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第八章 恋心仄香はデートがお好き❤❤

 翌朝。

心と体に負った傷が癒えぬまま、私はクイーンズホテルの入り口という待ち合わせ場所に集合した。

 そこには心なし――もとい、傍目からも明らかに不機嫌そうな魔法少女×4名。

 鬼姫を中心としたその負の圧力に気圧されるように、思わず本音がぽろり。

「ううっ。ひどい目に遭った……」

「どの口が抜かすか、こいつ」

 ほっぺつねり。

「いひゃい」

「せっかくの姫ちゃんとのデートなのに、アリスちゃんといちゃいちゃする仄香ちゃんが悪いのですよ~。ちったあ反省しやがれなのですよ~」

「そうですよ、この浮気先輩」

「まさか先輩、ああいうちみっちゃい子がタイプなんじゃ?」

「いやいやいや。ていうか、それをいったら君たちだって――」

「「「「は?(威圧)」」」」

「ナンデモナイデス」

 なんという鬼嫁たちの集中砲火。

 まさに尻に敷かれるという表現がぴったり。

 愛されすぎて愛が重いと悩むべきか嘆くべきか。

 頭を抱えそうになる私に、白魚が顔を覗き込むようにして訊いて来る。

「そんなことより仄香ちゃん、姫ちゃんにちゃんと昨日のお礼いいましたか~?」

「お礼?」

「そうですよ~。ホテルまでお姫様抱っこで駆けつけた上、アリスちゃんに目にいっぱい涙まで溜めて『聖女の歌声』で仄香ちゃんを治してくれるよう懇願したのですからね~。泣いて感謝するがいいのですもがが~」

「泣いてねえっ!泣いてねえからなっ!?」

 当人は彫刻のような美しいご尊顔を真っ赤にして容疑を否認。

 白魚の口を必死にガードしている点と合わせれば状況証拠は十分だけど、もちろんそんなことをするつもりはない。

 それよりいまは彼女に言うべきことを言わないと。

「ん。ごめんね。それと、ありがと」

「べ、別に。あたしなんかより、歌姫にお礼いえよ。あいつの歌声で回復したんだから」

 そういえば。

 昨日はいろいろありすぎてアレだったからすっかり忘れていたけど、アリスこと『聖域の歌姫』の生歌を聞いたおかげで回復したのか。どういう理屈かはわからないけど、あの原因不明の大量発汗だの意識レベル低下だのいまではどこかに吹っ飛んでしまい、気がつけば魔力タンクの貯蔵も十分。『魔女の盾』(完全版)が5つくらいまでなら出せそう=ほぼ全回復。これはちゃんとお礼いわないと罰が当たるレベル。

「そうだね。アリスまだ寝ているかな?」

 いまは朝の七時。

 昨日もお昼寝したお子様アリスの生体リズムから推測するに、起床の時刻にはまだ早い。

 そう思っていたのだけど。

「アリスちゃんならとっくに起きて会場入りしていますですよ~」

「え?」

「今日はコンサートの本番前日ですからね。みっちりリハーサルして本番に臨むのが、あいつの昔からのスタイルでしたから」

 白魚と啼夜の返事に目を丸くする。

 意外というかなんというか。

「それじゃあ今日はリハーサルを妨害されないよう、女王アリで警備ってことかな?」

「あ~、それなんだが」

「?どうかしたの?」

 珍しく鬼姫の歯切れの悪い言い方。

 それをフォローするように、白魚が言葉を引き継ぐ。

「まずは外に出るのですよ~。話はそれからなのですよ~」



 ☨



「は~い、列を前へ詰めてくださ~い!ここから先は私有地です!不法侵入で捕まりたくなければおとなしく列を詰めてくださ~い!」

「走らないでくださ~い!走っても明日のコンサートは逃げたりしません!席順は抽選ですから急いでも意味ありませんし、転んで怪我でもしたら本末転倒ですよ~!」

「最後尾はこちらではありませ~ん!割り込まないでくださ~い!整理券はたくさんありますので、いまから並んでも十分間に合いま~す!」

「喧嘩は絶対やめてくださ~い!私たちの天使のアリスちゃんをファン同士の小競り合いで悲しませないでくださ~い!もしトラブルの気配がありましたら、皆さんお互いにあの言葉を唱えてイライラを静めてくださ~い!よろしいですか~!」

「「「「「は~~~い!」」」」」

「それでは皆さんご唱和ください!せ~のっ!」

「「「「「A・M・T(アリスちゃん・マジ・天使)!A・M・T!!A・M・T!!!」」」」」




 なんじゃこりゃああああ!?

