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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
シラスズタウン編
97/256

格闘祭 2

人の悲鳴が聞こえる。

見上げた父の最後の顔と静かな母の表情。

血濡れの手のひらが生温い。じっとりと土の壁が冷たい。

銀のナイフは深々と――――



「――――っ!!」


 息苦しさに耐えかねて、ソリューニャは飛び起きた。


「はぁっ……! はぁ……っ!」


 体中汗でぐっしょりだ。荒い息を整える。

 これはあの日の夢だ。事件からもう五年になるが、ソリューニャは今でもこうしてうなされることがある。


「ぐっ…………!」


 全身の強張りが解けていくにつれ汗も引いていく。自分の憎悪が未だ根強く悪夢を見せてくることに、僅かな安堵を覚える。

 この想いがある限り、ソリューニャは迷うことなく歩み続けられるのだろう。


(もう一眠りしよう……)


 まだ真夜中だ。朝までまだ時間もある。




 また夢を見た。

 誰かが自分を呼ぶ夢だ。

 痛み、苦しみ、焦り。様々な感情が流れてくる。

 誰の声か、そもそもそれは声なのか。

 導かれるようにして手を伸ばす。


「ソリューニャっ!」

「っ!」


 ソリューニャはリリカの声で起こされた。なぜかリリカは心配そうな表情をしている。


「どうしたんだ? リリカ」

「ソリューニャに言われたくないよ! なんで寝たまま部屋を出ようとしてるの!?」

「えっ!?」


 言われてはっとした。リリカが言うとおり、確かに今ドアノブに手を掛けていた。


「どうしちゃったの?」

「分からない……。もしかしたらリリカのが伝染ったのかも……!」

「こらーー! こっちは心配してんのよーー!」

「あはは、うそうそ……」


 今見ていた夢と関係があるのだろうか。心配をかけさせないようにと、ソリューニャはリリカをからかうことで誤魔化したのだった。


 ◇◇◇




 ソリューニャが格闘祭の参加を決め、レンとジンの参加が不可能であると判明した翌日。この日は格闘祭に向けた修行をすることになっていた。

 普段から旅路の半ばであろうと関係なく鍛えている彼らだが、今日はこれまでと違い実戦形式がメインである。


「ふっ!」

「つらぁぁ!」


 レンとソリューニャがお互い間合いを探りながら一進一退の攻防を演じる。ルールでは魔術のみが使用を許されているため、二人は風も鱗も使っていない。

 それをじっと観察するリリカ。

 この光景こそ何度も見てきたものだが、まったく新しいものに見えるのはリリカが変わったからだろう。


「すごい……。あの二人って、こんなに強かったんだ」

「あん? 別にいつもと変わんねーだろ」

「ううん。全然違って見えるよ」

「へぇー」


 隣に座るジンからすれば確かに変わらないのだ。しかしそれは、初めからジンがよく見てきたということである。リリカはようやくジンに近づいたといえるのだ。


 レンの蹴りが放つたびに微妙に変化していること。ソリューニャの一発が数発のフェイクの中に紛れていること。

 今のリリカにはそういったものが見える。小さすぎて捉えられないことも、間違った理解をしてしまうこともある。すぐに実戦で活かせるわけでもない。

 だがこの行為は確実にリリカを強くするだろう。


「はっ、ふっ!」

「ていっ!」

「うっ……!」

「はいっ、レンさんの勝ちですーー」


 レンがソリューニャを地面に組伏せて、ほぼ互角だった組手はレンの勝利に終わった。


 今回は格闘祭のルールに準じた判定で勝敗を決めている。

 その判定とは、行動不能にすること。戦意を喪失させること。リングから二回押し出すこと。そして5カウントのダウンを取ること、だ。悪質な行為をしたり、相手に小さくない怪我を負わせたりした場合は失格になる。


 ちなみにこの練習では、倒れた状態で2秒くらい経つこととリングから2回出ることが負けの条件だ。さらに当たった攻撃が試合を決めかねないものだったと審判が判断した場合にも終了である。


