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第一章 恋心仄香は魔法少女がお好き❤

「被疑者逮捕にご協力いただき、感謝します。さすがは『西方の魔女』様ですね」

「「「「あ、ありがとうございます……」」」」

「「「「「いえいえ、どういたしまして」」」」」



 敬礼と共にお礼をいう婦警さんと、おびえた表情ながらも涙目でお礼をいう聖マリアンヌ女学院の生徒さん×4名。それに対して型どおりの返事をする西方モード学園の魔女+魔法少女×5名。

 ここは聖マリアンヌ女学院前駅の駅内交番。

 せっかくの休日なのに聖マリアンヌ女学院の生徒会長兼理事長・聖鳳院せいほういんマリアから緊急召喚の通知を受け、私『西方の魔女』こと恋心仄(こいごころほの)()とその恐怖の鬼嫁たち――もとい、愉快な仲間たちであるところの(おに)(ひめ)彦星(ひこぼし)黄泉路(よみち)砂漠(さばく)詠人(よみひと)白魚(しらす)(なく)()(うぐ)(いす)(すみ)(ずみ)(すみ)()らが所属校・西方モード学園から所要時間約一時間の快速電車に乗ってえんやとっとどんぶらこっこと揺られて来たら、白昼堂々スクラムを組んで聖マリアンヌの生徒を狙った卑劣な集団盗撮犯を発見、緊急事態につき事に及ぶ前に魔法でもって全員を確保、そしていまに至るというわけである。

 まあ貴重な休日はつぶれちゃったけど、こうして人助けの一環になったのなら悪くはないかな。それにうまくいけばあの魔法の効果であの娘たちとアレやソレやで後でおいしい展開になるかもしれないし。みゅふふふふ。そんな期待と打算の波間でひとりほくそ笑んでいると、不意に不満げな声が飛び込んでくる。


「しっかし、どうせなら仄香も派手な攻撃魔法のひとつでもぶちかましてやりゃよかったのに。そうでなけりゃあたしの『魔女の鉄槌』の試し打ちにするとかさあ」

 ギリシア神話の美青年と形容したくなるほどの絶世の美貌とは裏腹に、べらんめえ調で物騒な物言いをする銀髪碧眼の女の子は鬼姫彦星。ちなみに『魔女の鉄槌』とは魔法少女である彼女愛用の得物で、一般人相手に使用したらオーバーキル必至の代物。使用ダメ、絶対。


「なに馬鹿なこといっているんですか。仄香さんが用いたのが操作系の『賢者』魔法だったからこそ被害者も加害者も傷つけることなく事態を収拾することができ、その上彼らに心から反省させて更生の機会を与えたのですよ。なんでもかんでも罰すればいいというものではないですからね」

 そういってめっ、と可愛いしぐさをするのは将来法曹系の職業を志望しているという黄泉路砂漠。クラス委員長でメガネっ娘でゆるふわなピンク髪という三種の神器を兼ね備えた美少女だけど、私が他校の女の子とお話しするたびにどっきどきの『魔女裁判』を開廷するのはやめてほしいです、マジで。


「ふ~ん、本当に仄香ちゃんがそこまで考えてやったんですかね~?」

 そういって、笑顔でこちらを覗き込むように観察するのは後輩三人娘のひとり、詠人白魚。

 焦げ茶色のボサボサ髪、細い糸目に真紅の瞳(めったにないが、集中時には怖いくらいギロ目と化す)、耳元には白い魚のアクセサリー、そして後輩と思えないほどの大柄な体躯が特徴だが、実は体育会系でなく文化系女子だったりする。短歌を詠むのが趣味で古典研究会に所属しているそうだけど、その観察眼の鋭さと「漂白された脳細胞」(本人談)から繰り出されるシニカルな『弾丸思考』の速さは、地味な文芸活動するよりもむしろ匿名掲示板辺りで派手な工作活動するほうが似合っている気がする。


