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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
シラスズタウン編
95/256

早起きは

 

 

「んぅ……」


 まだ星が見える時間に、ミュウは目覚めた。寝ぼけ眼を擦りながら隣に目を遣ると、気持ち良さそうなリリカの寝顔がある。


(…………?)


 頭が冴えるにつれて記憶がはっきりとしてくる。


(昨日、確かシラスズタウンの宿場で……久しぶりのベッドで……)


 シラスズタウン。

 大きな港がシンボルの町であり、運航界隈の重要な拠点の一つであるとともに観光地としても賑わいを見せる。沿岸部には新鮮な魚や野菜を売るバザールが立ち並び、たくさんの人がそれを目当てにやってくるのだ。


 また海とは逆方向に進むとそこは美しい高原が広がり、この町の名前の元にもなったシラスズの群生地を楽しむことができる。シラスズは壺状の白い花弁を持ち風のある日には鈴のような音を奏でる花だ。

 その特徴がまるで白い鈴であることから鈴白花(すずしろばな)、シラスズと名付けられた。


「ふぁあ……」


 リリカの隣にはソリューニャがいて、寝相の悪いリリカに乗っかられて苦しそうにしている。

 ミュウはそれを直すと、ベッドを降りてブーツを履いた。そして寝間着の上からローブを羽織り、手ぐしで軽く銀髪をすくと外へ出た。


 夜が終わり朝が始まろうとしている。藤色の空と静まり返るレンガの町並が自分だけのものに感じられて、ミュウの胸を踊らせた。

 こんなことは、初めてだ。


「朝陽が見られそうなのです」


 微かな潮の香りが鼻をくすぐる。

 昨日みんなで見に行った港が頭に浮かんできて再び行ってみたくもなったが、距離を考えて逆方向に行こうと思い立った。あまり遅く帰っても心配されてしまう。


「えーと、あっちには丘があるらしいのです」


 おぼろげな情報だが、どうせ目的のはっきりしない散歩だ。ないなら、それはそれでいい。空はまだ薄暗いのだから。




「わぁ……!」


 ミュウはその光景に息を飲んだ。

 緩やかな傾斜の丘と、一面の草原。丘の頂には少しばかりの木が立ち、枝々に無数の小鳥が止まっている。そしてその根元に咲いている白い花がぼんやりと光っているようにみえるのがなんとも幻想的である。


「もうすぐ朝なのです」


 空はだいぶ明るくなってきた。

 ミュウは小鳥を起こさないよう静かに丘を上ると、一本の木に背を預けて座り込んだ。


「海です」


 少し高いところに来たため、町を一望できる。そしてその向こうの海と空の境界線に目を奪われた。

 空は徐々に青から赤へとその色を変えて行く。ミュウはその瞬間を見逃さぬように、心地よい緊張感に浸る。


「あ」


 水平線から朝陽が顔を出した。そのまばゆい輝きにミュウは目を細める。

 瞬間、一陣の風が吹き抜けて、優しい鈴の音が鳴り渡った。小鳥が一斉に目を覚まし、何処へと群をなして飛び立つ。


「…………」


 それは一瞬で、儚くて、ただただ感動的であった。

 静寂の中の刹那の煌めきは、忘れられない思い出になった。


「さて、帰るです!」


 止まっていた町が動き出した気配がする。

 立ち上がったミュウの足元にぼとぼと何かが落ちてきた。仄かに甘い香りがする、拳大の硬い木の実だ。


「ひゃ。危ないです! もう」


 恐る恐る拾い上げてみると、フィルエルムで食べたことのあるものだと分かった。硬い殻の中身は甘酸っぱい黄色の果肉。


「……お土産にするです!」


 ミュウはローブの裾をつまんで袋を作ると、その実を広い集めて帰路に着いた。





 ミュウが帰ると、ちょうどリリカがソリューニャに絞められているところだった。


「おはよう。ミュウ」

「ぉ……はょ」

「お、おはようなのです……どうしたですか?」

「こいつに蹴り落とされた」

「ご、ごめんひゃい~」


 ソリューニャはミュウを見て、すぐに彼女が散歩に行っていたことを理解したようだ。そして一言。


「楽しかったか?」

「はいです!」


 ミュウは何があったのかを全て話した。

 途中でレンとジンも加わり、木の実は女将に割ってもらってみんなで食べた。


「いいなーいいなー。あたしもしたいなー早起き」

「楽しかったですよ」

「決めた! 明日は早起きする!」


 ◇◇◇





「!!」


 ぱっちりと目を開いたかと思うと、リリカは勢いよくその身を起こした。早起きをすると決めたら早起きする。いとも簡単に自己暗示にかかるあたりがリリカたる所以なのだ。


「??」


 ただ一つだけ問題がある。

 空はまだ真っ暗であることだ。


(うーん、これは……)


 窓の外を眺めながら、リリカは思案する。


(ま、いっか!)