 目の前には『聖域の歌姫』コンサートのチケットをめぐっての地獄絵図――もとい祝祭空間。ファンたちの暑苦しい人の波と共にララパルーザが霞んで見えてしまうほどの地鳴りと絶叫と歓喜の声が繰り広げられており、初夏の蒸し暑さとの相乗効果で暑苦しさマシマシこの上なく、思わず目を剥いてしまう。

どうしてこうなった。

「どうやらアリスちゃん最後のコンサートって情報が漏れてしまったようですね~」

「ったく、情報管理がなってねえぜ」

「まあ、あいつのコンサートは前日までにバレ来るのがデフォですから」

「こんな巨大な人津波、有明のお祭り以上かも……」

 四者四様の感想を述べているところへ、見覚えのある気配がふらり。

 この熱気むんむんのなか相も変わらず爺むさい和服姿でご登場。

 ぼやき節混じりのこの御仁は。

「まったく。いい年こいた大人が童女の寿歌など何を有り難がって群がるのやら」

「あ、あなたは――真酔先生!」

「……別に無理してボケずともよいのじゃぞ?」

「……あ、すみません」

 どうやら男塾伝統の様式美は先生には通じなかった模様。

 途中で姿を消した仲間が再登場するシーンって結構燃えると思うんだけどな。

「ところで、先生はどうしてここに?」

「炎天下にも関わらず牛歩を厭いもしない愚か者どもがこんなにおるのじゃ。医師たる儂がそやつらの治療に当たるほかあるまい。お主らの学友も全快したから、連れて来ておるしのう」


「あ、仄香さ~ん。みんな~」


 聞き覚えのある愛らしいソプラノが公道の向こう側から聞こえてくる。

 見ると、看護テントらしき臨時用の簡易テントに黄泉路砂漠がスタンバイ。うれしそうに手を振ってこっちに近づいてきた。あの様子なら後遺症の心配はないかな。

 よかったよかった――って。

 瞬時、私たちは液体窒素を注がれたバナナのように凍結してしまう。

「どうしました?怪訝そうな顔して」

「あ~黄泉。悪いがそれ以上近づかないでくれるか?」

「え?」

「今回はさすがのワタシも姫ちゃんに同意なのですよ~」

「え?え?」

「「すみません黄泉路先輩。いまのあなたとはご一緒したくありません」」(ぷいっ)

「えええっ!?え、えーと仄香さん……(チラッ)」

「真酔先生。急患への対応についてですが」

「目すら合わせてくれない!?」

 ずーん、という効果音と共に落ち込む黄泉。

 仕方なく、私はその理由を告げる。

「あのさ、黄泉」

「な、なんですか?」

「その格好、なに?」

 真酔先生のヘルプだからナース服というのはまあわかる。

 暑い夏だからできるだけ薄着でいたいという気持もよくわかる。

 でもその露出度はいかがなものか。

 胸元はぱっくり開いているしお尻のラインは丸見えだし。

 そんないかがわしさ満載の衣装を西方モード学園で1、2を争う豊かなおもちをお持ちの黄泉路砂漠が着用しているのだ。

 目の毒とか恥じらいとかいうのを通り越してもはや犯罪者レベル。

 当の女子高生は一瞬目をぱちくりさせると、自分の身に纏った淡いピンク色のナース服が避けられている原因だと気づくや、あたふたと手を振り振り釈明する。

「ち、ちがうんです!これは昨日姫ちゃんが仄香さんとデートしたと聞いたから焦ってしまったとか、あわてて一発逆転を狙って直球勝負を挑むための勝負服で目を釘付けにしようとか、そういうあざとい効果を狙ってわざとやったとか、そういうことでは決してなくてですね、ええと……」

「姫ちゃん言うな。あと、落ち着け」

「はう」

 銀髪のピンク髪のおでこへの突っ込み。

 それを横目に、私は考える。

 勝負服か。

 私ってそんな色ボケしたキャラに見えるのだろうか。

 確かに思春期男子めいた煩悩で悶々とすることがたまにあるのは認めるけど、そんなあざとい勝負服だの色仕掛けだので簡単に攻略できるチョロイン(?)と同性からも認定されていたとは。

