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第三章 恋心仄香は闇討ちがお好き❤

 はああ…………。

 聖マリアンヌ女学院からの帰路、私の心は晴れることはなかった。

秋の日は釣瓶落としというけれど、初夏の夕刻を少し過ぎたこの時間帯にはオレンジ色の残光がいまだ成層圏に留まっており、その例えはふさわしくない。むしろいまの私の心境にこそふさわしいと思う。

 私の恋は釣瓶落とし。

 これこそ天国から地獄へ真っ逆さまに転がり落ちたイメージ的にぴったりの例え。

 さらにいえば「私の恋は釣瓶打ち」なんかも追加していまのハートフルボッコな状況を微に入り細を穿ち解説したいところだけど、その元凶たる少女たちがいまニコニコ顔で私の手をつないだり私の頭なでなでしたり私のほっぺつんつんしたりしているのを見ると、たとえモノローグとはいえそんなことはいえないわけで。とはいえ、聖鳳院マリアという逃がした魚が大きかったことにも変わりはないわけで。こういうのをジレンマだっけ、アンビバレンツだっけ、ダブルバインドだっけ、うう、外国語ってちがった言い方多すぎ!自然とため息がドミノが倒れるように、またしても口から零れ落ちてしまう。

 はああ…………。

「ああもう、うっとおしいですね~」

「あたっ」

 私の金髪がぺしっ、と叩かれてしまう。

 白魚め、ちょっと背が高いからといって、いつまでたっても先輩への礼儀がなっていないヤツだ。ほっぺを膨らませる私に白魚は余裕綽々といった体で応え、それに黄泉が追撃する。

「さっきからため息ばかりついて、そんなんだからしあわせがダッシュで逃げていっちゃうんですよ~」

「そうですよ。だいたい仄香さんはわたしたちとデートするのがご不満ですか?もっとこう、ドキドキしたりときめいたりするものがありませんか?」

「まあ、ドキドキはするよ?」

「本当ですか!?」

「命の危機的な意味で」

「(スチャッ)」

「ゴメンナサイ眼鏡ハ外サナイデクダサイ」

 黄泉が眼鏡を外すのと私が初夏の熱を持った夜のアスファルトで焼き土下座するのはほぼ同時。彼女が眼鏡を外すのはガチで洒落にならない、命の危機的な意味で。

「まあ、こんなことするから仄香さんがわたしを避けるのは、頭ではわかってはいるんですけど……」

 ため息を吐きつつ少し赤くなって眼鏡を装着しなおす黄泉。うん。やっぱこっちのほうがかわいい。

「てめえら浮かれるのもいいけど、大事なこと忘れてんじゃねーぞ」

 きっ、と口を真一文字に結んで振り返る銀髪ノッポ。

 さっきまで私とのデートとか私の着ていたゴスロリ風味のメイド服とかに一番浮かれていたのはこいつだった気もするけど、突っ込まないでおこう。うん。

「こいつとのデートを成就するには、あの聖女様が下したとてつもなく困難な使命を果たさない限り不可能なんだってことをな」

「とてつもなく困難って、姫先輩」

「コンサート会場を警備するだけじゃないですか、楽勝ですよ?」

「……そんな単細胞の思考ルーチンだからモブ扱いされんだよ、あと姫先輩いうな」

 啼夜と隅華の露骨に不満そうな表情など意にも介さず、鬼姫ははん、と鼻を鳴らして告げる。

「お前ら、聖少女十字軍のメンバーが全員昏睡させられたのを忘れてんだろ?」

「「「あっ」」」

「……おい、そこの先輩キャラ」

「ご、ごめんなさい。ついうっかり」

 恥ずかしそうに口に手を当てたピンク髪のメガネっ娘は、そんな自分の失点を逸らすためかふと思いついたように疑問を口にし、それをフォローするかのように焦げ茶髪の長身っ娘も追撃する。

