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第二章 恋心仄香は魔女がお好き❤

 聖女と魔女。

 決して相容れぬ異能者にして超越者たる彼女たちが、手を結ぶようになったのはいつの頃からか。私がこの世界で目覚めたときには、すでにあの悪夢のような時代の面影は微塵も残っておらず、人に害を与えない限り魔女はできるだけ寛容に受け入れるようにするというルールが他ならぬ人間たちの手でしっかりと守られていた。その代わり、魔女もここで生きる以上人間たちのルールをしっかりと守ること、人間に害を為す魔女が出現した場合には、聖女()騎士団(ロス)()少女()()字軍()らと協力して倒すなり追い返すなり説得するなりの対応措置を行うこと、もし人間のなかから魔力に目覚めて社会の混乱を招きかねない少女が出現した場合には、『魔女のくちづけ』を交わして魔法少女とすることで手元に置き、周囲に迷惑をかけぬようしっかりと教育すること――――。

 そんなことを魔女保護施設で受講した魔女教育プログラムの一環である「人間との共生講習」の時間で教わった。ほかにも人間の常識だのなんだのいろいろ教わった気もするが、くわしくは覚えていない。

 ただひとつはっきりと覚えていること、それは最後に教わったことから必然的に導き出される結論――――


 魔力の素質を持った女の子を見つければ、私のモノにできる!


 そんな単純で素朴な欲望だった。

 ……うん、頼むから引かないでほしい。

 当時まだ目覚めたばかりで魔力タンクがすっからかんだった私はそっちの飢餓感が極限にまで達しており、減量中のボクサーがただ水だけを渇望するように、第二次性徴期前の少女たちの目覚める瞬間の瑞々しい初物の魔力をなによりも愛おしく、恋狂おしいまでに欲していたのだから。

 幸いにしてというべきか不幸にしてというべきか、私は魔女教育プログラムを優秀な成績で修了し、聖女たちが管理人を務める『聖域』の監視下に置かれることもなく、人間の社会に溶け込んで暮らすことを許可された。プログラムと並行して就職に有利という資格をいくつか勉強してみたが、私は数字や計算と相性がよかったのか簿記や会計ソフト、PCスキルといった資格を立て続けに取得することができ、履歴書をそこそこ見栄えのよいものにするものにすることができた。また、当時の私は人間の外見的には二十代前半の容姿端麗という四字熟語がしっくりとくる北欧系の金髪美女だった――自画自賛でないと信じたい――ので、外見&トーク重視の最終面接もなんなくクリア、厳しかったはずの就職はすんなり決まり、とある企業の経理部に配属されることとなった。決算日などの特定の日にちを除いては定時通りに帰宅できるこの部署は、私にとってありがたかった。都心の夜の街には激レアであるはずの魔力の資質を有した魔法少女候補生たちがかなりの高確率で(とはいっても数パーセント程度に過ぎないけど)出没しており、帰宅の路地で私は一週間に1,2人くらいの割合で彼女たちと遭遇することができたのだから。

 私は彼女たちを魔法少女としてスカウトするべく、遭遇したその都度説得を試みた。物語の展開としては、ここから彼女たちへの説得は困難を極めたとか、彼女が魔法少女として目覚めるにはある大きな障害が待ち構えていたとかあったほうが面白そうだけど、現実はそんな非情なものでなく首尾は上々、たいていの子はその日のうちに自宅へ余裕綽々でお持ち帰りすることができた。……いまどきの女の子たちって危機管理能力とか危険察知能力とか、そっちのほう本当に大丈夫なんだろうか?いや、私がいうなって話だけど。

(……そんな知らない大人の家へホイホイついてきていいのかい?私はノンケでも構わず喰っちまう女だぜ?)

