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第十一章 恋心仄香は決闘がお好き❤

「……か。おい、仄香!」

「んむ……」

 乱暴に肩を揺さぶられて目を覚ます。

 視界にはおこ一歩手前の銀髪碧眼の美青年、もとい美少女が頬を膨らませていた。

「どうしたの、姫?」

「姫言うな。ていうか歌姫のコンサートも佳境に入っているんだから、トップのてめえがぐーすか寝てんじゃねーよ」

 こつん。

「あう」

「まあまあ。昨日仄香ちゃんは寝覚めが良くなかったのですから、多少のおねむは見逃してあげてほしいのですよ~」

 私の頭を小突く鬼姫に、こっちの事情を見透かしたような目でフォローする白魚。

 ……なんというか、素直に感謝できない。

「ったく。お前らが立てた作戦なんだからしっかりしてくれよ」

「ん。ごめん」

「了解ですよ~」

 いま、私たちこと魔女と愉快な仲間たちは女王アリことクイーンズ・アリーナの予備調整室で待機中。防音設備が装備されたここでしか私たちの安全が確保できないため、作戦の遂行を考慮しての陣地だ。

 昨夜のうちに私と白魚のたどり着いた「真相」について、ベッドで熟睡したアリスを除いた全員――魔女と魔法少女、そして聖少女十字軍にも一分の隙もなく伝えておいた。皆少なからずショックを受けていたようだけど、今日のミッションを成功させるための士気上昇には大きく貢献したといっていいだろう。

 目の前に蜻蛉(とんぼ)の複眼よろしくいくつにも映し出されたカメラ画面のうちの一つには、『聖域の歌姫』としての聖鳳院アリスが聖歌を高らかに歌い上げる姿があった。

 その気高く凛々しい晴れ姿は、普段の天然ボクっ娘とはまた異なる魅力のヴェールに包まれていた。その歌声を直に聴いていたら無神論者さえもたちどころに魅了し宗旨替えさせたであろうレベル。青いカリスマ。聖鳳院マリアと血の繋がった妹であることを再認識させる歌姫。

 別の画面にはいくつかの異なる角度から客席が映し出されているが、スタンディングオベーションとか色とりどりのサイリウムを折ってのマスゲームとかこの手のイベントに付き物のパフォーマンスで盛り上げようとする観客は一切映っていない。ただ、敬虔な面持ちと敬虔な佇まいで『聖域の歌姫』の聖歌を拝聴する、否、させていただく信者の姿があるのみ。初見の人だったらコンサート会場でなく教会のミサと断言するであろうレベル。

「まさか、この子が原因だったなんて……」

 澄墨隅華がおかっぱ頭を曇らせつつ、画面のアリスを見てつぶやく。

「わたしがもっと早く気づいていたら……」

 啼夜鶯巣が三つ編みを絞り上げるように後悔の念をこぼす。

 彼女の話によれば、小学校低学年で合唱部に在籍していた頃の聖鳳院アリスはいまのような天真爛漫なボクっ娘ではなく、むしろ今の性格からはまったく想像できないぼっちキャラだったという。つねに物静かでおとなしめ。慎ましやかな大和撫子といえば聞こえはいいけど、実際には外部の世界にまったくの無関心。心を閉ざした、というより心が無いお人形のような女の子。一日中口を開かなかったことも珍しくないくらい口数少なし秋の風。休憩中にいくつかの仲良し女の子グループが輪になってきゃっきゃうふふな雑談に戯れている傍らで、空中のあらぬ一角を見据えて真っ平らな雛壇のお姫様として一人鎮座ましましているのがデフォだったという。聖鳳院マリアの妹であり、かつ、歌声に天性の才能を秘めたVIP待遇のご令嬢であったことから同じ部員や教師からハブられたり虐められたりしたことこそなかったものの、若干付き合いづらい空気として微妙な扱いだったこともまた事実だったらしい。