「どういうことよ、白魚シロ?」

「仄香先輩になにか別の意図があるとでもいうの?」

 そう口を挟むのは後輩三人娘残りのふたり、淡い黄緑色の三つ編みの啼夜鶯巣と黒髪おかっぱ頭の澄墨隅華。産まれた病院はもちろんのこと幼稚園からいまの学園のクラスにいたるまですべて一緒という息ぴったりの超人コンビネーションに定評がある幼なじみ同士。しかし常識的な質問キャラである分、「異議あり!」と叫ぶどこぞの裁判キャラのような迫力が足りない。案の定、白魚からはふふっ、という含み笑いではぐらかされてしまう。

「まあ、すぐにわかることですよ~」


「皆さんお待たせしました。この書類に代表者のお名前を書いていただいたら、出ていただいて結構ですから。ええと、『西方の魔女』はあなたですか?」

 そういって駅交番に入ってきたのは、さっき盗撮犯たちを連行していった刑事さん。若くて人当たりもよさそうだけど、なんか頼りないというか肝心なところでポカやらかしそうな感じ。というか『西方の魔女』は私だ、小柄な私を塞ぐように立ちはだかっているそっちの銀髪ノッポじゃない。と、私の視線に気づいたのか鬼姫は自分の胸元くらいの位置に赤と青のリボンをした金髪ツインテールの私を親指で指し示し、

「いや、あたしじゃなくてこっちの」

「それではあなたですか、お嬢さん」

「いえ、わたしではなくてですね」

「それではあなたですか、お姉さん」

「ふふっ、どうでしょうか~?」

「それでは……」

「こいつだよっ」

 痺れを切らした鬼姫にずいっ、と猫の首をつかむように前へ突き出される。



「えっと、小学生?」



 ぷちん。

 魔女として懇切丁寧な教育的指導を彼の五臓六腑に叩き込もうとした次の瞬間、ものすごい勢いでダッシュしてきた婦警さんがその後頭部を警棒で思いっきり殴打する。連打連打連打。

「こここの無礼者があああっっ!!」ボカボカボカッ。

「なななになに、なんですか!?ボクが何をしたというんですか先輩!?」

「本当にすみません。このバカ後でたっぷりと再教育しておくので、許してやってください」

 ぺこぺこ。

「いいえ、全然気にしてないのでそちらもお気になさらず」

 にっこり。

 いい先輩を持ってよかったね、刑事くん。とりあえず君の婚期を数年遅らせるくらいのささやかな呪いもといお祝いにしておいてあげようそうしよう。

「本当にすみません。それでは私たちはこれで引き揚げますが、その」

 署名した書類を受け取った婦警さんはそういって一瞬、視線を泳がせて言おうかどうか逡巡した後、

「その子たちのフォローといいますか、アフターケアといいますか、とにかくよろしくお願いしますね」

「?は、はあ……」

「それでは失礼します。ほら行くわよ駄犬」

「いたたっ、ま、待ってくださいよ先輩ぃ~!」

 耳たぶ掴まれてそのまま連行されていく刑事くん。

 頑張れ、多少婚期が遅れても彼女ならきっと待っていてくれるさ。

 と、そんなことよりフォローとかアフターケアとかどういうことだろう。私は魔法を使える魔女であってもいまはただの女子高生であって、心の傷を癒すためのセラピストの資格とかは持ち合わせていないのに。その疑問が解明したのは、背後から擦り寄ってきた甘い媚薬入りのような複数の声だった。



「「「「ほ・の・か・さ・ま❤」」」」



 げっ。

 年頃の乙女にあるまじき悲鳴が咽喉から出かかったのを辛うじて噛み殺す。

 被害者であるはずの少女たちから一斉に発せられるのは、さっきまでのおびえるような涙目視線とは見違えるような、私だけを一途に健気に見つめている熱愛視線。これはまさか乙女特有の偶然の出会いをきっかけにした吊り橋効果とかストックホルム症候群とかそういうやつなのかそうなのか。

