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美少女男子高校生の日常  作者: くろめる
第二章 夏
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閑話-ねむとねこ-後編

春に比べ太陽が高くなり、強い日差しが降り注ぐ中、長い金髪とリボンを揺らし制服姿の少女が眉を寄せて歩いていた。

鞄を持ち向かう先は彼女が編入したばかりの高校だ。

しかし、腕には鞄だけでなく布に包まれた何かを抱えていた。


昨日は何を考えたのかうっかり猫を拾ってしまったが、よく考えたら自分のアパートでは飼うことができない。そもそも自分だって手持ちのお金は多くないのだ。


自身の行動を振り返り、少女ー黒居ねむは小さくため息を吐いた。


ため息に反応するかのように、布に包まれた何かが小さく「にゃぁ」と鳴いた。

まるで「元気出せよ」とでも言っているかのようだ。


「…オマエのせいで困ってるんデスヨ…」


そう呟いてみたが、猫に通じるとは思っていない。


昨日はこっそり部屋に連れ込んだが、夜中家の扉の前を通る大家の声が聞こえた。

「…なんか獣くさいわねぇ?」

思わずその声で飛び起きそうになったのを必死でこらえていた。

なぜ今日連れてきたばかりの猫の匂いがわかるのだ。しかも扉越しだというのに。


大家が通り過ぎるまで、連れてきた猫にひっしで「シーっ」と指を立てていた。

理解したのかどうだかわからないが、鳴き声を上げることなく、大家が去って行ってくまでおとなしくしていてくれた。


もしかしたらこの猫の匂いでなく、犬か何かが付近でマーキングでもしたのかもしれないがー…

万が一ということもある。ねむはそう考えて、猫を別の場所で飼う、または誰かに譲ることを考えながら一晩過ごした。


結局のところ、越してきたばかりの自分には親しい人物も頼れる人もおらず、飼える場所も一箇所くらいしか思い浮かばなかった。


それが、F高校である。自分が編入した高校。

この学校はそこそこ敷地も広く、茂みも多い。

猫の一匹くらいならば隠れて飼えるのではないか?と考えたのだ。


我ながら名案だと思っていたのだが、校門をくぐり、裏庭まで来て猫を下ろしたところで人に見つかった。


「あら?黒居さん?こんなところでどうしたの?」


「ヒッ」と、あげそうになった悲鳴を飲み込み、ぎぎぎと油の切れたブリキのロボットのようなおぼつかない動作で後ろを振り向くと、そこには自分のクラスの担任である岡崎が立っていた。


ゆるく流した明るめの髪に柔和な顔立ちの優しそうな女性だ。

彼女の様子はねむを咎めるような、怪しむようなものではなく、単純に生徒に対する心配をしているものだ。

編入したばかりでクラスに馴染めてないのかしら、もしかしてイジメ…!?

などと岡崎は考えていた。


しかしねむはそんな外見程度で簡単に心を許したりはしない。


「…なんでもないデス」


必死に自分の影になるように子猫を隠す。その動きに合わせるように岡崎は後ろを覗き込もうとする。

するとねむも、さっと体の向きを変える。


さっ、さささっさっ!


二人はカバディ選手の様に回り込もうとする側と回り込まれまいとする側に分かれ、熾烈な争いを行った。

両者一歩も譲らない攻防を繰り広げたがーー


「…っしつっこいデス!…あっ」


一瞬の隙をついて岡崎がねむの背後に回りこんだ。


「ふっ、甘いですよ黒居さん。先生は反復横とびだけは得意なんです!…さあ、何を隠していたのか…!」


回りこんだ先に居たのは白く小さな子猫だった。

二人の攻防など我関せずといった様子で、日陰にうずくまりあくびをしている。


「かっ、かわいい〜〜〜〜!!……く、黒居さん!この子どうしたんですか??」


怒られると思い身を硬くしていたねむは岡崎の意外な言葉に戸惑ってしまい、昨日あったことを素直に話してしまった。帰り道子供にいたずらされそうになっていたこと、捨て猫だったこと、自分のアパートはペット禁止だということ、それゆえ学校で飼おうとしたことーー…。


「なるほど。うーん、そういう理由でしたか…。原則として学校でペットを飼うことはできないのは知っていますね?」


やはりダメだったか…ねむは落胆し、見つかってしまったことを悔やんだ。

もう少し早めに登校していれば見つからなかったかもしれない。

暑くなってきたから目覚めやすいと思うかもしれないが、ねむの家はやや日当たりが悪く、夏は涼しく冬は寒いのだ。…もっともまだ冬まで過ごしたことはないが、想像はつく。

故にこの季節、朝方はそこまで暑くならずスヤスヤ眠れてしまう。

それがよくなかった。すべてアパートの立地と心地よい布団が悪い。

ねむは自分の寝起きの悪さにほぞを噛んだ。


そんな様子を見て困った様に眉を寄せ腕を組む岡崎。


「うーん…。うちで飼えればいいんですけど…うちもペット禁止なんですよねぇ……。この間もペットショップですっごいかわいいマンチカンが居たんですけど泣く泣く諦めましたからね…。そもそも高すぎて手が出せなかったんですけど……あ、そうだ!」


閃いた!と言わんばかりに顔を上げ手をポンと打った。

岡崎の顔色を伺っていたねむは期待に満ちた目で見つめる。


「委員会で飼いましょう!」


「…委員会…デスか?」


委員会、なんだろう…。猫を飼う委員会なんてあっただろうか?

