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エピローグ

「……あら?」

「いかがされましたか?」

「なにか声が聞こえた気がしたけど」

 そういって、聖鳳院マリアは決済印の押し終わった書類の束を専属メイドの命紅暮に手渡す。

 ここは聖マリアンヌ女学院理事長室。

 生徒でもあるマリアは理事長としての公務を、放課後の時間に集中して行っている。

「大方、『彼女』がまた何かしでかして、お付きの魔法少女たちからのお仕置きで悲鳴をあげているのでは?」

「……ありえそうで怖いわね。アン――こほん、仄香さんは付属病院に入院かしら?」

「はい。ですが、明日には退院するそうです」

「そう」

 そういって新しい書類の束に目を通し決済印を押す主に、紅暮は一瞬逡巡した後思い切って言う。それが立場を超えた言動であることを承知の上で。

「僭越ながらマリア様」

「?なにかしら?」

「『彼女』のお見舞いに行かれてはいかがですか?姉妹水入らずでの再会、この機会を逃せばご多忙なマリア様には当分」

「それはできないわ」

「ですが」

「『彼女』は私たちを姉妹だと思っていない。いいえ。覚えていない。すでに何もかもが書き換えられてしまった後だから。あの子の手によって」

 そういって、決済印を押し終わった最後の書類を手渡すマリア。

「マリア様……」

「そんな顔をしないで。陳腐な台詞だけどどんなに深い夜でも明けない夜はないし、どんなに複雑な迷路でも出口は見えてくるわ。そのための聖女だもの。それに」

「?」

「一番大事なものは、ここにあるから」

 胸元を意味ありげに両手でクロスして、目を閉じる。

 時刻はすでに夕刻。

 夜には彼女が顔を出さなければならない会議、会合の類が目白押し。

 紅暮の手伝いで、優雅に身支度を整える。

「今日は聖女騎士団への特別顧問としての出席、でいいのね?」

「はい。報告内容はこちらに。その後はそのまま帰宅となります」

「それじゃ、帰りの車中でなにか読むものをリクエストしていいかしら?」

「はい。なにをお取り寄せになりますか?」

「夏目漱石の『三四郎』、あと村上春樹の『羊をめぐる冒険』をお願いできる?」

「承知いたしました。では、十五分後にお車をおまわしいたしますので」

 恭しく一礼して、紅暮は退室する。

 遺された短い時間を、マリアは思索に耽るために使う。

 迷える子羊、か。

 私は強くなどない。

 どれだけ異端の魔女と対峙し、捕縛し、追放しようとも。

 いくら史上最高峰の聖女と称えられようと。

 その手の虚栄の類で満たされることは決してない。

 むしろ弱い。

 弱いからこそ、こんなにもあの子たちに囚われてしまう。

 けど、それで構わない。

 ただ一つだけ望むこと。

 それは、姉妹揃って笑顔で迎えられる出口。

 未来。

 それが得られるのであれば、私は永遠に迷える子羊であっても構わない。

 そこまで考えを前のめりに歩ませて、不意に胸元の感触に我に返る。


 危ない危ない。

 そんな自暴自棄な考えで、この写真の笑顔を誰が取り戻せようか。

 感触の源である物を取り出す。

 写真入りのロケット。

 そこに入っているのは三姉妹が見切れることもはみ出すこともなく写っている、世界でたった一枚の写真。

 それは、彼女以外には世界の誰にも知られることなく、彼女たちが現実でその笑顔を取り戻す日まで、長女の胸の灯火を灯すように静かに笑い続けていた――。



                         to be continued……?

最後までお付き合いいただきましてありがとうございました。

つたない作品ではありますが、ご意見ご感想ご質問などありましたら、

お気楽にお書きいただけたら幸いに存じます。

それではまたどこかの作品でお会いしましょう。

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