七夕祭りの裏側2
さてどうしたものか。
適当に声をあげて隙をついて逃げればいいか。
そもそも真っ向から襲われたところでこの程度の相手、訳もないが。
と軽薄な男を目の前に考えていたら後ろからヘタレた声が聞こえてきた。
「ここここ、こらぁ〜!、ねっ、ねむたんから離れろっ!」
「…ねむたん…?」
目の前の男の気持ちの悪い顔が訝しむように歪んだ。
唐突に現れたヘタレた富岡に訳のわからないことを言われて戸惑っているのだろう。
「まさかとは思うけど、キミこいつと付き合ってんの?」
「マサカ」
「即答っ!?ここはせめて口裏を合わせて逃げるとかさぁ!?うう、せっかく勇気を出して声をかけたのに」
私がこんな巨乳ばっかり見ているエロヘタレと付き合っているわけがないだろう。
何を言っているんだこの男は。
…私が、こいつと付き合ってるだなんて……そんな、そんな…
「ねむたんっ、いいから早く行こう」
ぼけっとしていた私の手をとって走りだそうとする富岡。
だが行かせまいと男が富岡の肩を掴んだ。
「今俺はこの子と話しをしてんだよ、テメーはどっか行ってろ」
「うわぁっ!?」
勢いよく引っ張られ、後ろへ倒されてしまう。
「富岡っ!?」
「まぁまぁ、あんなヘタレは置いといて、俺と遊ぼうよ」
倒れた富岡に近づこうとするも、行く手を遮るように男が立ちふさがり、こともあろうに私の手を握ってくる。こいつ…
だめだ、イライラしてきた。何様だこいつは?
あまり騒ぎは起こしたくないが……。
激昂しかけている自分を抑えようと固まった私を恐怖で固まったと勘違いでもしたのだろうか、男は優しげな笑みを浮かべて腰に手を回してきた。
「さーさ、怖がらないでいいから一緒に行こう。サインも書いてあげるし、俺と遊んだなんて友達に自慢できるよ?」
「やめろっ、ねむたんに触るな!!!!」
「…あ?」
そうやって促そうとしたが富岡が起き上がって男の腕を掴んだ。
◇◇◇
やばい、ねむたんが連れてかれる!?
ねむたんは恐怖で固まって動けなくなっているみたいだ。転んでる場合じゃない!
僕は急いで起き上がり、ねむたんの腰に手を回した男に掴みかかった。
「え?何?テメー、俺のこと知らないワケ?一般人ごときが何俺様の邪魔しようとしてんの?」
ドスの利いた声で振り向く男。
ううう、めっちゃこわい。なんだこの人。俺様とか言っちゃって…あっ!?
この人あれだTVで見たことある!
最近話題のイケメン俳優だ。
整った顔立ちと軽快なトークで人気だけど、正直演技は微妙だったんだよな。
しかも手が早いことで有名で色んな女優さんにちょっかい出してるとか…
こんなヤリ○ン野郎は僕たち童貞の敵でしかない。それにねむたんの腰に手を回しやがった。ファンクラブ会員に見つかったら間違いなくフルボッコにされる所業だ。
そう思うと怖かった気持ちよりも怒りが勝ってきた。
「え、演技が微妙で有名な俳優さんでしょ?その子は僕の連れなんでどっかいってくれます?」
言ってやった!言ってやったぞ!!ばーかばーか!ちょーこえー!!
早くどっか行ってくれ!