 そんな脅し文句が『魔女のくちづけ』を交わす直前に脳裏をかすめたりもしたが、禁断の果実を目の前にしたイヴはもちろん、そんなこと口にしたりはしない。最初の女の子は、見た目はちょっと突っ張っている感じだったけどまだ小学生のあどけなさを残した中学生で、「は、はじめてじゃないし!魔法少女になるための儀式だからノーカンだし!」と自分で自分に必死に言い聞かせている姿が印象的だった。その初々しさにうっとりしつつ、ゆっくりと口づけて、彼女のはじめて(の魔力)を存分に堪能し、同時に生み出された私の魔力の一部を彼女の体内へ注ぎ込むことで暴走を抑え込めるよう上書きをした。余談だが、いまその子は当時の初々しさなど見る影もなく、『魔女の鉄槌』を自由自在に振り回して私に愛情表現か児童虐待か判断の難しい暴力行為を日常的に行っている、べらんめえ調の銀髪ノッポであることを付け加えておく。

 彼女との契約をきっかけに、その後も私と契約する魔法少女が一人、また一人と増え、いつしか私は悩める少女たちをくちづけひとつで救ってくれる『百合色の魔女』として、都会の女子小学生・中学生の噂の的となった。私は彼女たちから魔力を補給することができ、彼女たちは『魔女のくちづけ』を交わすことで自分の内に潜む魔力を暴走させずに済む。こうした永久機関的な究極のウイン・ウインの関係がこれからもずっと続くのだと、そう信じていた。そう、あの日聖女騎士団の一行が突然、休日中の私の自宅を訪問するまでは。

 聖女たち曰く、私の行っていることは重大な犯罪行為である、魔女が『魔女のくちづけ』で魔法少女にするのは『聖域』の監視下のみ許される行為であり、社会人として働いている魔女が勝手にそれをするのはルール違反以前に未成年者への不健全な誘惑であり、決して許されることではない。したがって、これから私は『聖域』の監視下で数年間に及ぶ魔女「再」教育プログラムの講習を受講しなければならない、と。

 このとき私が魔法を使って逃げようなどとしなければ、またちがう運命が待っていたのかもしれない。しかし、このときの私は『魔女のくちづけ』を交わした少女たちと一ヶ月ものあいだいちゃいちゃちゅっちゅし放題の蜜月期間を過ごしてきたのだ。その結果、魔力タンクは満タン、逃げるのに使える魔法は『強制睡眠』『時間停止』『全身透過』『空間転送』等々好きなもの使い放題。こんな最高レベル∞の無敵状態で慢心するなというほうが無理な話だろう。

 しかし。

 私にとって不幸だったのは、その場に聖鳳院マリアが同行していたことだった。

 当時、弱冠十二歳の聖マリアンヌ女学院中等部一年生にして、すでに学院理事会の要職に就いていた天才少女。

 史上最高峰の聖女とまで謳われた彼女の手により私は為す術もなくその能力の大部分を封印され、そのまま『聖域』の支配下にある聖マリアンヌ女学院の姉妹校・西方モード学園への通学を余儀なくされることとなる――――。


       ✝


「なんで私がこんな格好……(赤面)」

「お似合いでございます、仄香様(鉄仮面)」

「「「「お似合いでございます、ほのかさま(ニヤニヤ)」」」」

「うるさいよっ!」

 小声で怒鳴り返すも、さっきのアスファルトとのキスで火傷したくちびるに響く。痛たっううっ。

 聖マリアンヌ女学院の第一会議室で、私はゴシックロリータ風味の黒メイド服に着替えさせられていた。鬼姫の一撃で制服が汚れたから着替えるのはしょうがないにせよ、もっと無難な替えの服はなかったのか。こっちの制服とかジャージとか。

「おそれながら仄香様の体型に合うものがありませんでした。わたくしのお古で恐縮ではございますが、洗濯が済むまでの辛抱ですので」

 聖鳳院マリアの専属メイド兼ボディガード・(いのち)(くれ)(ない)は淡々とそう告げる。

 ううっ、大抵の女の子の私服や制服にはなんとか耐性がついているけど、こうも露骨に女子力(?)アピールしている特殊な衣装を着せられると悲鳴をあげたくなる。私のなかにある「男の子」の部分が拒絶反応を起こしているみたいで、この辺は自分でもよく理解も説明もできない未知の領域だ。

