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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
番外編2 ミカゲ=イズモ
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ホムラノツバサ 3

 

 

 一年が経った。


「覚悟はできてるか?」

「もちろん! 早く行こう!」

「まあ焦るなよ」


 この日ミカゲは盗賊活動への参加を初めて許された。ずっと留守番ばかりの日々は終わり、一人前に参加できることが彼には嬉しくてたまらなかった。


「だってさ、やっと連れてってもらえるんだろ!」

「バカ。本当は連れて来るつもりもなかったよ」

「とにかく浮かれすぎだってよ。落ち着かないとポカやらかすぜ」


 参加の条件として提示されたのは、戦闘能力の向上である。炎を上手く操り、自分の身を守れること。最低限の条件ではあったがとにかくミカゲはクリアしたのであった。


「人が死ぬぞ。怯まないか?」

「大丈夫だって」

「とても苦しんで死んでいく奴もいる。そんなものを見て、それでも躊躇わずに進めるか?」

「大丈夫だって!」

「むぅ……」


 まだ子供のミカゲを連れてゆくことに最後まで反対だった団員もいたが、結局はクリアしたという約束もありそのまま作戦決行の時間になった。


「よし、行くぞ。ミカゲ、お前は炎での陽動が仕事だぞ。くれぐれも屋敷は燃やすなよ」

「分かってるよ!」


 作戦は単純である。大人数で撹乱し、その間に精鋭が屋敷の宝を奪う。


「ようし。行け!」

「おおおおお!」


 合図とともに陽動部隊が一斉になだれ込む。全員が声を張り上げて目一杯に人々の気を引き付ける。

 見張りに立っていた数人の男たちは勇敢にも立ち塞がり、そして呆気なく殺された。


「……っ」

「なんだ、震えてるじゃないか」

「な、そんなことない!」


 多少刺激の強い光景だったが、ミカゲは耐えた。ここで動揺を隠さなければもう連れていってもらえなくなるかも知れないと思ったからだ。


「……っ、ふぅ。平気さ……!」

「ふん。分かったから火ィ点けろ」


 過去にたくさんの死を与えてきたこともあり、ミカゲはすぐに順応した。仲間と組み合って背中を見せる敵の頭に火をつけたりもした。


 作戦はつつがなく進み、屋敷から成功と撤退を伝える緑の花火が上がった。

 あとはいかに宝を守りながら退くかの戦いだったが、ここで思わぬ事態が起こる。


「うわああああん! みんなを返せーー!」


 屋敷の中からミカゲより一回り小さな子供が飛び出してきた。


「……!?」

「うわあああ!」


 胸の奥がチリチリと荒れる感覚。ミカゲは何か不穏なものを予感した。


「どけ」

「……っうっ!?」


 仲間が無造作に振るった刃が子供の喉を搔き切ったとき、その予感は実体となって彼の身に宿った。


「ガ、アアアアアアアアア!?」

「うっ、ミカゲ!?」

「おい、どうした!」


 その力とともに封じられていた痛みがミカゲを襲い彼は気を失った。「子供の苦しむ姿」は本人も無意識のうちにミカゲのトラウマを掘り起こす切欠トリガーになっており、このときそれを見たことでショックに堪え切れなくなったのである。

 ミカゲの中で生き続けてきたヒュポスはすでに絶命していたが、その焔は怨念のごとき禍禍しさを以てミカゲの中から燃え上がる。




 気付くとそこには見慣れた天井があった。このところアジトとして利用していた無人の屋敷。

 痛む全身に顔を歪めながら部屋を出て広間に行くと、見知った顔が揃っていた。しかし、空気は重く何人かいない。


「あれ? ウシオは? エイザンは? ムギは?」

「…………」


 ミカゲの疑問には黙ったままで、座り込んでいた一人が立ち上がって近づいてきた。いつもムギと行動していた男だ。

 おもむろに彼はミカゲを殴り飛ばした。


「ギャッ! 何を」

「てめぇが殺したんだ!」

「!?」


「そいつらはみんな……! くそっ!」


 ムギはいつも愛用の煙管を咥えていた男で、よくミカゲをからかいながらも修行を見守ってくれていた。


(そのムギを……殺した? 僕が……?)


