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最終章 恋心仄香はハーレムがお好き❤

「んむぅ……?」

 目が覚める。

 体中のあちこちが痛い。

 あれ?いままで私はなにを?

「ようやく目ぇ覚ましやがったか。余計な心配かけさせやがって」

「ふふっ、照れ隠ししなくてもいいのにですよ~?」

「うっせえっての」

「仄香さん、まだ起きたら駄目です。いま先生を」

「「呼んできます!」」(ダッ!)

「わたしが呼ぼうとしたのに……」

 起き上がろうとする私の周りには、いつも通りの魔法少女たちがいた。

 周りを見渡すと、病室であることが一目でわかる。

 ここは聖マリアンヌ女学院付属病院。

 そのなかでも守秘義務のある特別な入院患者のみが使用可能な個室。

 敬虔な信者たちが多く利用する一般病棟に、魔女が紛れ込んだりしたらまずいという配慮からだろう。

 『北方の魔女』こと傷心絆に傷を負わされて以来の入院か。

 ん?

 入院って。

「そういえば、私は一体……」

「覚えてないのですか~?」

 耳の白い魚に指を当てて、白魚はいう。

「大変だったのですよ~?まさか、『東方の魔女』こと無心ちゃんがアリスちゃんに取り憑いて『聖域』への復讐を企む『復讐の魔女』だったなんて、こっちは思いもよりませんでしたからね~」

「まあ、その取り憑いたやつ引き剥がすために、どこぞのアホ魔女が『自分にかけられた聖女の封印を強引に解除して、全力全開出せる全盛期の大人バージョンに戻った』なんて荒業しでかすのも、こっちは思いもよらなかったけどな」

「なんとか引き剥がしに成功して、アリスさんも無心さんもご無事なのはよかったですけど、『仄香さんはその若返り(?)魔法の反動で三日間も昏睡状態に陥った』んですからね。少しはご自分の身を案じないと駄目ですよ」

 そういって、めっ、と可愛らしく嗜める黄泉。

 あれ?

 誰か欠けている気がする。

「あいつは……?」

 思わず知らずこぼす私に、怪訝そうな顔をする鬼姫。

「あん?歌姫のことか?」

「アリスちゃんはまったく何の問題もなく、ピンピンしてますよ~。無心ちゃんも健康面では異常見られず、処遇については『聖域』の反覆・壊乱を企てた罪で一定の罰は避けられませんが、まあアリスちゃんの凍った心を『無心残心』の魔法で目覚めさせたのも事実ですので、その功績と相殺して要観察処分といったところでしょうか~?」

「もう、いまはそんな他人のことよりご自分のことを労わってください!」

 そういって黄泉は、私の小柄な体を毛布で覆ってしまう。

 誰も覚えていないのか。

 私も含めて。

 はっきりとは覚えていないけど。

 もう、何度かこんなことがあった気がする。

 誰か見知らぬ相手によって運命を操られて、それをこっちが看破して正体まで把握して追い詰めたというのに、それはあいつの気まぐれでお戯れでお遊びな真名ばらしごっこネタばらしごっこに過ぎなくて。

 そうなると途端に興を削がれるのか、なにもかもリセットして全部一からやり直し。

 今回のケースがそれと同じかはわからないけど、大元では一緒のような気がする。

 記憶も設定も世界も時間もなにもかもが弄られて。

 何も覚えていないまま、再び時が動き出して。

 …………。

 まあ、いいさ。

 同じことの繰り返しでも、少しずつ出口へ近づいているのは間違いない。

 可能性はゼロじゃない。

 凡百なオプティミストめいた戯言を思いつつ、手のひらを見つめる。

 そこには☨のような小さな痣があった。

 はて?




 こんこん。

「……はい。どうぞ」

 私の反応を確かめてから、ノックをした主に入室の許可を発する黄泉。

「……失礼いたします」

「おっはーだよ、ほのちゃん♪」

 入ってきたのは今日も無機質ボーカロイドな鬼姫彦月と、今日も元気いっぱいでなによりな聖鳳院アリス。

 二人ともお見舞いにしては場違いな、真っ黒尽くめな衣装。

 訝しむ私にアリスが笑顔で一言。

「さっきね、お墓参りに行ってきたんだよ」

「あ、そうなんだ」

 道理で。

 でもお墓帰りに病院に直行するのはどうかと思うぞ。

 そんな突っ込みを心のなかでしつつ、手元の水差しから水を一杯。

 ごくり。


「『ほのか』のお墓にね♪」


 ぶ―――っっ!?