 そんなこんなで自らのジェンダーアイデンティティクライシスに思いを馳せているところに。

 コンコン。

「失礼します。お客様が到着しま」

「ひょひょひょっ。半年ぶりじゃな、小僧」

「せ、先生!?」

 受付係のメイドさんの手で扉が開かれるや、私の傍にいた彼女の存在に目を剥いてしまう。瞬間移動か。

 

 真心真酔(まごころまよい)

 西方モード学園と同じく、聖マリアンヌ女学院の姉妹校・南方シード学園で勤務医を勤める『南方の魔女』のひとり。れっきとした女性のはずだがなぜか爺むさい格好だのライフスタイルだのに憧れを持っているご様子で、いまも似合わない付け髭にテンプレ通りの爺言葉、それに杖をついて渋い和服でのご登場。大人がやったらドン引きだろうが、私と大差ない見た目年齢&お子様体型なのでむしろ微笑ましい光景である。多分。きっと。メイビー。こう見えても『総合医療』別名『限りなく不死に近い魔法』を取得した名医であり、半年前とある戦闘狂の魔女が来襲して私たち西方モード学園のメンバーが負傷した際、全員一週間足らずで全快に導いてくれたほどの腕前である。

「ていうか、小僧と呼ぶのはやめてください先生。女の子なんですよ、私」一応は。

「ひょひょひょ、その色男っぷりではとても小娘などと呼べんわ小僧。西方の生徒だけに飽きたらず、まさかここの生徒たちにまで手を出そうとはさしもの儂も想定せなんだからのう」「ワー!ワー!!」ぶんぶん、と全力で手を振り、わざとらしく咳払いを4,5回ほどして強引に話題を変える。「と、ところで先生がこんなところまで来られるなんて珍しいですね。重病人の治療にでも呼ばれたんですか?」

「いんにゃ。お主たちと同じく、儂も聖女殿に召喚されたのじゃよ」

「へ?」

「本来ならお嬢が代表として召喚されるべきじゃが、なにせあの状態だからの。他の連中も世話に付きっきりじゃし、特例として儂のみで勘弁してもらったわ。カカカ」

「ちょ、ちょっと待ってください。今回は私たち西方モード学園だけの召喚じゃないんですか?まさか、南方シード学園と合同で……」

「お主、何をいっておるんじゃ」

 あきれたようにため息ひとつついて、老師はいう。

「今回の緊急召喚は聖マリアンヌの姉妹校・全学園グループへ向けたものじゃぞ?」

 一瞬、私の脳細胞がそれの意味するものを全力で拒否する。

 全学園グループへ向けたものって?

 ということはですよ、もしかしたら、ひょっとしたら、あいつもここに来るってことで――。

「仄香殿ぉぉぉぉぉ~~~!!」

「うわおっ!?」

 歓喜の絶叫とともに繰り出される一撃を、かろうじて食い止める。

半年前と寸分違わぬ新撰組コスで戦闘狂のバンダナ娘は亜麻色のショートヘアを翻しつつ、半年前と寸分違わぬ体勢で凶刀『血煙』で私を脳天から真っ二つにしようとし、半年前と寸分違わぬ真剣白羽取りでそれを防ぐ。変わったのは、彼女の私に対する気持くらいだ。

「会いたかった、逢いたかった、愛いたかったですよぉぉぉ~~~!!あれからもう半年振りですかぁ!!(それがし)は仄香殿と会えたうれしさでもう心臓がつぶれそうです!!」

「そうか、それはよかったね。それで満足したらとっとと帰ってくれないかな?」私も別の意味で心臓がつぶれそうです。

「そんなあ!?遠路はるばる出向いてきた恋人に対しなんで冷たい態度なのですか仄香殿ぉぉぉ~~~!!」

 とりあえず、愛情表現を殺し合いと取り違えているような脳筋女を、恋人にした覚えはないとだけ言っておく。いまだって私の命のみならず、隙あらばくちびるまで奪おうとしてやがるし。んちゅ~。ぐぬぬぬ。