「足手まといくらいならかばってやるつもりでいたってのによ……。きっとあいつも同じこと考えてただろうに、まさか本人に刺されるとはなぁ。やりきれねえよなぁ……」


 それきり男は力なく座り込んでしまった。

 同時にミカゲは思い出した。今の状態がヒュポスに支配された悪夢から覚めたあの感覚にそっくりであることに。


(なんで今……っ! そうだ子供だ……)


 あの子供が最後に見せた表情を思い出して、ミカゲは吐き気に襲われた。

 それを必死に抑えながら、這うようにして奥に座る頭に縋りついた。


「もう子供は傷つけないで! それくらいできるだろ!? そうすれば僕だって……」

「甘えんなァッ!」


 それは初めて見る本気の怒りだった。


「いいか、俺たちは盗賊なんだ! 何より宝が大事で集まった、それが俺たちだ! お前一人の我儘でその理念は変わらん! 邪魔する者は等しく排するのがやり方だ!」

「ううっ!」


 その気迫にミカゲは狼狽えた。


「で、でもっ! それじゃ僕はまた呑まれてっ、仲間を殺し……!」


 轟音とともに壁が吹き飛んだ。


「二度と言うな」


 拳を横に突き出した姿勢のまま、頭は静かに言った。その拳は震えていた。

 ミカゲは何も言うことができなかった。できなかった。


 ◇◇◇





 ミカゲは自責と恐怖ですっかりまた心を閉ざしてしまった。

 仲間は扱いづらそうにミカゲに接するようになり、ミカゲも自分の内に残る消えない炎に怯えるようになった。仲間が屋敷を出ていってもミカゲは部屋の隅でうずくまるだけで、数日経って彼らが宝を持って戻ってきても胸は弾まない。あれ以来、炎は一度も出していない。修行もしなくなった。


 もう、前のようには世界を見られないのだ。




 季節は巡り、それはじめじめと湿っぽい梅雨の日だった。

 盗賊たちは新しいアジトに来てすぐに出掛けてしまった。何を急いでいるのか不思議だったが、今日もミカゲはただ一人留守番をしていた。

 灰色の空は今にも決壊しそうで、みんなが帰る頃には降っているだろうなととりとめのないことを考える。だが、どうにも落ち着かないのはなぜだろうか。


(最近の頭、変だったな。どこかで情報を得たみたいだったけど、何だったんだろうな。あんなに焦って……)


 湿気で憂鬱になっているだけかもしれない。気にすることもないだろう。ミカゲはそう言い聞かせて昼寝をしようと横になったが、やはりどうしても気になってしまい、ついに外へ飛び出した。


(何をしてるんだ、何がしたいんだ……?)


「おい、聞いたかよ?」

「うん? 何をだ?」

「ッ!」


 一時間ほど歩いたときだった。前方から話し声が聞こえて来て、ミカゲは咄嗟に近くの茂みに隠れた。

 黙って通り過ぎるのを待つつもりだったが、二人の言葉がそれを許さなかった。


「ほら、さっきの町でよ。でっかい屋敷があったろ?」

「ああ、あったな。兵もたくさんいて、なかなか物騒だったよな」

「実はここだけの話、あれは罠なんだってよ」

「……!」


「すごい宝があるって噂を立てて、最近巷を騒がせてるデカい盗賊団をおびきよせたんだ」

「へぇー。もう少し留まってみるのもよかったかもしれないな」

「よせよせ。今日明日くらいに来るって、中の人間は言ってたぜ」

「お前、いつの間にそんなこと」

「へへ、情報収集は旅に必須だぜ。秘密だって言っていたがもう関係ないだろう」


 ミカゲはすでに走り出していた。


「はっ、はっ……! ダメだっ、早く追い付かないと!」


 これまでのことを全て振り切って、迫り来る自分から逃げるようにミカゲは走った。今にも雨を降らせそうだった空は何の気まぐれかまだ静かだ。


 そしてミカゲが町を見渡せるところまでたどり着いたとき。仲間がいる場所はすぐに分かった。


「遅かった……! もう始まってる!」


 町に響く雄叫びも悲鳴も全てある場所から聞こえてくる。ミカゲは遠目で仲間がまだ屋敷の門を突破していないことを確認した。

 恐らくあの中に入ってしまえばいよいよ終わりなのだろう。そういう意味ではまだ間に合う。


「まだ……!」


 ミカゲは一直線に坂道を滑り降りて、その勢いのまま人混みをすり抜けて屋敷へ走った。屋敷までは上から見たときよりはるかに遠く、もどかしさに唇を噛む。


「罠だぁぁぁぁっ!!」


 果たしてそれは誰の声だったのだろうか。ミカゲが壊れた門の前に辿り着いたのと時を同じくして、屋敷から悲鳴が上がった。


「こいつらっ、こんなに!」

「隠れていやがった! ちくしょうが!」

「ああ、あああっ……!」


 一足遅く、罠が発動してしまった。どうしていいのか分からず、ミカゲは死屍累々の庭へと踏み込んだ。

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