「で、でも聖少女十字軍ってそんなにすごいのかしら?」

「ワタシたち魔法少女が魔女の仄香ちゃんに付き従っていることを考えると、聖女のマリアちゃんに付き従っている聖少女たちも同じくらいのレベルってことですかね~?」

 ちらっ。

 いや、そんな意味ありげに物欲しそうな下目遣いしなくても質問には答えるけど。

「まあ、おおむねその認識で合っているよ。ただ」

「ただ、なんですか~?」

「同じ聖女でもピンキリで、レベルが高ければ高いほどその聖少女のレベルも比例して高いと思ってまちがいない。つまり、史上最高峰の聖女に付き従っているような聖少女十字軍のメンバーたちは」

「仄香ちゃんに従っているワタシたちよりもずっと上のレベルということですか~。なるほどなるほど~」

 ぐさっ。

 うう、改めて言葉にすると傷つくなあ……。

「その聖少女十字軍のメンバーを全員昏睡させた魔女はそいつらよりもさらに上、あたしらの上の上ってことだ」

「なんというか無茶振りされたって実感が改めて湧いてきました……」

「遅いっつーの。しかし、あの聖女様がご褒美込みで依頼ってことは、そんなあたしらでも勝算アリって見込んでのことなんだろ?」

「まあ、マリアのことだからそういう考えがあってということは否定しないけど……」

 鬼姫に同意を促された私は、少し口ごもってしまう。

 確かに魔女同士の闘争は単純な数字の比較だけでは語れない。

 お互いの相性の問題もあるし、相手の攻撃パターンや弱点などの情報をどれだけ把握しているかといった情報戦をはじめ、どれだけ自分にとって有利な場所で斬り合うかといった場の優劣が関わる地形戦、互いの運命の分岐点がいかに錯綜し交差するかを物語る運命線など予想もつかないものを含めての重層的な要因が絡み合ってはじめて勝敗が決する。文字通り、互いの全存在を賭けての結果だ。

 しかし、たかが数字されど数字。その数字が比べようもないほど一方がもう一方のそれを突き放したものである場合、それも魔力や体力、生命力といった闘争の本質に関わる数字だとしたら話は別だ。それは著しく不利な結果として克明かつ明確に当事者たちの状況に降りかかってくることだろう。一方的(ワンサイド)にして虐殺的(ジェノサイド)試合(ゲーム)終了(セット)。私が現時点で認識しているデータでシミュレートする限り、まだ会ったこともない魔女に勝利できる確率は限りなくゼロに近い。そんな私の予想とはまったく別次元のアプローチから彼女は勝利の方程式にたどり着いたのか否か、はてさて。そんなことを考えて口ごもっているところへ、第二の疑問が黄泉の口から投げかけられる。

「そもそも聖少女十字軍を襲ったとされる魔女は、何が目的でこんなことをしたんでしょうか?」

「そりゃ常識的に考えりゃそのコンサートとやらの妨害だろ?」

「ええ、常識的に考えればそのとおりです。でも、魔女の常識から考えるとおかしくありませんか?」

「ていうと?」

「異界に住まう魔女はこちらの世界へは魔力の供給源を求めて、つまり魔力の資質を持った女の子と、その、アレすることを求めてやってくるものですよね?」

「あ、うん、まあそうだよな……」

「ですね~」

「「そ、そういうものですよね、ウン」」

 なぜいっせいに私を見るのか。

「それなのに、コンサートの妨害をするために警備員の聖少女十字軍のメンバーを襲うとか、おかしいでしょう。そのコンサート会場で誰が出演するのか知りませんけど、魔女が欲するのは少女たちの魔力であって、聖少女たちの霊力ではありません。魔力と霊力は水と油の関係。砂漠の真ん中で魔女が、のどが渇いたからといってオアシスの水の代わりに油田の油を飲み干したりするものでしょうか?」

「……胸糞悪くなる例えだけど、筋は通っているな。その辺どうよ、仄香?」

「う~ん、確かに魔女単独の犯行だとするとそうだけど」

「共犯者がいると?」

「うん。古今東西、魔女の力を利用して自らの欲望を遂げようとする野心家は至るところにいたからね。今回もそのコンサートを中止させることにメリットがある誰かさんが魔女とそうするよう契約を交わして、その見返りに魔力を提供するとか何らかのメリットを供給するとか、そんな裏取引があったと考えるのが妥当じゃないかな。あるいは、逆に」