 ……あ、やば。なんか女の子の部分がうるっときて涙出そう。

「仄香まで落ち込んで、どうしたんだ?」

「大方、性欲を持て余した青少年と女の子の自分が同じレベルで見られたことがショックだったのでは~?」

「はん。ちったあ自分の普段の行いを省みるんだな。んでもってお前は通報される前にとっとと着替えろ」

「はうう」

 しょぼん、と耳を垂れた子犬のように黄泉はさっきいた看護テントへとぼとぼと戻っていく。

 それを生暖かいまなざしで見守る一同に、ふと私は思いついて訊ねる。

「もしかして、私たちの今日のミッションって看護師なの?」

「いえいえ、ワタシたちはこの人津波を整備する警備員のほうですよ~」

 あ、本当に警備員なんだ。

「さすがにこの人数は主催者側の予想を超えたようなので、聖少女十字軍のみならず魔女や魔法少女の手も借りたいそうなので~」

「儂の手伝いならあやつ一人で十分じゃぞ?そもそもあやつの病み上がりの体でこの炎天下立ちっぱなしの警備員をさせる訳にもいくまいしのう」

 病み上がりの割にはずいぶんと体張った勝負仕掛けてきたけど。

「幸い黄泉ちゃんと一緒に北方ソード学園や東方コード学園の皆様方も復活されましたから、人員補充はバッチシなのですよ~」

 なるほどなるほど――って。

 第一級警報発令。



「仄香殿ぉぉぉぉぉ~~~!!!」



 ええ、こうなるのはわかっていましたよこん畜生。

 人津波を飛び越えて私目掛けて猫まっしぐらのバンダナ魔女。

 おとといの新撰組コスから警備員コスに衣替えした『北方の魔女』こと傷心絆渾身のルパンダイブ。

 その背後には苦虫を10ダースくらい噛み潰したような顔で同じく警備員服の北方ソード学園所属魔法少女の面々が佇んで――って。

 なぜこのバーサーカー魔女の良心にして、手綱の握り手たる君たちがそこにいるの。

 ここは総出でこいつを縛り上げる場面では――。

「二日ぶりですよ仄香殿ぉぉぉ~~~!!!」

「うわっぷ!?は、はなせ~~~!」

 私のほっぺたにスライムの如く吸い付いてきた少女を強引に引き剥がそうとするも、なかなか離れようとしない。なんという吸引力。サイクロン。

「嫌です!まだホノカニウム充填率たったの3%ですよ?せめて2000%の大台に乗せなくては某ストレスで死んでしまいます!」

「ホノカニウムってなんだよ!?ていうかこっちが死ぬわっ!!」

 心からの一喝と共にバンダナ魔女を無理やり引き離すと、彼女の頬にはなぜか見慣れぬ絆創膏が貼ってあった。

 よく見ると、両手両足の制服で隠れた部分から包帯やら湿布やらがちらほら。

 そういえば、おととい彼女たちも『闇の触手』に襲撃されたんだっけ。

 まさか。


「……お前らが強く出ないのはアレが原因か」

「ち、ちがうわよ!」

「『時間停止』使われて動きが取れない間、あいつが体張ってディフェンスしてくれたおかげで自分たちがかすり傷一つ負っていない負い目がある。だから仄香に色目使われてもそう強く出られない、と」

「くっ……!」

「お互い難儀なことだな」

「……ふんっ」


 なるほど。

 鬼姫と魔法少女Aとのお酒でも酌み交わしていそうな重い会話により事情は把握。

 でも。

「仄香殿ぉぉぉ~~~!!」

「またきたああああっ!?」

 唯一の抑止力を失ったラスボスは不死鳥のゾンビの如く蘇ってきた。

 めっさ怖い。

 しかも。

 ぽよん。

「はうっ!?なに、この感触……」

 背後から私を羽交い絞めにする彼女の胸からは鎖骨やあばらの感触でなく、おもちの心地よい感触が伝わってきた。

 なにこのボリューム感。

 私より少し頭身が高いだけで、世間一般から見ればお子様であることに変わりないくせに、こんな立派なものをお持ちとは。

 そんな私の疑問を読み取ったかのように、『北方の魔女』はにんまりと笑ってみせる。

「ふっふっふ。某の女子力を甘く見ていましたね?さすがにあの桃色眼鏡の特盛っぷり

には及びませんが、仄香殿を篭絡するには十分すぎる戦闘力ですよ?そお~れ❤」

「まふっ!?ふぁ、ふぁふぁふぇ~~~!?」

 背中からそのまま前方へ回り込んで、私に覆いかぶさるようなかたちで立ったままの縦四方固めへと移行。

 おもちの圧力で呼吸できない。

 ていうか死ぬ。マジで。

「ふっふっふ。気持いいでしょう?苦しいでしょう?気持ちよさと苦しさがない交ぜになった、まさに涅槃の境地でしょう?」

「ふ、ふふぐふっ!?」

「脳がとろけてもうまともに話すこともできないようですね?いいんですよ、このまま堕ちてしまっても」

「も、もふふふ……」

「ふふっ、いいお顔です。同胞の魔女たる仄香殿をこのまま人語も解さぬ愛玩人形に堕として、某の欲望のままに調教する。ああ、なんという夢がひろがりんぐ!悪徳の魔女としてまさに正しい生き様、まさに正しい有り様――」

 ちょいちょい。

「ん、もうなんですか?いま忙しいところなんですよ、後にして――」

「殿、諫言してあげるわ――あんたの体でね」

「越えちゃいけないライン、考えろよ。な?」

 



「んあ?」ぱちくり。

 気がつくとそこは看護テント。

簡易ベッドから体を起こすと、すでに警備員コスに衣替えした魔法少女たちが駆け寄ってきた。どうやら気を失っていたらしい。

「やっと気づいたか」

「先輩、大丈夫ですか?」

「うん、なんとか。それより警備するんでしょ?私も着替えないと」

「あ、それなんですが」

「仄香ちゃんにはワタシのお手伝いをしてもらうのですよ~」

 ベッドから降りようとする私に天の声が告げる。

「白魚?どうしたのその格好?」

 見るといつもの制服でなくかといって警備員コスでもない、実に古典的でオーソドックスな探偵コスに身を包んだ女子高生がそこにはいた。ボサボサ髪だからよれよれで皴だらけの着物の金田一コスとかのほうが似合いそうだけど、彼女はいつも長い外套と鹿猟帽をかぶってかの名探偵シャーロック・ホームズを彷彿させるコスのほうを選ぶ。夏だというのに。ご丁寧にパイプまでくわえているけど、中に何も入っていないよね?ポーズだけだよね?

