

 僕なんてコート着てるのに寒いっていうのに。

「かしこまりました」

 そういうと、寒さに強い男は馬車を操り街中へと入っていった。

 それを横目で見つつ、僕は屋敷の方へと歩みを進めた。

 人が出入りするには大きすぎるドアについた呼び鈴を鳴らすと、間髪を入れずにドアが開いた。

「いらっしゃいませ、シド様ですね。お待ちしておりました」

 えらく上品なメイドが僕に深々と礼をしながら迎え入れてくれた。

「領主様が大層お待ちでしたよ」

 首を上げると同時に嫌なことを言ってきた。

「そいつは感激だ。案内を頼んでいいかな」

 嫌なこととは言え、嫌な顔をするわけには行かない。

「では、ご案内いたします。コートや荷物などはあちらのメイドにおあずけください、先に部屋まで運んでおきます」

「ありがとう」

 できれば荷物と一緒に部屋に行きたかったが、残念だ。

「君はどうする?先に部屋に行っていたほうがいいと思うけれど」

「……いえ、ご主人様の大切な後援者の方です。挨拶をしないわけにはなりません」

「そうか」

 微妙な間から察するに、本当は来たくないんだろうな。それでも来るというのだからその根性には恐れ入る。

「よろしいですか?ではこちらへ」

 僕たちのやり取りの間、何一つ口を挟まず待っていたメイドがタイミングよく、僕に訪ねてくる。

「ああ、頼むよ」

 僕は一介の貴族として、それっぽく返事をしてみるも、自分自身で違和感を覚えてしまう。

 当然指摘されるか、そのような視線を隣から浴びせられると思っていたが、それがなかった。

 気になる方向へ視線をやると、焦点の浮ついた視線で、何を見るわけでもない光の消えた瞳をした見慣れたメイドの姿があった。

「そんなに辛いなら来なくてもいいんだぞ」

 この屋敷のメイドに聞こえない程度に小さな声で話しかける。

「いえ……大丈夫ですから、私のことはお気になさらないでください」

「わかった、でも辛くなったらすぐに言えよ」

「……はい」

弱々しく返事をした彼女だったが、瞳に光が戻ったようで一安心は出来た。

 彼女が僅かに元気を取り戻して直後、この屋敷のメイドが足を止めた。

「こちらで領主様がお待ちです」

 そう言うと人間が通るにしてはこれまた無駄に大きな扉が開かれた。

 扉をくぐると、見覚えのある領主とその横に見覚えのないひとりのメイドの姿が目に飛び込んできた。

「これはこれは錬金術師様、お久しぶりですなぁ。遠いところわざわざ……。さあさ、座ってください」

 領主は机をはさんで反対側にある椅子を手のひらで指しながら座ることを進めてきた。

 そこに座れということなのだろう。

「失礼します」

 一応一言挨拶をしてから座る。

「おや、メイドを雇われたのですか?」

 今まで目に入っていなかったのか、やっと僕のメイドに気づいたようだった。

「いえ、奴隷市場にいたものを買いました」

「ほう、あなたほどの錬金術師であれば、それなりの収入があるはず、わざわざ奴隷を買わなくてもメイドくらい雇えるのではないですかな?」

「ええ、まあ雇えるのですが、もともと人体実験のために必要で買いに行ったのですが、実験がうまくいったので、彼女は死ななかったんですよ。ですからメイドとして使っているわけです」

 実際のところは人体実験というほどのことではない。僕が不死であり、血液に不死を与える効果があるとわかった時に、人間にも効くのかを試すために必要だっただけで、最悪死ぬかもしれないから奴隷を買ったというだけだったのだ。

 だから実験が終われば適当に解放するつもりだったのだが、彼女がろくに英語も話せず、行くところもないから、というわけで雇うことになったというわけだ。

「ほお、運がいいお嬢さんだ、名前くらい聞いておこうか」

「幕ノ内桜子です」

「……聞きなれない名前だな、どこの国だ?」

 流石に領主も初耳のようだ。僕も聞いたことのない発音だし、見聞の多い領主でも知らないというのだから、本当に遠い国なのだろう。

「日本、という国です」

「ほお、そうか。……ところで錬金術師様、どうですかな、最近研究の方は?」

 どうやら大した興味はなかったらしい。

 やはり、僕を呼びつけた理由であり、それにしか興味がないのだろう。

 もっとも、僕のスポンサーになっている人間はみな興味があるだろうけど、それでもこの領主はやはり、レベルが違う。

 僕には理解しがたい話だが、ここのような割と大きな地方を治める領主ともなると欲しいものなどほとんど手に入ってしまうらしい。そうなってくると最後に欲しいモノが永遠の命となるのだとか。

