プール - 後半 -
プール回!後半っ!
「お待たせしました。富岡くん」
「い、いえ!全然待ってませんよ!」
入り口でやや前かがみでこちらの様子を伺っていた富岡に話しかける。
なぜか周りの男たちから睨まれているようだけど、何かしたのだろうか。
訝しんでいると
「大丈夫です。今日は僕がナイトですから」
などというよくわからないことを言われた。暑さでやられたのだろうか。
それにしても、今回は女ばかりでちょっと富岡には気の毒かもな。
俺が富岡の立場だったらあわあわしてて遊んだ気にならないだろう。
うっかりぼっちにならないように気を配ってやろう。
プールの入り口付近にある案内図を見る。
ここのプールは屋内と屋外の2ブロックに分かれている。
それぞれが東京ドーム分くらいあるそうでかなり広い。そのおかげか、混んではいるけれど芋洗になるほどではない。
「どこから回ろうかしら?」
「ん〜、やっぱりおすすめは、あれね」
そう言って青山が指をさした先には人工の大きな岩山が。
その名も「ジャイアントロックスライダー」という。岩山のてっぺんから5人乗りゴムボートで急降下してくる絶叫系スライダーだ。
ふふふ。青山わかってるじゃないか。
「いいですね。あそこに行きましょう!」
「……え?あんなところから滑り降りるデスか…?」
若干青ざめた黒居が信じられないものを見る顔でこちらを向く。
「ビビってるんですか?」
ニヤリと挑発的な笑みを浮かべてやると
「び、ビビるワケないじゃないデスか!雪次っ、行きますヨ!」
「えっ!?、いや、ああいう絶叫系はちょっとっていうか……あ、ああ、あのおぉ〜〜〜〜」
富岡の手を掴んでずんずんと岩山の方へ向かっていってしまった。
よしよし。たっぷり絶叫してもらおうじゃないか。
行列に並ぶこと30分。俺たちの番がやってきた。
待っている間最初はふんすふんすしていた黒居も順番が近づくにつれだんだんと顔が青くなってきた。
ついでに言うと富岡は青を通り越して土気色だ。死相が出ている。
「はい、それじゃしっかりつかまっててくださいね」
「は、ハイィィ!」
「あひぃぃぃ!!」
大きなゴムのボートに座らされた富岡と黒居の挙動がおかしい。
そういう俺もちょっとドキドキしてきた。
うわーー、高いなーここ……
「いい眺めねぇ」
「香織姉は余裕そうね」
「私昔っから好きなのよね絶叫系」
そういえば子どもの頃香織姉と遊園地に行ったことがあるが、ずっとジェットコースターをループしてた気がする。
それに付き合ってたからか、俺も絶叫系は平気になっていた。
「では出発します、3、2、1……いってらっしゃ〜い!」
爽やかなお兄さんの掛け声に送られてゴムボートが滑り出した。
最初はカラフルなトンネルの中を緩やかに左右へと振られていたが、トンネルが終わり視界が開けた。
「…ぴっ……」
その先に待っていたのは、斜度45度はあろうかという急な下り坂。
感覚的にはもはや直角にすら感じる。
ふわりと体に浮遊感を感じた直後、重力によって急激に下に引っ張られる。
「「きゃああああああああああ!?」」
うわ、これ思ってた以上にヤバい!早い!怖いっ!?
しっかりつかまってないと吹っ飛ばされそうだ!
水しぶきを上げながらゴムボートは左右に振られながら急降下していく。
そして勢いそのまま、ゴール地点のプールに激しく着水した。
ばしゃああああああああ
うはー、楽しかったー。
頭から水をかぶってみんなずぶ濡れだ。
黒居と富岡は大丈夫だったかな?
「っ、うえぇ、ふえっ……ふわああああん!!!」
うえ!?
びっくりして声の出どころを探ると黒居が両手を目元にあてて泣き声をあげていた。
え、そんなに怖かったのか?
これはちょっと悪いことしてしまったな。
申し訳ない気持ちになり、黒居の頭を撫でてやる。
「ごめんなさい。すこしからかい過ぎました。よしよし」
撫でてやると抱きついてきて胸に顔を埋めてもっと泣かれてしまった。
……うーむ……弱っているからだろうか、随分と気を許してくれるようになった気がする。
結構素直な所もあるんだなぁ。
ちなみに富岡は真っ白になって倒れたので、係りの人に陸にあげられ寝かされている。
南無。
そのあと富岡の回復を待ってお昼になった。
「いや〜、あれは人間が乗るものじゃないですよ」
「まったくデス。あんなものを考える人間はやはり頭がおかしいのデス」
富岡と黒居はうんうんと頷きあっている。黒居は若干まだ目が赤い。
「お昼食べたあとは流れるプールでまったり遊びましょうか。あそこなら怖くないですよ」
「べ、べつに怖かったわけじゃないデスからね!?」
「はいはい」
「くすくす」
俺たちが楽しく談笑していると、大学生くらいの男たちがチラチラとこちらを見ているのに気がついた。
はぁ〜ん。あれはナンパしようとしている目だな。
まぁなー、こちらは美少女揃いだからなー。モデル、グラビア、ロリ、ロリ巨乳と手広く揃っているからどこかしらにヒットするだろうな。
案の定男たちは意を決して近づいてきた。顔に若干の緊張が見られるのは気後れしているのかナンパに慣れていないのか。
「ね、ねえ、君たち、よかったら一緒にご飯食べない?俺たち男ばかりだし、そっちも女の子ばかりでしょ?丁度バランスがいいっていうか…」
そちらは男4人でこちらは女4人と男1人。男1人余っちゃいますよ〜?