「やっぱり推理に本腰を入れるには、この格好でないと締まらないので~」

 そういって、私の手を取る。

「ちょ、どこに行くのさ?」

「申し訳ありませんがいまは秘密ということで~。みなさん、あとはよろしくですよ~」

「おう、任せろ」

「白魚ちゃん、お願いしますね」いつのまにか純白ナース服に着替えた黄泉がぺこり。それに続いて残った後輩二人が鼻息荒く叫ぶ。

「白魚、これで勝ったとか思わないでよね!」

「モブキャラの底力を舐めないでよね!あとちゃんと推理もしてよね!!」

 あれ、なんかデジャヴ?

 そんな二人の煽りにも、余裕の糸目と親指で返す白魚。

「ふふっ、おまかせあれなのですよ~。さあ仄香ちゃん、行くですよ~」

「う、うん……」

 そう答えてテントから出るや、すれ違うように北方コード学園の魔法少女たちがわらわらとやって来た。見ると、女の子が一人入りそうなほど大きなトランクをえっほ、えっほ、とおさるのかごやのように総出で抱えて、中からは「んむ~!んむむ~!!」声が聞こえて、表には「開錠厳禁」「猛毒注意」「天地無用」などと赤字で大書された紙がぺたぺた貼られており、「エロ魔女死すべし。慈悲はない」魔法少女Aの号令と共に勢いよく向こう側のゴミ置き場に投げ捨てられたが――見なかったことにしよう。うん。




「でも大丈夫かな?」

「なにがですか~?」

「こんなに大勢の人が集まっているからさ。犯人が紛れている可能性を考えると、気になって」

 おでこの汗を指で拭いつつそう懸念を表明すると、白魚はちゃりん、と耳元の魚を煌めかせて向こう側のほうを指差す。ん。どうした。

「あっちに東方コード学園の皆さんがいますね~」

「え?あ、本当だ。おーい」

 道路を隔てての向こう側で行列整理をしているのは、この暑苦しい最中おとといと変わらず漆黒のローブに身を包み不気味な仮面をつけた『東方の魔女』をはじめとするご一同。警棒を振って長蛇の列を整理しているようだ。そばには聖マリアンヌ女学院の生徒たちもついているから、喋れなくてほかの人とトラブルになるといったことはないかな。

 と。

 そうそう。彼女たちは『無言の行』とかの真っ最中だっけ。こんなところで声がけしても返事なんかできないだろうし、それに私の「月がきれいですね」発言で全員ドン引きさせちゃったみたいだし。迷惑かける前にここは黙って退散するのが正解。そう思って踵を返そうとする。

 が。

「…………(ぺこり)」

 おお。

 仮面越しにでも視界が通じるのか、私に向かって一礼してくれた。そのまますぐ警棒を指揮棒のように振る作業に戻ったけど。

 私にだよね?後ろにいるホームズのコスプレ女にじゃないよね?

 そう思って後ろのほうへ振り返る。

「…………(にっこり)」

 なんだろう。

 口は笑っているのに、目がちっとも笑っていない。というか、彼女の糸目の隙間から仄見える真紅の瞳が地獄の業火にしか見えない。

「…………あの、白魚さん?」

「なんでしょうか、魔女さん?」

「なぜご機嫌斜めなのでせう?」

「いえいえ~。ワタシのご機嫌はいつでもどこでもまっすぐGO!ですよ~?」

 絶対嘘だ。

 さっきから彼女の粉砕骨折も辞さないと言わんばかりの尋常ならざる握力により、私の手がめきめきぽきぽきと不気味な音を立てて軋んでいる異様な状況がそれを如実に物語っている。そんな私の青白い顔に気づいてか気づかずにか、不意に彼女は小声で何かを洩らす。

