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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
シラスズタウン編
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格闘祭

 

 

 シラスズタウンは漁業、港運業で栄えた港町だ。一般にシラスズタウンといえばまず運河やら船やら魚介やらが特色に挙がる。

 しかしこの街はトルカット領にある街の中で最も大きな面積を持ち、同じ街でありながら様々な文化が混在する。


「着いたーー!」

「よっしゃあ! 探検だぁーー!」

「だぁーー!」


 丸々二日かけて、一行はシラスズタウン北東部に来た。それでもなお有り余る元気で走り出そうとしたバカ三人を、常識組が制止する。


「待つですよー」

「ああ。先に今日の宿探さないとね」

「ぶーぶー! いいとこなのにー」

「はいはい。迷子になったら大変だろう? 探すのが」


 いつも新しい街に着くと、まずは情報を集めることから始まる。それは宿の場所だったり、その街のルールだったりする。


 ちなみにレンたちの目指すレイドールについての情報は未だに出たことがない。これまで百では済まない人数に声を掛けてきたのだが、誰一人としてレイドールもカラカサ町も知らなかったのだ。


「とにかく! やることはいつもと同じだよ」

「ちぇー。早いとこ見つけて、探検しよーぜ」

「そんなこと言って、またすぐ追い出されたら困るだろう」


 前に一度、そうとは知らずに裏社会の人間とひどく揉めてしまい、やむを得ずその組織を壊滅させたことがあった。そのときは荒れに荒れてしまい、ろくに出発の準備もできていないのに追い出されてしまったのだった。


