第九章 恋心仄香は逢引きがお好き❤❤
予想通りというべきか筋書き通りというべきか。
鬼姫彦星と『無敵の魔女』との束の間の逢瀬を味わった小さな公園。
夜の帳が下りても変わらず静寂な雰囲気。まるで聖霊の恩寵がそこら一帯にまで及んでいるかのような『聖域』。
その中心に聖鳳院アリスはいた。
ブランコと舟を漕ぎつつ。
足元には猫が擦り寄っていて。
見ているだけで心の癒される絶好のシチュエーションだけど、このまま放って置いたら風邪をひいてしまいかねない。初夏とはいえ、気温の下がる夜にタオルもかけないで寝るのは黄色信号。そう判断した私は、彼女のそばに駆け寄りその耳元で囁く。
「アリス」
「……ん、あ?アレ、ほのちゃん?」
少女が目覚めるのを察するや、猫は脱兎の如く駆け去ってしまう。
「……あ~。はうう、もうダメだよほのちゃん」
え?私のせい?
そう思う私の脳とは真逆に、私の頭は脊髄反射でぺっこりん、と水飲み鳥のように深々と下げていた。
「ゴメンナサイ」
「せっかくネコさんなでなでできると思ったのに~」
逃げた猫に向けて上げた右手を、愛しげに左手で擦る。きっとその手で猫を愛おしく撫でたところをイメージしたのだろう。可愛い。けど、年長者として言うべきことはきちんと言わなくては。
こほん。
「駄目だよ、アリス」
「ほえ?なにが?」
「黙って外出したりしたら、みんなが心配するよ。明日はコンサート本番だし」
「でも、ちゃんと書きおきしておいたよ?」
え?
「『公園に散歩に行ってきます。晩御飯まで戻ってくるからネ☆』って」
「……マジで?」
「まじだよ~♪」
あんの糸目女。
「アリスちゃんが」なんて台詞吐いたら、私がどう行動するかくらいわかりそうなものなのに。いや、わかった上で言ったんだろうなあの女狐。どうしてくれよう。
返り討ちに遭うことがわかりきっていながらそれでも二、三の仕返し試案を考えてしまう私にアリスはきょとんとした顔から一転、ぱああっと顔を輝かせて訊ねてくる。
「もしかして、ボクのこと心配してきてくれたの?」
「え、そりゃ、まあ……」
「ありがとう、だよ。……でも」
でも?
「ネコさんを逃がすような悪い子にはおしおきしないと、だね?」
にっこり。
ぞくっ。
……なんだろう、この子から天然ドSの匂いが仄かに漂ってくる。
成長したら私もこの子の可愛い子猫ちゃんとして躾けられたりするのかな……って、なに考えてんだ私。こんな可愛い子がそんな変態みたいな真似するわけがない。
落ち着け、と半鐘のように喧しく鳴り始めた心臓を必死に静め、話しかける。
「そ、それは具体的にどんなおしおきでせうか?」
だからなんで声震えているんだ自分。まるで期待しているみたいじゃない。
そんな私の葛藤を知ってか知らずか、青髪の美少女は無邪気にこう答える。
「んー、一緒にブランコに乗っておはなししよ♪」
「はい?」
「ちょうど誰かとおはなししたい気分だったんだ。ダメ?」
「い、いやダメじゃない。てかむしろよろこんで、だけど」
そういって、アリスの隣のブランコに腰掛ける。
よかった、鬼畜調教のボクっ娘なんて誰得な新大陸はなかったんだね。
無い胸をほっと撫で下ろすと、唐突に質問の矢が飛んできた。
「ほのちゃんって、いま年齢いくつ?」
「ぶふっ」
噴いた。
なぜそんな質問を。
「魔女さんってすごく長生きなんでしょ?何百歳とか何千歳とか、気になるよ~」
ああ、そういう好奇心からか。それなら素直に答えよう。
「十七歳だよ」
下二桁は。
「アレ、そうだったんだ?ちょっと意外かも」
「アリスはいくつだっけ?」
「ボクは明日十三歳だよ!」
無い胸をえっへん、と張ってご満悦そうなアリス。
かわいいのう、かわいいのう。
「それじゃあさ、ほのちゃん」
「ん?」
「いくつまでサンタさん信じてた?」
「ぶふっ」
また噴いた。
なぜそんなまたデリケートな質問を。
まあ、別にごまかす必要もないので正直に答える。
「ちょっと覚えてないかな」
「ボクもだよ」
同意を得られて一瞬うれしそうにするも、すぐにしゅんと肩を窄めてしまう。
どしたの?
