相談2
いつもの喫茶店へやってきた。
喫茶店「マスカレード」は電車へ乗って、学校のある駅まで行ってから、商店街の奥へと向かった先にある。
少し路地裏に入るのであまり目立たない店だ。
店内は名前の通りマスケラがたくさん飾られていた。マスターの趣味なのだろう。
マスターも店にかけられているようなマスケラをつけて仕事をしている。
・・・邪魔じゃないのだろうか。
なので一度も素顔を拝見したことはない。
マスターの素顔をみるのは、高校を卒業するまでにやっておきたいことの一つなのだ。
達成したら実績が一つ解除されるような気がする。
飾られたマスケラは若干不気味ではあるものの品があり、店自体は落ち着いた雰囲気で、かつ採光にも工夫がされていて思ったよりも明るい。
意外と健全空間である。
スマホで時間を確認すると10時50分になったところだ。
店内に入ると、いつもの席に俺を除いた5人がすでに着席していた。
みんな早いな。だいたいアキツグあたりが少し遅れてくるのに。
俺は少し緊張して席に近づく。
みんな俺に気づいてくれるだろうか。
俺の言うことを信じてくれるだろうか。
俺のことをどう思うだろうか。
不安はあるが、今更引くわけにはいかない。
思い切って近づいて、声をかける。
「や、やぁ。みんな早いな。」
5人全員がこっちを見る。
なんだろう、若干みんな緊張しているような気がする。
奇妙な沈黙が漂う。
・・・やばい、こいつ誰?って思われているのだろうか。
どどど、どうしよう、、
「そんなところに立ってないで、座ったら?コウちゃん」
そう思っていたら香織姉が隣の席に座らせてくれた。
よかった。ちゃんと俺だって認識してくれてるみたいだ。
これならまだ話しやすい。
みんな思い出したように挨拶を返してくる。
「あ、挨拶してなかったね、こんにちは、コウ!」
「俺より遅く来るとはいい度胸じゃねーか」
「やぁコウ。昨日は疲れてたみたいだけど大丈夫だったか?」
「コウくん、今日も相変わらず可愛いねぇ(すはすは)」
最初の空気はなんだったのだろうか。今ではすっかりいつも通りだ。
とりあえず喫茶店で何も注文しないのは失礼なので何か頼もう。
ちょっと早いけどお昼ご飯にしちゃおうかな。と思ったが、ちょっとまだご飯が喉を通る気がしない。
いろいろ聞かなくてはならないことがあるのだ。。
「みんな何か頼んだ?」
そう聞いたが、飲み物くらいしか頼んでないみたい。
じゃあ俺もジンジャーエールにでもしとこ。
マスケラをつけた店員さんに注文をし、しばらくしてみんなに飲み物が行き渡ったのを確認して
雑談を制してさっそく切り出すことにする。
「あのさ、ちょっとみんなに聞きたいことがあるんだけど」
みんなの視線が一斉に集まる。
うう。。なんか喋り難いぞ。。
俺は一呼吸置いて、切り出した。
昨日の夕方からの記憶がないこと、そして、今朝確認したら体が女になっていたこと。
5人の反応は区々だったが俺の言うことを疑っている様子はない。
「みんな、信じられるのか?俺が女になったってこと。。」
周りの顔色を伺う。
「隣に座った時から、なんとなく気づいていたけど、その、胸とか、すごいよね。。」
俺は今香織姉と青山の間に座っている。美少女二人の間というのも緊張するのだけど
促されて座ったらこうなってしまったのだ。
ていうか胸かい。
他にすべき反応はなかったのかい青山さん。
「確かに見た目は女の子になっているみたいだけど、私はコウちゃんなのはすぐわかったわ。」
「ぼ、僕だってそうだ!・・たしかにコウが女の子になったというのは驚きだが、キミが他の別人のようには思えない。キミは僕たちが良く知っている神崎 昂だ。」
「そうとも。話し方から立ち振る舞い、それに匂いまで一緒なのだから、キミはコウくんだよ」
「そうだよ。どんな姿になったって、コウはコウだよ!」
お、お前たち、、なんていい奴らなだろう。
不覚にもウルっときてしまった。
鼻の奥がツンとする。
だが、ただ一人じっと俺の方をみて口をつぐんでいる人物がいる。
アキツグだ。
何かを思案しているように眉を寄せている。
「アキツグは、、俺のこと、どう思ってるんだ?」
俺の言ったことをどう思っているんだろう。何をバカなと嗤っているのだろうか。
この中では一番付き合いの長いアキツグに信じて貰えないとしたら、すごく辛い。
視線を落とし、気持ちを誤魔化すように俺はジンジャーエールを口に含んだ。
「え、好きだけど」
ジンジャーエールを吹いた。
ちょっとまて、なんでそういう答えが返ってくるんだ!?