 そんな彼女がなぜこんな人懐っこい天然キャラに豹変したのか。

「いえ。わたしたちこそ真っ先に気づくべきでした。聖少女が魔女に襲われたのはアリス様がご就寝の最中だったという事実に。そもそも魔力探知機は隠しスキルを持った魔女はもちろんのこと、魔女自身が聖女と血の繋がった少女を隠れ蓑にしてしまえば、魔力が霊力の成分でカモフラージュされてしまい探知のしようがないという事実に」

 鬼姫彦月が沈痛な面持ちで悔いる。

 『復讐の魔女』がなぜいままで何の痕跡も残さずに隠れていられたのか。

 そもそもどこに隠れていたのか。

「それはお互い様ですよ~。むしろ名探偵のワタシこそもっとそこに気づくべきだったのですから~。他にもお子様なアリスちゃんがなぜかすーすーしてお嫌いな薄荷飴を持ち合わせていた事実とか、すぐおねむになってしまう事実とか、それら諸々の事実とつき合わせて考えれば『弾丸思考』を用いるまでもなく、自然と結論が導き出されると思うのですよ~」

 そういって、白魚がちらっと意味ありげにこちらを見る。

 それらのアリスの兆候はなぜ起こっているのか。

 それらの疑問符にまとめて終止符を打つために。

 私は言う。

「みんな、準備はいいね?アリスの安全確保を最優先に。『復讐の魔女』及びそれに準ずるものの攻撃はできる限り回避で。彼女の相手は私、そして他の魔女が引き受けるから」

「了解」

「了解です」

「了解ですよ~」

「「了解っ!」」

 元気よく答える魔法少女たちと、こくっと神妙な面持ちで頷く聖少女十字軍の面々。

 『北方の魔女』や『東方の魔女』たちの面子は別室で待機中。

 時間になり次第、彼女たちとも合流して一気に勝負を決める。

 いざとなったら切り札を使って。

 内ポケットに忍ばせておいた紙包みの赤いキャンディー――今朝、目を覚ますと手のなかに握りしめてあった。夢の世界であいつから手渡されたものが現実の世界にもあるって、いまさらだけどなんか変な気分――に意識を向けると、ぬっとそれを遮るように銀髪のっぽが私の視界に入ってくる。

「な、なに?」

「……いいのかよ、魔女をお前らだけに任せちまって」

例によってぶっきらぼうな口調ながらも心配そうに小声をかける鬼姫。

 お前は父親か、と茶化したくなるのをぐっと我慢。

「大丈夫だって。少しは自分の主を信じなさい。ていうか、私だって曲がりなりにも魔女なんだからね?」

「お、おう」

 なんだその反応。

 まあ、私の見た目が見た目だから無理からぬことかもしれないけど。

「私のことよりそっちこそしっかりね。啼夜も頼んだよ」

「は、はい!任せてください!」

 私に声がけされたのがうれしかったのだろう、いつもより三割増の大きな声で答える元合唱部の三つ編み少女。

 今回の作戦は彼女が鍵だ。

 初動の展開に彼女がうまく対応できるか否かで大きく変わってくる。

 稀代の策士・詠人白魚の想定通りに動けばいいけど。

 彼女の考案した作戦について考えを巡らせていると、

「歌終わったようです。音声入ります」

 冷静な無機質ボイスと同時に、鬼姫姉妹の聖少女が音響器具の操作をする。

 ぽちっ。



『みんな、今日はボクのお誕生日コンサートに参加してくれてありがとね~~~!』

『『『『A・M・T!A・M・T!!A・M・T!!!』』』』

『最後になってごめんなさいだけど、今日みんなに謝らなきゃいけないことがふたつあるんだ。聞いてくれるかな?』

『『『『どんと恋です~~~!!』』』』

『ひとつはこうしてみんなの前で歌うのは、これが最後になるってこと。ボク、普通の女の子に戻るよ~!』

 おお~~~~っっっ!!