 傷心(きずごころ)(きずな)

 北方ソード学園に通う女子高生で、『北方の魔女』。

 半年前、この世界へ来訪するや「某の望みは強き者との戦いのみ!彼の者なければ、この世界ごと叩きつぶす故、左様心得よ!」と自らバーサーカー宣言して凶刀片手に暴れだした剣鬼の魔女。幸い『聖域』が本格的に出張ってくるまえに私たち魔女の手だけで片をつけたからよかったものの、爾来「強き者との戦い」にかける情熱が強き者と認めた者=私への愛情に転化しちゃったみたいで、毎日のように電話はくるわメールはくるわ手書きのラブレターはくるわ手書きの果たし状もくるわ本人もやってくるわで、西方モード学園は大混乱。もし『北方の魔女』お付きの魔法少女たちが奴を引き止めてくれなかったら、今頃学園は廃墟と化していたかもしれない。そして、今もまた彼女たちは西方モード学園の救世主としてやって来てくれた。

「班長、いました!」

「よし、早速あのバカ、もとい、主を捕らえるのよ!」

「「「イエッサー!」」」

 ひゅるるるる×2。

「ぐえっ!?な、なんばしよっとうわああああっっ!?」

 荒縄の輪っかが見事に魔女の首を絞め、かつ、投擲された大網が魔女の全身を隈なく覆い尽くすと同時に、少女たちの手から繰り出される刺又、突棒、袖絡が彼女の動きを完全に封じる。これで魔女に動く術はなくなった。魔法少女たちGJ。

「そ、某に武士の情けを~!せめて一太刀だけでも~!」

「「「殿中でござる、殿中でござるぞ殿ぉ~!」」」

「放せ~、せめて仄香殿のほっぺにちゅうだけでも!先っちょ、先っちょだけでも~!」

「なに口走ってんのこのバカぁぁ~~っ!!」

 ごいん。

「……きゅう(気絶)」

 魔法少女の一人が下した鉄拳で、あっさり沈黙。

 彼女が私にぺこぺこ頭を下げる一方で、他の連中は魔女をぐるぐる簀巻きにして指一本動かすこともままならぬ状態に。頼むから召喚会議が終わるまで、そのままの状態でいてほしい。マジで。

 この喧騒我関せずといった感じだった真酔先生は会議室を見回して、いう。

「ふんむ。これで召喚された魔女は全員揃ったかのう」

「何いっているんですか先生。『東方の魔女』がまだ来ていませんよ」

「ひょひょひょ。何をいっておるのじゃ小僧?彼奴ならとうにそこに居座っておろうが」

 そんな馬鹿な、と目を疑ってしまう。

 誰もおらず気配すらなかったはずの、私と向かい合う真正面の席一列。

 そこには『東方の魔女』こと無心残(むごころざん)(しん)と、東方コード学園に通う女子高生たるお付きの魔法少女たちが確かに鎮座ましましていた。全員全身に漆黒のローブを包み、顔はマンホールの蓋のような不気味な紋様の仮面で覆っている不気味な格好。邪神を召喚する儀式用の衣装にしか見えないが、これが彼女たちの通常の制服である。この名伏し難い外観もあってか東方コード学園は他校との交流がほとんどなく、私も西方モード学園に通うようになって以来、彼女たちと会話を交わした記憶はない。

 しかし、せっかくだからなにか声かけてみようかな。相手が気軽に返せるように、なにか気楽な女子トークの定番ネタとかで。……よし、これでいこう。

「月がきれいですね」

「「「「「……………」」」」」

 ぼこっ。

「てめえは『東方の魔女』まで口説く気か?」

「そ、そんなつもりじゃ……」

 返ってきたのは『東方の魔女』ご一行様の声ではなく、激おこぷんぷん丸な鬼姫彦星の拳骨。それも、さっき真空飛び膝蹴りを喰らった箇所をクリティカルに狙って。めっさ痛い。涙目になる私に痛いの痛いの飛んでけをしながら真酔先生は、忠告する。

「気持はわかるがやめとけ。あやつらただでさえ無口じゃのに、いまは『無言の行』の真っ最中じゃ」

「『無言の行』?」

「儂も詳しくは知らんが、一ヶ月に一回、七十二時間沈黙を貫くという儀式、というよりは習慣だそうじゃ。邪魔はせんほうがええ、やめとけ」

 な、七十二時間!?