 否。

 さっきの『賢者』の魔法のせいだ。私も使ったのが数年ぶりなものだからすっかり失念していたけど、こいつは女性に対しても遅効性じゃなく、男性と同じく即効性の作用をもたらすものだったっけ。てっきり数日日を置いてから恋心が芽生えるものだと思っていたから、その頃を見計らって鬼姫たち鬼嫁軍団の目の届かないところで密かにコンタクトを取っていちゃいちゃしてあわよくばキマシタワー建設できるくらいにみゅふふふな睦み合いにまで発展させるつもりだったのに。まずい、一刻も早く解除しないと鬼姫たちにばれてしまう。ただでさえ先日の生徒会決議を受けての疑惑の目が光っている最中なのだ、もしばれたりしたらどんな事態になることやら。



「なるほど、そういうわけだったのか……」



 ぞくり。

 地獄の底から鳴り響くような重低音に、背筋の冷や汗が止まらない。

 気づけば魔女である私を一分の隙もないほどきっちり囲いこんでいる魔法少女たち。

 知らなかったのか、魔法少女からは逃げられない。

「まさか、魔法をあの子たちにも使っていたとはな」

「『賢者』魔法は男性ホルモンを鎮静化するのと同時に、『魅了』魔法として女性ホルモンを活性化する効果をももたらしますからね~。いやあ、ワタシとしたことがすっかり忘れていましたよ~(棒)」

「こういうケースだとつい仄香さんのことを確信犯といいそうになってしまいますが、正しくは故意犯ですからね。まちがえないように」

「故意犯かあ、恋の魔法だけにってね!」

「誰がうまいこといえと」

「あ、あはは」

五人五色の物言いにさすがの仄香さんも苦笑い。



「「「「「んで」」」」」



「へ?」

 五人の乙女の目が一斉に肉食獣のそれへと変貌する。

「本当はどっちなのかな仄香さあん?」

「外見は可愛い女の子だけど、中身は可愛い女の子にしか興味がないエロオヤジの仄香さあん?」

「校内でいくつもフラグ立てておきながらここでもおニューフラグの構築ですかあ仄香さあん?」

「校外でもいくつもの神聖モテモテ王国を建築しておきながら絶賛放置プレイ中とかお前はどこのハーレム主人公なんだよ仄香さあん?」

「先日の生徒総会で全校一致で採択された『恋心仄香の不純同性交遊』規制法案をもうお忘れですかあ仄香さあん?」

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ。

なにこの世界終末戦争でラスボスの破壊神×5柱と対峙したかのような圧倒的なプレッシャー。盗撮されそうになった女の子を助けてあげたら嫉妬に狂った仲間たちから殺意を浴びるって、どんな地雷ゲーだよ訳がわからないよ。

「ステイステイ。誤解があるようだけど君たち、私はちょっと魔法を誤爆しただけであって、まかり間違っても他校の女の子をちょっとつまみ食いしてみよっかな☆なんて品性下劣なやましい考えはまったくもってこれっぽっちも、1ジンバブエドルたりとて持ち合わせていないんだぞ、うん」

「オーケイ、とりあえず落ち着いて目の前の光景をよく見てみようか?」

 え?



「ほのかさま~❤可愛がってくださいまし~❤」

「哀れな子猫の魂をどうかほのかさまの手で救ってくださいまし~❤」

「ならわたくしはほのかさまの御髪をなでなでしてさしあげますわ~~❤」

「ならわたくしはほのかさまのほっぺにふにふにすりすりぃ~~~❤」

「「「「ごろにゃ~~んごろごろお~~~~❤」」」」



「「「「「…………」」」」」

 なんか物凄いことになってる!