 含んだ水を一気に噴き出す。

「……アリス様、その言い方では語弊が生じます」

「ほえ?なんで?」

「仄香様の前で『ほのか』という同じ名前を出されたりしたら」

「うみゅ……?あっ、そっか」

 電球が閃いたマークを頭に浮かべると、ぺこり、と頭を下げる。

「ごめんね、ほのちゃん。いまいった『ほのか』は、ボクが昔飼っていた猫の名前なんだよ」

「あっ、そうなんだ……」

 よかった、てっきり本人の知らないところで生前葬が執り行われて墓石まで発注済かと思っちゃったよ。

「あの頃のボクは意味もわからず手を合わせていただけだったけど」

 そういって、ベッドに腰掛けて私をまっすぐに見つめると。

「いまのボクには、ほのちゃんを想う『ココロ』があるから」

 ぎゅっ。

「あ、アリスさん?」

「なに?」

「いや、その」

 何の警戒心もなく抱きつくアリス。

 おかしいな、アリスの好感度上げるイベントっていつ発生したっけ?

 そんな戸惑いを知ってか知らずか、なおも攻勢を仕掛けてくる『聖域の歌姫』。

「ねえ、ほのちゃん」

「な、なにかな?」

「こんなボクでも、少しはあの頃の思い出に向き合える資格があるのかな?『ほのか』の死を悼む資格があるのかな?」

「そ、それはその気持があれば誰だって資格あると思うよ、うん」

「ほんと?よかったあ」

 むぎゅっ。

 なんだろう、さっきからアリスがスキンシップ過剰にすることでいちゃいちゃな、あらあらうふふな展開に持ち込みたがっているように見える。なにかあったのだろうか。

 無論、思春期男子の心をわずかに併せ持った変わった心と書いて恋心仄香と読ませる変た、もとい、変わった魔女としては美少女ktkrばっちこーいな展開ではあるけど、それと反比例して四人の魔法少女と一人の聖少女から湧き上がる殺意度指数は危険水域を超過しており、早急に手を打たないとこっちの命が危ない。

 気持を落ち着かせるため再度水差しの水を含むと、白衣の天使服姿でいた黄泉が思わせぶりに咳払いをしてみせる。牽制か。

「こほん。アリスさん、仄香さんは病人ですのであまりはしゃがれてしまっては、お体に障ります。もう少し離れていただけると」

「よみちゃん、ほのちゃんの退院する日っていつ?」

「え?えっと、後遺症も見られないようですので、今日異常が見つからなければ明日には退院できるかと」

「そっか。それじゃほのちゃん」

「ん?」

「夏休みに入ったら、デートしよ?」

 ぶ―――っ!?

 含んだ水を再度一気に噴き出す。

「「「「「で、で、で、でーとぉぉっ!!?」」」」」

「そうだよ。だって、マリアお姉ちゃんと約束したでしょ?」

 あ。

 そういえば、言ったっけ。コンサートの警備で一番活躍した人の願いを叶える権利を与えるって。他のみんなの願いに埋没してすっかり忘れていたけど。

「本当はお姉ちゃんとの約束だけど、ほのちゃんが眠っているあいだにお姉ちゃんのオフの時間過ぎちゃったからね。代わりにボクがデートするよ♪」

「「そ、そんなデートだなんて駄目です!絶対に――」」



「絶対に許さない」



「ふえ?」

 ぎゅっ。

 正面から腕を回すアリスとは逆側、背中の側から着物の袖が絡みつくように抱きしめられる。その様は獲物を捕食する女王蜘蛛のよう。ベッドのなかからって、まさか。

 おそるおそる毛布をひっぺ返してみると、そこには黒髪ロングで和服の美少女が、無表情で頬だけを朱色に染めてご開帳。怖っ。

 無心残心。

「デートは仄香様の伴侶たる私の権利。異論は認めない」

「……なぜあなたはそんなところにおられるのでしょうか?」

「愛する旦那様のためならたとえ火の中水の中、ベッドの中にだって」

「うん、それ全然理由になってないから」

 火とか水って艱難辛苦を象徴する例えであって、まかり間違ってもベッドみたいな昨夜はおたのしみなスポットと同列に語るべきものではないと思うぞ、うん。

 頭を抱えたくなるも、二人の少女に雁字搦めにされて身動き取れず。


「駄目だよ、むうちゃん。ほのちゃんとのデート権は、ボクのものだもん」

「むうちゃん……素敵な呼び名ね。礼を言うわ。でも、仄香様は譲れない」

「むうう、ボクだって!」


 そういって両者譲らず両腕を引っ張り合う展開に。

 これなんて大岡裁き?

