朝日の祝福
一週間空けて、やっとこさ投稿。
ようやく第二章です。
穏やかな青空に、煌々と輝く太陽。
滔々と流れる雲と、競うように抜けていく風。
空と海との境界は、溶けてしまいそうなほど曖昧だ。
爽やかな船旅である。
……が、
「うぇぇぇぇ……」
「いい感じにぶち壊しだな、リリカ」
「ぅ……るさぃぃ」
どんな美しい景色も、船酔いで海より真っ青なリリカには関係ない。
リリカは極度の船酔い持ちであった。
しかも人生で船に乗ったことがなかったために、乗ってから初めて知ったという不運ぶりである。
「吐いてもいいけど、船にはダメだぞ」
「なんかあったらすぐ掃除しろよ? 自分で」
「ぅぅ~……。まずあたしの心配……したらどうよ……」
声も普段なら絶対聞けないほど弱々しい。
というか、普段ならパンチの一つも飛んでくる。
いつもの反動とばかりに図に乗るレンとジン。
「おーい、ジン~。リリカが何か言ってんぞ~」
「大丈夫だろ。こんな頑丈な女は見たことねぇ! ……母ちゃん以外で」
「あ…………」
「…………」
不意に思い出される母の顔。
その顔は、無断でいなくなった息子への憤怒で恐ろしいことになっている。
島ではなるべく考えないようにしていたのだが。
これは何が何でも帰らなければと、冷や汗ダラダラな二人だった。
船は昼夜問わず進み続ける。
進むのをやめてしまえば、どこに流されるか分からないからだ。
一応コンパスはあるが、それは今船がどこにいるのかを知るための物ではない。
そもそもが「レンとジンが見た、日の沈む方角にある大陸」というひどく抽象的な進路をとっているのだ。
一度横に流されてしまえば、大陸にたどり着けなくなるかもしれないという危険を孕んでいる。
そのため、彼らは交代で船の進路を確認し続けることにしていた。
……のだが、
「うう~~……。もう船止めて……」
「アホか! 遭難するわ!」
三人の中では貴重な常識人がこの有り様である。
そのため、ジンがリリカをたしなめるという、極めて珍しい図になっている。
「そもそも今まで大陸と島を行き来した奴いねぇんだろ? 何かあんだよなー、きっと」
「そうそう。油断したら死ぬぜ? 多分」
「ぅぶっ……。それはイヤ……ね」
そう。リリカがグロッキーなので、全く役に立たないのだ。
つまり、夜の番も二人で回さなければならないということである。
しかし。これがなかなか辛い。時間が経つにつれて疲労も溜まっていくのは明白である。
「おーい、そろそろ見張り替わってくれー」
「おーう。夜に備えて睡眠とっとけよー」
「分かってるー」
レンが船室に入って仮眠をとっている間、ジンはコンパスと波の向きなどを見て、魔導水晶の向きを調節したりする。
正確には魔導水晶から出る魔力のベクトルであるが、これがなかなか難しいのだ。
魔力は精神から生成されるものであり、操るのは生成者の意志によるところが大きい。しかしこの魔力は、魔導水晶を通しているためにジンでも操ることが可能となってはいる。
が、それでも集中しなければならないことに変わりはなく、精神面での消耗があるのだ。心身ともにタフな彼らであるが、どれくらい保つのかは分からなかった。
「おいリリカー。せめて話し相手くらいはしてくれよ」
「…………」
「退屈なんだよー」
「…………」
「もともとお前のせいでこんなことになってんだぞー?」
「…………」
「だーーーっ! 無視すんなーーーっ!」
ジンが吼えるが、リリカは話さないどころかぴくりとも動かない。
「……あ。気絶してら」
リリカは気絶していた。
いよいよ暇になったジンはどこまでも変わり映えない景色を仰いで大きな欠伸をした。
退屈で長い一夜が明けた。
船はかなり速いため、予定よりも早く上陸できそうだということが唯一の心の支えである。
この際、暇つぶしに持ち込んだ釣り竿も役に立たないことは気にしない。
魚が食いつけるような速度ではないのだ。
「おー、ジン。起きたかー」
「んぁぁ……。眠……」
「眠くてもしっかり見とけよ?」
「分かってるって。……あ、リリカは? ずっと寝てた?」
「いや、一回吐いた。海に」
「そか……」
ジンは辛そうにうんうん唸るリリカを一瞥すると、レンと交代した。
三人の目の下の隈が、今この船に元気な奴は一人としていないことを物語っていた。
こうして二日目の日も暮れた。
出発当初のハイテンションは鳴りを潜め、何ともローテンションな雰囲気が充満している。
少なくとも明日には上陸したいところである。
進行方向に夕日が沈み、船はしっかり進めていることが確認されると、あとは闇夜が広がるばかりとなる。
月はなく、暗く静かなだけの海。
昨日と同じ海だ。だから今日も同じかと思われた。
最初にその異変に気づいたのはリリカだった。
「ん……」
「お? リリカ?」
「なんか……楽になった……?」
「え? なら代われ。今すぐ代われ。そしてこのまま一晩見張れ」
レンは矢継ぎ早にそう言って、ふらふらと船室に入ろうとした。
しかし、
