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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
番外編2 ミカゲ=イズモ
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ホムラノツバサ 4

 

 

「うおおおおお!」


 屋敷の中では頭が奮闘しているのが分かった。気合いを入れる声に合わせて屋敷だった破片が吹き飛んでいく。

 それは明らかに人間の素の力を超えている。


「頭の妖術だ……!」


 まだ彼は生きている。この最悪な状況のもとで、それは暗闇に灯る小さな炎のごとき希望だった。


「生きてる……! まだ助かる!」


 ミカゲは自分が巻き込まれることも恐れず屋敷に飛び込んだ。


「みんなぁ……っ!」


 ミカゲはたくさんの人が畳の上に倒れ伏す、その中に見知った顔があることに一瞬怯んだ。

 そしてその一瞬で溢れるほどの兵たちはミカゲに気付いた。


「仲間か!」

「子供……野次馬か?」

「知らない顔は全て殺せとの命令だ! 構わん!」

「う、あっ!」


 その人数にミカゲはまた怯む。しかし半分自棄になってしばらくぶりに出した炎が彼を助けた。


「くそぉぉおおっ! やめろーーー!」

「こいつはっ!」

「ぐああああっ!」


 今度は兵たちが怯む番だった。

 日ノ丸の「妖術」は特異な才の持ち主や長く修行した者のみが扱える。

 よもやこのような子供が妖術を使うことに驚いたのだ。


 しかし、彼らもつはもの。すぐに切り替えて槍を突き出してきた。よろめいて尻餅をついてしまったミカゲに穂先が迫る。


「あっ……!」

「死ね!」

「させねぇ!」


 二人の間に割り込んだ男が槍を弾き、鉈で兵を切り裂いた。


「おい、なんでここにいる!?」

「罠……!」


 いつかミカゲを殴り飛ばしたその男は、ミカゲが絞り出した単語で聡くも理解した。


「なるほど……」

「でも、でもっ! 遅かった……」

「諦めんな」


 何人もの兵を同時に相手取りながらも、彼は冷静に言葉をかけた。


「まだ生きてる奴がいる。逃げるぞ、生きて」

「……!」

相棒ムギならきっとこう言うぜ」

「……あの……」

「俺は“足手まといが来たせいで仏が近づいた”って言うけどな! ガハハハ!」


 乱戦の真っ只中で器用に間を取りながら、男はミカゲの手を引いて立たせると敵の中に突っ込んで行った。


「囲まれてるなら食い破れぇーー!」

「うおおおお!」


 彼の突撃でピンチも少しだけ盛り返したように見える。

 ミカゲは固く拳を握り締めて覚悟を決めた。


(やってやる! この力、みんなのために使う! 今度こそ!)


 ミカゲが手を畳に叩きつけると、彼を囲むように炎を広げた。これがミカゲを守る盾となり、同時に姿を隠す壁となる。


「生きるも死ぬも盗賊のミカゲとして、だ!」

「うわっ、火の手が!」

「消せ! いや、あの子供を止めろ!」


 この国では建物のほとんどが燃える材料を使って造られている。炎を操るミカゲはまさに悪魔のような存在だった。

 そしてミカゲにとってはこれ以上なく相性のいい戦場だ。


「俺が行って元凶を叩く!」

「よし、行け!」

「ミカゲ!」


 ミカゲが炎に隠れるのを見ていた一人が、勇敢にも飛び込んだ。経験も積み、度胸も判断力もある優秀な男だ。


「なぁ!? ど、こがぁぁぁ!」

「ミカゲ……!?」


 しかし飛び込んだ先にミカゲの姿はなく、そして彼のいたはずの空間すらも炎が包んでいた。


「おい、どうした! 返事しろ!」

「あああ……あ、ぁ……」

「くそっ! 中で何が……」

「うおおおおお!」

「なっ!?」


 いつの間にか背後にいたミカゲが二人の兵に同時に火を着けた。

 炎の輝きと熱は人間の目を本能レベルで引き付ける。またミカゲは通常体での炎なら影響を受けずに行動できる。そして炎は今も広がり続けている。

 この答えに辿り着いた仲間の一人が呟いた。


「あいつ、やりやがるぜ……!」

「ああ、ミカゲにしかできない芸当だ」


 兵に不意討ちを食らわせたミカゲはまた炎の中に姿を隠した。ミカゲが消えた所に槍が突き出されたときにはもうミカゲは移動している。


「あのガキ、火の精か!?」

「いや、違う。火の中を動いてる!」

「くそ、厄介な術だ! 炎に近づくな!」

「くっ、無茶です!」

「ならば互いに背中を守れ!」


 今度は三人同時に燃やす。顔を燃やされた彼らは焦りで自ら炎へ足を突っ込んで自滅した。


「てめぇらもミカゲに続けーー!」

「おおおおお!」

「頭……!」


 ミカゲはこんな時なのに心が穏やかに熱くなっていくのを感じた。体がふっと軽くなり、炎を思い通りに出せる。


 しかし、ここで目立ちすぎたが故の脅威がミカゲに牙を剥いた。


「そこだ」


 今まで静かに観察していた一人の兵がとうとうミカゲを捉えた。


「がっ!?」


 ミカゲは幸運にも炎の中へと蹴り飛ばされた。痛む腕を押さえながら目を凝らすと、明らかに振る舞いが異質な兵がはっきりとこちらを見ていた。


「ぐっ、どけ!」

「ふん!」


 ミカゲの放った炎はめくれあがった畳に防がれ、お返しとばかりに投げ返される。畳によるダメージはほとんどなかったが、いつの間にか横に移動していたその兵にまたしても蹴り飛ばされる。