「いまさらだけど、いつ見てもすごい光景だよね~……」

「小学生のタッパしかないこいつに何人もの女子高生が上目遣いで一斉に擦り寄って来るんだもんな、どんなクトゥルー神話だよ……」

「しかも聖マリアンヌ女学院って修道服をベースにした制服だから、背徳感っていうかイケないことしてる感が半端ないですよね……」

「「仄香先輩、おそろしい子……!」」

「ちょ、ちょっと!?誤解だよ、これはあくまで事故であって……」

「寝言は寝て言え。んじゃ黄泉、『魔女裁判』頼むわ」

「はい。それでは裁判員の皆さん、判決を」

「「「「有罪」」」」

「わかりました。全員一致の有罪判決により、刑を執行します」

「まてやこらああっ!!」

 被告人への質問とか最終弁論とか一切抜きで即日判決とか、どこの中世の魔女裁判だよ!?

「なんですか騒々しいですね~。魔女たるもの誇りをもって心臓を杭で貫かれるその最後の瞬間まで堂々としてくださいよ~」

 そういって、赤黒い染みが不気味な年代物っぽい木の杭を取り出す詠人白魚。お前は普段からそんなものを持ち歩いているのか。

 鬼姫は無言で『魔女の鉄槌』をぶんぶんと素振りしているし。そんなに私の頭を壮絶フルスイングしたいのか、こやつめハハハ。

「はい、それではこのおもちゃの銃で仄香さん狙って撃っちゃってくださいね」

 満面の笑顔で合法拳銃と弾丸を啼夜や隅華、さらには聖マリアンヌ女学院の生徒さんたちにまで配る黄泉路砂漠。おもちゃの銃とか謳っているけど、当然のごとくそれらには魔女退治のための必殺呪文とか法儀式とか純銀とかが惜しげもなく投入されているわけで。

「あの、本当に撃っちゃっていいんですか?」

「いくらおもちゃの銃とはいえ、当たったらほのかさまに痛い思いをさせるのでは?」

 彼女たちの人として当然の疑問を、黄泉は数拍間をおいてから天使のような悪魔の笑みでこう聞き返す。

「……涙目になった仄香さん、見たくないですか?」

「「「「見たいです」」」」

 なんということでしょう、敬虔な聖女を目指していたはずの生徒さんたちは匠の魔の手によって、あっというまに魔女殺しの暗殺少女へと変わってしまいました。

「こんなふざけたところにいられるか、私は先に行かせてもらうぞ!」

 彼女たちの集中力が拡散した一瞬の隙を縫って、私は放たれた矢のように駅内交番を飛び出す。一意専心。

「絶対に逃がすんじゃねえぞ、追え追え~~~!!!」

 もはや女子高生のものとは思えない、ヤクザ映画のような鬼姫の怒号が鳴り響く。

 それを潮に後方から銃声やら刃音やらがかすかに聞こえてくるが、腐っても魔女である私の縮地クラスの俊足に人間である彼女たちが追いつけるものではない。広い駅の階段を十段飛ばしで駆け上がりそのままの勢いで二階の改札口を飛び越えるように通過しお嬢様学校特有の広々とした通学路のスペースを最短距離でぶっちぎり、残りの距離を目測する。うむ。学院までもうすぐだし、ここまで来ればもう大丈夫か。全速力で駆けたものだから汗は噴き出すし、向かい風を浴びたため、せっかくの流れる砂金の如き自慢の金髪ツインテールの可愛らしさが台無しだ。やれやれ。

「とはいえ……」

 通学路途上、休日登校の生徒さんたちの注目の的になっていることを意識しつつ、決めポーズを狙って嘯いてみせる。

「いつものお仕置きよりはだいぶ、マシなんだけどね☆」

 そういってお茶目に舌をぺろっと出し、右手でピースサインをして、彼女たちの歓声嬌声をあげさせて、カワイイモノLOVE視線を存分に引き出し、



「仄香ぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~っっっ!!!」



 縮地を越えた超神速で助走をつけてきた『韋駄天の魔法少女』こと鬼姫彦星の真空飛び膝蹴りを後頭部にまともに喰らい、灰色のアスファルトと熱いキスを交わしたのだった。


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