「よーし次俺~!」

「おー。交代~」


 レンが地面に線を引いただけのリングから出て、ジンと交代した。ミュウ審判を挟んでソリューニャとジンが対峙する。


「お疲れー。すごいねぇ」

「かかかか! だろだろ!」

「よ~いはじめ~~です~~」


 開始と同時にジンが出る。ソリューニャはジンに正面を取られないように立ち回りつつ、反撃の機をうかがっている。ジンもそれを分かっており、反撃の隙を与えぬように手数で押す。

 その一挙手一投足を見逃すまいと凝視するリリカに、レンが話しかけた。


「じ~~~~」

「おいリリカ。お前は出ねぇのか?」

「えっ、へっ!? 何が!?」

「祭。出ないのかって」

「あぁ~。あーあー。出たいとは思ってないよ」

「えーっ? 祭だぞ、祭」


 まったく理由になっていないが、レンが言うと妙な説得力がある。


「だってソリューニャと戦うなんて嫌じゃない?」

「ワクワクするけど」

「レンはそうだろうね!」


 リリカは強くなりたいが、戦闘が好きな訳ではない。むしろ戦わなくて済むならそれが最善と考えている。そこがソリューニャたちと違うところだ。


「修行と思って出てみればいいんじゃねーの? 色んな奴と戦えるんだろ」

「あー。なるほど……」

「ま、好きにすればいーけどな」


 ジンとソリューニャの戦いは更にヒートアップしていたが、ソリューニャがジンの攻撃を防ぎきれなくなっている。

 ここでソリューニャが無理に前へ出た。ジンは距離を保とうと左後ろに下がるが、ソリューニャは捨て身で突進しながら素早く足を出す。ジンはさらに半歩足をずらして、


「はいそこまでです~。ジンさんがリングから出たので、仕切り直しなのです」

「えっ!」


 ソリューニャはジンの強い攻め気を利用したのだ。ダメージは一度も与えていないが、ルールの上ではジンが追い詰められたことになる。


「あーー! ズルいぞソリューニャ!」

「ルールはルールだろ? いやー、まんまと嵌まってくれて気分がいいよ」

「ふぁ~~い!」


 ミュウが試合を再開させた。今度はソリューニャも積極的に攻めていく。

 しかし、ジンはそれ以上の気迫でラッシュをかける。ソリューニャにしてやられたことがよっぽど悔しかったようである。


「ちょ、やりすぎだ! これ練習、だって!」

「はっはー! 大丈夫、唾つけときゃ本番までに治る!」

「治るか! そうかどうせアンタは出られないし、それこそ怪我しても大丈夫だよねぇ!」

「え、待っ、ええー!?」

「上等だコラァ!」

「ダメですよぅ! もう、レフェリーストップです~~!」


 ミュウが一旦終わらせようとするが、一度熱くなってしまっては止まらない。


「どりゃああ!」

「あ、あれ? そこまでっ、そこまでです!」

「はんっ!」

「もう! レフェリー権限、レンさん召喚なのです! 止めてくださーい!」

「おうおう! オレも混ぜろ!」

「ああっ! 判断を間違えたです!」


 すっかり滅茶苦茶になってしまった練習風景を見ながら、リリカは決めた。


「うん、あたしも出てみようかな!」

「リーリーカーさーん! 助けて欲しいですーー!」






 休憩をはさんで午後。出場を決めたリリカも練習のため仮リングに上がった。


「よーし、おてやららかにねっ!」

「言えてないから本気でやるよ」

「おてっ、おてやらやかにっ!」

「よういはじめ!」

「あー! 待ってよミュウちゃーん」


 ミュウが無慈悲にも開始の合図をする。

 迷わず距離を縮めにいくソリューニャに、慌てて構えるリリカ。


「ううっ……!」

「はっ! てやぁっ!」


 ソリューニャとリリカの間の身長差がリーチにも表れ、それが一方的にソリューニャが攻める状況を作り出している。拳一つと少しだけ。このリーチの差だけでソリューニャが圧倒的に優位になっているのは、やはりリリカが未熟であるからだろう。