「逆に?」

「そのコンサートの開催自体に参加者の魔力を覚醒させるための大掛かりな仕掛けが仕組まれていた、とか。この場合は魔女のほうからその共犯者に裏取引を持ちかけたと考えるのが自然だけど。だからこそそうした魔女の陰謀に人一倍敏感な聖少女十字軍のメンバーをあらかじめ昏睡させておいて、コンサート終了の暁には無防備なまま魔力の覚醒した少女たちをごっそりいただくつもり、とか。あくまで現段階での仮説に過ぎないけどね……って鬼姫、黄泉、なんで怖い顔して、っていうかなんで『魔女の鉄槌』振りかぶってんのぉっっ!?」

「なあに、そんなに細かくその『仮説』とやらを組み立てられるのはなぜなのか、もしかして自分の体験談をそのまま語っているんじゃねえのか、と思ってな」

「ええ。まさかとは思いますが仄香さんも同じような手を用いたことがあるのでは、と思いまして。返答次第では『魔女裁判』も辞さないつもりですが」

 にっこり、と死臭全開の二人の笑顔が花開く。

 ウツボカズラかラフレシアか。

 返答次第では私の四肢は跡形もなく溶かし尽くされてしまうだろう。

「ちがうってば!これはあくまで他の魔女の記録とかと照合して打ち立てた仮説であって、私の経験なんてこれっぽっちも含まれていないんだってば!私の経験なんて、それこそここにいるみんなと……」

「「「「みんなと?」」」」

「その……魔法少女の契約するために、ゴニョゴニョしただけで……」

 かああっ。

 なにこの公開処刑。

 自分の無実を証明するために過去の恥部を赤裸々に語らされるなんて。

「ま、まあそいつはひとまず置いといて、だ」

 私の告白で真っ赤になりながら、『魔女の鉄槌』を四次元の背中にしまいこむ鬼姫。

「そ、そうですね。とりあえずそのコンサート当日の出演者について調べてみましょう。魔女や共犯者の手がかりとなる可能性があります」

 同じく真っ赤になった顔を月明かりで見えないよう、顔をそむけながら提案する黄泉。

 ていうか二人とも、巻き添え喰らって赤面するくらいなら最初から聞かないでよ。

 うう。

「そ、そういえば気になる情報が一つありまして」

「気になる情報?」

「警備当日って三日後でしたよね?実はその日の女王アリで出演者不明のサプライズ・ライブが行われるって噂があって」

 啼夜鶯巣の台詞に思わずきょとん、としてしまう。

 女王アリ?

 一瞬、道端の働きアリたちが観客になって女王アリを中心にライブを開催しているシュールな絵図が浮かんでしまう。そんな私のわかっていない顔を見て、珍しく啼夜が解説キャラになって説明する。

「『女王アリ』とはここから北東の有栖川市にある、国内有数の収容規模を誇る多目的屋内ホール、クイーンズ・アリーナの通称です。人気のある施設ですからこの先の予定もびっしり埋まっているのですが、なぜかその日だけ空白になっていて」