ねむはまだ編入したばかりなのでこの学校にどんな委員会があるかなど把握していなかった。

なので首を傾げ岡崎の回答を待っていた。


「そうです、飼育委員会で飼うことにしましょう!といっても、すでに鶏やウサギなどで小屋はいっぱいなので、新設する必要がありますがー……ぽちぽちっと」


岡崎はポケットからスマホを取り出しどこかへとコールし耳を当てる。


「あ、もしもし?江尻くん?そうです岡崎でーす。あのね…うん、そう、そう、じゃよろしく〜」


「何をしてたんデスか?」


「同じクラスの江尻くんに猫小屋の作成を依頼したの。英語の単位と引き換えにね」


ねむと同じクラスの江尻くんは出席日数が足りずピンチであった。ゆえに岡崎の申し出を一も二もなく承諾したのだった。ちなみに中学時代、彼の図工の成績はずっと5であった。なので心配は無用だ。



その日のうちに立派な猫小屋は完成した。

高いところへ登るのが好きな猫のために、天井は高めに作られており、中には猫タワーが設置されている。

トイレと餌と水と、猫用のベッドが配置され、随分と居心地が良さそうだ。


ちなみに小屋ができるまでは急ごしらえの板張りでつくったボロ小屋のようなところに入れておいた。

ちょっと頑張れば抜け出てしまいそうなので、ねむは授業中もずっと挙動不審に窓の外をチラチラと眺めていたのだった。


それはさておき、ねむはかがんで、小屋の扉を開け、抱えてた子猫を中へと入れる。


「さ、ここがお前のお家デスよ」


しかし猫はねむから離れようとしない。

ひしっとすがりついてにゃーにゃー鳴いている。


「あらあら、随分懐かれちゃってますね〜。黒居さんのことをお母さんだと思ってるんですね」


「………お母さん?ワタシが?」


「ええ」


ぽかーんとしているねむに岡崎は優しく微笑んだ。

そうか、私はこの子の母となったのか。

自分に母の記憶はほとんどないが、思い起こすとなんだか暖かい気持ちになる。

自分もこんな風に腕に抱かれていたのだろうか…。


かといって、これでは困ってしまった。

せっかく作ってもらったのに無駄になってしまうし、連れて帰るわけにも行かない。どうしたものだろうか…。

岡崎に何か考えがないかと顔を見る


「そうですねぇ、、例えば黒居さんの匂いのするものとかを入れてあげれば、居つくかもしれないですね」


「ナルホド」


黒居は得心したようにつぶやくと頭の上の大きな赤いリボンを解いた。

これならば毎日身につけていたことだし、時々洗濯はしていたがー不足はないだろう。


「ちょ、ちょっと、いいんですか?そのリボン入れてしまって…。大切なものなのでしょう?」


岡崎はねむがリボンを大切に扱っている姿を知っている。

雨の降っている日は必ず外してカバンにしまっていたし、常にシワひとつ、シミひとつない。


「かまわないデス」


あまり覚えていないが、このリボンを見ると少しだけ元気が出る。

もしかしたら私も母からもらったのかもしれない。

だったら、私も母となったのであれば、子供に何か与えてあげたいと思った。

リボンならまた買えばいい。そう考えてリボンを小屋の中にいれ、猫ベッドの上にふわっと乗せた。


すると猫はねむの腕からスルリと抜け出し、リボンの上に横になった。

そしてねむの方をみて「にゃあ」とひと鳴きした。

お礼をいっているのだろうか。


「そういえば、この子の名前は何にするんですか?」


「…名前…」


黒居はまだ空いている小屋の扉から手を入れて子猫の頭を優しく撫でた。


「今日からオマエは…ムスメ、デス」


「…黒居さん…それ名前じゃあ………。……まぁいいですけど…」


岡崎は思った。それは名前ではないと。

岡崎は知っている。子猫にしっかりと玉袋が付いていたことをーー。


こうしてF高校には新しく飼育動物が加わった。

オスなのにムスメと名付けられたこの猫は長くF高生徒に愛され続け、担当となった飼育委員は自身の身につけていたものを猫の寝床にすることが伝統になるのだが、それはまた別のお話。





閑話はこれで終わりです。次回からまた本編…というかコウたちの話に戻ります。多分。

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