「……案外冷静だね」

 さっきまでの教会のミサのような静けさが嘘のような、俗っぽさ全開なファンの大歓声に私はつぶやく。もっとこう、美少女アイドルグループの解散コンサートとかにありがちな、阿鼻叫喚死屍累々な地獄絵図が繰り広げられるかと思ったけど。

「アリス様のファンたる者、この程度で動じていられません。それより、こちらもそろそろ用意しないとまずいのでは?」

「あっ、うん。それじゃ、『聖域』の発動キーのほうお願い。私たちは先に行って悪い魔女懲らしめておくから」

「承知いたしました。ご武運を、『西方の魔女』様」

「そっちもね、『銀糸の聖少女』さん」


 

『みんなありがと~~!それじゃあ、ふたつめのごめんなさい行くね~~!』

『『『『は~~~~い!!』』』』

『いままでみんなが信じてくれた『ボク』は、これから『ボク』じゃなくなるんだよ』

『『『『…………えっ?』』』』

『『ボク』はこれから新しい『僕』と入れ替わる。だからみんな、新しい『僕』のためにその新たな贄、新たな礎になってくれたらうれしいな』

 どよどよざわざわがやがや……。

『まあ嫌だっていっても結果は変わらないんだけどね。みゅふふふ。具体的には融合魔法を使ってみんなを熔かし――と、その前に時間魔法でみんなの動きを止めておかないとね。もう『僕』のうっかりさん、てへっ♪それじゃ『なにがなんだかわからない』って顔してるモブキャラのみんな、『なにがなんだかわからない』まま『僕』の糧になってね♪それじゃいっくよ~♪』



『――『時間停止』♪』



 ☨



 聖鳳院アリスのファンである人間の心を掌握し、熔解し、融合する。

 たったそれだけの簡単なお仕事。

 たったそれだけの作業で『聖域』は事実上幾万もの人質を盾にした魔女に手も足も出ず、彼女は大いなる防壁と共に復讐への第一歩を踏み出すこととなるだろう。まして彼女には『無敵の魔女』直々に譲り受けてくれた非凡な能力がその手に唸るほど光り輝いている。凡百の魔女や聖女が何百何千群がろうと立ちはだかろうと、その奇跡の魔法に適うものなし。

 そう、そのはずだった――。


「――とでも思っているのでしょう?おめでたいですね~。人間舐めんなって話ですよ~」

「あれあれ~?どうして君たちがここに?」

 アリスは可愛らしく首を傾げる。

 さっきまで女王アリに収容されていたはずの三万五千人もの大観衆がまるで神隠しにでも遭ったように一斉に姿を消して、代わりに無人の客席に現れたのは魔女とそのお付きの魔法少女たち。『時間停止』の魔法を使ったら、学園魔女の召喚魔法だったでござるの巻。もっともそんな予定外の展開にもかかわらず、狼狽する気配すら見せないのはさすがといったところか。

「ここがどこだかお忘れですか~?『聖域の歌姫』のファンにとって聖地でもある女王アリですよ~。であれば、彼女とその敬虔な信者たちを緊急時に保護するために聖女騎士団が『聖域』のシステムをここに組み込むくらい予想できたのでは~?」