「姫ちゃんの気持がちょっとわかってしまうのが悔しいのですよ~……」

「え?」

「あ、なんでもないのですよ~!少しペースを速めますよ~!」

「あ、ちょっと待ってよ」

「どうしたのですか~?」

 ようやく握力をゆるめてくれたので一旦手を離すと、私は赤く腫れあがったその手をふうふう火傷したときのように息を吹きかけつつ、再度さっきと同じことをいってみる。

「やっぱり、私たちも警備したほうがよくない?全然人減る気配ないし、万が一アリスが襲われでもしたら」

「アリスちゃんなら大丈夫ですよ~」

「でも」

「『復讐の魔女』は今日お休みですから~」

「!!」

 なんなんだこいつは。

 『無敵の魔女』のみならず『復讐の魔女』の存在まで嗅ぎ付けていたなんて。

 糸目少女はそんな私の動揺の匂いをも嗅ぎ付けているかのように、ふふん、と得意げに鼻高々に答えてみせる。

「別に仄香ちゃんのおつむを覗いてみた、とかじゃないですよ~。ワタシの『漂白された脳細胞』により研ぎ澄まされた、純粋な推理ロジックの積み重ねによって『復讐の魔女』は今日仕事しないな~、という結論に達したわけでして~」

「いやいやいや」

 それはロジックの積み重ねとかじゃなくて、ロジックの跳躍だと思う。

 あと脳細胞って漂白したら壊死するんじゃないの?知らんけど。

「ともあれ、それ以上のお話はここではなんですので、目的地に着いてからするのですよ~」

 そういって白魚は私の手を取ると、ふ~、ふ~、と心なし長めのスパンで赤く腫れた箇所に息を吹きかけながら、愛娘に連れ添う母親のようにてくてくと連れ立って歩くのだった――。




「……ねえ白魚さん?」

「なんですか仄香ちゃん?」

「なんでまたクイーンズホテルに戻ってきたのかな?」

 しかも、1313号室って。

 この部屋の主である聖鳳院アリスとお付きの聖少女たちはリハーサルの行われている女王アリに行っているため、当然のことながら不在。一応当人たちの許可は貰ったものの、主不在の室内に侵入するのは、なんとなく後ろめたいものがある。

「このお部屋でないと、ワタシの推理に欠かせない『弾丸思考』ができないものですので~」

 そういって、白魚はソファに体を委ねるように座ると、パイプを深々とくわえる。

 お、なにか推理を披露してくれるのかな?

 いかにも名探偵といった雰囲気を醸し出す彼女に私はその真正面に座り、襟と居住まいを正して彼女の薀蓄が語られるのを固唾を呑んで見守る。

 そのままの状態で待つこと十秒。

 すう……。すう……。

 少女の穏やかな寝息が聞こえてきた。

「ちょっと待てい!」

「んにゃ?どうしました~?」

「どうしましたじゃないっ!?寝てどうするんだよ!?」

「ご安心を~。睡眠学習ならぬ睡眠推理がワタシの持ち味ですので~。夕方には起こしてくださいね~…………すう……」

 そういうなり、また舟を漕ぎ始める詠人白魚。

 今度は相当深い眠りに落ちたらしく、声をかけても肩を揺さぶっても一向に起きる気配なし。

 なんなんだよもう。

 こんなところで昼寝するくらいだったら、被害に遭った聖少女たちへの聞き込みとか『復讐の魔女』の情報収集とか他にやるべきことはいくらでもあるだろうに。

 ぶつぶつ言いながら一抹の憤慨を禁じ得ないでいる私の目の前に、不意になにかがゆっくりと飛び込んで来た。なにコレ?

 見ると、少女のくわえパイプからぷかり、ぷかり、と紫煙の代わりに石鹸水の球状すなわちシャボン玉のような物体が彼女の周囲を取り囲むようにいくつも浮遊している。なんだコレ?

 よくわからないけど、触らないほうがいいかな?スルー推奨。

 とりあえずやることがない。

 炎天下の路上で人混みのなか揉みくちゃにされるのは問答無用で地獄だけど、冷暖房完備の室内であっても話し相手もおらず何もやることがないというのも、なかなかの地獄なわけで。

 憂さ晴らしにすべての元凶である目の前の少女の寝顔をたっぷりと観察して後で詳細かつ大袈裟にみんなの前で語って弄り回すという案も考えたが、よく考えたら考えるまでもなくそんなことで動じるような弄られキャラでないことは明らかなので却下。そもそもそんなことをしたら後が怖い。

 暇つぶしに携帯を弄って遊ぶといういかにも現代の女子高生らしい案も出たが、私がその手の文明の利器に不得手でそもそも所持していないことから却下。なんでそんな提案したんだよ自分。

 う~ん、暇だ……。

 まだ十分も経っていない。

 眠り姫が目覚めるまで最低でもあと八時間はかかると思うと、退屈で死んでしまいそうだ。何かないかとだだっ広い部屋のなかを落ち着きのない子供のように目をきょろきょろさせて探してみる。昨夜あれだけ散らかりまくっていたはずの室内はおそらく出かける前に鬼姫彦月やその仲間たちがきっちり片付けておいたのだろう、ビフォーアフターのお手本のような様相を呈していた。整理整頓ができているのはいいことだけど、退屈しのぎのネタが霧散霧消してしまうのは困る。

 そう思って頭を振ってみると。

「おや?」

 後ろに設置してあるあれは、本棚だろうか。

 非日常を演出する豪華宿泊施設の居住空間にはめずらしい、日常の匂いを感じさせる代物。

 ちょうどいい櫃まぶし、もとい、暇つぶしになるかな?