「ああ、先週から『この日だけ空白なんておかしい。大物の極秘ライブの予感がする』とかいってSNSで情報交換しまくっていたっけ」

「そうそう」

「ちょっと待って。クイーンズ・アリーナって――私たちが警備する会場?」

 私の驚きにサブカルチャー好きな啼夜と隅華はうやうやしくこう答える。

「「Exactlyそのとおりでございます」」

「それじゃ、そいつを調べれば手がかりになるかもしれないってことだよね」

「はい、早速」

「……ちょっと待って」

 啼夜が携帯を取り出そうとするのを手で制すると、隅華は文字通り視界に入る「隅から隅まで」見渡して、つぶやく。

「……違和感がある」

 いつものモブキャラらしからぬ存在感溢れる台詞に、思わず身構える私たち。

 注視する私に隅華はくいっ、と視線だけで左脇のコンビニ店舗に設置してあった自販機を指し示す。

「……休日の通学路にしても人気が無さすぎる、か」

 ちゃきっ。

 私の背後にいた鬼姫が『魔女の鉄槌』を片手に大股で自販機へと近づく。

 その緊張感を和らげるためにか、同級生である白魚に小声で質問する啼夜。

「結界でも張られたの?」

「……いいえですよ。秋の日は釣瓶落としといいますけど、いまは初夏でまだ夕方ちょい過ぎなのにいつの間にお空が真っ暗とはこれいかに、ですよ~」

「まさか、『時間操作』!?」

Exactlyそのとおりでございますですよ~。ここ一帯だけ時を弄って真夜中にして、ワタシたちを周囲の干渉から隔絶したみたいですね~」

「はん、あたしらを孤立させるためだけにそんな大魔法行使するってこたあ、敵さん相当高レベルの魔女ってことでFAか?」

 傲岸不遜な笑みで軽口を叩きながら、一分の隙もなく自販機への攻撃態勢に入る鬼姫。

 嫌な予感。

 私の脳内神経に電撃が迸ったのはさっきのキーワードが閃いてからだ。



 『時間操作』

   ↓

  時を弄る

   ↓

  時を停める



 やばい。

(狙いは私、背中の守りの鬼姫がいなくなったのを見計らってか――!!)

 考えるよりも叫ぶよりも早く、私の残りわずかな全魔力が奔流となって両手の指先から現実に具現化する。ありとあらゆる攻撃魔法を無効化する対抗魔法『魔女の盾』。大部分の能力が封印された私にとって、これが最大の守りの魔法。これでダメなら打つ手なし――。



 時が停まる。



 周囲のすべてが蒼白い凍結した空間として知覚されるなか、私の張り巡らした碁盤ほどの大きさの『魔女の盾』が辛うじて敵側の攻撃らしき魔力の凝縮された『闇の触手』が私の口腔へ浸入するのを防ぐ。凶悪なインフルエンザのウイルスが口から侵入してくるのを超大型で超高性能なマスクが防ぐといったイメージ。ていうかこれ、失敗していたら確実にアウトでR18な光景が繰り広げられていたんですけど!?敵の魔女は、金髪少女が触手でヌルヌルで【自主規制】な展開の薄い本をご希望なんですか!?

 そんな私の叫びが消えぬ間に、完璧な鉄壁であるはずの『魔女の盾』に亀裂が入り始める。まずい。こっちの魔力が不足していたのか敵の魔力が過大だったのかあるいはその両方か。しかし、『時間停止』なんて世界干渉レベルの大魔法そんなに長く続かないはず、体感時間にして数秒程度のものだからこれさえしのげばって、痛っ!?

 『魔女の盾』を押さえていた左手の指が破片で切れたのか真紅の血がたらり、と一滴。それを機に亀裂の隙間から侵入してきた『闇の触手』がぴちゃり、とそれを舐めとるとそのまま私の口のなかへ――――。



「行かせません」



 決意を秘めた宣言が鼓膜を揺らすのとほぼ同時に、『時間停止』魔法が解除される。

 声の主は私に覚悟の背中を見せるピンク髪の委員長。

 ――眼鏡に手をかけて。

「って、なにしようとしてんの黄泉!?」

「すみません仄香さん。こんなことをするからわたしが避けられるのは、頭ではわかっているんですが」

 そういって、自分以外の全員が私といるのを確信するとそのまま前方へ視界を転換し、

「我慢できないんですよ。これ以上の狼藉は」

 躊躇なく眼鏡を路上へ叩き落す。

 『魔眼』発動。

 かつて原因不明の不治の病魔に蝕まれた黄泉路砂漠が魔法少女として契約した際、病魔を左目の義眼に隔離固定することで人並みの寿命と引き換えに生まれてしまった、禁断の『魔眼』。普段は真酔先生お手製の特殊眼鏡で封印されているが、ひとたびソレを外せば視界に入った魔女、魔法少女、魔物、魔法道具、その他敵味方を問わずありとあらゆる魔力を有するモノを殺し、彼女の視界から完全に消し去るまでその効果が持続するという、呪いにも等しい反魔法装置だ。