「なるほど~。ファンのみんなはシステム運営の『大転送』で緊急避難したんだね。ここと同じくらいの広さだと、萌々木競技場とかに転送したのかな?」

 白魚の煽りを余裕でスルーし、避難先を考察する余裕さえ見せるアリス。

 否。

 アリスのガワを被った『復讐の魔女』。

「まあいっか♪」

 そういって人差し指を口に咥えると、ちゅぱあ、と妖艶な唾液の糸を棚引かせる。

 エロい。

「『僕』はね、好きなものを最後まで残すタイプなんだよ♪だからこうしておあずけとかされたりしちゃうと、ものすごく燃えちゃうよ♪」

「燃える?」

「食欲が湧くってこと。ギリギリまでおあずけされて、焦らしに焦らされた上でようやく至福の瞬間を味わえるかと思うとよだれ出ちゃいそう……みゅふふ♪」

 そういって再度人差し指を艶めかしく口に咥える魔女。

 こいつ、まさか――。

 かすかな違和感を覚えつつ、私は訊ねる。

「それ、止めるわけにはいかないかな?」

「こんな豪華なご馳走を前にして止まれないよ♪」

 すたっ。

 演台から客席に降り立つと、文字通り私たちを舐めるように品定めする。

「「…………っ」」

 圧倒的な攻撃力と壊滅力を有する鬼姫彦星と黄泉路砂漠が私を守るように位置を固める。わずかではあるが、魔法少女五人全体の構成バランスが崩れる訳で。

 それを見るなり、ちっちっち、と濡れた指を振る魔女。

「いったでしょ?『僕』は好物は最後まで取っておく主義だって♪いいかえれば最初はそれほど好きじゃないメニューからでも手をつける主義だって」

「――啼夜!?」

「――っ!」

 油断。

 誰も反応できない速度で、魔女が襲う。

 おそらく聖少女十字軍を襲ったのと同じ手口で、突進する勢いそのままに彼女の口を塞いでマウス・トゥー・マウス。魔女の圧倒的な魔力で魔法少女の微々たる魔力を制圧し、新たな魔女の主として魔法少女の精神ごと乗っ取るつもりか。

 いずれにしろ人質を取られた時点で最後、打つ手なし――。



「――とでも思っているの?」



 ぎらり、と反撃の意思を瞳に宿す魔法少女。

 おやおや、と魔女がその唇寸前にまで急接近しておきながらそれを奪う行為に及ぶことなく、啼夜の瞳――でなく、その胸元を訝しげに覗き込むように見入っている。

 無理もない。

 ピンク髪の巨乳っ娘とは比べるまでもない慎ましやかだったはずの彼女の胸元部分が、わずか一秒にも満たない瞬間に衝撃のビフォーアフターと化していたのだから。まるでビーチボール2個を隠し入れたかのような特盛りっぷりに。

 そこに詰まっていたのは誠に遺憾ながら夢や希望や脂肪の塊などではなく、飛び抜けた肺活量により大量に吸引された空気だった。元合唱部・啼夜鶯巣は粒ぞろいだった合唱団において決して歌唱力は高くなく人並み程度の歌い手に過ぎない。そんな彼女が唯一誰にも負けなかったのは、その飛び抜けた肺活量と鍛え抜かれた腹筋により培われた爆発的な声量だった。

 『(ナッ)(クル)』という呼び名はそこに由来する。その大声を直に聞く者は例外なく三半規管を揺さぶられるため、ボクサーの鍛え抜かれた『(ナックル)』で脳を揺さぶられたかの如き失神状態に陥ったからだ。

 私たちが一斉に両手で耳を塞ぐ作業に専念する傍らで、ようやく嵌められたのは自分だという事態に魔女が気づくも、時すでに遅し。

 ぐいっ、と小柄な魔女の耳元に口を近づけて、



「モブキャラだからって、舐めないでよ――――!!!!」


 

 きぃ~ん、きぃ~ん……。

 くわ~ん、くわ~ん……。


 なんという馬鹿でかい声。

 どこかのお子様忍者の泣き声にも匹敵するそれは、もはや生体兵器のレベル。

 それをまともに喰らってしまっては、さしもの魔女も――。

「やれやれだよ。まさかこんなえげつないカウンター作戦を仕掛けていたとはね」

 ゆらり。

 十メートル程離れた最前列付近からゆらり、とどこかの夢の中の公園で見覚えのある影が立ち上がる。

 衝撃に耐え切れず、アリスのガワが剥がれたのか――って、アリスは?

 ぱぱっ、と360度回転目視すると、右後方に気を失ったアリスを黄泉と白魚が抱きとめている。顔色や脈拍を一通り測り終えると、二人は私に頷いてみせる。

「「どうやら大丈夫そうです(よ~)」」

 ほっ。

 胸を撫で下ろすと同時に、私は油断なく構える。

 すちゃっ。

 小学生金髪女児の幼稚なファイティングポーズに、影は嘲るように笑う。

「おやおや~?人質がいなくなった途端、こっちに切り札がないと踏んで強気になったのかな~?」

 そういって、顔かたちも判然としないはずの影は顔らしき部位を笑みで歪める。

「そういう勘違いしちゃう子、『僕』は大好きだよ♪」

 ぺろり。

 口から舌が歓喜に酔い痴れるように踊る。

 この嗜虐っぷり。

 この愉悦っぷり。

 この悪徳っぷり。

 間違いない。

 こいつは――。



 ばたーん!(扉を開く音)

