合宿6
時折「きゃー!」とか「うわー!」とかいう恐ろしい叫び声が聞こえつつも、順調に順番が回っていった。
……う…
…つ、次は俺たちが出発する番だ。
ジェットコースターとか平気だが、幽霊、ゾンビなどのホラー系は実は苦手だったりする。
あれ?なんで俺ミッチー先輩の案にいいね!とかしてたんだろう。バカじゃないの?
つい合宿のテンションに呑まれていたのと、先輩から、こ、告白を受けて精神状態がおかしくなっていたのだろう。
しかし、いち男子(心は)として女性の前でビビっている姿を見せるわけにはいかない。
俺は青山の前に立ち、拳を握りしめて順番が来るのを待っていた。
「じゃあ、4番の組み、スタートしてください」
バスケ部員の案内が聞こえた。
ついに回ってきてしまった。
「い、行こうか、青山!」
「……」
む?返事がないな?振り向いて様子を伺うとぼーっと遠くを見ている。
「…?青山?」
「あ、ごめん。いこう。」
そう言って青山は俺の手を取り、先陣を切って歩き出した。
お、おお?
あれ?おかしいな?俺がリードするはずだったのに。…ま、まぁいっか。
俺たち二人は暗がりを進んでいく。
あたりは暗く、手に持った懐中電灯だけが頼りだ。
だが、青山は俺の手を握ったまま、一言も喋らずにぐんぐん先を進んでいく。
怖くないのだろうか?それにこんなに暗いのに懐中電灯一つで、昼間のように歩けるのだろうか。
俺は手を繋がれたまま、黙って青山についていった。
どのくらい歩いただろうか、目の前の青山が唐突に立ち止まる。
その動きについていけず、俺はバランスを崩してしまう。
「わっ」
と、ととと、転ばないように体勢を立て直そうと青山に縋り付いてしまった。
うっかりお尻を撫でてしまった。柔らかい…。
って、ごめんなさい!
どうやら目的地の神社についたみたいだ。
青山はゆっくりとこちらを振り返った。
だが何も喋らない。
お怒りなのだろうか。故意ではないにしろ年頃の乙女の臀部を撫でてしまったのであれば、断罪されてもしかたないのかもしれない。
「…えっと、ごめんなさい、お、怒ってる?」
「…あなたは、なぜ自分が女の子になってしまったのか、わかる?」
え?
唐突に何を言うのだろう。
俺が女になったわけなんて、わかるわけがない。一番知りたいのは俺自身だ。
「…くすくすくす。知ってるの、私、あなたが女の子になってしまった理由を」
「…え?」
なぜそんなことを青山が知っている?
「知りたい?本当に知りたいの?知ったらあなたはきっと後悔するわ」
そう言って妖艶に笑った。
聞いてはいけない。なぜか分からないが俺の直感がそう警鐘を鳴らしている。
何も聞かずにさっさと札を置いて戻れ。そうすれば今まで通りの学園生活が待っているはずだ。
……だがそれは、俺が女のままの学園生活だ。
俺は、男に戻りたい。
「…知っていることがあるなら、教えて欲しい」
「ええ、いいでしょう。ぜぇ〜んぶ、教えてあげます」
心底楽しそうにクルクルと俺の周りを回り出した。
そうして俺の正面に来ると、ニコリと目を合わせ口を開いた。
「あなたを女の子にしたのは、"私たち"です!なぜって、それは楽しいから!あなたが女の子になって、人生をめちゃくちゃにされる様を見ていたかったから!!可愛い可愛い神崎昂くん!まるで女の子みたいだった昂くん!そんなあなたが本物の女の子になってしまって、動揺する姿は実に楽しかったわ!なのに自分は男だと自我を保とうとする姿は実に滑稽だったわ!高山にレイプされかけている姿はとても妖艶だったわ!石山に誘拐されたと知った時は心の底から大笑いしたわ!」
……なにを……なにを言ってるんだ……
「…私はね、私たちはね、心の底から、あなたのことが、だぁいっきらいなの♪」
嘘だ、そんな、そんなわけない、大体、普通の人間に勝手に性別を変えるなんて真似ができるわけがない。
「普通の人間には、ね。でも私たちのグループには一人違う人間がいる。大鳥居誠。彼の占いを見たことがあったでしょう?100%を引き当てる占いなんて存在すると思う?」
……いや、確かに、あいつはおかしなくらい占いが当たったが、だからといってそれとこれは別問題だ。
…そのハズだ。
「信じられない?私の言葉ではそうかもしれないわ、でも、ほら、あなたが信じられる人がやってきた」
そう言って青山は俺の後ろにむかって指を指す。
向こうから背の高い男の人が走ってきた。
「…アキツグ…」
「なんだ、なかなか戻ってこないから心配して見に来てみれば、青山と楽しくおしゃべりしてただけかよ。心配して損したぜ」
「……なあ、アキツグ」
「なんだよ?」
聞きたくない。聞くのが怖い。青山の言葉が本当だなんて信じたくない。下手な冗談で俺をからかっているだけだと思いたい。
手のひらが汗ばむ。
頭がクラクラする。
膝が笑う。
喉がカラカラになる。
言葉が出てこない。
「もう、じれったいわねぇ。あのね、アキツグ。私たちがコウを女の子にしたの、バラしちゃった♪」
「……は……?はぁ!!?な、なんでそんなことしたんだよッ!!!!!」
激昂し青山につかみかかるアキツグ。
その行動に彼女の言葉に対する否定は存在していなかった。
「…あっ……いや、これは……」
アキツグは急いで口を塞いだが、溢れた言葉は確かに俺の耳へと届いていた。
俺はそれを肯定の言葉として捉えていた。
あ。
ああ。
あああ。
本当のことだったんだ。
青山の言っていたことは全部本当だったんだ。
俺のことが大嫌いで、みんなでからかっていただけだったんだ。
人間一人の性別を手術もせずに変えるなんて、信じられるわけがないけれど、なぜか俺の体は、彼らの言葉が本当のことを言っていると、理解してしまった。
友達だと思っていた。親友だと思っていた。
そんなものは俺の勘違いだったんだ。
少し見た目が人と違うから、からかっていただけだったんだ。
ただのおもちゃだったんだ。
崩れていく、俺の足元がなくなっていく。
頭の中はごちゃごちゃで、砂嵐のテレビのようで
手足はちぎれて飛んでいきそうで
自分が立っているのか座っているのかもわからなくて
眼を開いているのに何も見えなくて
「ほぉぉぉぉら!魔法が解けるわ!!私たちがかけた魔法が解ける!!この魔法の解除のキーは、仕掛けた本人たちが認めること!」
俺の体が発熱する。
体が内部から溶かされているみたいだ。
「うあああああああああああああああああああ!!!!」
たまらず絶叫をあげ、服が汚れることも気にとめず地面へと倒れこむ。
「コウ!!コウ!!!しっかりしろ!!!」
遠く、意識の外から誰かの声が聞こえた気がした。