 そんな長時間何もしゃべれないなんて、女子高生的にはストレスがマッハじゃないかな!?それともしゃべらないのがさほど苦痛でない体質とか?う~ん、それはそれですごいというか女の子として気の毒というか。

 そんな他愛もないことを脳内に思い巡らしていると、不意に議長席から聞き覚えのある少女の声が聞こえてくる。

「皆様お揃いのようですね」

「マリア様、サンフランシスコ支部の合同会議が迫っています。この場はお早めに」

「わかりました」

 そういって頷いた彼女は、聖女と相反する警戒すべき私たち魔女の面々をまるでこの上なく愛おしく慈しむべき存在であるかのように、初対面の相手でも心を許してしまえるようなとびっきりの笑顔で口上を述べる。

「魔女のみなさま、遠路はるばるのご来校心から感謝いたします。聖マリアンヌ女学院を代表してこの聖鳳院マリア、厚く御礼申し上げます」

 ぺこり。

 一礼と共にふわり、と揺れる長い青髪。

 少女の意思の強さを秘めた深い碧眼。

 海の青さは母性の象徴という話が真理であると思わせる美しさ。圧倒的な存在感。清冽なまでのカリスマ。

 聖鳳院マリア。

 わずか十七歳の女子高生にして、ここにいる海千山千の魔女たちが一目も二目も置かざるを得ない、史上最高峰の聖女。

 しばしの沈黙の後、マイペースで飄々とした雰囲気が売りのはずの真酔先生が、まるで小学生のようにおずおずと手をあげる。

「……んと、早速ですまんが一言よいじゃろか、聖女殿?」

「はい、みなさまをこちらまでお呼び立てした理由についてですね?」

「うんむ」

 そう、それは私も気になっていた。

 聖マリアンヌ女学院の姉妹校である全学園グループに通学するそれぞれの魔女は、『聖域』の監視下にある要監視者だ。すなわち、一人だけでも人間社会に破壊と混沌をもたらしかねないほどの強大な力を持った大魔法使いということだが、その力を警戒するばかりで宝の持ち腐れにするのではなく、もっと有効に活用することはできないか。こうした聖鳳院マリアの進言により、聖女騎士団や聖少女十字軍の手だけでは余る魔女の襲来に対しては、学園グループに所属する魔女および魔法少女のヘルプを呼ぶというのが暗黙の了解事項となった。

 とはいえ、通常召喚されるのは一人の魔女にお付き魔法少女数名であって、今回のように東西南北全学園グループの魔女四名が全学園の魔法少女フルメンバーと共に召喚されるケースは、極めて稀だ。それほどの戦力を集めなければならないなんて、一体何が始まるというんだろう。

 相手は誰なんだ。超大型のスーパーセルとして認識されたワルプルギスの夜か、拘束制御術式零号を解放した大英帝国の吸血鬼か、それともまったく別タイプのいままで見たこともないような相手なのか。う~ん、わからん。

 私と同じ気持なのだろう、全員が固唾を飲んでマリアの次の台詞を見守っている。

 それを知ってか知らずか、聖女はゆっくりと間を持たせつつ次の台詞の矢を放つ。

「実はみなさまには」

 ……ごくり。


「コンサート会場の警備をしていただきたいのです」


 ……。

 …………。

 ……………………。


「「「は?」」」


 警備

  ↓

 自宅警備員

  ↓

 働いたら負け


 瞬時にこんな連想をしてしまった私はまとめサイトの見すぎかもしれない。しばらくネット断ちしなければってそうじゃなくて。

「……すまん聖女殿。儂の聞き間違いでなければ、儂らをここに呼んだ理由は『コンサート会場の警備』のためなのじゃな?」

「はい」

「つまりなにか、儂ら魔女四人雁首揃えてここに来た理由は、無意味な雑音をがなり立てるだけでアイドルだのアーティストだのを名乗る無頼の輩に、これまた無意味な雑音をきゃーきゃー騒いで乱痴気騒ぎを繰り広げるだけのファンを名乗る有象無象の輩を、おーよしよしとなだめるだけの慈悲深い乳母役を儂らにやれ、とそういうことかの?」

