合宿4
コウが何故か合宿の臨時マネをやることになった。
弟のユウがバスケ部にいるんだから、その家族であるコウが臨時マネをやることはおかしくはないんだが……
いつの間に話が進んでたんだ?
コウに聞いたら「ついこの間お風呂でユウから聞いたよ」と言っていた。
お風呂でって、どういうことだ。
ギロリと弟を睨みつけると、ニヤリとしたり顔を返してきやがった。……こいつ……!
さっきもコウのことを膝に乗っけて抱きしめたりと、姉弟としてのスキンシップにしては行き過ぎている気がする。
俺とハルカだったらまずやらねえ。
もしやと思っていたが、ユウはマジでコウに惚れてんのか?女になったとは言え血の繋がった姉弟だぞ?
……確かにコウは可愛い…。認めるのはなんだか憚られるが、すげえ美少女だ。
俺も一度コウに膝の上に乗られたことがあるが、アレはヤバかったな…
何もかも投げ捨てて本能に従ってしまおうとどんなに思ったことか。
ま、その後だらしなく眠りこけてるコウの顔を見たらそんなのはふっとんじまったが。
でもやっぱり、俺はあいつのことが好きだ。
昔も今も、男とか女とか関係なく「あいつ」が好きなんだ。
だが、俺は、俺たちはあいつの為とは言え、とんでもないことをしてしまった。
そんな俺が何も知らない顔してあいつと付き合うなんてことは絶対にできない。
かといって、何もかも打ち明けるわけにはいかない。あの儀式にはそういう制約がかかっているらしい。
ここで話してしまえば今までの苦労も水の泡だ。
なんともままならない事態になったもんだ。
ああ、らしくねえ。もやもやする。
合宿も折り返しを過ぎたある日、うちのキャプテンのミッチー先輩がコウに何か囁いていた。
その後コウは青ざめて「締められる……」なんて呟いてたが、それは多分違うだろう。
ミッチー先輩がコウにぞっこんなのを俺は知っている。
毎日朝練があるうちの部活だが、コウが登校してくる時間になるとミッチー先輩はそわそわしだす。
そして決まってトイレに行く。
正確にはトイレに行くというフリをして、登校してくるコウを眺めている。
そうしてほっこりした顔をして帰って来る。
事情をしらない他の部員は「いいウ○コが出たんだな」とでも思っていることだろう。
ミッチー先輩はもちろんコウのファンクラブ会員だった。
実際に見たわけではないが、先輩の部屋はコウのグッズやポスターだらけらしい。
ちなみに作っているのはファンクラブのメンツだ。
先輩も制作に携わっているらしい。
いつぞや行われた握手会は2週していたそうだ。
ファンクラブメンバーは直接コウに手を出してはいけないという鉄の掟があるから、公的に手を握れるチャンスなんてプレミアチケットにも等しい価値があったことだろう。
そんな先輩がファンクラブを辞めると、言っていたのを聞いた。
ファンクラブに入っているとコウに近づくことができないからだ。
それはつまり、先輩はコウに告白しようとしている。
さっきのコウへの囁きというのは、そういうことなんだろう。
コウはどうするのだろうか。Yesというのだろうか、それとも断るのだろうか。
あいつが女として生きていく以上、そのうち恋人を作ったり、ゆくゆくは男と結婚することもあるだろう。
今はまだ自分が男としての意識が強いかもしれない、でも、身体が変わってしまい、周りから女扱いされていることで「女としての神崎昂」が確実に形成されて行っている。
最初の頃こそぎこちなかったが、今では女子の制服も違和感なく着こなしているし、身だしなみにも気を使っているのがわかる。
階段を登るときはスカートを抑えるようになったし、伸びてきた髪の毛は可愛らしいヘアピンで止めるようになった。
あいつが完全に女になったとき、隣にいるのは果たして誰なのだろうか。
ふぅー、と青い空に向かって空気を吐き出した。
「随分悩んでいるみたいね?」
太陽光を遮るように黒い影が落ちる。
手にはスポーツドリンクの入ったボトルを持っていた。
ボブカットにした黒髪を揺らし差し出してくる。
…うぉっ!?
「なんだ、青山か…」
「なんだとは失礼ねぇ。難しい顔をしているからどうしたのかと思って声をかけたのに」
何に悩んでいるの?と聞いてくる。
だから、それは……
「あのことだよ…」
「あのこと?」
「…コウの、性別の話だ」
俺は周りに誰もいないことを確認してそう呟いた。
コウが男のままであればこんなに悩むことはなかったはずだ。
「性別?」
む、青山にしては随分と察しが悪いな…
性別のことと言えば一つしかない。
俺たちがコウに行ったたった一つの罪。
それしか方法がなかったとは言え、あいつの運命を大きくねじ曲げてしまったのは事実だ。
あの一件以来、俺はずっと自問自答し続けていた。
これが正解だったのか、もっと他に方法があったのではないか、と。
「なんの話よ?」
だというのに目の前の女は俺の悩みなんてつゆ知らずと言った顔で話しかけてくる。
…イライラするな、なんでお前はそんな顔をしていられるのか。
だから思わず言ってしまった。
誰にも言ってはいけない、絶対に漏らしてはいけない最大の秘密を。
「だから、俺たちが、コウを女に変えたことだ…!それさえしなけりゃこんなに悩むことは……!!!」
そう言って、青山の方を見た。
唇の両端を少し弓なりに下のほうへ曲げて笑っていた。
「やっぱりそうだったんですネェ」
いびつな口から聞きなれない声が聞こえた。
……今のは青山の声…なのか?
強烈な違和感を感じる。目の前にいるのが本当に青山なのかわからなくなる。
脳が混乱し、思わず目を逸らしてしまう。
もう一度青山の顔を見たが、いつもの青山だった。
…あれ?なんか一瞬、いつもと違う、何かがあったような?
「あ、ごめんね、他の部員の子にもドリンク配らなきゃ」
そう言って青山はかけていった。