 そう思って近づいて見ると、下の段にはよくわからない雑多な書類らしきファイルがぎっしり。そこから順に百科事典、辞書全般、難しそうな専門書の類と続き、ようやく最上段にありましたありましたよ隊長。私たち中高生にとっての強い味方、ライトノベル。これで勝つる。

 どうやら各レーベルの作品は一通り揃っているようだ。




 ストーカー文庫。


 ギギギ文庫。


 ピンポンダッシュ文庫。


 密通文庫。

 



 ……この各方面に喧嘩売っているしか思えないレーベル名はなんなんだろう。青少年への悪影響すぎる。編集部仕事しろ。せめてまっとうなネーミングにしてくれ。まったくもう。

 それはさておき、前から気になっていたものに手を伸ばしてみる。

 その手のジャンルに詳しい黄泉や隅華がやたら勧めてきた作家なので気になっていたんだけど――あ、これだ。




 『アホと試験と文学幼女は埋蔵金で使いよう』玄座頭 密通文庫

 



 あかん。

 レーベル名だけでなく、タイトル名からしてあかん。

 私が編集者ならその場でシュレッダーにかけているレベル。

 そういえば隅華も言ってたっけ。

「良く言えばパロディ精神旺盛な、悪く言えばパクリ上等な難アリ作家のドタバタコメディです。人によって評価が激しく分かれますね」

 その冷めた物言いに対し、黄泉が反論するように、

「で、でも、仄香さんならきっと気にいってくれると思いますよ?特にラストの主人公と幼い留学生とのから――もとい、心の交流は圧巻ですから!」

 そう心なし頬を赤く染めて猛プッシュしてきたっけ。

 それを隅華がなぜかジト目で「うわぁ……」と引き気味だったのが気になったけど。

 ともあれ却下だ却下。

 もっとまともそうなヤツはないかな……ん?隣にあった一冊を手にしてみる。




 『真心真宵は迷わない 魔法姉妹の終わらない夜』玄座頭 密教文庫




 う~ん……。これなら大丈夫そうかな?

 真酔先生と名前が被っているのがちょっと気になるけど。

 ともあれ、読んでみないことには始まらない。

 女は度胸。なんでも試してみるものさ。

 意を決して、全シリーズ十巻のうちの最初の一冊を取り上げる。

 飽きっぽい私をのめり込ませるような作品だといいんだけど。

 そんなことを願いつつ、高校デビューを文学少女で飾ろうと一念発起し、プルーストの『失われた時を求めて』全十巻に挑戦してわずか三十分で挫折した私は、最初の一頁を捲るのだった――。



 ☨



 どれくらい時間が経過したのだろう。

 私の体内時計はとっくに時を刻むのを止めていて、『真心真宵は迷わない 魔法姉妹の終わらない夜』シリーズのラスト一冊を一分一秒でも早く読み終えようと全神経を集中していた。

 ストーリィを端的にまとめて言うと、主人公の魔女の真宵が世界の命運を賭けて姉の魔女とキャッキャウフフしながら姉妹同士の殺し愛に仲睦まじく溺れ合うというもの。あれ、どこかで見たり聞いたりしたような気が。

 そんなこんなで、物語がクライマックスにさしかかろうとしたまさにその時、

「……なんでやねん」

 思わず本に突っ込みを入れてしまったその原因は、眩いまでに真っ白な紙面。

 白紙、白紙、白紙。

 それまで圧縮されるように綴られていた圧倒的な情報量を誇る文字列が、ものの見事に消失していた。落丁か乱丁か。なんてこったい。

 まあかなり時間は潰せたようだし、続きは帰ってからでもゆっくりと――おや?

 終わり間際の数頁に印刷ではない手書きの文字が。



『たすけて』



 何事!?

 あわてて本を落としそうになるのをなんとか手中に留めて、ゆっくりと次の頁を捲ってみる。ぱらり。



『げんかいをこえている

 わたしがわたしでなくなる

 おわりがちかい』



 …………ごめん、こういう時どんな顔すればいいかわからないの。古書店でのオール百円文庫本セールでなら電波な書き込みとかめずらしくもないけど、新品同様のライトノベルで印刷抜け落ちの白紙部分に走り書きって、相当レアなような。ていうかこの小さくて可愛らしい筆跡、どこかで見た気がする。

 次の頁を捲ってみる。ぱらり。



『まじょのゆうわくをうけたのがまちがい

 うけなくてもまちがい

 わたしがまちがい』



 一体誰が書いたのだろう。やはり、普段この部屋に出入りする関係者の書き込みだろうか?イタズラとかならまだいいけど――いや、あり得ない。自分の甘い考えをぶんぶん頭を振って否定。『無敵の魔女』『復讐の魔女』絡みの騒動に関連しての書き込みだよね。逸る気持を抑えつつ、次の頁を捲る。ぱらり。