「作戦成功と聞いて即参上!仄香殿を護る最強の剣として傷心絆、助太刀いたしますよ~!」

「「「暴走気味な殿がご乱心めされぬよう、最強の鞘として『北方の魔法少女』ここに見参!(ううっ、恥ずかしい……)」」」

「最強の名医、真心真酔ここに推参!――まったく、なんで儂がこんな芝居じみた真似を……(ぶつぶつ)」

「…………」

「「「「…………」」」」

 北側ゲートからは『北方の魔女』こと傷心絆とお付きの魔法少女たち。

 南側ゲートからは『南方の魔女』こと真心真酔。

 東側ゲートからは『東方の魔女』こと無心残心とお付きの魔法少女たち。

 三魔女見得を切って揃い踏みでのご登場。

 カメラを通してこちらの作戦が成功したのを見て、よほど待ちきれなかったのだろう。

 めずらしく登場するなり私に抱きついたり頬ずりしたりすることなく、標的である彼女を一直線に見据えると徐に口上を述べる。

「『復讐の魔女』殿は、そちらの御仁ですか?個人的に恨みはありませんが、仄香殿に仇なすモノは全て不倶戴天の天敵と見做します故、いざ尋常に勝負――」

「ちがうよ、絆」

 そこに割って入るように、私が頭を振る。

「ほよ?何がですか?それはそれとして、某をファーストネームで呼んだということは、ついに正式な恋人に認めたという――」

「ホントブレないねお前は。そうじゃないよ。あいつは『復讐の魔女』なんかじゃない――」

「『無敵の魔女』ですね~」

 お前もかブルータス。

 せっかく私が間をためて打ち明けようとしたのに、あっさりばらしてしまう白魚。まあこっちが魔女特有の直感で見抜いた正体を看破してしまうのは、さすがというべきか。

「ということは、『復讐の魔女』はどこか別の場所に待機して指示出し中、ですか~?それともすべてが彼女の自作自演だったとか?あるいは~」

「あいつに飲み込まれて消えてしまった、とか?」

 お返しといわんばかりに途中で遮るように回答を暴露する。

 それを聞いた魔女はゆらり、といかにも愉快そうに揺らめいて答える。

「別に『僕』のほうから彼女を『無心』したわけじゃない。ただ、忠告はしたよ。君の魔力では『無敵の魔女』の能力を承継するにはあまりにも格が違い過ぎるしあまりにも荷が重過ぎる。下手をしたら君の自我は『僕』の織り成す夥しい魔力の小宇宙で未来永劫消え失せてしまうかもしれない、と」

「それで?」

「彼女は答えた、『それでも構わない』と。彼女は魔女狩りという惨劇を辛くも生き延びた生き残りの末裔だ。そんな彼女にとっては魔女狩りの意思決定機関たる『聖域』に対する『復讐』――それさえ達成できれば、彼女当人の固体の有無なんてどうでもよかったんだろうね。むしろその程度の出費で済んで幸運だと思ったのかもしれないよ。はて、実際はどうだったのかな?」