「え?そいつ君たちの連れなの?……嘘でしょ?そんな地味な奴となんで一緒にいるの?」
心底わからないという顔をされた。
む。富岡は確かに地味だが、こう見えて結構いいやつなんだぞ。バカでスケベだけど。
むっとした顔を向けると男たちはたじろいだ。
だけど引く気はないみたいだ。
ふーん。なら戦意喪失してもらおうか。
俺は黒居、香織姉、青山と顔を見合わせて軽く頷きあう。
そして素早く富岡を取り囲み、思い思いに富岡に擦り寄る。
「ふえっ!?」
富岡がキョドって奇怪な声を上げた。
大サービスなんだからな!
富岡の腕に両腕を絡ませ胸を押し付けて言った。
「私たち、彼のモノなんで。邪魔しないでくださいね♪」
「「……はあぁぁぁぁぁぁぁーーーー!!!!!???」」
大絶叫したのち、「アリエナイ、アリエナイ」とうわ言のように繰り返しながら男たちは去っていった。
ふん。見た目でしか人を判断できないようなやつには富岡にすら敵わないのだ。はっはっはっ。
うまいこと退散させてやった。
富岡にもいい役得になったことだろう。
と、富岡を見たら鼻血の海に沈んでいた。
「ゆ、雪次ーー!?大丈夫デスかっ!?」
「……天国は、ここに、あったん、だ、ね……ガクッ」
「富岡ーーー!?」
◇◇◇
大変な一幕もあったが、概ね平和にプールを楽しんだ。
帰り際富岡はふらっふらだったが無事に家に帰れただろうか?黒居も一緒に帰ったみたいだし大丈夫だろう。
俺は青山に家まで車で送ってもらい帰って来た。
ただいまと玄関をくぐり、リビングへ向かうと涼しい風が流れているのを感じる。
よかった。ちゃんとエアコン直ったんだな。
これで明日から安心してぐーたらできる。
「お帰りなさい。夕飯までもう少し時間があるから、お風呂入っちゃいなさい」
「はーい」
プールは気持ちよかったが、塩素で髪の毛がごわごわになっている。
これはさっさと洗い流したいな。
水着を洗濯機に突っ込んで回しつつ、手早く服を脱いでお風呂へと向かう。
あー、結構疲れてるなー、睡魔が俺のことを襲ってくる。ううう。
ぽやっとした頭でお風呂の扉をガラリと開けると、180cmくらいの男がすでに専用していた。
あれ、ユウじゃん。
先入ってたのか。まいっか、ちょっと狭いけどお邪魔するよ〜。
「…えっ!?ちょ、あ、姉貴、…えぇぇぇ!?」
ユウは大急ぎでお風呂に飛び込んだ。
どうしたん?そんな見られて恥ずかしい中でもあるまいに。
ぽえっとしたまま俺は手早く体と頭の汚れを落としていく。
あー、気持ちいいーー。
日焼け止めも塗ってたから体がベタベタする。しっかり落とさねば。
……なんだかあぅあぅ変な声が聞こえるな?
ま、いいか。
シャワーで洗い流したらユウの隣によっこらしょと腰を落ち着ける。
兄弟で一緒に風呂に入るのも久しぶりだなー。
えへへ。なんかちょっと楽しい。
「あ、あの、姉貴…」
「んー?」
「今週末からバスケ部の、合宿があるんだけど、ちょっと、マネージャが不足してて、」
「うんー」
「一緒に来てくんない?」
「いいよ〜」
「まじでっ!?」
ザバッとユウが立ち上がるとそこには俺にはない立派な息子さんが。
……え?
………え?
「きゃああああああああ!?」
「えええええ!?」
や、やっべ、何やってんだ俺!?
いくらユウでも相手は男だぞ!?
そんでもって今は俺は体的には女だ!
何一緒にお風呂に入っちゃってたんだ!!?
ていうかなんで叫んでるんだ俺!?
「ご、ごめんっすぐ出る!」
そう言って、ユウはささっとお風呂場から立ち去った。
「……あ、いや、悪いのはこっちなんだけど…な」
あははと苦笑いするしかなかった。
ぶくぶくとお風呂のお湯に顔を沈めていく。
ううう。顔が熱い……
しばらく見ない間にユウの体は随分男らしくなっていた。
いや、ナニの話じゃなくてね?
自分の弟なのに変な気持ちだ。
全く別の男性を見ているような気になる。
そして自分の手足、胸、寂しくなった下腹部を眺める。
当たり前だけど、俺の体とは全然違うな……
4ヶ月もの間、男に戻れる手がかりは何一つ見つかっていない。
ネットで検索したり、噂を追ってみたりもしていたが全部空振りに終わっていた。
医学的なアプローチも試したいところだが、あいにく伝はないし、迂闊に医者に話すわけにもいかない。
信じてもらえないだろうし、モルモットにされるのも怖い。
今のところ健康面での異常も特にないしな。
このまま女として生きていくことを真剣に考えたほうがいいのだろうか?
「ふぅ……」
小さくついたため息はお風呂の湯気に溶けて消えていった。