どう思うってそういうことじゃないでしょう!!?
「あ、いやちがう!間違い!なんでもない!!」
アキツグは顔を真っ赤にして両手を突き出しわたわたしている。
「お、俺が言いたかったのはお前の言うことは信じているし、女になったからといって付き合い方を変えたりしねーぞっていう、そういうことだ!」
なんだ、アキツグもちゃんと信じてくれてたのか。よかったぁ・・・。
肩の力がようやく抜けていく。
しかし、依然として問題は残っている。
そう、俺がなんで女になったのかだ。
何か知っていることはないかと5人に伺ってみたが、これといった情報は得られなかった。
頼みの綱のマコトの占いもこればっかりはわからないそうだ。
まさかマコトにも分からないなんて。。
ショックで倒れそうになる。
支えてくれたのは隣に座っていた香織姉だ。
「大丈夫よ、コウちゃん、私たちがあなたのことをちゃんとサポートするし、原因も一緒に探してあげるわ」
香織姉・・・
ありがとう香織姉。今はあなたの言葉だけが頼りです。
思わず手をとって見つめ合ってしまう俺と香織姉。
なんだか桃色の空間が広がっていき、徐々に香織姉の顔が近づいてくる。
俺は顔を紅くし、なんとなく無意識に目をとじて、、、
「ちょちょちょ、ちょっとまってぇーー!?」
青山の制止が入った。
「なんで二人でいい雰囲気になってるの!?そういう感じの話じゃなかったよね!!?」
青山が上気した顔でわたわたしている。
そうだった、そんな展開になっている場合ではなかった。
あぶないあぶない。うっかり香織姉と、その、ちゅーを、してしまうところだった。
隣では香織姉が可愛く「ちぇっ」なんて言っている。
・・・あの、香織姉本気ですか?・・お、俺はその、香織姉だったらその、、
思い出してドキドキしている俺に向かってアキラが提案を投げる。
「その、コウはすごく困っていると思うが、すぐに原因が判明するとも限らない。なのでしばらくは女性として過ごすことを考えておいた方がいいと思う。」
な、そんな!俺は今すぐに元に戻りたいのに!
・・・だがアキラの言うことももっともだ。。原因を探すにしてもどのくらいかかるか分からない。
今日の話で手がかりが一つも出てこなかったのだから、地道に探すしかないだろう。
不本意ながらもアキラの提案に頷く。
「そうと決まったら、まずは服の調達ね!」
・・・何を言い出すのかね青山さん。
服なら持っているから別にいいだろう。
「何言ってるの。それって男物でしょ?女物なんて一着もないでしょうが。・・・あれ?もしかしてあるの?」
いや、ないけど。
「あのね、コウ、言いたくはないけれど、あなたに起きている現象が一週間やそこらで解消されるかどうかは分からないの。春休みを明けてもそのままかもしれないのよ?学校はどうするの?男子の制服で女子トイレに行くの?今のうちから女としての生活に慣れておかないとダメよ!」
ぐ。一理ある。俺は確かに女性としての作法などさっぱりわからない。
このまま行動していてはどこかで周りに迷惑をかけることになるだろう。
ここはおとなしく青山の言うことに従おう。
青山も俺のためを思って言ってくれてるんだしな。
・・・だよな?俺に「女の服を着せたくてしょうがない」っていうような目をしているように見えるけど、そんなんじゃないよな?
「決まりね。じゃあ、今日はコウちゃんの服を買いに行きましょう!」
香織姉が手を叩くと
満場一致で可決されたのであった。