 口調こそ穏やかだったものの、ただでさえ勤務医として多忙な真酔先生は呼び出された理由がそんなことのためだったのかよ、といまにも舌打ちしそうなくらいの感じでお怒りのご様子だ。さらに悪いことにその怒りに触発されて、北方ソード学院の魔法少女たちの口からも次々と異論の声が飛び出す。

「真心先生のいうとおりだと思います。わざわざ電車で一時間もかけてここに来た理由がコンサート会場の警備って、いくらなんでもあんまりです」

「警備なら魔女や魔法少女を呼ばなくても、バイト募集の告知をかければいいだけのことじゃないですか。広告のチラシでもネットでも使って」

「そもそもこちらの生徒とか聖少女十字軍とか大勢いるんですから、その手を使えば」

「皆様、少々お言葉が……」

「おっしゃるとおりです」

 メイドの紅暮さんが反論しかけるのを片手で制し、誠に申し訳ないという誠意そのものを体現したかのような聖女の口調は、彼女たちの不平不満を一瞬で静寂と化す。しかし、それに続く台詞はその静寂を驚愕へと変貌させるのに充分なものだった。

「実をいえば、すでに私たちも聖少女十字軍から選抜したメンバーを警備にあてていたのです」

「「「へ?」」」

 意味がわからない。

 闇の異能者たる魔女たちを一般人の集うコンサート会場の警備にあてようという発想からしてそもそもアレなのに、実際に光の異能者に準じた少女たる聖少女十字軍を日雇いバイトでも充分な警備員のメンバーにあてていたなんて。そのコンサートには魔王や神様でも出演するのか。

「で、でしたらその人たちにお任せすれば……」

「昨夜から全員、謎の昏睡状態に陥っています」

「「「……はい?」」」

 少女たちの沈黙に割り込むように、紅暮さんが慌てた様子で口をはさむ。

「マリア様、こちらの機密を外部へ洩らすのは」

「かまいません。こちらはあくまでもお願いする立場、すべてをお伝えしない限りみなさまのご協力をいただくことは不可能です」

「あ、あの、昏睡状態とは?」

「……魔女の仕業、かの?」

そっぽを向いたまま、ぶっきら棒に言い放つ真酔先生。

「聖少女十字軍のような聖霊の恩寵を受けた存在を昏睡させられるとなると、その宿し

た霊力を上回るほどの魔力を有した魔女くらいしかおらんじゃろ」

「十中八九はそうかと」

「まだ断言はできません。『聖域』の監視センサーは全域異常なしで稼動していましたし、今日まで新たな魔女の侵入や痕跡を窺わせるデータは何一つ検出されませんでした」

 紅暮さんの反論をふん、と鼻で笑って大人の余裕を見せようとするも、その鼻息で大事な付け髭が取れてしまい、あわてて拾いながら先生はいう。「そ、そのくらいの魔女ともなれば、センサーをごまかして魔力を隠すくらいゆで卵の殻を剥くよりたやすいことじゃろ。少なくともここにいる魔女なら皆、お茶の子さいさいのおままごとに等しい児戯じゃろうしな。カカカ。カカカカカカカ。カ」大人の威厳を保とうと必死にごまかそうとする先生かわいい。付け髭の位置微妙にずれているし。あとすみません、能力の大部分を封じられた私には無理なおままごとです、それ。