 不老不死。太古の昔からの人類の永遠の夢であるそれは、数多の支配者の命を奪ってきた単なる毒の刃だが、それが知られた現在でも未だ欲する人間は多い。

 おかげで僕は研究資金についての苦労はほとんどない。

 僕の研究のメインである不老不死は最近一気に完成へと近づいた。

 現状を言えば、ほぼ完全に不死については完成している。しかし、まだ不老という部分については研究の必要がある。

 不死だけで、不老というものがなければ、永遠に年を取るのに死ねないという耐え難い苦痛を永遠に味わうことになってしまうのだ。

 そういった面を考えると、不死よりも不老の方が完成してくれたほうが良かった。

「大方完成したといってもいいところまでは来ています、しかし、完成した、と胸を張って言えないのが現状です」

「不死については完成したと聞いたが……?」

「ええ、確かに不死についての研究は終わりました。しかし――「では、私には完成したと言ってくれてもいいではないか」

 食い気味に領主は口を開いた。

 年寄り、というわけではないが、それほど若くもない領主は不老の大切さを分かっていないのだろうか。

「忘れたのかね、私は永遠に生きていたいとは思っていない。ただ、おもちゃが壊れにくくなればそれでいいのだよ」

 ……はぁ、忘れていた。ここの領主は異常だったんだ。

「失礼いたしました」

「まあいい、それで、薬は持ってきてくれているのか?」

「薬……ではないですが、持ってきているといえば持ってきています」

「では、見せてくれないか?」

「分かりました」

 領主の問に対して、快諾した僕は、ポケットからナイフを取り出した。

「それが、不死の薬なのか?」

「いえ、これは薬を出す道具に過ぎません」

 口を動かしながら、左手でナイフを握りこんだ。皮膚にナイフが触れる嫌な感触を感じると、すぐに温かい液体が溢れてきた。

「突然何をしている!血が出ているではないか!」

 領主が取り乱した。

 当然だな、いきなり目の前で血を流しているんだから。

 まあ、領主の反応が普通だったために、僕と領主、両方のメイドの反応が薄いのが気になった。

 僕のメイドの方は見慣れているからいいとしても、領主のメイドの表情が全く動かないのには違和感を覚えざるを得ない。

 しかし、今は領主の相手で忙しい、一介のメイドのことなんて考えていないほうがいいだろう。

 このパフォーマンスが明日の飯につながるのだ。

「安心してください、これが、薬です」

「これ、というのは君の血液か?」

「ええ、いくつも実験を試しているうちに僕自身が不死の体を得てしまったわけです。残念なことに、どの薬で不死を得たのかがわからなかったのですが、どうやら僕の血液には不死の力を与える力があったのです」

「ほう……それで、血液をどうすればいいのだ?」

「一口飲めばしばらくの間は不死の体が手に入り、傷口に垂らせばすぐに傷が癒えます。効果が認められた実験はこの二つです」

「十分だ、早速試させてもらおう」

「分かりました」

 返事をしてから、再びナイフを握った。

 不死の体であると、すぐに傷が治ってしまうため、傷口から血液を取り出さなければならないものである以上手間がかかる。

「待ちたまえ、言ったろう。私は不死には興味がないと」

「はぁ……ではどのように?」

 疑問だった。いくらこの領主が異常とはいえ、今の話を聞いて、試したくならないはずがないと思ったのだが……。

「そうだな……少し早いが、始めるとしましょう。座ってもらったばかりで申し訳ないですが、地下へ移動してもよろしいですかな?」

「ええ、もちろん構いません」

 地下、という言葉に桜子がビクッと反応したのが分かった。

 大抵の領主や奴隷商人、最近だと教会なんかも地下の施設があったらそれがどういう施設なのかは決まっている。

 桜子はその単語で嫌な記憶を思い出してしまったのだろう。

 領主が立ち上がり、領主が部屋を出て行ったあとで、僕は桜子の震える肩に手を置き、部屋に戻っているように、と伝え、領主の後に続いた。

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