「あれは楽しかったな!」

「めちゃくちゃ暴れたよな!」

「ま、悪くはなかったけどさ」

「もぉ、ソリューニャも喧嘩のことになるとはしゃぐんだから」


 普段はミュウと二人で常識組などと自称するソリューニャも、戦うことに関しては血気にはやる性分だ。その場合はリリカがミュウと組んで平和組などとのたまう。


「……ん? あれは」

「人だかりができてるです」

「おっ、喧嘩か!?」

「見逃せないぜ!」

「興味あるよ」


 さっそく近づいて見てみると、どうやらこの人だかりの中心で喧嘩が起こっているようである。しかし、人が多すぎるせいで肝心の様子が窺えない。


「見えねーー」

「レン。吹き飛ばせ」

「コラァ! ダメだよっ!」


 現平和派のリリカが制止する。その直後、周囲の人だかりが吹き飛んで道ができた。

 しかしレンの仕業ではない。人は内側から押されたように倒れている。


「うわっと」

「派手な喧嘩してんな。こんな勢いで投げ飛ばしたのかよ」


 どうやら喧嘩でやられた相手が派手にぶつかってきたようだ。その証拠に、明らかに今の転倒で負ったとは思えない傷がついた者が紛れている。

 そして同時に勝負もついたようだった。野次馬のガヤが喧嘩を応援するそれから勝者を讃えるそれへと変わる。


「ひゅー! 強いな!」

「すげーっ! 三人相手に勝ちやがった!」


 その勝者が、自ら拓いた道を歩いてレンたちの前に姿を現した。


「はぁあ、骨がないない。お前らそれでも男かよ?」

「え、女の人です?」

「おっ?」


 腕に巻いた防護用の包帯。縦長の瞳と尖った耳。口元から覗かせる鋭い犬歯。

 快活そうなその女は、ちらりとミュウを見るといきなり拳を放ってきた。


「強そうな奴いるじゃーん」

「あ」


 ミュウは突然のことに硬直し、顔を庇うこともできなかった。

 パシッ、と音を立てて拳が止まる。


「いきなり何するんだ? アンタ」

「ソリューニャさん!」

「へぇ……。いい反応じゃん? お前からもバシバシ感じるよ」


 寸前でパンチを受け止めたソリューニャがその女を睨んだ。その女は戦る気満々なのを一切隠そうともせずに好戦的に笑っている。


「そう怒んないでよね。たまたま目に入ったものでー」

「あいにくこの子は殴り合いとか得意じゃないのさ。それくらい見極めてくれなきゃ困るね」

「強さを“感じた”んだから仕方ないじゃん。同じ竜人なら理解できるでしょ?」

「やれやれ。ま、とりあえずは……」


 そう言うや早いが、ソリューニャは竜人の女を殴り返した。今度は彼女が野次馬を巻き込んで倒れる。


「売られた喧嘩だ。買ってあげる」

「そうじゃなくちゃね!」


 うまい具合に受け止めた女が嬉しそうに飛び起きる。ソリューニャも思った以上の手応えにニヤリと笑う。


「ちょっとちょっとソリューニャ! 熱くならないでよ!」

「私なら大丈夫なのですよ」

「ずりぃ! 代われ!」

「いやオレと代われ!」


 一触即発。野次馬たちも次のショーの予感に色めき立つ。

 しかし、引いたのは意外なことに向こうの方からだった。


「やーめた」

「え? どうかしたのか?」

「どうもないよ。ただお前みたいな奴とはちゃんとしたところでやりたくてさー」

「ちゃんとしたところ?」


 言葉の意味が分からず、思わず聞き返す。


「格闘祭。お前も出なよ。そこで決着つけよう」

「格闘祭?」

「ここの名物さ。どうだい?」

「いいよ。なかなか面白そうじゃないか」

「ふふふ。あたしはセリア。楽しみにしてるよ」

「アタシはソリューニャ。ああ、楽しみにしてる」


 じゃあねー、と軽い挨拶だけ残してセリアは人混みに消えた。どうやら盛り上がることもないと分かり、野次馬たちもつまらなそうに解散した。


「……さて、と。情報収集の続きをしよう」

「素通り!? なんかこう、モヤモヤするんだけど!」

「えー。その、あんな簡単に決めてもよかったですか?」

「いい。どうせあると分かれば参加してただろうし、同じことだよ」

「そーだな! オレも出るぜ!」

「勝負だ! レン!」




 それから間もなく、一行は宿屋を見つけた。かなり大きな建物で、中からは大勢の人たちの話す声が漏れ聞こえてくる。


「ここにしよう」

「わあっ、大きいです!」


 一行が中に入ると、そこは広い空間をいっぱいに使った酒場になっていた。


「ここもお店になってるんだね」

「大きな町の宿はこうなってるとこも多いんだ」


 酒場をはじめ、こういった場所には情報交換の場という役割がある。大勢の人数が一堂に会して、大きなことからとりとめのないことまでも話題にして酒を飲むのだ。

 その役割を持つが故、レンたちのように外から訪れる者たちもこういう場所を重宝する。その結果、彼らのための宿を備えた酒場が出現しそして栄えるようになったのは自然ななりゆきだろう。


「お客さん。ここは初めてだね?」


 声をかけてきたのはこの店の者と思われる、


「うわぁ!」

「ひっ!」


 大女だった。

 ただ背が高いだけではない。おおよそ酒場の従業員には不要と思われる盛り上がった筋肉や、ミュウの2倍はある広い肩幅は威圧感たっぷりだ。


「こ、こら! 失礼じゃないか……」

「あっはっはっは! 驚いてくれたかい?」

「おぉ! すっげー筋肉だな!」

「そうだろう? あっはっはっは! こうもいい反応してくれるなら鍛えた甲斐もあったねぇ」


 まるで化け物を見たかのような反応をされても全く気にした様子もないのは、慣れているからだろう。

 ひとしきり笑った後、マルタと名乗ったその女は片手に持っていたジョッキをテーブルに置いた。


「はい、こいつはサービスだよ!」

「ごめんなさい。お酒、飲めないのです」

「違う違う! とにかく一杯飲んでみなって!」


 ジョッキの中身は白い液体だ。勧められて手を伸ばした4人につられて、ミュウもジョッキに口を付けて一気に中身をあおった。


「!!」

「おいしい!」

「ああ、うめぇ!」

「これは、ミルク?」

「正解! ここじゃお酒だけじゃなくて新鮮なミルクもやってるのさ。半分は女将のアタイの趣味だけどね」


 話すところによると、シラスズタウンの高原地域で盛んに牧畜が行われており、毎日新鮮なミルクを仕入れているのだとか。


「こいつがこの体の秘訣ってね!」

「へぇーっ」

「ああそうだ、アンタらもあれかい。格闘祭に出るために来たのかい?」

「おう、出るぜ!」


 レンの返事を聞いたマルタは一瞬驚いたが、今度はすぐに笑い出した。


「あん? 馬鹿にしてんのか」

「あははは、違う違う。この祭り、女子限定だから」


「…………は?」


 シラスズタウンの隠れた北の名物。それが毎年開催されている「格闘祭」、特徴は女子限定。

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