「ぐぅぅ……! かはっ!」


 今の自分には敵わない相手だということが痛いほど分かった。ミカゲは血を吐いて呻く。


「これで終わりだ」

「や……っ」


 黒い籠手を振りかざす敵が見えているのに、ミカゲはダメージで動けない。慣れない戦闘で無茶をしすぎたツケが回ってきていた。


(くそ、くそ! 嫌だ、これで終わりなんて!)


 どれほど力もうと、念じようと、現実は非情だ。

 敵の手刀は真っ直ぐミカゲに振り下ろされた。


 ……間一髪、ミカゲを庇った頭へと。


「頭ぁ……!」

「…………」

「……え?」


 すぐそばに何かが落ちてきた。長細い形状のそれは地に着くなりべちゃりと粘着質な音を立てて。


「あ……そんな……!」

「……っうぅ……!」


 頭の自慢の右腕だった。ついさっきまで豪快に屋敷を吹き飛ばしていたそれは、ただの血肉の塊に成り果てた。


「盗賊ごときが……!」

「っ、頭っ!」

「ぐ、ぅうっ!」


 片腕でミカゲを抱きかかえて頭が飛ぶ。

 直後、再び振り下ろされた手刀は頭の左足を引き裂いた。


「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「頭ぁーーっ!」

「じっとしていろ。もう終わる」


 ようやく元通りになれたと思った。まだ終わらないものだと思っていた。


 居場所が壊れる。

 大切な人が壊れる。


 それをどうにかするには、ミカゲはあまりに無力な存在だった。無力で、無価値。


「!」



 ドクン、と心臓が鳴く。冷たい目をしている、と思った。

 ドクン、と心臓が鳴く。三度目の手刀が振り下ろされる。

 ドクン。ドクン。目の前が真っ赤に染まり、そこにはずっと憎み続けてきた火の鳥がいた。


『…………』

(ヒュポス)


 ミカゲは初めて名前を呼んだ。ヒュポスは何も言わない。

 ヒュポスの双眸がミカゲを射抜く。ミカゲの手が炎に触れる。


 そして二つが重なった。



「アアアアアア!」

「ぬぅ!?」


 ミカゲの背から焔の翼が吹き出した。それは意思を持った鞭のように辺り一帯を薙ぎ払った。


「ミカゲ! あいつまた、暴走して……!」

「行け! グゥゥ……!」

「!?」


 唐突に降臨した怪鳥に事情を知る者たちは驚き、知らぬ者たちは慄いた。


「あいつ今……!」

「行けって言った、よな?」

「理性が残ってんのか?」


 自分の体をかきむしって苦しむ姿は、どこか自分と戦っているようにも見える。


(トぶ……! 抑えろよ、まだ仲間もいる!)


 事実、ミカゲはまだ意識を残していた。なんとか状況を打破しようと初めて自分から解き放った力だが、そう上手くは行かず暴走一歩手前で耐えることしかできない。


「何をしたか知らんが……隙だらけだっ!」

「ウグゥ……」


 ミカゲを追い詰めた男が再度攻撃を仕掛ける。

 ミカゲはヒュポスを抑えるのに必死で、まさに今が好機。男の判断はこの場での最適解だった。


 しかし、双方にとって予期せぬ事態が全ての終わりを告げる。


「ア……ガアアーーー!」

「腕が!?」


 ミカゲの抵抗が限界を迎えて、とうとう飲み込まれた。全身を赤い炎が覆い、四つん這いになったそれは咆哮を上げる。

 まさにその瞬間、ミカゲの首を落とそうとしていた男の手刀は弾かれる。装着していた籠手はどろどろに溶け出し、腕は真っ赤に焼けただれた。


 ミカゲがもう少し抵抗していれば彼は死に、結末も変わっただろう。しかし意味のない仮定である。

 はじめから幸福な終わりなどなかったのだから。


「やべぇ、逃げろ!」

「頭……すまん!」


 仲間たちは全力で距離を取ろうと走りはじめる。運よく敵のほとんどがミカゲに見入っており、逃げることに集中するならそれは可能かに思われた。


「ハアアアアア……!」


 ミカゲの翼が彼を包み、炎の繭をつくる。 高密度のエネルギーが内部で蠢いているのは誰の目にも明らかだ。


「……冗談じゃねぇ」


 誰かが呟いた。

 あんなものが放たれれば、それはもうどれだけ離れられるかという問題ではない。いかに身を守るかという問題でもない。


「終わった……」


 虚しい言葉は閃光に飲み込まれて消えた。







 

