荷物と旅路
「仕事の依頼が来たよ、ハル」
誰も知らない大陸のどこか。
金髪の青年は武器の手入れをしながら相方に短く伝えた。
「……そうか」
それに対する返答もそっけないものだった。雪のように白い髪の、ハルと呼ばれた青年は静かに椅子に座る。
「クールだねぇ。もう少し喜んだら? 久々に楽しめそうな仕事だよ?」
「興味ないな。それで?」
「これこれ、こいつら。捕まえろだってさ。やむをえない場合は殺してもおーけー」
「誰から」
「それがねぇ、カキブの国の王様からさ」
ハルは最小限の言葉で続きを促してゆく。王という単語にすら表情を変えず、淡々と。
「お、もう分かっちゃったのか。まあ一応説明しとくと、機密に触れたターゲットが強くて手間って話」
「ああ」
カキブの王からの依頼となれば、推測は簡単だ。王という立場でありながらこのような依頼をするのは、何か国の不利益があり、しかし解決には手間と時間がかかるためだろう。
「どこだ」
「向こうの追跡班が動いてるから、また連絡がくるよ。あいつら優秀な猟犬持ってるくせに惜しいことだ」
ニコニコと楽しそうな金髪の青年は、手入れを終えたそれを鞘に納めると立ち上がった。
「いやー、どれだけ強いのかな! 楽しみだ!」
「……」
ハルも腰を上げると、相方のあとに続いて部屋を出た。
薄暗い部屋の中、二人の声が遠ざかっていく。あとには血濡れの屍たちだけが残されていた。
◇◇◇
フィルエルムを発ったレンたち一行は大都市シルフォードへ向かうためひたすら東へと進んでいた。
「辛くない? ミュウちゃん」
「うぅ……」
ミュウが小さく呻く。
身体的な問題と残りの面子的な問題で、一行の進行はミュウ次第になるのだ。なるべく魔術を張ってはいるものの、食料などは限りがあるし、進行は速いに越したことはない。
それでも日に日に積み重なってゆく疲労はその足を鈍らせる。ただしこれは一日中歩き通し硬い地面で野宿する上で必然ともいえることで、常に元気な奴らの方がおかしいのだが。
しかし。フィルエルムでの事件を経た今、変わったことがある。
「じゃあ、荷物をお願いするです」
「ほいきた!」
「ソリューニャさん。お水も欲しいのです」
「ちょっと待ってね」
このように気軽に人に頼ることができるようになったのだ。
それは甘えることとか、子供らしさとか、年相応の素直さと言い換えてもいい。これまでのしっかり者の彼女と比べると、変な話だがそれは確かに成長なのである。
「もう少し東に行けばシルフォードまで繋がる鉄道があるからね。そこまで行けばあとは楽さ。……行ければ」
夜、ソリューニャが焚火を枝でつつきながら解説する。「羊のひづめ亭」があったのがマーラで、どの国にも属していない自然地帯にフィルエルムがあり、そして彼らは次の国トルカットに差し掛かっていた。
「トルカットの最東端、そこで鉄道に乗れるから。とりあえずはそこを目指す」
仲間内で最もこの大陸の常識を知っているのはソリューニャだが、そんな彼女でさえ大陸の端から出るのは初めてなのだ。鉄道の存在を知っていても、見たことはない。
「てつどー! 聞いたことあるです! 鉄の道を走る箱の乗り物があると!」
人生のほとんどをフィルエルムで過ごしてきたミュウもまた同じ、世界の知識に疎いところがある。
「リリカ嫌がるかなぁ」
「あれ? そういえばリリカさんどこです?」
「少し走ってくるってさ」
あの日以来、リリカは力をつけようと努力するようになった。今までも修行は行ってきたが、それはただの付き合いに近いもので貪欲さとは縁がなかった。
「まぁ、運動能力はもとから高かったけどね。戦闘センスというか戦場の呼吸とか、そういうのはなかったから」
「まぁ……私たちの方が特殊ではありますけど」
「アタシは敵討ち。アンタはそういう教育方針。でもあの子はそういうのがないからね。体を動かすのが好きで、得意なだけだった」
必要がないのに戦闘を意識した訓練はしないだろう。
魔物やら無法者やら危険なものから身を守るために魔術を習う人はそれなりにいるが、その道のりは長く苦しいものだ。それこそ魔法が使えるなら魔導具を頼った方が戦力になるまでは早いし、早く始められる分だけ魔導士より成長も速い。
「ま、戦闘についてはアタシたちが教えよう。体はできてるんだ、すぐに覚えるさ」
「ですね!」
「おーい、何の話ー?」
噂をすればなんとやら。リリカが戻って来た。頬は薄く上気し、軽く汗をかいている。
「おかえり。これで汗を拭くといい」
「これからのお話をしてたです!」
「それよりあんまり激しい運動は控えなよ。こんな野っ原なんだ、何かあっても対処できるくらいの体力は残しておかないと」
「はーい。あれ、あいつらは?」
「散歩……のはずですけど」
そのとき、近くを流れていた川の水面が盛り上がり、巨大な魚が顔を出した。
「うわっ」
「ぎゃーー!」
「ひぇっ!」
驚く彼女たちの目の前で魚は不自然なほど浮き上がり、やがてそれを持ち上げる四本の腕が現れた。
「レン!」
「ジンさん!」
「何があったのさ」
得意気に顔を出したレンとジンの返答は簡潔だった。
「オレが捕った!」
「俺が捕った!」
その先の展開はもう三人には分かりきっている。
果たして、二人はスムーズに喧嘩に移行した。
「あらかた散歩の途中で見つけて飛び込んだんだろうね」
「きっと同時に見つけたのです」
「おいしそう! 焼こう!」
こうして今日も騒がしく終わっていく。いつも通りに、旅は続いてゆく。
そして一行は、トルカット領の港町シラスズタウンにたどり着いた。
お待たせしました。