 そういって、一人の魔女のほうへ発言を促す。

 その手首の指し示す先には――。

「おっと、これは失礼。すでに心を無くしてしまった以上、こんな質問は君にとって心無い悪趣味でしかないね、『無心の魔女』。いや――」



「――『東方の魔女』」



「「「!?」」」

 その場のすべての視線が一人の魔女に集中線を描く。

 無心残心。

 『東方の魔女』。

 マンホールのような古代秘境文明の儀式のような奇妙な紋様の仮面に、黒のケープですっかりその全身を包み込んだ女の子。

 以前、真酔先生は彼女たちが『無言の行』で沈黙を強いられていると言った。

 しかし、それが『魔女の契約』により心をすでに無くした魔女の、声なき所作によるものだとしたら。心の無いお人形のオートメーションな所作に過ぎないものだとしたら。

 なんという悲劇。

 なんという喜劇。

「して、魔女殿」

「ん?どうかしたかい、『北方の魔女』」

「これから、いかが為されるおつもりですか?」

「決まっているさ。たとえ契約者がいなくなっても『魔女の契約』が継続している以上、彼女の遺志を受け継いで微力ながらこの『僕』が、聖域の壊滅に全力を尽くす所存だよ♪とりあえず、目の前にあるご馳走を平らげないとね♪」

「はてさて、そうは問屋がなんとやら」

 ちゃきっ。

 涎を垂らす怪物の前に、剣鬼・傷心絆が立ちはだかる。

 だらん、と無造作に垂らした腕には、抜き身の凶刀『血煙』が。

 無構え。

 剣聖ならぬ剣魔の極みへたどり着いた魔女の必勝必殺の構え。

「……おとなしく食べさせてはもらえないのかな?」

「子供の暴飲暴食を止めるのは大人の役目。それに、某は仄香殿以外の魔女には食べられるつもりはありませんので」

「わがままなご馳走だね。しかし、困った」

 そういって、いつの間にか影から昨日夢で見た戯けた手品師へと豹変した魔女は戯けるように嘯いてみせる。認識阻害の魔法のせいかシルクハットを目深に被っているせいか、顔かたちはやはり判然としない。

「学園シリーズ最強の魔女相手でも、この『僕』の勝ちは揺らがない。たとえていうなら、地上最強の生物に対死刑囚選抜メンバーを宛がうくらいの絶望的な格差が、『僕』と君たちのあいだには横たわっているのだから。ただここでいざ勝負ということになると、後々パワーバランスの数値調整が厄介なことになりそうだ。再度たとえていうなら、人外クラスの強キャラをハイパーインフレになるのも厭わずにこれでもかとてんこ盛りに詰め込んだ結果、強さの飽和状態と化して、最後に余った遥かに格下の人間クラスの最強戦士を引っ張り出して、父親の領域に足を踏み入れつつある主人公に欠伸を我慢させるような事態にもなりかねない。そんな事態だけは避けたい。『北方の魔女』の強さは知っているだけに、それは惜しい」

 ここまで熱弁を振るっている最中、絆も魔女も互いに一瞥だにしない。

 両者隙なし。

「そこで問題。以上の点を解決するにはどうしたらいいと思う?」

「……そこは作者の想像力、創造力にかかっているとしか。ただ誰の目から見ても揺るぎ無い最強キャラを作り続けるしかないと、某には考えられませんが?」

「ぶっぶー。そこはこう答えなきゃ。『逆に考えるんだ。戦わなきゃいいのさって考えるんだ』って♪」

 そういって、魔女はシルクハットを脱ぐと――やはり認識阻害の魔法のせいか、顔は判然としない――その口から二枚のプリント用紙を取り出す。なにやら細かい字の羅列並んでいるところの右下に、赤い染みが――。

「この匂いは、まさか――!?」

 絆の焦りの声から無構えが解け、緊張した構えと化した瞬間を見計らったように、



「跪け」



 ずうぅんっ。

「んなっ!?」

「ちょっ!?」

 二人の魔女がまるで超重力の修行部屋にでも放り込まれたかのように、一斉に一様に跪く格好に。

 あのプリント用紙は、まさか――『魔女の契約』?