「待って!」
リリカが呼び止めた。
「なんだよ」
「おかしい……」
「何が?」
リリカの言わんとすることを、疲労で注意力が落ちているレンは気づけない。
少し冷静に考えれば、リリカが急に復活した理由も分かっただろうし、またいつダウンするか分からないリリカを一人で見張りにするのはまずいとも考えられただろう。
「波が……ない」
「は?」
「船が揺れてないの! 風もない! 気持ち悪くない!」
「え? あ……!」
そう。船は止まっていた。
いや、海が止まったというべきか。
強い荒波が特徴の海をかなりのスピードで渡っていたのに、風を感じない。
「魔導水晶は動いてるぞ!」
「あんだよ、騒がしいなぁー」
船上は突如として慌ただしくなり、ジンも起き出してきた。
寝起きのジンもこの不思議な事態を知ると、顔色を変えた。
「これか。みんな失敗して死んだ理由ってのは」
「ちょ、不安になること言わないでよっ!」
ジンからすると、いよいよ来たかという感じである。
リリカも何かあるとは思っていたが、実際この異様な空気に触れると怖かった。
「てことは、俺たちが初めてじゃねぇか~?」
「ワクワクするなぁ~オイ!」
「あんたら前向きね!? 状況分かってんの!?」
慌てるリリカと対照的にいつも通りなレンとジン。
「今騒いでも意味ねぇだろ。騒ぐ元気は生きて土踏むまで残しとかねぇと」
「そそ。ヤバイときこそ気持ちに余裕がねぇとって父ちゃん言ってたし」
「うーっ……! それもそう……だけども! なんか腹立つわ!」
リリカは、二人のこんなところが少し苦手だ。
普段は何かと深い考えもなく突っ込むから、見てる方からすると危なっかしくて仕方がない。
そのため、二人と一緒にいるときは自然と、彼らが暴走しないように手綱を握るような立場になっていた。
また、二人といる時間が増えるにつれて、その立場を意識するようになっていた。
だが、リリカが不安定になるとたちまち立場が逆転し、二人がリリカを支えるようになるのだ。
リリカが村長にすがって泣いていたときも、さり気なく席を立つなどして気を遣っていたし、今も慌てるリリカを落ち着かせるような言動をしている。
(ホント、分からないのよね……。普段はへらへらしてるくせに、やけに頼もしいときがあるんだから……)
それは、はたから見ればいいチームである。ある時は支え、ある時は支えられ。集まりとしては一つの理想だ。
たまに支えられる立場になるのは、自分が二人と似ているからだということに、リリカは気づいていないのだが。
「さて、と。とりあえずどうにかしないとな~、この状況」
「そうだな。絶対おかしいぞ」
「少なくとも、普通じゃないわね」
三人の見解は一致していた。
すなわちこれは魔導などを用いた超常的な現象である、と。
「で? そういう場合どうすんの?」
「ん~。やったやつが近くにいるなら、話は早いんだけど」
「厄介なのは置いとくタイプだよな」
「……? もっと詳しく教えて」
リリカは早くも、不可解な現象にはたいてい魔導が絡んでいるものだと分かりかけていた。
大した適応力であるが、風を纏ったり、鉄を生み出したりする常識破りな少年たちといれば、なんとなく理解できるものがあるのも確かだ。
「ん~。ほら、魔導ってさ。人の生みだす魔力を操るもんだろ? だからつまり、なんていうかな……」
「魔導があれば、そこにやったやつがいるんだってことだろ」
「そうそれ! 俺が言いたかったのは」
「なる、ほど」
通常、魔力は生成しても消えていくものだ。
だから、大規模な魔導を発動するには、常に魔力の供給、ひいては生成が必要になってくる。
だからたいていは術者が近くにいるものなのだ。
例外としては、
「魔方陣を設置しておいて、トラップにするってのもある」
ということだ。
「あれ? 魔力が消えちゃうんじゃないの?」
「魔方陣に魔力が消えないような術式を組み込めばいいらしいぞ」
「この魔導水晶みたいなもんだ」
魔方陣とは術式を組み合わせて一つの「画」にしたものである。
それに魔力を流しこむことで、様々な効果の魔導を発現させることができるのだ。
「つーか、こんな状況つくれるくらいだから、もし罠だったらすげーぞこれ」
「多分、誰か近くにいるんだろうけどー……」
「……暗くて何も見えないね。ていうか誰がいるのよこんな海のど真ん中に……」
ここは暗いうちに動くのは得策でないと、朝日を待つこととなった。
魔導水晶
もともと魔力は生成者のみが操れるのですが、これを通すことによって他人の意志でも操れるようになります。他人の魔力に干渉する魔導というものもあるのですが、基本は不可侵です。
魔方陣
これは皆様の知るものと相違ありません。例えるなら、電気回路です。
豆電球を魔導の効果を決めるもの、それに繋げた導線を魔方陣の線。そこに術者という電源を繋いで、通る電気は魔力に見立てます。
この場合、電球以外にも抵抗器やらコイルやらくっついて、しかも銅線の一本一本にも意味があるわけですが。