 そんなシリアスな空気をぶち壊す流れにあっても、聖女は魔女への誠意という自らの流れを乱すことなく、滔々と述べる。

「断言はできませんが、現時点ではこちらの魔女名簿に未登録の魔女の仕業である可能性が極めて高いと言わざるを得ません。よって、警備の欠員を埋めるという意味でも、今回の騒動の原因を突き止めるという意味でも、みなさまのご助力が不可欠なのです」

「ふんむ。とはいうてもの……」

 真剣な顔で腕組みして唸る先生だが、付け髭の位置がずれたままなので面白い。ぷぷ。そんな私の吹き出しにじろり、と一睨みすると、

「小僧。お主も魔女の一員ならば発言せぬか」

「ゑっ?」

「何を驚いておる。年寄りの繰言より若者の直言のほうが場も沸くというもの。儂の髭に見入っている暇があるなら、聖女殿のお役に立ってみせい」

 そういって、ずれたお髭を微修正。

 気づいちゃったか。

 う~ん。といってもなあ。

「ほれ、はようせい」

 発言を促す先生にしぶしぶ思いついたことをそのまま発言してみる。

「そもそも私たちは学生だしスケジュールを合わせるのは難しいかと」

「ご了承いただきましたら、聖マリアンヌ女学院からみなさまの各学園へ便宜を図るよう調整させていただきます。授業などはデータ化して映像補講というかたちで後日受講していただくことになると思いますが」

「でも何日も学園を離れるというのはやっぱり気が進まないというか」

「三日です。コンサートの本番当日を含めてですが」

「期末試験も近いし」

「延期することも可能です」

「くっ、で、でもですね」

「わかったじゃろ聖女殿」

 私の直言、というより繰言を打ち切って、真酔先生がいう。

「小僧らは学生で多忙の身だし儂は社会人としてさらに多忙の身、そんなところにそちらの都合で勝手に魔女の缶詰にされたところで、儂らのモチベーションの上がる訳がないんじゃよ。まあ、それ相応の報酬でもあれば、話は別じゃかの。ひゃひゃひゃ」

 あれ?これって真酔先生、私の口を借りて誘導的に報酬を要求しているのか。

 汚い、さすが老人汚い。

 しかし、聖鳳院マリアはそんな老人の狡猾さにも微動だにせず、さらりと言う。

「ありますよ(サラリ)」

「…………マジで?」

「はい。こちらの都合での無理なお願いですから、引き受けていただけたらそれぞれの学園に寄附金の名目で(自主規制)円ほど振込ませていただく予定です」

「仄香よ、無私無欲の奉仕精神は大事じゃぞ♪」

 がしっ、と私の肩を抱いた老賢者は、金の魔力に目を潤ませて説得にかかる。

 汚い、さすが老人汚い。

 まあ、先生の南方シード学園はお嬢様の治療とかがあるから少しでも多くのお金が入り用なんだろうけど、私の場合は西方モード学園の理事会と生徒会の予算が潤うだけで私の懐が潤うわけでなし、そもそもお金なんかもらうより聖マリアンヌ女学院のかわいい女の子紹介してもらったほうが数千倍うれしいし。もしくは報酬として聖鳳院マリアと二人っきりの極秘デートとか。みゅふふふ。

「いいですよ?仄香さんがよろしければ」

 ぶーっ!?

「わ、わ、私なにもしゃべっていませんことよ!?」

「しゃべらずとも貴女がなにを考えているかくらい、わかります。そうですね。来週の日曜日に二時間ほど空いておりますので、その折にでもいかがですか?」

「マジで!?」

「「「「「ほ~の~か~さ~ん~?」」」」」

「仄香殿ぉぉぉぉ~~~!!」

 げっ。

 後ろから猛烈な勢いで湧き上がるどす黒い嫉妬オーラに振り返ってみれば、しっとマスクと化した魔法少女五名と『北方の魔女』傷心絆が――って、あのぐるぐる巻きの蓑虫状態からどうやって脱出したんだよ!?