 赤い部分が邪悪な輝きをもって、私の心臓に呼応する。

 自然、跪きながら心臓を押さえる格好に。

「くっ……」

 剣鬼の魔女も剣を杖に必死に起き上がろうとするも、私同様に胸を押さえているところを見ると、間違いない。

 あれは、私たちの血だ。

 おそらく先日、『影の触手』に襲撃されたときに傷口から滴り落ちた血液を舐め取られたものを、『魔女の契約』の本人証明事項に利用したのだろう。彼女は二枚の用紙を機嫌よくぴらぴらさせながら、気分よく解説する。

「戯れに遊ぶだけのつもりだったけど、君たち『魔女の血』が入手できたのは僥倖だったよ♪何しろ『魔女の契約』の本人証明事項の制約は厳しいからね、模倣程度の筆跡じゃ絶対通してくれないし。その代わり一度審査が通れば後は契約通りの効力を思う存分発揮してくれる。『僕』の言うことを聞け、とか――」


 瞬時。


 得意満面な魔女の四方を取り囲むように。


 魔法少女の奇襲攻撃が火花を散らす。


 きぃぃん。

 きぃぃん。

 どぉぉん。

 がぁぁん。


「な、なんなのよこいつ……!?」

「手応えがあるのに、斬れてない……!?」

「手応えがあるのに、折れてない……!?」

「手応えがあるのに、潰れてない……!?」

 魔女への不意打ち。

 北方ソード学園の四人の魔法少女が各々の武器を手にこの非常時に取った手段は、英断と賞賛すべきか蛮勇と非難すべきか。その是非はともかく、現時点での冷静かつ客観的な視点からただ一つ言えること、それは――。


「まったく、『僕』が気持ちよく喋っている時に、不意打ちとはね。『北方の魔女』によく似た猪突猛進型の魔法少女、嫌いじゃないけど」


 ゆらり。

 再び、影が手品師の背後から揺らめく。

 巨大に。

 不吉に。


「『僕』を不快にさせた分、おしおきはしておかないとね♪」

 気分よく話をしている魔女に、水を注してはいけない、ということだ――。

「「「班長!?」」」

 影の右手から放たれた風斬り音と同時に絆への突っ込み役だった魔法少女Aの姿が消えた、と思う間もなく二階席の設備が派手な崩壊音と共に崩れ落ちる。残り三人の魔法少女も残る左手により翳された無情な風斬り音と共に、それぞれ三方向のゲートから一瞬で強制退場させられる。

「き、貴様……!」

「そんな怖い目で睨まないでほしいな♪彼女たちは無事だよ♪あのグランパ気取りの魔女のお陰でね♪」

 見ると、南口ゲートにいたはずの真心真酔先生の姿がない。

 きっと、四人の確保と安全な場所への避難、そして本業である緊急治療に当たっているのだろう。

 しかし、これで北方ソード学園と南方シード学園のメンバーは脱落および一発退場、東方コード学園はとっくの昔に戦力外通告を告げられ、残る戦力は西方モード学園から脱落組である私を差っ引いた齢十六、七歳の魔法少女が四名。

 対して、相手は齢一億七千万歳を数える『無敵の魔女』の能力。

 ただでさえ圧倒的な戦力差が、もはや天文学的と形容したくなるほどの超えられない壁へと変貌を遂げる。

 どないせいと。

「上等じゃねえか」

「鬼姫……?」

 そんな私のぼやきを読み取ったかのように不退転の構えで『魔女の鉄槌』を携えるのは、鬼姫彦星。

「なあに湿気た面してんだよ、仄香。てめえはいつもみたいにそこらで鼻の下伸ばしてあの外道魔女の携帯アドレス聞き出す算段でも組み立ててりゃいいんだよ。あたしらはその鬱憤晴らしも兼ねてあいつをこいつで叩きのめす。いつも通り、通常営業じゃねえか?」

 ぽんっ。

「あう」

 そういって、私の金髪に手を乗せる。

「わ、わたしたちだって負けません!啼夜、アレはまだできる?」

「上等!喉が潰れるまで声出しつくすわよ隅華!」

 そういって互いの手を握り合うモブ後輩二人組。

 おそらく、啼夜の気力体力魔力が尽きるのを見越して、隅華からそれらの不足分を補給することで『声の拳』の連弾連発を維持する作戦だろう。正直明暦の大火に水鉄砲をかける程度の効果すら怪しいものだが、何事もコロンブスの卵。やってみないことには始まらない。

