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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
番外編2 ミカゲ=イズモ
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ホムラノツバサ

 

 

 島国、『日ノ丸』。その山奥にある名前もない小さな村が、ミカゲ=イズモの故郷であった。


「今日は……」

「3人死んだ。若いのが3人……」

「埋めたのか?」

「埋める骨すら残ってないよ。……知ってるだろう?」

「……そうだな」


 そして地獄だった。


 火の鳥ヒュポス、それがこの地獄の主だった。

 ヒュポスはどこかから来て、近くの山に棲みついた鳥型の魔物である。焔を纏い、性格も烈火の如く凶暴。頻繁に村に降りてきては、人を攫ったり作物を荒したりと暴虐の限りを尽くしていた。


 無論、村人たちも黙って滅びを待っていたわけではない。

 討伐隊を組んで夜中に寝床を襲ったことがあった。結果は失敗。怒り狂ったヒュポスは山を燃やし、その火は三日三晩の間消えることはなかった。

 そんなことがあってからは村人たちも到底敵わないことを理解し、ただ自分の番が来ないことを祈って身を隠すのだった。



 地獄に終わりが訪れたのは、村人の数がついに半分にまでなった頃だった。


「よろしくお願いします!」

「ええ、できる限りはやらせてもらいます」

「ありがとうございます! ありがとうございます!」


 連れて来られたその僧は、優れた妖術師だという。

 妖術とは日ノ丸国で魔法、魔術、魔導の総称として使われている言葉で、つまりその僧は魔導士ということだ。


「……では……」

「はい……」


 彼の専門は、封印術。

 これからヒュポスを封印しようというのだが、そこに三人の子供が連れてこられた。その差し出された三人の中に、ミカゲはいた。


「……いいんですね」

「はい、村の総意です……」

「…………」


 彼らの両親はいずれも亡くなっており、自分が生きるのに精一杯な村人たちでは養うことが難しい。


「どの子も親がおられんで、気兼ねはいりやせん」

「そう、ですか。では……」


 だから三人はここにいるのだ。

 これから必要な一人、つまるところ生贄と呼ばれる一人を選ぶために。


「この子で」

「…………」


 そしてミカゲは選ばれた。





 ヒュポスを封じ込めるための人柱。ミカゲの役目はそれだけだと聞かされていた。

 ミカゲの身体にヒュポスを封じ込めるということがなぜヒュポスの退治になるのかは結局分からないままだったが、どうでもいいことだった。


 ミカゲはここ数日ずっと混乱したまま生きてきた。両親を亡くしてから彼の時は矢の様に過ぎていたのだ。すでに両親のいた過去ははるか遠くにある。

 だから彼は候補に挙がったときも、その中から選ばれたときも、そして縛られて転がされいる今もぼんやりと虚空を眺めているのだ。


 夕刻。

 村にヒュポスが現れた。


『……?』


 ヒュポスは異様な空気を感じながらも村に降り立った。

 そこには黒い衣装に身を包んだ男とその足元に縛られた子供がいた。子供の体には不思議な模様が墨で描かれてあり、顔にも両目を繋ぐように細い線が引いてある。


『……』


 辺りはしんと静まり返っているが、ヒュポスには近くの物陰に隠れる村人たちの息遣いが聞こえていた。だがそれ以上に不快な空気が目の前の男から発せられている。


「禍禍しき悪霊よ、お前はここでその罪を償わねばならん」

『何者ダ、人間』

「う!? 人の言葉を!」

『何者ダァァァァァ!?』


 村人たちはこの僧が独り言を言っているように見えただろう。ヒュポスの言葉はテレパシーで僧にだけ伝わっていた。

 それを受けて僧は急に怖くなった。この怪物はテレパシーで自分の意思を言葉の壁を超えて送ることができるのだ。この怪物は高い知能を持っているということである。


「っ!」

『ヌ……オオ!?』


 危険を感じた僧が思わず妖術を発動した。

 するとミカゲの身体に描かれた墨の鎖が生き物のように蠢いて、身体から剥がれるとヒュポスを絡めとった。


「ふんっ……!」

『グアァ!』


 僧が力を込めて拳を握ると、墨の鎖がキリキリとヒュポスを締め上げた。ヒュポスは苦悶の鳴き声を上げて暴れまわり、逃れようともがく。鳴き声に呼応するように村のあちこちで火の手が上がり、村を襲う。


 またダメか、と消火にあたっていた村人たちが諦めかけたときだった。


『ガ……ァアアア!』

「っはぁっ! ……はぁっ、はぁっ」


 出せる全ての力を振り絞った僧がヒュポスの封印に成功した。ヒュポスは墨の鎖からついに逃れることはできず、ミカゲの体に消えたのである。

 その直後、ミカゲが急に痙攣しはじめた。白眼を剥き、口の端から泡を吹き、ビクビクとのたうち回る。


「んぅぅぅーーーー!!」


 ヒュポスと合体したことでミカゲは“生への欲求”を取り戻していた。

 だが噛まされた猿轡が言葉を奪う。巻き付いた縄が自由を奪う。血管が浮き出るほど力を込めても拘束から逃れることはできない。


 いつの間にか彼を囲むように集まって来ていた村人たちが固唾を飲んで見守るなか、とうとうミカゲは気を失って動かなくなった。

 両手を地面について肩で息をしていた僧が、仕上げを命じた。


「はぁ……はぁ……みなさん、やって……ください」

「あ、ああ」


 輪の中から一人の男が歩み出た。その手には斧が握られている。

 これからミカゲはヒュポスともども殺される。先の封印でミカゲとヒュポスの命に繋がりが生まれた今なら、ミカゲを殺すことでヒュポスも殺すことができるのだ。

 これが選ばれた人柱ミカゲの末路だ。


 男が斧を振り上げた。


「うあああああ!」


 叫び声とともに振り下ろされた斧がミカゲの首を通り抜け、地面に刺さった。


「ああああああ……あ、あ?」


『ウ……』


 男は信じられないものをみた。

 刃がミカゲに触れた瞬間それは硬さを失い、まるでミカゲを避けるように形を変えたのだ。男の手元にはグニャリと原型を失った斧がある。


「おい、なんだこれ。なんなんだよこれは!」

『ヴゥ~~~~!!』

「ひぃっ!」

『ガァアアアアアアアアアアア!!』


 猿轡と縄が燃え落ちて自由になった。

 ミカゲは地面に四肢を投げ出したまま憎しみがこもった咆哮を上げた。ミカゲの全身から炎が吹き出し、ミカゲを包み込む。


「こ、これは……!」


 封印が成功した時点でヒュポスの肉体は失われている。しかしその強すぎる生命力でヒュポスの意識はミカゲの肉体を支配し、彼の“生への欲求”に呼応して表に出てきたのだった。


『殺ス』


 ミカゲを覆う炎が鳥の形をとり、ゆらりと起き上がった。

 腰を抜かした男を炎の頭が悠々と見下ろして、翼を広げる。

 男は声も出ない。


「に……ににっ、逃げろっ!」


 誰かの声に、村人たちは一斉に逃げ始めた。転ぶ者、泣き叫ぶ者、阿鼻叫喚。全員分かっていたのだ。恐れていた死がもうすぐそこに迫ってきていることを。


「あ……あ……」


 火の鳥は一度、強く羽ばたいた。

 男と僧は一瞬で炭になり、放射状に広がる熱波は村ごと人々を燃やした。巨大な火柱があちこちで立ち上ぼり、灼熱の赤が村全体を呑み込んだ。




 こうして地獄に終わりは訪れた。

 それが望まれた形でなかったとしても。

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