『わたしはきえてしまう

 それでもいい

 さいごにあのひとにあうことができたら』

 


 ……なんかつい最近どこかで聞いたことがあるような台詞。嫌な予感。王手で詰み直前の棋譜を見せられているような気分。いやいや。あの子が書いたって決まったわけじゃないし。あきらめるな自分。あきらめない限りどこかの局面でワンチャンあるはず。ぱらり。



『ねがわくば

これをみているのが

***でありますように ***』



「……詰んだな」

 どうしようもないくらい詰んだ。

 ご丁寧にも署名までついているのだから物的証拠が十分すぎて逃れようがない。

 彼女がどんな気持でこれを書いたのかは知らないけど、おおよそのところは掴めたと思う。つまりは彼女が原因だった、と。



「どうしましたか、仄香さん?」



 背後から、白魚の声が聞こえる。

 こうなるのを見越していたのだろうか、彼女は。

「……最初から知っていたの?」

「?なんのことですか?」

「とぼけないでよ、これに見覚えが――っておい!?」

「ハイ?」

 そういって可愛らしく首を傾げる少女に、私は目を剥く。

 誰だお前。

 トレードマークだった焦げ茶色のボサボサ髪はいつの間にかストレートな金髪へと早変わりし、耳元の白魚のアクセサリーもそれに釣られるようになぜか金魚に。私の金髪ツインテールが砂金の輝きだとしたら、彼女のそれは知性の輝き。まぶしい。

「よくわかりませんが推理が終わりましたので、早速ご報告してもよろしいでしょうか?」

「あっ、はい」

 なんか喋り方までちがっているし。

 間延びしないはきはきした言い方、それに目も普段の糸目とも集中時のギロ目ともちがう、正統派美少女によく使われるハイライト入りのぱっちりおめめに変更。よくわからないけど、推理に集中して脳細胞が活性化するとそれと連動して体細胞も活性化したりするのだろうか。なんという若返り理論。

 そんな私の奇異の目を気にせずに、彼女は申し訳なさげに言う。

「前もって申し添えておきますと、私の出した結論は少なからず仄香さんに動揺をもたらすものかと思われます。酷ではありますが、いまのうちにお心構えを」

 いや、多分知っていると思うけど。

 そう思って手元の本をチラ見するも、口には出さずにただ神妙に頷いてみせる。

「……よいお覚悟です。それでは始めます」

 すでに犯人がわかってしまった推理小説を読まされるのって、こんな気持なのだろうか。待ちに待った名探偵の謎解きターンがようやく始まろうとしているのに、何の緊張感も持たないまま私はただぼーっと聞き流すように聞くしかないであろうこれからの数分間を予感しつつも、律儀に耳を傾けるのだった――。



  魔法少女解説中……

 


「……以上がいままでの事件の真相だと思われるのですよ~」

 推理の解説が終わった途端、目の前の少女の語尾はいつも通りの間延びしたものに、髪はいつも通りの焦げ茶色のボサボサ髪に、目はいつも通りの糸目に、アクセサリーもいつも通りの白魚に。

 つまりはいつもの詠人白魚に元通りというわけで。

「三分しか持たないって、どこの光の国の救世主だよ……」

「おやおや?あまり驚かれた様子ではないようですが、もしかしたらはじめからご存知でしたか~?」

 不満そうに唇を尖らせて訊ねる探偵少女。

 そりゃ、私があの書き込みから推理した内容といま彼女の話した内容とほぼ一緒であれば、驚きなんてあるはずもない。とはいえ、私の読んだあの書き込みについて正直に話すのも、なんだかカンニングしたみたいで気が引ける。

 ここは一つ、魔法使いの先達としてハッタリかましてやりますか。

「そりゃ、ね。私だって魔女だしそれなりに経験踏んでいるから、君の考える程度の推理の一つや二つくらい……」

 じ~。

「……嘘ですごめんなさい。実はこんな本があって――」

「ほほう、ですよ~?」

 ただ者でない視線に耐え切れなくなって、私は例のラノベをおそるおそる賄賂のように差し出す。

 頁を捲ると思いきや、白魚はその表紙を見るなり大笑い。ホワイ?

「……仄香ちゃん、ダメですよ~。貴女までこんな趣味に染まったら学校中が腐海に沈んじゃいますよ~」

 お前はなにを言っているんだ?

 驚き4倍速のまばたきしてから、彼女の手にあるラノベの表紙を見る。

 人のよさそうな高校生くらいの男の子がメイド服+引きつった笑顔で、ご満悦そうな北欧系の小学生くらいの金髪美少年とそれぞれの手でハートマークをかたどってみせて、彼らの周囲には可愛らしいSDキャラとしてハンカチを噛み締めた涙目ぐぬぬ顔のピンク髪女子やポニテ女子、それに鼻息荒くペンを奔らせる三つ編み女子らが祝福するように旋回して――っておいいっ!?

