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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
シラスズタウン編
98/256

格闘祭 3

 


「おはよう!」

「…………」


 視界いっぱいにリリカの顔。またか、とソリューニャは朝から頭が痛い。

 最初の夜の悪夢はあれ以来見ていないが、それからも毎晩、誰かが自分を呼ぶような夢に悩まされていた。ひどく曖昧な感覚だが、共鳴、というのだろうか。相手の様々な感情がさも自分の物であるかのような錯覚にも、すっかり慣れてきてしまっているのだ。


 それでも特に体に影響はなく、無意識に行動してしまうこと以外特に問題はなかった。


「リリカ……」


 なかった。

 ソリューニャは街道の真ん中でリリカの頭を鷲掴みにした。


「なんでアタシは寝間着でこんなところにいるのかなぁぁぁぁ?」

「いだだだだだだ!」


 ギリギリと力を込めていると、物陰からミュウが飛び出してきた。そして恭しく頭を垂れながらソリューニャにコートを献上する。


「ソリューニャ様! お召し物なのですっ!」

「ずいぶん準備がいいじゃないか。えぇ? ミュウ~~?」

「お褒めに預かり至極恐悦なのです!」


 ソリューニャは同室の二人にすぐ起こしてくれるように頼んであるため、いつもなら大体部屋を出る前に止まる。

 しかし今日のこの状況、分かっていて放置されたのだろう。ミュウに至ってはしっかり後のことも考えたうえで黙っていたと見える。


「なんでこんなことを。ものすごく恥ずかしいんだけど」

「はひぃ! いつもどこに向かっているのか調査するためです……とリリカさんが!」

「へえ、リリカがそんなことを。本当?」


 ソリューニャが話を聞こうと手の力を緩める。リリカはすかさず抜け出して、ミュウの後ろに隠れた。


「ちょ、リリカさん!?」

「う、ホントだよ! だって気になるじゃん!」

「まあ確かに、アタシ自身も全く興味がないわけじゃあないけどさ」

「ほら! ほらほら! だから調べてあげようと思ったの!」

「なるほどなるほど」


 パッと表情が明るくなった。どうやら許されそうな流れに安堵している。


「で? 寝ぼけて歩くアタシは面白かった?」

「うん!」

「ほぉ~ぅ?」

「あ……」


 リリカがしまったという表情で口を押えた。


「途中で面白くなってきて、起こすのが惜しくなったと?」

「そそそんなこと! ねえ、ミュウちゃん?」

「いえ! 私は起こそうとあれほど! あれほど言ったのにっ! リリカさんが!」

「裏切り者~~!」


 ミュウは保身のためあっさりとソリューニャに寝返る。

 これでリリカを守るものはなくなった。


「さっさっ先に帰るねっ!」

「待たんかぁーー!」

「ふー。何とか助かっ……」

「あ、ミュウは後ね。逃げるなよ!」

「……はいです」




 宿に戻ると、酒場にはすでにレンとジンが座っており、ミルクを飲みながらパンをかじっていた。


「おー。何してたんだ?」

「リリカとミュウはなんでくたびれてんだ?」

「聞いてよ。こいつら寝ぼけたアタシのあとつけてたんだよ? それもかなーり遠くまで」

「「もうしませ~ん」」


 ソリューニャはここから北東方面にまっすぐ歩いていたようだった。恐らく起こさなければもっと先まで進んでいたと思われる。


「はぁ。早朝で人が少なかったのがせめてもの慰め……」

「よ、よかったね!」

「良くないわぁぁぁ!」


 リリカが余計なことを言ったせいでソリューニャの怒りが再燃する。


「どれだけアタシが恥ずかしかったことか!」

「だ、だっていつももっとエッチな格好で歩いてるじゃん! 今さらだし大丈夫と!」

「パジャマは別なんだよ! 分かれっ! 乙女心!」

「お? 喧嘩か?」

「やれやれー!」


 リリカは恐らく本当に気にも留めていなかったのだろう。心の底から単純に、歩き続けるソリューニャを尾行するのが面白くなっただけなのだ。

 そう考えると、今度は気づいていてなお放置していたミュウが恨めしくなってくる。


「だいたいミュウ! アンタは恥ずかしいこと分かっただろ!?」

「だ、だからコート持って行ったんじゃないですか~!」

「そこまで気が回るんなら最初から止めて欲しかったよ!」

「だってリリカさん見てるとおかしくないような気になっちゃったのですよ! 不可抗力です!」

「あ、あたしのせいかっ!?」


 朝っぱらからてんやわんやの大騒ぎである。


「ふぅ……。それにしても奇妙だよね。起きてるときは何もないんだけど」


 ソリューニャはくすぐりの刑でミュウとリリカを沈めると、一転して真面目なことを言い出した。


「ここに寝泊まりし始めてからだよな」

「うん。でもアタシだけだし、たぶんこの宿が原因とかじゃない気がするよ。けど寝ぼけっていうより催眠に近い症状みたいだし、絶対何かあると思うんだけどね……」


 奇妙なのは、寝ぼけたというにはあまりにもしっかりした足取りで、はた目には普通に歩いているように見えていたことだ。目も開いており、目撃した人たちもあまりに堂々としたソリューニャに変に納得させられたという。