 リリカは寝癖も直さず、旅装束の上着を羽織っただけの格好で飛び出した。


「わふっ、肌寒い!」


 まだ星がはっきり見える時間だ。当然である。


「さーて、なんか夜明けはまだ先みたいだし」


 静まり返った夜の町並に気分が高揚する。


「探検だ!」


 仲間と騒がしく動くのもいいが、たまには一人静かに見てまわるのもいいだろう。


「んふふ~。なんか大人な気分~」


 ここにソリューニャやミュウがいたとしたらその格好を指摘したのだろう。それに気づかないリリカは、適当に方向を決めて歩き出した。


「どこだーー!」


 そして迷った。


「あうあうあ~……」


 一回りして宿の前に戻ってくる予定だったのだが、その宿すら分からなくなる始末である。


「迷子になるし、なんかまだ真っ暗だし、どーなってんのよ……」


 ぶつくさと独りごちながらも足は止めない。灯りの消えた町をひたすらに歩く。かと思ったら、


「わーっなんだか急に不安になったーー! どこここーー!?」


 いきなり走り出して、さらに深みへとはまっていく。


 そんなこんなで時間も経ち、いよいよ空も白む気配を見せる頃。

 リリカは水平線を見渡せる坂道で日の出を迎えた。


「あんまりだ……あんまりだよ……」


 膝から崩れてしまいそうな脱力感と戦っていると、早朝というのに人の気配がするのに気がついた。それも、少ない数ではない。

 リリカは好奇心につられて坂を下る。


「生臭い!」

「ん?」


 整備された海岸に着くと、そこには船の積み荷を下ろす男たちの姿があった。リリカの直球な感想が聞こえたのか、そのうちの一人がリリカに気づく。


「おいおい、朝市にはまだ早いぜお嬢ちゃん」

「え、アサイチ? えー、えっと、それは何が入ってるの?」

「おう? そりゃ魚に決まってんだろう」


 上半身裸のその男は親切にも、運んでいた大きな木箱の蓋を開けてリリカに見せてきた。

 中には凍った魚が一尾、丸々入っていた。


「凍ってる!」

「ああ。凍らせるのが得意な魔導士雇ってから、魚にいい値がつくようになったぜ。身が傷まないんだよなこれが」

「へぇー? すごいー?」


 その時、リリカのお腹がくぅと鳴いた。顔が恥ずかしさで真っ赤に染まる。


「ん? 嬢ちゃん……」

「うわーーー! 忘れてーーーー!」

「……はっ、まさか!」


 一通りあたふたとして、くるりと背を向けたリリカの肩ががっしりと捕まれた。なぜか男が泣いている。

 わけが分からないのと、恥ずかしいのとでリリカはショート寸前である。


「えー!? えぇーーっ!?」


 寝癖でボサボサの髪。旅で汚れた上着と、穴の空いた靴。そして何時間も歩いた上に目的を達成できなかったことで溜まった諸々。

 それが男の目には、多くの不幸に見舞われたみすぼらしい格好の家無き女の子に映って見えた。


「……いや、何も聞かねぇ。これを持っていけ!」

「なんでーーっ!?」

「へへ……あんたみたいな子を見捨てたとあっちゃあ、海の神様に顔向けできねえのよ」

「ちょ、どういう……えぇ!?」

「まったく、朝から泣かせるぜぃ」


 あれよあれよという間に持たされてしまった。ずっしりと重い木箱が腕にのしかかる。あまりの不可解さに涙が出てきた。


「もう何これ~~~~!?」

「おっと、俺としたことが。ほら、これを使うといい」


 と、細縄を持たされたところで限界が訪れたリリカは一目散に逃げだしたのだった。




 宿ではリリカ除く四人が彼女の帰りを待っていた。


「リリカは何やってるんだ」

「おっせーな。探しに行くか?」

「あ、ほら噂をすれば…………ぶっ!?」

「ぬぁ!?」


 リリカを見た瞬間、全員が絶句した。


「はぁ……はぁ……。た、ただいま……」


 リリカ、背中に魚を縛り付けて堂々の帰還。




「か……は……! 笑い死ぬ……!」

「だぁーーっはっはっ! ひぃ~~っ!」

「ぷふっ……そ、それで箱捨てて背負ってきたのです!? お、面白すぎる……!」

「箱ごと引けよ……くふっ! 駄目だ、耐えられん……!」


 ミュウとソリューニャは話を聴き終わったところで、堰を切ったように吹き出した。ちなみにレンとジンは初めから笑っていた。


「もぉーーーーーーーっ! いい加減笑うなーーーーーーっ!」

「こ、これを笑わないで何を笑えと!?」

「ソリューニャ!」

「ごめんなさいです……っ、あははは!」

「ミュウちゃんもー!」


 扉を開けた時の、リリカの珍妙な格好と絶妙な表情が頭から離れない。それはしばらくの間、ことあるごとに思い出されては彼らに笑いを届けることになったのだった。

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