 視線をタイトルに向ける。



『アホと試験と文学幼女は埋蔵金で使いよう』



「…………」

「…………」

「早すぎたんですか~?」

「腐ってないから!」

 うだつのあがらない平民出軍人さんの台詞禁止。

「ていうかちがうんだよっ!?私が持っていたのはこんなのじゃないんだよ!?」

「では、どのようなものだと~?」

「ごくごく健全で、ごくごく真っ当な、魔法姉妹殺し愛小説だよっ!!」

「……それのどこが健全で、真っ当なんですか~?」

 仄香関連株軒並み下落。やばひ。

「と、ともかく、重要なのは中身じゃなくて、書き込みなんだってば!!」

「書き込みですか~?」

「そうだよ。あの子の署名であの子の字で自分が原因であることを告白した書き込みが

あったから……」

「あ~それでですか~。道理で驚かないわけですよ~」

 衝撃の告白だと思ったけど、糸目少女は少しも動じることもなく自分の考えをまとめるように耳たぶをコリコリ。多分どんな衝撃の事実であれ天変地異であれ、彼女の脳内では推理を組み立てるための一ファクターに過ぎないのだろう。数瞬後、そんな彼女の組み立てた完璧なロジックは、彼女の口から淀みなく継ぎ目なくすらすらと語られる。

「ラノベの中身ごと改竄して仄香ちゃんに読ませるように仕向け、さらにあの子の心の声まで書き込んでしまう用意周到な手並み、ほぼ間違いなくあいつの仕業ですね~」

 うん、さっぱりわからん。

 この自己完結した言い方は、どこかあいつを思い出させるけど。

 ん、あいつ?

 あいつって、もしかしてあいつ?

「『復讐の魔女』のこと?」

「『無敵の魔女』ですね~」

「え?」

「え?」

 互いに顔を見合わせること数秒。

「いやいや、『復讐の魔女』でしょ?『無敵の魔女』なんてあんな惑星の深淵に封印された魔女に、なにができると――」

「甘いのですよ~。あの『無敵の魔女』が熔解された程度で、こっちの世界に干渉できないとでも思うのですか~?」

 自信たっぷりに言い切る白魚。

 いや、それについては同意だけど。

「でも、あいつは『復讐の魔女』の仕業だって言ってたよ?」

「……いつ、どこでですか~?」

「あ、いや、その」

 夢の中で。

 ……ダメだ、空想病患者に思われてしまう。

 そんな私をますますさめた目で値下げしているのは気のせいではないと思う。おおう。

「……それについては置いておきまして。いまはどう動くかを相談すべきだと思うのですよ~」

「そりゃ、即刻コンサートを中止してアリスを――」

「……本当に貴女は海千山千の経験豊かな魔女なのですか~?見通しが甘すぎて、思わず唾ぺしたくなりますよ~」

 白魚の好感度さらに低下。脈拍計れません。

「いいですか~?『無敵の魔女』は『復讐の魔女』に自分の能力を譲渡してまで彼女を後押ししている、すなわちそれだけ彼女の壮絶な復讐劇を最前列の特等席で見物したがっているのですよ~?」

「う、うん」

「そんな彼女の悲願が成就される日は、どう考えても人の大勢集まるコンサート当日にしかありえません。彼女たちにとって、観客と役者と退場者は多ければ多いほどいいわけですから~」

「う、うん」

「そんな待ち望んだ日が土壇場になってキャンセルなんてなったら、どんなしっぺ返しが来るかわかりますか~?相手は破滅と虚無を望むワールドクラスの魔女ですよ~?」

「…………」

「魔女の誘惑を受け入れたあの子だってどうなることやら~。最悪この世界からの消滅もありえますよ~?」

「そんな」

 あの子が消える。

 ソンナバカナ。

「まあ、物事は常に最悪の事態を想定しろ、ということですよ~。それにしても遅いですね~、リハーサルもチケットの販売もとっくに終わっているはずですが~?」

 そういって携帯を取り出すと、おそらく睡眠推理に集中するために電源を切っていたのだろう。電源を入れると未読メールが相当溜まっていたのか、いくつか操作を繰り返した後そのなかの一通に目を通すと、私をじっと見てしみじみとつぶやく。

「現実は時に想像の先を行くものですが、最悪の事態についてもまた然り、ですね~」

「……なにがあったの?」

「アリスちゃんが」

 その一言で私の脚は縮地を発動させ、私の手は『空間移動』を発動させ、私の脳は『魔女の思考』を発動させ、私の目は『魔女の目』を発動させ、その4アクションのみでグー●ルアースも裸足で逃げ出すほどの超スペックを有した全世界規模美少女専用捜索装置へと早変わり。いまの私は聖鳳院アリスを見つけ出すためだけの存在であり、それ以外の存在意義など一切なし。

 大空を舞い、街全体を俯瞰する魔女の視点がただ一人の少女を捜す。

 魔力の消費がもったいない?

 知るか馬鹿!

 そんなことより捜索だ!


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