 さっきまで魔女を陵辱しようとしたほど意気軒昂だった『闇の触手』はいまや見るに堪えないクラゲの乾燥しきったようなカサカサの灰になって地に還ろうとする。

「あなたの罪状はわたしの主・恋心仄香を傷つけたこと。その罪、その命をもって未来永劫贖いなさい」

 ぱりん。

 『魔女裁判』の裁判長である黄泉路砂漠の判決が無慈悲に響き渡ると、『闇の触手』は未来永劫この世界から跡形も無く消滅する。と、数泊遅れて黄泉の体が重力の法則に従って崩れ落ちる――のを、鬼姫らと抱きとめる。路上に落ちた眼鏡を再装着させて。

「……すみません仄香さん。あれって、魔女の本体じゃないんですよね?」

 息も絶え絶えにか細い声で問う黄泉に、私は頷く。

 『闇の触手』は魔女が自らの影を切り取って魔力を凝縮させたものだ。おそらく聖少女十字軍のメンバーもアレに襲われたのだろう。あれほど純度の高い魔力の塊を体内に注ぎ込まれたらいかに聖霊の恩寵を賜った聖少女といえど、昏睡するほかない。そんな聖少女十字軍すら敵わなかった敵を一瞬で葬ってしまったのだから、彼女の戦闘力は端的にいってすごい。しかし、その代償も大きかった。

 目の窪みがひどい。

 まるで真夏の脱水症状の患者のよう。

 視力が回復していないのか、焦点が合っていない。

 おそらく当分は身動きすらままならないのだろう。

 『魔眼』の解放は通常の魔法少女とは比較にならないほど圧倒的な攻撃力を誇るが、その分使い手の魔力の消耗が激しく、生命維持の限界をたやすく突破してしまう。だからこそ、できれば最後の最後まで使ってほしくなかったんだけど――。

「……わかってはいたんですが、我慢できませんでした。ごめんなさい、魔女の本体残したまま脱落するなんて、むぐぅっ!?」

「いいから、これ飲んで」

 ちょうどいいところで、といっては変だけど破片で切った指先からなおも血が滴っていたから黄泉に舐めさせることにする。応急処置だけど、少しは魔力回復の足しになるだろう。

「……ぷはっ、わたし吸血鬼じゃないんですよ?しかもこんな指しゃぶりなんてさせて、赤ちゃんプレイに目覚めたなんて思われたら、どうするんですふぐぅっ!?」

「吸血鬼じゃなくても魔法少女にとって血液は大事な魔力の素なんだから。おとなしく吸って」

「……すみません」

「いいから、ゆっくり休んで」

 そういって私が前髪をやさしく撫でつけるとようやく安心したのか、寝息をたてはじめる。

 眠っても私の左手の人差し指から口を離さずに。

 なんていうか、本当の赤ちゃんみたい。

「……ふふっ」

 不謹慎かもしれないけど、自然と笑みが零れてしまう。

「微笑ましいところ恐縮だが、いいのかおい」

「なにが?」

「お前だって『賢者』魔法に『魔女の盾』のコンボで魔力タンクすっからかんだろ?ちったあ自分のほうの充填に振り分けないと」

 図星。

 体感としては、お腹と背中の皮が引っ付きそうなくらいの空腹感。でも、私は小さな右腕をむん、と力瘤をつくる真似をして不敵に笑ってみせる。

「私を誰だと思っているの。不死の時間を生き永らえた『西方の魔女』だよ。それに」

「それに?」

「よく昔話とかでいうじゃない。貧しい親はどんなに腹ペコでも、自分のご飯をお腹のすいた子供に与えるって」

「はん、ずいぶんとちみっこい親御さんなこって」

 あきれたようにからかうように片手をぽん、と私の頭に乗せる鬼姫。

 それと重なるようにして、携帯片手の魔法少女たちが興奮した様子で叫ぶ。

「真心先生と連絡とれました!いますぐこっちに向かうそうです!」

「聖マリアンヌ女学院とも連絡ついたですよ~。マリアちゃんと紅暮ちゃんはすでに出発されているので、生徒会ご一行が来られるとのこと~」

「『時間操作』の魔法も解除されたようですね。空が元の色に戻っています」

 見上げると、ごくかすかな薄い夜の色。

 しかし、この空ももう間もなく本当の闇の帳に覆われるだろう。

 私の空は釣瓶落とし。

 そんな私の未来を暗示するかのような不吉な文句が脳裏をかすめた。


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