「リリカ~。頑張れ~」

「そこだ! 行けー!」

「くっ、うぅ!」

「ほらほらほら!」


 ギリギリ届く距離から攻撃して、ギリギリ攻撃が届かない距離を保つ。ソリューニャは現状これしかしていないが、リリカはされるがままだ。

 リリカからすればギリギリ反撃が届かない距離から攻められ続け、つい手が届く気がしてしまうギリギリの距離で張り付かれているのだ。これが命がけの戦闘であるなら大きく距離を取って仕切り直すという手もあるが、ルールの上ではそうもいかない。


「守ってばっかじゃ、勝てないよ!」

「っ!?」

「はい一旦やめです~。リリカさんがリングから出てしまったので、仕切り直しです」

「え、あぅ……」


 押し出しの一本。しかも内容は殴られ続けただけだという情けなさである。

 ただし、ソリューニャの攻撃をすべて防いでいたのはリリカの地力の高さ故だろう。動体視力や反応速度をはじめとする能力はソリューニャに引けを取らないのだ。


「やっぱり戦士というより、アスリートなんだよねぇ……」

「よ~い、はじめっ」

「てりゃあ!」

「お」


 合図と同時、リリカが飛び出した。ソリューニャに翻弄される前に攻め切るつもりなのだろう。

 ソリューニャも即座にそれを理解し、攻撃を捌きつつ冷静に観察する。


「あっ……?」


 リリカのパンチがソリューニャの腹を打った。思わず間抜けた声が漏れてしまったのは、それが当てるつもりのなかった、当たるはずがなかった攻撃だからだ。


「たあ!」

「うわぁ!?」


 直後にソリューニャが肩からぶつかってきて、リリカは仰向けに倒れた。そして慌てて立ち上がろうとしたところに腰の入ったパンチが寸止めされる。


「終了です!」

「ふう。大丈夫かい、リリカ」

「う、うん。ありがと」


 ソリューニャの手を借りて立ち上がる。


「今のは焦りすぎだったよ。当てればいいってものじゃない」

「う、はぁい。でもよく当たっても大丈夫だーって分かったね」

「速いけどリズムがあるから、見切るのは割と簡単だったよ」

「ていうかあたし、分かっても受けようなんて怖くてできないと思うなぁ」

「あー、うん。真似するのは難しいんじゃないかな」

「無理だよー。頭グルグルで考えてらんないもん。とにかく当たらないように当てなきゃって……」


 一撃もらうということに恐怖を感じるのは仕方のないことである。最初の一撃で勝負が決まることも多く、そのため基本当たらないことが最善手なのだ。むしろ腕一本捨てても勝ちに行こうとそれを実行に移す方が異常だろう。

 ソリューニャに関していえば竜の鱗で受けて防御という手段が常にあり、そのため攻撃を受けることに躊躇が少ない傾向がある。今回迷わず当たりに行ったのはそのようなことも関係している。


「ま、そこは経験だね」

「うん。なんていうかこう、感じをね! 掴んじゃうよ!」

「ああ。戦いの中で観察するには、まず慣れないと」


 とはいえ刻々と変わる戦闘中での思考は短い時間で会得できるようなものでもない。そもそもリリカは、実戦で追い詰められた時や覚悟を決めたときには最大限の力を発揮し、本能的にこれに近いことをしてきた。

 基本の身体能力で劣ることもないだろうし、祭の日までにはそのルールでの戦い方を覚えてしまえればそれでいいだろう。目的は様々な相手との実戦経験なのだから。


「ようし、もう一回だー!」

「おっ、その意気だ! ミュウ、頼めるかい?」

「はいですっ! リリカさん、頑張ってくださいです!」

「うん! 次こそは!」

「はじめっ!」


 祭の本番まであと数日。本腰を入れて修行に取り組むリリカだった。

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