 

 町はほぼ全壊した。瓦礫と死人が煙を上げる更地に、立っているのは一人の少年。


「…………」


 少年は空を仰いでいた。

 真っ黒な雲はこれを待っていたかのように一粒。雨を落とした。


「…………」


 雨は瞬く間に強さを増し、残り火を鎮めていく。

 少年の頬は濡れている。心は穏やかだった。


「どれだけ欲しがっても、結局何も残らない」


 残ったのは、灰だけじゃないか。


「今なら、死ねるかもな」


 ヒュポスが死んでから自殺を考えたことはなかった。しかし自分を生かそうとする力がもう働いていないなら、きっとうまくいく。

 絶望を目に宿して、少年は──


「!」


 足元で何かが動いた。


かしら……」

「これを、どかしてくれ……」

「う、うん」


 残された腕が瓦礫に挟まっている。

 ミカゲが瓦礫をどかすと、その左腕は何かを掴んでいた。


「これは……剣?」

「火を司る宝剣“草薙”」

「え?」

「火を抑える剣だ……持ってろ」


 錆びた剣の表面に、幾何学的な溝が彫ってある。


「頭……まさか、俺のために!?」

「へ……。らしくねぇことは、するもんじゃあねーな。ちょっと人のため盗みをしてみりゃこのザマ……」

「…………!」


 ミカゲは全てを知った。知ったからこそ、言葉を失った。


「生きろ、ミカゲ」


「欲しいものはあるか……?」


 虫の息の頭はあと数秒で死を迎えるのだろう。

 ミカゲは剣を握りしめて立ち上がった


「あるッ!!」


「そうか……」


 それきり、頭が動くことはなかった。



「うあああああーーーーーーーー!」



 ミカゲの慟哭がザアザアと大地を打つ雨音に木霊した。


◇◇◇







「これが、日ノ丸での俺の過去だ」


 ミカゲはそう長い話を締めた。


「団長、あんた……」

「まあ、楽しい話じゃないが、そんなに気にするものでもないさ」

「あのボロい剣にそんな秘密があったなんて……」

「うす……!」


 しんみりとした空気が牢の中を満たす。

 そんな中でマーキィ=マーティーが号泣していた。


「んにゃぁ~~! 泣ける、泣けるにゃぁ~~!」

「泣くなよ。顔がすごいことになってるぞ」

「にゅぁ~~! このマーキィ、だんちょのためならブサイクにもなるにゃ~~!」

「ならんでいい」

「おい、マーキィのレア顔だぜ」

「ぷくく。美人は泣いても美人だねぇ」


 一方、シドウはいびきをかいて昼寝をしていた。


「にしても、シドウさんは……」

「んぁ? おっ、もう終わったか?」

「薄情っすねぇ。副団長」

「がはは。オレはもう知ってるからな!」

「なんだって!?」


 大きなあくびを一つすると、シドウは豪快に笑った。


「団長が大陸こっちに来て初めての仲間がオレだからな! なんだったら馴れ初めはオレが話してやろうか?」


 その言葉にほぼ全員が食いついた。もともとシドウの手下だった者はともかくとして、詳しい話を聞いたことがない者がほとんどなのだ。


「がはは。数年くらい前、団長は船で大陸こっちに来た! 団長はまだ一人で、新しい仲間を探していた!」

「おお!」

「そんなある日、オレと団長はとある酒場で隣の席に座った! オレは団長と腰の剣がただものじゃないと直感した! 欲しくて仕方ない! 団長も剣もオレ様のものにしよう!」

「おおおお!」

「で、えーと、戦って負けたから仲間になった! 以上だ!」

「えーー!?」


 いきなり飛躍した話に全員が戸惑った。


「話、下手くそっすね!」

「団長! 今度は団長が話してください!」

「はぁ。そのまんまさ。その時もまだ力の制御を草薙に頼ってたからな。『もし勝負に勝てたらお前の手下になる。負けたら逆に欲しいものを貰う』って条件で戦った」

「おお!」


 場が再び盛り上がる。


「俺はいきなり半暴走状態で戦って勝った。剣を取り上げるってのはその状態の俺を手下にするってことだからな」

「なるほど!」

「で、負けたオレに団長は言った! 欲しいのはお前だとな! 男が勝負に負けたんだ、オレは最初の仲間になった!」

「シドウさんからまともな補足入ったぞ」

「まあ、このときからこいつは副団長になったってわけだ」


 それから彼らは西へ進みながら仲間を増やし宝を盗み、その悪名を大陸中に轟かせていくのだがそれはまた別の話だ。


「いやー、いい話が聞けたぜ」

「牢屋は暇だからな。最初に言った通りただの昔話さ」

「それでもいいもんはいい! 一生ついてくぜ団長!」

「ぼくだって」

「マーキィもずっと隣にいるにゃ!」

「やれやれ、牢屋の中とは思えませんね……」


 シドウだけではない。彼らとの出会いにもドラマがある。


 ミカゲは小さく笑うと、恩人たちの顔を思い返した。

 消えてしまった居場所だが、それは今でもミカゲの中にある。

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