「愚問ですよ仄香殿。某の愛の前にはいかなる物理拘束も無意味なのです。さあ、そんなことより」

「そうです、そんなことよりそのデートプランは却下です却下!」

「そうですよ~。いくら聖女様とはいえ、魔女とのデートはワタシたちお側にお仕えする魔法少女にのみ許された特権です。ズルはダメですよ~」

 魔女のアタックを華麗にブロックする黄泉と白魚。

 コクッコクッ、と激しく頷く(ナッ)(クル)と隅華。なぜか赤くなってそっぽを向く鬼姫。

 それを見て絆はずいっ、と身を乗り出して私のおでこと彼女のバンダナがこっつんこするくらいに接近してみせると、「なにをいうのです、魔女とのデートは同じ階級である魔女にのみ許された特権。ゆえに仄香殿は刎頚の交わりを有した某とデートするのです。なんでしたら今からでも予行練習として熱いベーゼを、んちゅ~……」

「「「「なにやってんだ、このバカ殿ぉぉぉ~~~!!」」」」

 ごすっ×4発。

「きゅう……(失神)」

 北方ソード学園の魔法少女たちに再びぐるぐる簀巻きにされてしまう魔女。もはや様式美というか漫才だとカツ丼っていったっけ、こういうお約束の展開。するとそれを見てなにか閃いたのか、ぽん、と手を打って聖女は晴れやかな笑顔でこう告げた。

「わかりました。それでは今回の騒動の原因を究明、ないし犯人を捕まえるなど一番活躍された方のご要望をかなえるということでいかがでしょうか?」

「「「「「異議なし」」」」」

 …………は?

「それでしたら公平ですね。久々の仄香さんとのデート目指して頑張ってみます」

「もうモブキャラだなんていわせない!隅華、ここはお互い後輩キャラとして協力よ!」

「オッケー(ナッ)(クル)。成功した暁には仄香先輩と三人で夜景デートね!」

「ふふっ、わたしも仄香ちゃんとの二人っきりの読書会を目標にがんばってみますよ~。姫ちゃんはどうですか~?」

「姫ちゃんいうな。べ、別にあたしはあいつとデートなんて……」

「いいわねみんな、このバカ、もとい、主の野望をなんとしても阻止すること!その後は勲功に応じて主とのデート・ポイントを加算するから、気合入れていくわよ!」

「「「お~~~!!」」」

 ちょっと待てぇぇぇぇ~~~!!

 私の内心の絶叫をよそに、すでに西方モード学園と北方ソード学園の魔法少女たちの妥協やら打算やら謀略やら計略やらが多数入り乱れて濁流のようにこの場の趨勢を押し流して行く。もはや私のささやかな野望などが入り込む余地はどこにもないようだ。

 とほほほほ。

 聖鳳院マリアとのデートなんてめったにない激レアなイベントなのにぃ。

 そんな私の重たい涙とため息も、魔法少女たちの喧騒に加え、飄々とした真酔先生の嘲笑めいた笑みや無心残心のブラックホールめいた仮面の沈黙を前にしては、存在の耐えられない軽さの如く、無意味に天井を突き抜けて天国まで上昇していくようだった。


「本当によろしいのですか、マリア様?」

「ええ。こうして彼女たちを競わせることで解決の目も見えてくるというものです」

「わたくしには解決直前で彼女たちが足を引っ張り合う未来しか見えてこないのですが」

「そこはそれ。信じるものは『救われる』というではありませんか」

「足を『掬われる』の間違いかと思いますが」

「こほん。いずれにせよ、私たちにできることはここまでです。犀を投げられた。あとは彼女たちが『聖域の歌姫』を最後まで守り抜くことを信じて祈るのみです。ええ」

 彼女は宙の一点を見据えていう。

「私の大切な妹たちを救ってくれることを」


 ふと見ると、聖鳳院マリアと命紅暮が真摯な面持ちで祈りを捧げている。

 夕日が窓から差し込み彼女たちの後光の如く照り輝いて、神々しい。

 それが何かを思ってのものなのか。

 そのとき、神ならぬ私が知るよしもなかった。


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