そんな願いとは裏腹に男は額に青筋浮かべて僕に向き直ってきた。
「て、てめえ…なんつった…?え、演技が、、微妙だと……」
あ、やば。これ地雷踏んだ系だ。
そう思った瞬間、僕は綺麗な右フックを顔面で受け止め意識を刈り取られていた。
◇◇◇
富岡が殴り飛ばされた。
そう思った瞬間、私の中で何かの紐のようなものがプチっという音を立ててちぎれた。
「はっ。クソが。あーあー、せっかくの楽しい気分が台無しだぜ。おい、テメーにこの落とし前はつけてもらわねぇとなぁ…?」
殴った右手をプラプラさせながら私の方に向かって嫌らしい笑みを浮かべてくる。
なにを、いってるんだ、こいつは。
私は自身の体の中にぶわりとエネルギーが膨れ上がるの知覚する。
そしてそのままエネルギーを右手へと流動し集中する。
「……あはっ」
「あ?」
「…あはははははははっ…」
「な、なんだテメー…」
男が尻込みをするように一歩後ろへと後ずさる。
「オマエが何に手を出したのか、その体にしっかりと刻み付けてアゲマショウ」
にこりと極上の笑みを浮かべ、私は右手を正面の男に向かって叩きつけた。
「消し飛べ」
◇◇◇
嫌な予感がする。
おそらくこの直感は正しい。
僕は一瞬のうちにそう判断して、手に持っていた焼きそばをアキラに手渡し予感に従い走り出した。
「お、おいっ、マコト!?」
「悪いねアキラ!ちょっと待っていてくれるかい!」
それはすぐに見つかった。
富岡くんが地面に倒れており、すぐ側には向かい合った男女がいる。
片方はTVで見かけたことがある人物で、もう片方は、この予感の正体…黒居ねむだ。
黒居はエネルギーを練り上げており、それを右手へと収束させようとしていた。
いけない!
あんなものを何の耐性もない人間に向けたら、灰塵になってしまうぞ!
それにこんなに大量のエネルギーを使ってしまったらねむも……!
「消し飛べ」
まさに手から厄災が放たれようとした瞬間、僕は黒居の手を掴んでエネルギーを霧散させた。
「!!?」
驚いたように手を掴んでいる僕を見上げてくる黒居ねむ
「お、オマエ…。やはり…、イヤそれよりワタシのことに気付いて…」
「やめるんだ、ねむ」
黒居ねむは口を噤んで下を向いてしまった。やれやれ。
これでお互いの正体が完全にわかってしまったな。
まぁ、隠す必要もさほどないのだけれど。
対面していた男は黒居ねむの威圧にやられたのだろう、股間を滴らせて尻餅をついて気絶していた。
おやおや、男前が台無しだね。面白いから写真でも撮らせてもらおう。
パシャリ。
よし、このまま放置。
周りのギャラリーもざわざわとしている。
「うわ、このお漏らししてるひと、俳優のxxxじゃない?」
「あ、ほんとだ!何してるのかしらここで…」
「女の子に絡んでたみたいだけど、睨まれて漏らしちゃったみたいだぞ?」
「だっせー」
これに懲りたら、やたらと女の子に手を出すんじゃないよ。美しくないからね。
富岡くんはすっかり意識を手放しているね。まだ目がさめる様子はなさそうだ。
よいしょっと。
僕は彼を担いで黒居ねむと共に人気のない方へと移動する。
そして軽く手をあげて「それじゃ」と去ろうとしたら、ねむから声を掛けられた。
「…一体どういうつもりダ?」
「ん?なんのことだい?」
「フザケルナ、もうお互いにわかっていることダロウ!……オマエ達にとって我々は害悪でしかないハズ。このままワタシを見逃すと言うのカ?」
それはーと口を開きかけた時、気が抜けるような声が聞こえてきた。
「ふぁ…」
おや、富岡くんが目を覚ましたようだね。
これ以上ここにいるのはお邪魔になりそうだ。
「キミの騎士様も目を覚ましたようだし、僕はお暇するよ。恋路の邪魔は趣味ではないのでね」
「だ、ダレがこんなヘタレと!?」
「え?ええ?目が覚めて早々なんでそんなこと言われてるの僕っ!?」
彼女が怒った理由はおそらく彼にある。
彼がいれば彼女も、もしかしたら幸せになれるかもしれない…。
そんな淡い期待を抱いて僕は退散した。
マコトくんとねむちゃんはちょっとした因果関係があったりします。
そのあたりも後々語っていきたいです。