「攻撃、とか?」

「お前知らねーうちに恨まれたりしてんのかぁ?」

「カキブ出てからは特に身に覚えもない……たぶん。追手の可能性もなくはないけど、接触のリスクの割に合わないくらい実害がないよ」

「面倒くせーな。犯人見つけたらボコボコにしてやる!」


 今のところまったくといっていいほど原因も、正体も不明である。


「ま、別に痛むとことかはねーんだろ? なら今は気にしなくていいんじゃねーの」

「そうだね。あーあ、お腹すいちゃった。アタシも何か食べようかな」


 この時はこれで終わった。

 実はこの異変が後々大きな事件に繋がるのだが、この時点ではまだ誰も知るものはなかったのだった。


 ◇◇◇





 さて、この日は格闘祭の会場に用事があった。一行が会場に行くと、リングの周りはそれなりの賑わいを見せている。


「ほえー。リングが完成してるぞ」

「最初来たときはまだ何もなかったのです」


 初日ここに寄ったときはただの広場だったが、今日はもう立派に会場になっていた。

 大きなテントがいくつも建てられ、少し高くなるようにした客席も用意されている。そして肝心のリングだが、円形の浅い溝に黒い粉でラインが引かれその上に等間隔に杭が打たれたつくりになっている。円の内部の地面は柔らかすぎない程度の砂で、これはクッションのようなものだろう。


「すごーい! 明日ここで戦うのね!」

「そのためにやることあるだろう? 行くよ」

「はーい」


 ソリューニャとリリカは参加者として、これから受付に行く必要がある。


「すいません。受付はここであってますか」

「明日の参加者ですね? それじゃあここに名前と、今まで参加した回数を書いてください」


 渡された名簿には、何人かの名前が記入されている。リリカの後ろからのぞき込むと、一番最初の欄には「セリア、0」とあるのが見えた。


「あいつ一番最初に来たんだな」

「ソリュ~ニャ~……」

「ん?」

「ちゃんと書けてるぅ~?」


 言われて見たところ、固い文字ではあるが「リリカ」と読めるようになっていた。

 リリカは大陸に渡ってから文字の練習を始めたのだ。そもそも言語は同じであったため覚えはよかったが、まだ不安が残るのだろう。


「うん、いいんじゃない?」

「やったぁーー!」


 出会った当初は右も左もわからない少女だったのが、今では文字まで覚えてしまった。リリカの目立たない成長に小さな感慨を覚えるソリューニャだった。




 さて、前日であるにも関わらず人が集まっているのは受付があるからだけではない。


 格闘祭の起源は、働く女性を男性が労う行事である。それがいつしか町一番の腕を持つ女性を決めるイベントが行われるようになって、やがて町の外からも参加者が集まり規模が拡大するとともにこれがメインイベントに昇格した。

 そして男も同じようなことをしようと始まったのが格闘祭前夜、男祭りなのである。


 そんなイベントを、この二人が見逃すはずもない。ソリューニャとリリカが戻ってきたときにはすでに彼らが飛び込み参加を果たした後であった。


「次はどいつだー!」

「おれだ!」

「レディ……ゴー!」

「ふんっ!」

「うおおおお!」


 ジンが腕相撲で男と競っている。はじめは拮抗していたが徐々にジンが押されている。


「あれ、珍しい」

「ジンー! 負けるなー!」


 リリカが声援を送るが、結果はジンの負けであった。


「違うですよ。あれ、魔術使ってない上に四人目なのです」

「え! 連続!?」


 ジンは対戦相手に握手を求められ、称賛されている。


 一方レンはリングの上で取っ組み合いをしていた。相手は焼けた肌の大男だ。

 こちらは魔術を使っているようで、レンも真っ向からぶつかっている。


「ふぬぬぬぬぅ!」

「おおおおお!」


 とても楽しそうだ。力んでいるはずなのに、笑っているようにも見える。


「ホント、こういうのが好きなんだねー」

「ですねぇ。活き活きしてるです」

「出れないって、悔しがってたから余計にね」


 こうして彼らは、満足がいくまで大いに楽しんだのだった。

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