「わ、わたしも参戦します!」

 そういって眼鏡を外そうとする黄泉路砂漠の手をぐいっ、と押さえる白魚。

「し、白魚ちゃん?」

「ダメですよ~?病み上がりの黄泉ちゃんがいまそんな真似したら、間違いなく黄泉路まっしぐらですよ~?それに、いまのワタシと黄泉ちゃんにはアリスちゃんを守るという重要な役目がありますので~。少しでも目を離したらあの性悪魔女にどんなことされるかわかったもんじゃありませんよ~?」

「で、でも」

「姫ちゃん、お願いがあるのですが~」

 先輩の異議をガンスルーして、前方を見据える鬼姫に声をかける白魚。

「姫ちゃん言うな。なんだ?」

「三分ほど時間を稼いでほしいのですよ~」

「三分?」

「はい~。ワタシの推理が正しければそれだけ時間を稼げさえすれば、何もかも一切合切決着がつきますので~」

 それだけ言うと、再び私の傍で黄泉と一緒にアリスを守る体勢に戻る。

 ふふっ、と魔女は愉快そうに嗤う。

「つまり、その時間内に決着をつければ『僕』の勝ちってことだね♪」

 ゆらり。

 背後からの影がより禍々しい雰囲気を醸成しつつ、何かの武具らしきフォルムを形作る――って、アレは。

「『魔女の鉄槌』かよ。見ただけで複製って、もうなんでもありだなおい」

 影の手には、鬼姫の手にある『魔女の鉄槌』と寸分違わぬ『魔女の鉄槌』。

 もはや呆れを通り越して感心すらしてしまう、そんな彼女の呟きに魔女は愉快そうに頭を振る。

「順序が逆だよ♪これは元々『僕』の作ったアイテムだよ♪それをそこの魔女にあげたのが、たまたま君の手に渡ったんだ♪」

「なん、だと……」

「当然、元のデータは『僕』のなかにしまってあるから、いつでもどこでも復元可能だよ♪なんでそんなことするかって?決まっているじゃない♪」

 にっこり。

「君たちをただ一方的に蹂躙するだけなんてつまらないからね。『僕』も君と同じ『魔女の鉄槌』縛りの攻撃にとどめることにするよ♪これで少しは君たちにも逆転の目が出てくるし、物語としても緊迫感が生じて少しはましな展開になるんじゃないかな?」

「……要はハンデ付けってことかよ。上等だぜ」

 ぎりっ。

 彼女の柄を握り締める音に奥歯を噛み締める音が重なって。

 彼女は吐き捨てるように告げる。

「啼夜、隅華」

「「は、はいっ!」」

「お前らはあたしの後ろに下がってろ。仄香も黄泉もだ。絶対に動くんじゃねえぞ」

「「え?で、でも」」

 不服申し立てを行おうとする啼夜とを有無を言わさずその体格差で強引に引っ張り込んだのは、白魚だった。

「「ちょっと!?なにすんの!?せっかくモブキャラからサブヒロインに格上げするチャンスなのに~~!」」

「し~。死にたくなければ上を見るがいいのですよ~」

「「え?」」

 星空。

 否。

 それは建造物・女王アリ全体に魔女の影が侵食しつくしたがゆえの幻影。

 無数の影の手は各々無数の『魔女の鉄槌』を携えていて。

まるで満天の星空、もとい、星々のよう。

 鬼姫は嘲笑混じりに言う。

「……これのどこがハンデだか教えてほしいものだがな?」

「これら全てが『魔女の鉄槌』縛りなのは間違いないよ?『僕』は嘘は言わないからね、ふふっ♪」

 そういって頬を紅潮させつつ、道化師じみた仕草で手品師の魔女は見得を切る。

「さあ、残り二分余りの時間をどう凌いでくれるのか。『僕』を愉しませてくれ、銀髪の少女」

「上等だ。あたしの歴史を刻んだこいつで、てめえの劣化コピーなんざ全部叩き落してやらあ、『無敵の魔女』」

 ぱちっ。

 魔女のフィンガースナップと同時に、銀髪碧眼の魔法少女一人を標的とした爆撃作戦が開始された。


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