 愛が重い。

 空が降ってきそうなほどに――。



 みしっ。



 ん?

 天井が軋んだ、と気づくなり円型に切り抜かれてそのまま真下にいる私に――。

 どごーん。

「仄香殿ぉぉぉ~~~!お目覚めと聞いて某が参上いたしましたぞぉぉぉ~~~!!」

「きゅう……」

「はっ!?仄香殿が白目を剥いて下敷きに!?おのれ、何奴!?」

((((お前だよ))))

「はっ!?こ、これはもしや、緊急事態につき某に口づけを許すとの天のお告げ!?」

((((それはない))))

「お許しを、仄香殿!この償いは某が一生添い遂げることで必ず償いますので。それではいざ、むちゅ~……」

「「「「なにやってんのこのバカ殿ぉぉぉぉ~~~!!!」」」」

 どごーん×四発。

「きゅう……」

 毎度おなじみのやり取りの後、間髪入れずに魔法少女たちの手で回収され退室した『北方の魔女』。それと入れ替わるようにして目覚めた『西方の魔女』の目に飛び込んできたのは、火に油を注ぐというのがぴったりな光景だった。



「「「「ほのかさまぁぁぁ~~~!!」」」」



 お見舞いの花束と差し入れの紙袋を持って駆け寄ってきた、過日電車内の盗撮犯から守った聖マリアンヌ女学院の生徒たち――って、その熱愛的に潤んだ瞳はなに!?まだ『賢者』魔法解けてないの!?


「ほのかさま、どうかわたくしたち手作りのフラワーアレンジメントをご観賞くださいませ~❤」

「その後、ゆっくりとわたくしたちをご観賞されても……(ポッ)」

「ほのかさま、どうかわたくしたち手作りのクッキーをご賞味くださいませ~❤」

「その後、ゆっくりとわたくしたちをご賞味くださっても……(ポッ)」


「「「「ほ・の・か・さ・ま❤」」」」


 ぴきっ。

 あ、切れた。

「本当はこんなことをするから避けられるのはわかっているんですが」

 そういって、わなわなとチョビ髭の独裁者が最後の日に震える手で眼鏡を外すように、眼鏡に手をかける黄泉路砂漠。

「許せないんですよ。これ以上の不貞行為は」

「おい馬鹿やめろ」

「そうですよ~。どうせやるなら『魔女裁判』を開廷して公正に裁くべきですよ~?それでしたら、被害は仄香ちゃん一人で済みますし~」

「「異議なしです」」

 おいいっ!?

 お、落ち着け。

 『西方の魔女』はこれきしのことでうろたえない。

 状況満載でいろいろ詰みかかったこの局面、さてここで問題です。

 私は眼鏡を外しかけた必殺・魔眼持ちの黄泉に対してどうピンチを切り抜けるか?

 3択――ひとつだけ選びなさい。

 答え①ハンサムな仄香さんは「戯言だけどね」とシニカル胸キュン台詞で黄泉さんを見事篭絡、ピンチを回避。

 答え②へタレな仄香さんは「不幸だあああ~~!!」とだめんずハート刺激する負け犬台詞で黄泉さんを見事懐柔、ピンチを回避。

 答え③「逃げるんだよォォォ!」現実は非情である。

 そんなの決まっている。

 フラグ建築系主人公として、戯言遣いとか幻想殺しとか格があまりにも違いすぎる。

 よって、私が取るべき最善策。それは。

 答え③。

 答え③。

 答え③。

「逃げるんだよォォォ!」

「「「「――どこへ?」」」」

 ドナドナされる子牛を見るような、冷徹なまなざしの魔法少女四名。

 知らなかったのか、魔法少女からは逃げられない。

 忘れてたああああ―――!

「逃亡ってことで罪状も明白になったことだし、ちゃっちゃと頼むわ黄泉」

「ええ。それでは皆さん、判決を」

「「「「処刑」」」」

 ちょっ、前回の有罪判決からグレードアップしてませんかああ!?

「わかりました。では刑を執行します」

 にっこりと微笑む黄泉の瞳には、すでに死相が出た私の青ざめた顔がくっきりと浮かんでいた。

 い……

 いいい……

 嫌ああああああ~~~~~!!



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