「でも、お姉ちゃんが帰ってくるのは信じていたんだよね。奇跡でも起きるならともかく、そんなわけないのに」
「アリス……」
「ボクね、昔はここの近くに住んでいたんだよ」
「そうなの?」
「うん。物心ついた頃には引っ越しちゃったんだけど。だから、この公園にもお姉ちゃんたちとよく一緒に遊びに来ていたんだって」
「そうなんだ」
「最後にアンヌお姉ちゃんと別れたのもこの公園で、ここで『聖域の歌姫』になったボクを迎えに来るって言い残していなくなったんだって。マリアお姉ちゃんがいってたよ」
「…………」
「変だよね。写真でしか記憶のないお姉ちゃんなのに、こんなにも会いたい気持でいっぱいだなんて」
そういってブランコの座板に立ち上がると、ゆっくりと立ち漕ぎをする。
その動きに合わせて私も立ち漕ぎをしながらも、少女に対し異を唱える。
「変じゃないよ」
「そうかな?」
「そうだよ」
確信を持って言う。
会いたいのに会えない、だから会いたい。
そんな人として当たり前な気持を否定することなど誰にもできない。
不死の時間を生き永らえた魔女からのお墨付きだ。
「……ほのちゃん、ありがとね」
「お礼を言われるほどのことじゃないけど」
「それでもありがとう、だよ」
「……どういたしまして、だよ」
なんというかこそばゆい。
照れ隠しのようにどすん、と勢いよく座板に座り直す――やば、地味にお尻痛い。
それに対しちょこん、と可愛く座り直したアリスの口からふわわ、と可愛い欠伸が。
「うみゅ、眠いよう……」
「さっき寝てたじゃない」
「ごめん限界、本日二度目のおやすみだよ。明日は悪い魔女さんからボクのこと守ってね、ほのちゃん」
こてっ。
すう……。すう……。
「あ、アリス?」
ブランコから降りようとする私の肩をぐいっ、と何者かの手が押さえ込む。
「だ、誰?」
「お静かに。眠りについただけですから」
「……たいしたことはないようですね~」
そういってきたのは口に人差し指を当てた鬼姫彦月と、少女の脈を測り無事を確認する詠人白魚。
そのまま寝こけた歌姫を背中におぶる彦月。
一方、白魚は一枚のメモ用紙を私に手渡す。
それには、小さな可愛らしい筆致が。
「これは……アリスの書置き?」
「仄香ちゃんがダッシュで出て行ってしまったので、伝える暇もなかったのですよ~。本当ですよ~?」
てへぺろっ、と舌を出して取り繕う白魚。イラッ。こいつが生物学上雌に分類されていなかったら腹パンとレッグラリアート、好きなほうを選ばせて思う存分叩き込んでやるのに。
気を取り直して見ると、そこには確かにアリスの言っていた、「公園に散歩に行ってきます。晩御飯まで戻ってくるからネ☆」の一文があった。そしてその筆跡は私があの本のなかで見た電波少女ゆんゆんな書き込みと――。
「……一致しますか~?」
「…………」
「沈黙は肯定と受け取るのですよ~。それで、これからどうしますか~?」
「わかりきったことを訊かないでほしいな」
ブランコをぐるん、と大きく回転させて遠心力を利用したスタイリッシュな跳躍をばしっと決めてみせると、びしっと白魚に人差し指を指して宣言する。
「絶対、なにがなんでも助けてみせる。可愛い女の子が苦しむのを何もしないで見ているだけなんて、私的にはそれだけで打ち首モノの重罪なんだから」
「それでこそ仄香ちゃんですよ~」
ふふっ、と満足そうな笑顔で私の前に跪くと、迷わずその手を取って、
ちゅ。
「し、し、白魚さん?」
「さっきはあまりにアレだったんでどうしようかと思ったのですが、これなら安心ですね~。改めましてこの詠人白魚、『西方の魔女』の忠実な僕たる魔法少女として誠心誠意お仕えし、貴女様にすべてを奉げ尽くすことをここにお誓いするのですよ~」
あう。
恥ずかしい長台詞超禁止。
「……それで、具体的にはどうなさるおつもりですか『西方の魔女』様?」
真っ白なジト目で私を見つめる彦月さん。
手袋に仕込んでいる鋼糸をこれ見よがしにチラつかせないでほしいんですが。
「と、ともかく一旦ホテルに戻って作戦会議。悪いけどアリス寝かしつけたら聖少女十字軍全員集合させてくれるかな?多分相当ダークでヘビーな話になると思うけど」
「承知いたしました」
「がんばれですよ~」
「 お ま え も だ よ 」
はあっ、と盛大にため息。
空は昨日と同じく闇の帳を下ろしながらもいまだ残光の気配濃厚。
一方、私の空はどん底の釣瓶落とし。
そんな戯言を先日ほざいた気がしなくもないけど。
落ちたなら、後は上がるだけじゃん。
そんなポジティブシンキングが耳元で幻聴したのは、見た目私より年長の少女たちのお陰だろうか。
みゅふふ。
どこかで男の子の自分がほくそ笑む声がした。




